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新潟港の出国印・入国印

新潟港の出国印・入国印

独言・日記

鉄道のオフ会のような飲み会があったのだけれど、まさかの展開で出入国印マニアな話をたくさん聞くことができた。なんだこのおもしろさは! 話を伺ううちに、船で外国に行くことはレアなことらしいとわかった。韓国航路がある港やサハリン航路がある稚内は比較的メジャーだろうけれど。

20120423_000.JPG「新潟港の出入国、ありますよ」と私が言ったら、その、恐ろしい集め方をしているその方にも珍しがられたので、調子に乗ってここにアップする。新潟港の出国印と入国印である。

こういうことをまったく知らなかったので、検索してみると、新潟空港から出入国する場合は、スタンプが「NIIGATA A.P.」となるとのこと。港湾と空港が同じ名称である場合、空港側に「A.P.」とつくようだ。成田は港湾がないので「NARITA(1)」などである。「(1)」は第一ターミナル。

このときの目的は、ロシアンラリーの取材。その様子はこちら。ちょうど10年前だ。

現地4泊、うち3泊は船中泊だったと記憶している。最初の寄港地はナホトカなので、入出国もナホトカ。
20120423_001.JPG左が出国、右が入国。上のピンクのスタンプは、港湾らしく船が描かれている。



どうやら、この世界は、スタンプのためだけに海外に行くことが多々あるようだ。でも、たいていの行き先はチャーター便で韓国だったり中国だったり。日本では珍しい「発地」になっても、行き先は成田みたいなもので。そういう悲哀を含む楽しみ、大好きだ。
 
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『トラック野郎風雲録』(鈴木則文著/国書刊行会)

『トラック野郎風雲録』(鈴木則文著/国書刊行会)

独言・日記

20120420_000.JPGトラック野郎が大好きだ。この本、ほしかったのだけれど、2520円もするので躊躇していた。ところが、先月、勤務先が移転する作業の際、処分品置き場にコレがあった。だれが捨てたのかはわからぬが、ありがたくいただいた。

A5判のハードカバーである。重くて読みにくいのだが、装丁が凝っている。

20120420_001.JPGこんなふうに、カバー表1/表4、カバー袖表1/表4、本体表紙表1/表2/表2対向/表3/表3対向/表4を使って、全10作のポスターが印刷されているのだ。すばらしい。

「一番星」というネーミングや「雪の下北」の行灯に隠された思い、お蔵入りしたシナリオなど、ますますトラック野郎が好きになる話が散りばめられている。

とはいえ、トラック野郎のエピソードはそれほど多くなく、むしろ鈴木監督の映画論の本である。そして…恐ろしい悪文である。これがトラック野郎の本でなかったら、3ページで投げ出すくらいの悪文。リライトしたら4分の1くらいになると思う。


かつて、東映チャンネルがトラック野郎全作を放送すると知ったとき、その期間だけ東映チャンネルを契約した。そして10本とも録画した。とはいえ、アナログであるうえ、第5~7作のDVDが行方不明になっている。近所のレンタル屋にあるのは確認しているので、そろそろ借りてこようと思う。



隣り合うENEOS

隣り合うENEOS

ENEOS/日本石油

20120420.jpg国道17号が湯沢駅前付近を通るとき、異様な光景を目にするだろう。

とても巨大なENEOS…ではなく、ふたつ並んだENEOS。その奥に出光。

3軒並ぶだけでも珍しいのに、うち2軒が同ブランド。もちろんこれは、JOMOとENEOSの合併によるもので、奥のENEOSがJOMOだった店舗。ガソリンの価格表示の看板が、まだ緑だ(撮影は2011年夏)。

両方とも地元の店だ。どちらもいい気分はしないだろう。もともとENEOSだった手前は「おれのほうが先だ、お前が店を閉めろ」と思うだろうし、元JOMOは「ENEOSになったら2店並びになっちゃったら、お客さんが減るじゃないか」と思うだろう。

私の勝手な予想:奥の元JOMOが、独立系になる。


 

出光だった壁

出光だった壁

出光

場所は…たぶん赤谷湖の南のどこかだったと思う。出光が、のぞいていた。

20120419_000.JPG民家の家庭菜園の1コーナーが、出光。アポロは左向きと右向きがある。防火壁の断面も白く塗ってあるので、元々このサイズなのだろう。「出光」という字は褪色していて、筆の運びがよくわかる。

出光の「光」に重なっているのは計量器だろうか。確認するには、少しためらわれた。他人の敷地であることがわかるからである。その左、計量器乗っていたとおぼしき場所は、すでにゴミ置き場と化していた。

20120419_001.JPGこのドラム缶の中身は何だろう? いや、普通の民家にドラム缶などはきっとない。やはり商売がてら持っていて、それがそのまま放置してあるのだろう。

それにしてもこの狭さ。一般向けではないと思うし、どういう商売だったのだろう?

