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尾白内郵便局

尾白内郵便局

郵便局舎

20121021_000.JPGこういうスタイルの建物にすごく惹かれる。役所風でも言おうか、1970年代学校風とでも言おうか。意匠を凝らすこと名とまったく考えていない外壁、その印象をさらに強くするドアや、大きさの揃ったサッシ。すべてがすてきだ。

20121021_001.JPGこういうスタイルに感じるのは、社会の中の役割としての仕事。作業、という言い方の方が近いかもしれない。個の入る余地は基本的にはなく、全国に均質な対応をすることが求められる仕事。

社会からそうした姿勢を求められる仕事が存在したのは、もしかしたら終戦後から1980年頃までの30~35年間くらいなのかもしれないんじゃないか。官公庁の組合が労働運動を引っ張ってきていた間だけ。あてずっぽうだけど。

20121021_002.JPGちょっと歪んでいる文字もあるけれど、「郵便」の文字を見る限りは郵政書体だ。

尾白内郵便局は、北海道の森から海沿いに東に行ったところにある。この日、朝食に森のいかめしを食べようと思っていたのに、私が行ったときにはまだできていなかった。すぐ近くにセイコーマートがあったので、そこで朝食を取った。



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国道に咲く小さなGマーク・共同石油

国道に咲く小さなGマーク・共同石油

JOMO/共同石油

20121020_002.JPG国縫から国道5号の内浦湾沿いに函館方面に向かっていると、落部のあたりで右側に「G」が見えた。共同石油のマークである。もしかして給油所跡か? と思ったが、民家の庭先の灯油タンクだった。

共同石油のロゴが大好きだ。まだJOMOになる前、バイクのガスはいつも共同石油で入れていた。その刷り込みは、おそらく小学生の頃に見たKATO(当時は関水金属と言うほうが通りがよかった)の鉄道模型、DE10が、共同石油のロゴをつけた青いタキ43000を牽引する写真にときめいたせいかもしれない。

いま見ると、このロゴはドライヤーのようにも見える。



駅便(国縫駅)

駅便(国縫駅)

駅のトイレ

20121020_000.JPG木造の跨線橋が美しい国縫駅。この駅前で一晩を過ごした。駅舎に向かって左側に、この「駅便」すなわち駅のトイレがあった。

翌朝、跨線橋を撮影しようとホームに出たら、いた。なんとかわいらしい。天地が詰まった直方体の上に四角錐の屋根。入口は木戸。

20121020_001.JPG木戸を開けて左に個室がふたつ、右に朝顔が(たしか)ふたつ。

奥行きが浅い?


20120823_002.JPGおそらく、かつて有人駅だった時代には、ホーム側からのみ利用できるように、「向こう側」にも別途トイレがあったのだろう。いまは上の写真のとおり、ホームに開いてただろう出入口は塞がれている。


木戸を開けての内部や、個室内部は撮影していない。それどころか、駅舎の外見や内部も撮影していない。

なぜかというと、私がこれを撮っている間、駅前のお宅の「駅を管理しているご夫婦」が、駅舎内外のお掃除をしていたためだ。このときはトイレは掃除していなかったと思うが、当然、ふだんは掃除しているだろう。掃除している人を目の前にして、トイレの「中」の写真など撮れるわけがない。

なお、ご夫婦はとても親切で、いろいろとお話を聞かせていただいた。それだけでなく、漬け物やミネラルウォーターをもたせてくれたりした。だから、この朝に関しては、写真などどうでもいい。跨線橋は、ご夫婦が掃除に来る前に撮っていた。

<関連記事>
国縫駅の跨線橋


 

『タイポさんぽ』刊行記念トークイベント「タイポがたり」

『タイポさんぽ』刊行記念トークイベント「タイポがたり」

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

20121022_001.JPGタイポさんぽ(藤本健太郎著/誠文堂新光社)の刊行を記念したトークイベントがカルカルで開催された。



20121022_004.JPG

本に収録していない「タイポ」を中心に、「オハナライズ/スターライズ」から「ウェーヴ&カ~ル」など種類別に分けての鑑賞トーク。本ではとても愛のある 鑑賞文だったのだけれど、そこはトークイベント。愛は決して失わずに、本とは違った角度でのツッコミを入れたりして、「なぜ『タ』の点は☆化するのか」 「なぜ巻くのか」といった話を展開する。

