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大阪屋食堂(足寄)

大阪屋食堂(足寄)

独言・日記

eecbd554.jpeg北海道の足寄の駅前に、大阪屋食堂という店があった。バイクの友人からその存在を聞いたのは確か1998年頃。オヤジさんが調合した味噌だれを使ったジンギスカンがめっぽううまい。夏は座敷をライダーハウスとして開放していた。

足寄の里見ヶ丘キャンプ場にテントを張って、バイクで行く。帰りに銭湯に寄る。前年の記憶で、男湯だと思ってよく確かめずにガラリと戸を開けたら女湯でびっくりしたことがある。後ろ姿を見てしまった女性、すみません。

この大阪屋食堂、親父さんは当時で既に七十代後半だったと思う。足寄駅前の道路拡幅工事で移転を余儀なくされたとき、店を畳もうか悩んだ末、楽しみにしてくれる人がいるということで、移転して営業していた。ライダーハウス用の部屋も用意したと聞いていた。写真は移転前の店だ。

今年の夏、7月30日に訪れた別の友人が、「明日で閉めるそうだ」と教えてくれた。移転後、7~8年くらいだと思う。しかし、オヤジさんは80を越えている。おばさんはわからないけれど。お店は56年やっていたという。足寄という土地の栄枯、と言っては足寄にお住まいの方に失礼にあたるだろうが、そうしたものを見てこられたお二人だ。もう、お店を閉めても、だれもなにも言えない。

お店が移転する前、給水器には私が作ったステッカーを貼ってもらっていた。店が移転してもその給水器は使われ、今年行った友人によればまだあったという。つくづく、ライダーに優しいお店だった。オヤジさん、おばさん、いつまでもお元気で。


 
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クリスマス・エクスプレス

鉄道



JR東海のコマーシャルはとても秀逸だと思う。上記のものは、1988年から1992年までの5年間続いたキャンペーン「クリスマス・エクスプレス」をまとめたもの。同時代を生きてきた、そして1991年からは東海道新幹線の車販のアルバイトで毎日のように100系に乗っていた私には、この空気がとても愛おしい。でももう20年も前になるのか。

2000年版は毛色が違うのでちょっと…と思いきや、1話の終わりで700がパッシングし、そこに「JR東海」のロゴがかぶる。このカットがあるかないかで、印象はものすごく違う。素晴らしい。

もう25日だ。これから大晦日までの空気も大好きだ。仕事納めの日の、浮き足だった社内。「よいお歳を」と言いつつ、早めに帰宅する同僚たち。最後の1週間、いろいろと順調にいきますように。去年も一昨年も、フロア最後になった気がするけどな!




佐渡汽船とワム80000

佐渡汽船とワム80000

鉄道車両廃車体

20121223_001.JPG寺泊の市場通りの目の前に、佐渡航路のフェリーターミナルがある。なぜかそこに、ワム80000が1両置かれている。

置いてある場所は、フェンスで仕切られているだけだけれど「貨物取扱所」とあり、関係者以外は近づけない雰囲気だったので、遠くから。

20121223_002.JPG「港」という巨大な施設内で見ると、十分な大きさがある鉄道車両といえどもちっぽけに見えてしまう。

潮風が当たる場所にあるのだけれど、状態はよかった。今後も当面は倉庫として活用されるのだろうな。



『ゆる鉄カレンダー2013』

『ゆる鉄カレンダー2013』

鉄道の本

8295221421_fcd3d6a357_o.jpgオーダーしていた、中井精也さんの『ゆる鉄カレンダー2013』が届いた。インプレスから直送される先着1000部には直筆のサインが入るとのことで、そちらから注文した。サインをする作業(「作業」という言い方は失礼かな)の大変さはtwitterで拝見していたけれど、1000部だもんな…。

サンプルはこちらにある。まだどこかで入手できるのかな?


作品もすてきだけれど、添えられた言葉がまたすてき。作品タイトルってこうあるべきだと思う。とくに4月、5月、7月がすてき。7月の作品は、被写体とタイトルに見入っちゃって、鉄道車両が写っていることに気づかなかった。そして「いちてつ」風の、中井さんらしい言葉が添えられた10月。こうした言葉を含めた中井さんの作品世界は楽しくて、美しい。

カレンダー部分については、「前月」「来月」を小さく添えてあると、なお使い勝手がよかった。意外に参照するものだから、いまでもカレンダーを買うときはそれを基準にしている。


仕事柄、個人的にはデータと、印刷の仕上がりの関係が興味深い。ニコン1をこの大きさに延ばすとこうなるのか。この普及版のズームレンズはこうなるのか。晴天時にISO1600で絞り込んで取るとこうなるのか。などなど。そして思う。画像が多少荒れようが、作品写真を作る、鑑賞するってそういうもんじゃないよね、と。プリントせず、PCでしか見ない自分にはなかなか吹っ切れないことで、とてもそのさじ加減が難しいのだけれど。


このカレンダー、どこに飾ろうかな。トイレ(一等地)に飾る予定だった『世界の車窓から』カレンダーの座を奪うかも。
 

ダート時代の国道452号(1996年)