 

吊橋の水管橋

吊橋の水管橋

吊り橋

第一湯檜曽川橋梁の余録。情報は@yugao823さんからいただいた。この場所は何度も行っていたけれど、その頃は橋には興味などなかった。

20120417_004.JPGこの、立派な鉄道橋の下にちょこんとある吊橋。この程度の水管、わざわざ別に橋など作らなくても、道路橋(湯檜曽橋)の桁下にでも這わせればいいじゃないか…。とはいえ、きっとなにか理由があるのだろう。

20120417_002.JPG立派な、リベット組みの鋼製の主塔がある。そこにワイヤーが2本、並行に通され、そこから水管を吊っている。主塔のアンカー側には、水管の橋脚の役割をする小さな櫓があり、その櫓もなぜか背が高く、ワイヤーを通している。ワイヤーを通す意味は…わからない。

謎しかない吊橋の水管橋である。




第一湯檜曽川橋梁

第一湯檜曽川橋梁

鈑桁+石積円柱橋脚

上越線 第一利根川橋梁(群馬県)
上越線 第二利根川橋梁(群馬県)
上越線 第三利根川橋梁(群馬県)
上越線 第四利根川橋梁(群馬県)
上越線 第五利根川橋梁(群馬県)
上越線 第六利根川橋梁(群馬県)
上越線 第七利根川橋梁(群馬県)
上越線 第七利根川橋梁(群馬県)の次の橋
上越線 第八利根川橋梁(群馬県)の続き。


20120417_011.JPG利根川に沿って遡ってきた上越線は、湯桧曽駅の手前で上下線が別れ、上り線は利根川の支流、湯檜曽川に沿ってさらに遡る。ここと、土合の先で2回、湯檜曽川を渡る。

上越線開通時は単線だったので、いまは上り線となっているそのふたつの橋も、高崎方から第一、第二と名称がつけられている。第一湯檜曽川橋梁は3連のプレートガーダーで、ご覧の通りの石積の円柱橋脚がすてきな橋だ。

上の写真は、一度橋をくぐってから振り返って撮っているが、水上から国道291号を登っていったときに目にするのはこんな光景だ。

20120417_004.JPG左下(手前)が水上駅・湯桧曽駅方、橋を渡って対岸が土合方。この角度では、湯檜曽のループ線の「上」も見えている。

手前に見えるかわいい吊橋は稿を改める。


20120417_006.JPGご覧のような、立派な石積円柱橋脚。対岸の基部を見るとわかりやすいのだが、基部はコンクリートで補強されていて、そこが赤く塗られている。

架線柱は橋脚に取り付けられている。まるでUFOキャッチャーのアームがプレートガーダーごしに橋脚をつかんでいるかのようだ。

20120417_007.JPG桁を完全にくぐって、角度を変えて。

20120417_008.JPG架線柱と橋脚の関係。

20120417_010.JPG真横から。これは第2連。上流側に塗装標記と銘板。それを見ると、「第一」という橋梁名も、3連の数え方も、建設時の基準(高崎方から数える)を踏襲しているのに、「位置」は土合湯檜曽間137K895M61」とある。銘板は鉄道省規格だろう。

20120417_005.JPG高崎方の橋台。コンクリート製。翼壁は石垣。

20120417_009.JPGさて、この湯檜曽川を渡る国道291号の橋。一見、なんの変哲もない橋。しかし、そこに刻まれる「縣界へ十六粁四」の文字。これは、清水国道の名残だ。詳細は「山さ行がねが」の清水国道の項目を熟読されたい(湯檜曽橋の記述は『廃道本』にもある)。廃道ファンや国道ファンにはよく知られた道なのである。