●看板の文字は、時代の空気が封じ込められている。
 
20121022_007.JPGこれは、美容院の看板なのだが、実はこの書体は1965年に作られたCountDownという書体だったという。それを、天地を寸詰めて使っている。その際、「cut」の「u」を、本来のものでは「u」と認識しづらいと感じたのか、「v」に置き換えているという芸の細かさ。

<参考>
count down書体

ここで、眼を見開かされた文化論が展開された。最先端のニュアンスを持つ言葉が、一段階生活の中に落とし込まれたときに、こうしたタイポグラフィーが生まれるのではないか…という考察。「ファッション」という言葉が最先端だった時代には、その言葉を文字に入れ込むときに、なんとか先端ぶりを封入しようとした、だから「ファッションクリーニング」には「巻き」が含まれることが多いんじゃないか、と。その考察は、「古い看板を見ていると、その当時のレタリングの空気が、消えずに残っている」という見方に至る。

確かに、「ファッションクリーニング」とか「ファッション○○」という文字が躍っている看板は、少し時代に遅れた感がある。この「ファッション」の部分は、現代でいえば「デザイン」という単語が使われている。デザイン家具とかデザイン文具とか。「ファッション」以前は「文化」だった。文化住宅とか文化包丁とか。となると、いずれ「デザイン○○」という言葉や「そのもの」が、こうした鑑賞の対象になるかもしれない。1980年代の「ファンシー」が、既に鑑賞対象になっているように。

(このあたりの話は、USTアーカイブの55分くらいからある。いきなりそこを見ても理解できないので、最初から見るように!)

* * *
 
●すぐれたゲシュタルト崩壊文字は、彫刻に近づいて行く。

20121022_008.JPG後半は、ゲシュタルト崩壊から。

一連の文字列になっているとスッと読めてしまうのだけれど、一文字だけに注目しはじめると、突然、その文字とは認識できないデザイン性を感じることがある。

ここでは、ただでさえ鑑賞の対象になる文字列の中からそれを見出す試み。一つの文字をこれだけ大きく描くと、本当に、文字に見えない。そして気づく。「まるで、立体の彫刻のようだ」。そう言われると「大将軍」の「将」の字も、石の椅子に見えてくる。画像はアップしないが、本当にそう見えてくるからおもしろい。

20121022_017.JPG次いで「サニパックの仲間」シリーズ。個人的には、先のCountDownに通じるものを感じる。ここでは「ブラケットセリフがついた日本語は、だいたいヤバい」という見事な洞察で締めくくられる。

そして、最後のテーマは「恐怖」。

20121022_019.JPG説明するだけ野暮だろう。

* * *

トークの醍醐味は、話者と観客との場の共有感だと思っている。本を読むという行為は話者から観客への一方的な話だが、トークイベントは、観客から話者に雰囲気として感想をフィードバックできる。今日も、そのキャッチボールは大成功だったと思う。とてもいい空間を楽しむことができた。書体についてまったく知識のない人でも十分楽しめる構成だったと思う。


最後に。
私がこうした書体やレタリングに興味をもったきっかけは三つあって、ひとつはバンコのテンプレート、ひとつはかつての新聞の解説図版に添えられていた「書き文字」、ひとつは駅の駅名標の文字だ。

新聞の解説図版は、いまはPCによるCGに置き換えられてしまったが、たとえば事件現場の解説など、図には写植を載せずに、独特の手書き文字を載せていた。いま手元にそれが残っていないのが残念だが、等幅の細い文字で、看板文字のようにフェースいっぱいに書かれていた。読売新聞で最後まで残っていたのは、1面の「読売新聞」の文字(タイトル文字ではない)と天気図だった。駅名標は、「フォント」に取って代わられた。

テンプレートはごく一部でのみ生きのこり、新聞の書き文字と駅名標の書き文字は失われた。しかし、看板が時代の雰囲気を封じ込めるように、私は自身に興味を持った時の気持ちを封じ込め、その琴線に触れるものを「いいな」と感じているのだろうな、と思う。看板文字、大好きだ。

私の原点の一つ:駅名標

==

USTアーカイブはこちら。
http://www.ustream.tv/recorded/26324666

togetterまとめはこちら。
http://togetter.com/li/393690


 

木製扉・木製戸の菱形・バツ形

木製扉・木製戸の菱形・バツ形

木製扉の菱形・バツ形等

20121019_002.JPG東北から北海道にかけて、時折…というほど時折でもなく、稀に…というほど稀にでもなく見かける、木製の扉や戸。ほとんどは扉だ。倉庫や駐車場の出入口に使われているものが多く、大型のものはこの倍ほどの面積を持つ。

