忍者ブログ

プロモーション

カレンダー

05 2026/06 07
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

カテゴリー

twitter

twitter2

プロフィール

HN:
磯部祥行
性別:
男性
自己紹介:
メールはy_磯部/blue.ぷらら.or.jpにお願いします。日本語部分等は適宜置き換えてくださいませ。

バーコード

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

since 2010.7.30

アクセス解析

フリーエリア

プロモーション

プロモーション


[PR]

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


断絶した道路 国道229号

断絶した道路 国道229号

廃道

20120912.jpg積丹半島東側、余市湾側にある滝ノ澗トンネルの旧道、東側に相当する。突然、道が断絶している。金網で封鎖されているのは旧道だ。

「向こう」から「こっち」に向かう形で、白い菱形がある。横断歩道等がある場合の注意喚起の表示だが、その存在もむなしい。

PR

我路と、中路プラットトラス

我路と、中路プラットトラス

プラットトラス

20120914_002.JPG
東明から西へ、道道美135号美唄富良野線が延びている。といっても富良野に抜けているわけではなく、美唄ダムを遡ったところで道路は途切れている。一般交通はその手前で遮断されているかもしれない。

道道に沿って、美唄鉄道の廃線跡がサイクリングロードとなって伸びている。美唄川の右岸にある。盤の沢という集落で支流をふたつ渡り、やがて美唄川を渡り、すぐに渡り返す。最初に美唄川を渡るのがこの橋である。橋梁名は不明。

この場所にかかる鉄道橋。
20120914_001.JPG20120914_000.JPG全然引けないのでこれで。

プレートガーダーなのだけれど、下部が補強されている。そして、本来は1スパンであるべきところ、補強の下に橋脚をあてがっている。ということは、この桁はどこかからの転用であろう。

床版は自転車道路にふさわしく舗装されたものに張り替えられている。

* * *

そのまま進むと、我路の集落。あまりの雰囲気に、写真は1枚も撮れなかった。廃屋が並ぶ中、焼き鳥屋があった。まさかと思ったが、中で人が動いていた。住民の気配がしないこの我路で商売が成り立つのだろうか、などと思っていたが、名物店らしく、わざわざ買いに来る人がいるようだ。美唄のモツ焼き鳥についても、今回初めて知った。

その我路の小学校跡地に我路ファミリー公園がある。無人だった。そこに、奇妙な橋があった。

20120914_007.JPG中路プラットトラス。床版を支える横桁は、ゲタを履かせて格点と接合されているように見える。

20120914_006.JPG引いて見る。3径間で、中央径間が中路プラットトラス、側径間は下路のPC桁。

20120914_003.JPG20120914_005.JPG20120914_004.JPG中路にする意味はないから、このトラス桁もどこかからの転用だろう。

* * *

隣接する三菱美唄記念館は、本来ならば営業中のはずだし、クルマの跡もあったのだが、開いていなかった。残念。




 

三菱美唄2号(4110同型機)のブレーキロッド

三菱美唄2号(4110同型機)のブレーキロッド

鉄道車両の台車

20120911_009.JPG三菱鉱業美唄鉄道といえば、4110形の払い下げが3両、同型の自社発注機が3両の合計7両が活躍していたことで有名だ。現在、東明駅が保存され、そこに2号機(自社発注機)が保存されている。

20120911_008.JPG線路側。美しい状態で保存されている。駅前にはサイクリングターミナルがあり、レンタサイクルがある…と思うが、いまやっているかどうか不明。廃線跡は自転車道路になっている。

20120911_000.JPGホーム。ポツンと、2号機。8月の平日だ、好き放題に堪能できる。

20120911_001.JPG20120911_002.JPG20120911_004.JPG残念ながら、運転台には入れない。

20120911_003.JPG動輪径が小さいので、加減リンクの位置がこんなに低い。

さて、本機で興味を引かれたのはブレーキロッド(制動引棒)である。

20120911_005.JPG写真は左が前。運転台の下にブレーキシリンダー(A)があり、制動軸腕(B)の前端(細いほう、写真左)を上下させると、後端(太いほう)に固定された軸を回転させる。それが、ロッド(制動引棒、C)を前後させる。

20120911_006.JPG後部から見た画像。以下、部品を見やすくするために画像を明るくしている。この太い軸が回転すると、そこに固定されたカムがロッド(C)を前後させる。

20120911_007.JPG動輪の間にロッド(C)が見える。ブレーキシューは(D)。ロッド(C)の上に見える帯板は、板台枠で、そこにブレーキシューの支持棒の根本が固定されている。

ひとつ疑問なのだが、ブレーキシューの上に伸びてきてる細い管は、冬期にシュー凍結防止用のために蒸気を噴き出す管だろうか?