ダート時代の国道452号(1996年)

道路全般

1996R452-1.jpg1996年8月11日、限定解除後に初めて大型バイクで訪れた北海道。友人と東京発苫小牧行きフェリーに乗り、当然のように船内で知り合った人たちと宴を囲んで翌翌朝に苫小牧に上がった。厚真から林道で夕張に抜け、そして国道452号で北上した。

国道452号は少しだけダートが残っていた。道幅も「整備されたダートの道道」ほどはない。いまもそうだが、行き交うクルマも少ない。バイクの場合、オンロードバイクは基本的にダートを避けるので、行き交うバイクもまた少し少ない。

このバイクは新車で買ったのだが、1万8000kmくらい走ったところで自宅で盗難に遭ってしまった。いま乗っている(そして2012年8月に致命的なトラブルを生じた)バイクは同型だが、2台目である。


公衆トイレ(独立棟)雑感

公衆トイレ(独立棟)雑感

駅のトイレ

20121220.jpg写真は長野県の信濃川田駅(廃止)の横に立つ公衆トイレだ。駅のトイレが、さまざまな予算を駆使して建て替えられる例がたくさんある。使い手にとっては、それはきれいで清潔な方がいいだろう。街中になるのに汲み取り式では、使いたくても使わない人も多かろう。私もいやだ。

とはいえ、なんだか豪華になりすぎている気もする。とくに、道の駅。そこらの一戸建て住宅よりはるかに建設費がかかってそうな、でかい、広いトイレ。暖房付きもある。二重戸になっていて、内側にベンチがたくさんあるトイレもある。

写真は撮っていないのだが、神岡鉱山の入口たる富山県の猪谷駅は、以前は汲み取り式トイレだったのだが、高山本線活性化事業のためになぜかトイレが新築された。多目的トイレはウォシュレット付きである。早朝の一番列車で猪谷に行き、一本落として高山方面に向かう旅行者にはちょうどいいトイレポイントだ。ただしひとつしかないので、先客がいたらつらいことになるのでご注意を。
・活性化事業の解説(PDF)はこちら
こちらのサイトに写真あり

* * *

かつて野宿ツーリングばかりしていたころ、「トイレで寝れたら雨風がしのげるからいいなあ」と思っていた。でも、1990年代は、野宿できるスペースがあるトイレはまだほとんどなかったと思う。道の駅の休憩スペースも、かつては夜になったら施錠されていたものだけれど、いまはそうでもない。不特定多数が深夜も出入りすることを気にしないなら、風雨をしのげる場所は格段に増えた。もっとも、時代がそうなるにつれて、私はあまりバイクで出かけることもなくなり、もっぱら車中泊になっているのだけれど。

20121220a.jpg2012年8月、鵡川駅で駅ネ。夜から翌朝にかけては雨とのことだったので、テントは張らずにここに寝た。ありがたき駅の軒下。




 

板谷

板谷

TT250R

塩那林道の続き。

20121218_003.jpgその夜、寝場所が定まらず、1区間だけ高速道路に乗って東北道のどこかのPAで寝た。場所は覚えていない。ほぼ無人のPAの歩道のスミに銀マットを敷き、めんどくさいから風呂も入っていないのだが、モトパンのままシュラフへ。野宿は大好きだ。

翌朝、国道13号で米沢方向に向かう。

20121218_006.jpg写真には「板谷ベークライト付近」とある。ちょっといま検索してもわからない。林道を走りつないでいたつもりが、なぜかこういう道に出た。

20121218_007.jpgそして、こんな道に。いまならなんてことなく越えるだろうし、もしいったん溝に落としても、簡単にリカバーできるだろう。でも当時はこんな溝に出くわしたこともなく、どうやって越えるか悩み、溝にバイクをゆっくりと落とした。そして、どうやっても路面に復帰できなくなってしまった。

経験不足過ぎて、バイクをどう持てば持ち上げられるのかもわからない。結局はなんとか脱出できたが、人が来るまで待とうかとも思ったほどだった。

でも、道がこうなっていたらクルマも来ないよなあ。

20121218_005.jpgその後、どこをどう行ったのかは覚えていないけれど、米沢市内に足を記して、また板谷峠に戻った。1995年の峠駅は、こんなようすだった。


この前週は、いまに至るまでのつきあいとなる友人たちと出会った五十里湖キャンプ、この翌週は天竜スーパー林道、1週おいて奥志賀スーパー林道から秋山郷で抜けた。
 

塩那林道

塩那林道

TT250R

20121218_004.jpg「伝説の」と言っていい未舗装路がある。塩那林道。毎年のように崩れ、常に工事中で通行止め、といった塩梅だった道で、いまでは正式に「廃道化工事」が行われている。この道を、一度だけバイクで走ったことがある。1995年9月30日のことだ。

土日で、安ヶ森林道・塩那林道・大川林道から福島、米沢へと抜け、周辺の林道を走ろうと思った。会社に入った年、金などないのでもちろん全部下道だ。テントを積むのもめんどくさいので、キャリアにはシュラフと工具を入れたICI石井スポーツの28リットルデイパックひとつ。このデイパックは、確か1987年頃に登場した「夢の」大容量安価デイパックだったがその話はいずれ。