木製の扉の羽目板は、たいてい菱形になっている。なぜだろう? 縦または横にしたほうが、作りやすいのに。このほうが、強度は相当に高まると思うが、それが目的か。写真は北海道の国縫駅前で見かけたもの。

20121019_001.JPGこちらは新冠駅近く出見かけたもの。菱形ではなく、反対のバツ字形になっている。これは初めて見た。しかも引き戸。短辺対長辺が1:2以上であるため、下部を帯板で継ぎ足してある。

…うしろの「焼肉」も気になる。



この木材の組み方の名称を知りたい。ご教示いただければ幸いです。

<関連記事>
求む 木製扉の形式の名称

沼ノ沢郵便局

沼ノ沢郵便局

郵便局舎

20121018_000.JPG沼ノ沢郵便局。

玄関上に消えている文字は「○定額貯金」。○はなんだろう、マークか何かだろうか。

やはりポストは小さい。

20121018_001.JPG郵政書体。「ノ」の字がおかしな気もするが、材質やなにかを見る限り、これが正規のようだ。


局舎前の鉢植え。こういうのは大好きだ。



対岸のエネオス

対岸のエネオス

ENEOS/日本石油

20121018_002.JPG夕張の南、沼ノ沢にあるエネオス。敷地はそれなりに広いのに、なんだか小さくまとまっている。なのに、やたらと開放的な印象だ。計量器は、レギュラー、軽油、灯油。

20121018_003.JPG立ち止まったのは、古い看板があったから。ヨコハマタイヤとブリヂストンタイヤ。どちらも古いマーク。この看板がついている支柱、よく見ると水平に棒が突き出ている。これは、タイヤ販売用の垂れ幕用などではないだろうか。看板の上にある屋根のようなものは、一見、擬木かと思ったが、蛍光灯カバーのようだ。

おもしろいというか、灯油の計量器のすぐ横に自家用の灯油タンクがある。

20121018_004.JPGサービスルームがないのは冒頭の写真でわかるが、店は道路を挟んだ向かいにある。よく見ると、道路側にC字形の枠がある。もしかして、ここに日石の看板でもあったんじゃないか?

ガラス越しにおばちゃんがいたので建物の正面は撮っていないのだが、いまGoogleのストリートビューを見て、--ここのストビューがあるのが驚きなのだが--驚いた。

20121018_009.JPG「日本石油」と書いてある。

現地で気づいてたら、おばちゃんを気にせずに写真を撮ったはずだ。しかし、撮っていない。いま、建物を横から見た写真を見ても、どうやら「日本石油」の文字はなさそうだ。ストビュー撮影と、私が行った2012年8月の間に撤去されてしまったということか。残念だ。

 

赤平東郵便局

赤平東郵便局

郵便局舎

20121017_002.JPG見れば見るほど、昭和50年代の国鉄の「カプセル駅」のテイストを感じる。安価に、規格ものとして成立した形なのかもしれない(まったく根拠はない)。

道路が鈍角にカーブする交差点に面しており、真正面から見ると郵便マークが見えない。郵便マークの行灯は、道路の軸と直角に配置するものなので真正面からは見えないものだが、ここでは道路は斜めである…。局舎はエアコン完備。

郵便局なのに、その前に設置してあるポストの大きさがなんとも言えぬ。その手前、駐車場に入るにはとても邪魔な位置に標識があるのも不思議だ。

20121017_001.JPG素晴らしい郵政書体。とんがっている。痛い。

20121017_000.JPG道路からは、この側面しか見えないのだ。これが建てられた頃には、そんな主張の必要性などなかったのだろうな。



国道278号 波に破壊された旧道(戸井/日浦トンネル)

国道278号 波に破壊された旧道(戸井/日浦トンネル)

廃道

20121016_006.JPG北海道の函館から東にずっと行き、戸井を過ぎると日浦トンネルがある。その旧道に相当する。もっと北、森から海沿いに恵山を回ってきて、この旧道にぶつかった。写真は旧道に入って振り返ったところ。相当な切り通しだということがわかると思う。

20121016_005.JPG前方、柱状節理を切り拓いた道が見え、その向こうに柵がある。道は断絶しているように見える。いや、それよりも画面の右の夥しい落石が恐ろしい。

20121016_004.JPG右を見る。この高さだ。17mmでも入らない。絶対に近づきたくない。ネットを張っているとはいえ、よくぞこんなところを国道としていたものだ。柱状節理は、少し力を加えるだけでボロボロと剥がれ落ちる。

20121016_000.JPGさて、柵。その下は、柵からの錆びで茶色くなっている。その向こうは?