20120911_010.jpg写真左が前。いちばん前の第1動輪にはブレーキがなく、第2から第5動輪にのみブレーキシューがある(D)。それぞれ、ブレーキシューの支持棒の長さや固定方法には差がある。また、ブレーキロッドも各動軸間の長さの棒が連結されており、要所にターンバックルがあって引きしろを調整できるようになっている。

砂撒き管(E)は、前進用としては第2動輪の前に、後進用としては第3動輪の後ろにある。

* * *

鉄道模型では、4110形または美唄4号機(この項で紹介したものではない)がトレインハウスからブラスが、マイクロエースからプラ製品が数回でている。どちらもリアルタイムで見ていた。マイクロエースの蒸機はプロポーションが破綻したものが多いのに、これらはスマートだった。買おうか迷ったけれど、買っていない。

いま改めてNゲージの蒸気機関車の加工をされている方のサイトで模型を見ると、実物では目につく場所だと思うのだけれど、マイクロエースは論外、トレインショップもちょっとディテールに埋もれている。残念。

N蒸機の世界
Nゲージ蒸気機関車

* * *

このあと、我路に向かった。我路は、とても印象深いところだった。我路については後日。


 

入舸郵便局

入舸郵便局

郵便局舎

20120907_003.JPG野塚郵便局から数km離れた入舸郵便局。入口サッシとオレンジの帯、そして行灯(この角度では見えない)がなければ、郵便局というよりも商店のようだ。

20120907_002.JPG側面を見ると、その「裏」の建物とつながっている。「裏」には表札もあるし、この関係は不明。簡易郵便局ではない。

20120907_005.JPGこちらから見ると「裏」とはつながっていないように見える。サッシは二重窓。外側だけを更新したものか。

20120907_004.JPG局名は郵政書体ではないが、手作り感があっていい。


 

青い帽子のサービスルーム/ENEOS

青い帽子のサービスルーム/ENEOS

ENEOS/日本石油

20120910_001.JPG小樽方面から石狩湾を東上すると、地図で言うと徐々に反り返り、ついにオーバーハングのようになる部分がある。その、海岸線がちょうど南北になるあたりが厚田川の河口で、そこにこの給油所はある。サービスルームの屋根が、独特の青。

20120910_000.JPG

青空給油所だ。屋根の青は、右隣の家屋の屋根と共通。そういえば、屋根が防火への上にのっかっている、というか防火壁が張り出し車庫の壁を兼ねている。そういうことか!

ふたつの計量器の間に立つY字型の照明もすてきだ。


余別トンネル(廃) 国道229号

余別トンネル(廃) 国道229号

隧道・廃隧道

20120909_006.JPG積丹半島の神威岬の東、ワリシリ岬の根本に穿たれた余別トンネル。その西側坑口だが、2012年8月、そのときまさに廃道化工事が行われていた。左に見えるのが旧道で、画面外になるがその左には旧旧道がある。

20120909_007.JPG「古いトンネルをふさいでいます」。

20120909_008.JPGさらに左に目を転じると、閉鎖された旧旧道の隧道が見える。近寄りたかったが、あいにく作業者のものとおぼしきクルマがあるので自重した。

* * *

20120909_001.JPG東側の旧道は近寄ることができた。うっかり、新道の写真は撮っていない。

20120909_002.JPGこういう意匠なのだろうか。それとも、何かが貼り付けてあったものを、廃道化する際に剥がしたのだろうか。他にもこういう処理(?)をしている廃隧道をいくつも見た。

20120909_000.JPG旧道の横には、当然のごとく怪しい道が。周囲は港なので、無関係かもしれないのだが…。

20120909_003.JPG見えますか?