20121218_000.jpgたしかこの年の『月刊ガルル』に、激しくガレている、でもスカイラインダートだ、というような記述で塩那林道の紹介が出ていたと思う。たしかに、スカイランだ。尾根を走る道なんて、なかなかない。しかも未舗装路だなんて。

通行止めが多いとは聞いていたし、当日は安ヶ森林道も路面を全面的に掘り返す工事で通行止め、引き返していただけにダメもとで行ってみると、ゲートは開いていた。とくに通行止めとは書いていなかったと思う。

20121218_001.jpg意外にも路面は普通。新しく砂利を入れているようで、当時初心者といってよかった私には運転しづらい道ではあったが、まあ普通に走れた。クルマでも大丈夫な感じだった。いまでもここが未舗装で開放されていたら、どれだけ多くのライダーや四駆が入ってくることだろう。でも、維持できなかった道なのだ。

20121218_002.jpg橋はこれだけの幅があった。2車線だ。

塩那林道を走ったのはこの時限り。友人の話では、1990年代末までは、ゲートが開いていて走れることもあったらしい。

バイクはTT250R。もともとオフロードバイクに乗りたかったのだが、1993年にこのTT-Rが登場し、そのスタイルに惚れ、やっと免許を取る決心をしたものだ。購入は1993年12月。以後、宗谷岬、納沙布岬、波照間島、与那国島までこいつで足を記した。しかし、1997年2月に自宅駐輪場で盗まれてしまった。いままた所有できるなら所有したいバイクだ。

写真はすべてコンパクトカメラとネガ。当時は「いちばん安いフィルム」を探して使っていた。だからとても色が悪い。一眼レフとフジのリアラを使うようになったのはもうちょっと後の話だ。
 

上菅谷駅のブロック積み駅便

上菅谷駅のブロック積み駅便

駅のトイレ

20121217_000.JPG栗原景さんの完乗立ち会いに行ったとき、強風で列車が遅れ、上菅谷の駅で待ちぼうけしていた。そこにあった駅便。

ブロック積み。入口は壇上共用で一つ、その前に衝立。

壁はブロック済みだが、その上の換気部分は金属製、屋根および支えは木製。換気部分は更新されたもののようだ。

20121217_001.JPG灯りが、家庭用のそれだ。こういう住宅用街灯は、いつ頃までの文化だったのだろう? いまの新築住宅には、蛍光灯を使ったこういう長細いタイプが使われることはないような気がする。みな白熱灯、いや、いまならLEDか。

この街灯は、付け根にナショナルのシールが貼ってある。太い「N」の中に稲光のような線と「ナショナル」の文字が入るものだ。アクリル製で、おそらく、右が左の透明部分を回すと外れるのだろう。

20121217_002.JPG隣接して茨城第一交通の事務所。地元のタクシー会社だ…と思って検索したら、北海道から沖縄まで股に掛ける会社で驚いた。直営ではなく、買収によるグループ化だと思うけれど。

(参考)第一交通産業-wikipedia


この角度でトイレの入口を再度見ると、男女の案内が、衝立とトイレで逆である。これ、BADUIじゃないか、と思いきや、中は向かって左に個室、右に男子小用であり、もともと共用トイレなのであった。



備後落合駅の駅便

備後落合駅の駅便

駅のトイレ

20121216_001.JPGトイレを見るクセがある。用もないのにのぞく。きれいだと安心する。温泉旅館からショッピングモールまで。別に用を足すわけではない。駅の外にあるトイレも然り。地方の駅ではまだまだこうしたトイレが現役で、とても嬉しい。

…ということを無意識にしていたのだが、写真を撮ったのはこの2009年の備後落合駅が最初かもしれない。誰も周りにおらず、まだ吊り下げられた「便所」の看板に惹かれたような気がする。

20121216_003.JPG便所。LAVATORY。

そして、街灯。

トイレは使ったけれど、このころは中の写真は撮らなかった。なんとなく、撮っちゃいけない気がしていた。もちろんこうしてアップすることなど考えてもいなかったのだが、後日、こういう、どちらかといえば新しくされがちな施設、でも大切にされている施設こそ記録が少ないんじゃないかと思うようになった。

20121216_000.JPG備後落合は、山間の小駅ではあるが、かつては交通の要衝だった。西条川と小鳥原川(ひととばらかわ)が落ち合う地点にある、わずかな平地。ここから、芸備線と木次線が別れる。

小鳥原は難読地名だ。いま国土地理院のウオッちずを見たら、ルビの振り方がずれている。

写真は早朝の駅。山間部の狭い平地ということがよくわかる。ワンマン運転用のミラーが邪魔だとかは思ってはならない。

20121216_002.JPG駅舎も大きい。運転の要衝であることは今も変わらないため、休憩施設としてか、おそらく3部屋あり、エアコンの室外機も三つある。

この駅が宿泊施設になったらいいのに、と思う。


鉄道旅行で、備後落合で乗り換える方は多いと思う。ぜひ駅便をご覧いただきたい。



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