20121016_001.JPGこうだ。道は、岩礁の上に橋を渡し、岩を切り拓いて続いている。

20121016_002.JPGなんという波の破壊力。この日は風が強かったとはいえ、8月上旬でこの波である。足元を見ていると、波が来るごとに深い闇がぐぐっと持ち上がってきて岩礁の隅々まで入り込み、惹いていくときに渦を巻いていく。人間の泳ぎなどなんの役にも立たなそうな、圧倒的な水圧。

20121016_003.JPG橋だったもの。ちゃんとコンクリートで函を作って橋台を造り、その上にPCの桁を渡している。それが、このザマだ。

落石も恐ろしいが、波も恐ろしい。ここが現役の道路だった頃、冬場にクルマは通れたのだろうか?



その向こうは太平洋の空 出光静狩SS

その向こうは太平洋の空 出光静狩SS

出光

20121015_000.jpg北海道の内浦湾沿い、室蘭から長万部に向けて走る国道37号。不思議と、この国道は西から東へしか走ったことがない。礼文華の難所を越え、海側に並行していたJR室蘭本線を陸橋で渡ると、この出光がある。ここは静狩集落、長万部側の「平野部」のどん詰まりだ。

静狩の集落内で難度か鉄道写真を撮影したことがある。西に向かってどん詰まりの集落なので、引き上げるときには東に向かうのだが、この出光まで1km以上の距離がある集落内からでも水銀灯(だと思うのだが)が見える。たいていの場合は靄の向こうにボワッと浮かんでいるように見える。

20121015_001.JPGこの出光の前は何度も通っているにもかかわらず、給油したのはたぶん初めてだと思う。海からの風が少し吹いていた。国道との間に幅の広い歩道があるのだが、そこに乗用車が止まっていたのでトップの写真もなんだか中途半端になってしまった。敷地の形状のせいか、水平の線が揃わず落ち着かない。

サービスルームで気がついたのは、採光窓の上にあるシャッターだ。閉店時は施錠するだけでなく、シャッターを下ろすのか。

20121015_005.JPG海までの距離。その横の空き地。撮影したのは8月の18時過ぎ。なかなか雰囲気のあるタイミングだった。

20121015_004.JPG西の空に雲が湧いている。1台、入ってきた。

20121015_002.JPG向こうが海、な感じはするだろうか。

20121015_003.JPGここにあるのは、A重油と軽油の計量器。A重油とは、要するに軽油取引税のかからない軽油。近隣の農作業用だろうか、漁業用だろうか。もっとも、計量器のメーターはそれぞれ2000リットルと1000リットルを指している。ローリーに積み込んだのだろう、そこから各戸に配達に行くのかもしれない。

* * *

この場所は、とてもわかりやすい。かなり代縮尺の地図でも、この場所を説明できる。国道とJR線の位置関係は、たいていきちんと書かれているからだ。私が部屋に貼っている100万分の1の北海道の地図でも、もちろん書き分けてある。その陸橋は、一直線のJR室蘭本線の撮影の好適地だ。なにしろ、西を向いている。

20121015_009.jpgこれは、私が「初めて」鉄道写真を撮ったときのものをトリミングしたもの(鉄道以外撮っていたので、カメラ初心者ではない)。ポジをスキャンしたものなので色もとんでしまっているが、ポジ原版は自画自賛したいくらいに美しい。

20121015_006.gif
(RMのサイトより画像を拝借。この画像も色味がかなり違う。実際の本の製版が素晴らしい)

これをRMに送ったら、表紙に採用してくれた。もちろん、かなりのトリミングをされている。見ず知らずの他人に評価をされたということが、とても嬉しかった。そして、原版であの大きさのものが、ここまで大きく引き延ばしても破綻しない製版に驚いた。ドラムスキャナでポジを色分解していた半DTP時代の、ひとつの頂点だと思う。しばらくして、RMは製版がめちゃくちゃになり、写真のセレクトもネタモノや編成写真主義になってしまった。大判のグラフ誌という点で大好きだったRMだが、そういうわけで、いまはもう読んでいない。
なお、このときの狙いは雪煙。斜光線に映える雪煙は本当に美しい。
20121099.jpg(別カット)

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