20120909_004.JPGこのような形で藪に埋もれていた。私の背をはるかに越える、高さ3mになろうかという木か草かわからないような草(だと思う)に阻まれた。とはいえ坑口はとても小さく、現在の交通事情にはそぐわない大きさだった。























20120909_005.JPG振り返ってみる。センターラインが残っている。

* * *

20120909_999.jpgその横、港にあった道。突然、途切れている。かといって、かつて「この先」があってそれをぶった切ったわけでもなさそうだ。ここまで律儀に白線を引かずともよさそうなものだが…。






 

野塚郵便局

野塚郵便局

郵便局舎

20120907_000.JPG積丹半島の野塚郵便局。窓サッシの色が茶色いので、更新されていると推測する。

そういえば、この規模の郵便局舎はたいてい一段引っ込んでいるので、その前に花壇かプランターがある気がする。この野塚郵便局は、そこに立つ幟の色が赤/水/緑で、しかもこちらを向いているのでなかなかの飾りだ。ポストもいいアクセント。

20120907_001.JPG郵政書体。「野」の左に少し見えているのは赤いランプ。何かの警報用だろうか。




キナウシトンネル(廃) 国道229号

キナウシトンネル(廃) 国道229号

隧道・廃隧道

20120906_000.JPG親子三代。

もちろん初代は上、二代目は左、三代目は右。塞がれているのは二代目だけ。それぞれの意匠は兜トンネルと同じ流れだ。
























20120906_002.JPG初代にいたる道が、右手前にある。

20120906_001.JPG目で追うと、砂防施設と橋がある。橋は、こんな短いのに橋脚がある。…?

20120906_003.jpg浮いている。たったこれだけのスパンだからなくてもいいような橋脚が、浮いている。どうせ通るクルマもないだろうが、これはひどい。


この場所は、冒頭の三世代を眺めるのが吉。

兜トンネル・茂岩トンネル(廃) 国道229号

兜トンネル・茂岩トンネル(廃) 国道229号

隧道・廃隧道

20120905_000.JPG北側から。海側にふたつの廃隧道が見える。

20120905_001.JPG内径から考えると左が初代、右が二代目だろう。しかし、手前にコンクリートブロックが積まれ、近寄ることができない。

20120905_003.JPG海岸に下りれば近寄れるけれど、まあ、遠くからの鑑賞で十分か。

20120905_002.JPG二代目。


ここから少し北に行くと、2tローリーもはみだすENEOSで書いた盃SSがある。ぜひ給油してほしい。

その盃集落をはさみ、茂岩トンネル、南側坑口。

20120905_004.JPG


左(海側)に旧道と廃隧道(?)が見える。

20120905_005.JPGその手前ではキャンプしている人たちがいる。タイドプールもあるし温泉もあるし廃道もあるし、ここはいいかもしれない。あと、きれいなトイレもある(入った)。

20120905_006.JPGキャンプしてる人がいるので近づいて写真を撮るのはためらわれ、遠くから。要石の意匠を備えた坑門があるが、躯体は直線的なので覆道にも見える。近寄れなかったので未詳。

20120905_007.JPG



上総一ノ宮駅の木造跨線橋

上総一ノ宮駅の木造跨線橋

跨線橋

20120901_003.JPGJR内房線の上総一ノ宮駅に、美しい木造跨線橋がある。エレベーターが併設されたので、当面はこのまま使用されるのだろう。

線路は南北方向に走っていて、これは南(安房鴨川側)から北(蘇我側)を見たもので、左が下りホーム、右が上りホーム。それぞれ、エレベーターの取り付け位置が違うので、古レールによるフレームの見え方が違う。

20120901_004.JPG
20120901_001.JPG側は古レールをトラス構造に組んでいる。縦桁は木製かと思いきや、リベットがあることから金属製のようだ。逆台形という形状からして古レールではないようにも見える。床版は木製。
20120901_020.jpg跨線橋内部。屋根を支えているのはアングル材。屋根と側上部の間に隙間があるのが跨線橋らしい。

20120901_008.JPG窓はガラスはめ殺し。

20120901_009.JPG下りホームへの階段。上り口の屋根が少し反っている。

20120901_011.JPG意匠的なものだろうか。

20120901_010.JPG階段部分の窓は、ガラスの入れてある窓とない窓がある。

20120901_012.JPG下りホームの上り口。両側下部に親柱のような意匠。

20120901_002.JPG下りホームのエレベーター取り付け部。踊り場(?)の下部はがらんどう。

20120901_021.jpg上りホームの踊り場(?)下部は倉庫かなにかになっている。線路方向には窓もある(冒頭写真参照)。トイレではなかったと思うが、記憶にない。

20120901_005.JPG珍しく塗装標記があった。透明素材に手書きされた者で、少しはがれていた。全体的に美しい跨線橋だった。


 

[PR]