20120417_012.JPG渡りながら、対岸の橋台。こちらもコンクリート製…の大部分は見えず、その手前が整備されて化粧板が張られている。

20120417_013.JPG対岸。親柱の銘板とともに振り返る。「ゆびそはし」。ここから支線を上げたのが、この記事冒頭の写真。だ
 
* * *

この第一湯檜曽川橋梁は、道路とのクリアランスが比較的少なく、かつ真横から見ることができるため、ここを列車が通過する際の迫力はすさまじい。深夜にEF64重連の貨物列車が通過するのを見たことがあるが、ありえないくらいの騒音と迫力だった。これはぜひ体感してほしいと思う。


 
 

上越線 第八利根川橋梁(群馬県)

上越線 第八利根川橋梁(群馬県)

プラットトラス

上越線 第一利根川橋梁(群馬県)
上越線 第二利根川橋梁(群馬県)
上越線 第三利根川橋梁(群馬県)
上越線 第四利根川橋梁(群馬県)
上越線 第五利根川橋梁(群馬県)
上越線 第六利根川橋梁(群馬県)
上越線 第七利根川橋梁(群馬県)
上越線 第七利根川橋梁(群馬県)の次の橋の続き。

20120416_005.JPGプラットトラスと、コンクリートラーメンが並行するのが第八橋梁。ラーメンのほうが、撮影地として知られているかもしれない。ラーメンの側(下流側)には遊歩道があり、そこにある橋からなんとか眺めることができる。右が水上方、左が湯檜曽方。

場所はここ。


上り線が既設線でプラットトラス+鈑桁、下り線がラーメンだ。歴史的鋼橋集覧はこちら

上り線から見る。

20120416_002.JPG上路トラスには近づけない。

水上方は鈑桁2本で上路プラットトラスにつないでいる。鈑桁と上路トラスの接続部分の橋脚はトラス下端までで、鈑桁の高さまでは鋼製の脚で延長している。これは第一利根川橋梁以来、同じ形。橋脚は長円形。

20120416_008.JPG遊歩道が橋の下をくぐっている。その場所には、屋根がある。だれも歩かないような草むした遊歩道…と思っていたら、かつてはちゃんとした遊歩道だったのかもしれない。

20120416_010.JPG鈑桁よりも橋脚に注目。第七までは円柱橋脚だったが、この上面を見ると方形だ。

20120416_011.JPG遊歩道から樹林ごしに上り線のプラットトラスを見る。こう見ると、橋脚に段ツキがある。上部が太いというか。耐震補強か何かだろうか?

20120416_012.jpg順序がおかしくなるが、その逆側(下り線側)に、塗装標記と銘板がある。距離が大宮起点で書かれている。上越線のキロポストは、高崎起点ではなく、すべて大宮起点だが、こうした施設も当然それを反映している。銘板は「鉄道省」という文字くらいしか読めない(レンズの長さが足りなかった)。

つづいて下り線のコンクリートラーメン。

20120416_006.JPGラーメンたる部分とでも言おうか。右側の橋脚の上部に点検用の通路がある。これは…
20120416_001.JPGこのように、レール面からアプローチする。あわせてラーメンへのアプローチも見える。

20120416_000.JPG遊歩道は、下り線の東側に出て終わる。

ここから利根川の右岸を登り、湯桧曽駅手前まで支流の湯檜曽川に沿うようになる。そして土合まで遡り、清水トンネルに潜る。

「利根川」と名がつく橋梁はここまで。


上越線 第七利根川橋梁(群馬県)の次の橋

上越線 第七利根川橋梁(群馬県)の次の橋

鈑桁(プレートガーダー)

上越線 第一利根川橋梁(群馬県)
上越線 第二利根川橋梁(群馬県)
上越線 第三利根川橋梁(群馬県)
上越線 第四利根川橋梁(群馬県)
上越線 第五利根川橋梁(群馬県)
上越線 第六利根川橋梁(群馬県)
上越線 第七利根川橋梁(群馬県)の続き。



第七から踏切を挟んですぐの橋梁。名称は第七だったような記憶があるのだけれど、歴史的鋼橋集覧では第七は踏切より西のものがそれと定義されているし、他の資料を見てもそうだった。

川は渡らない。地形的な他にを跨ぐのみ。その下は、もしかしたら藤原ダム建設以前は河原だったのかもしれない。第七との境の踏切は、水上駅から国道291号に至る道。その道が利根川を渡る橋の竣功年を見ておくべきだった。そうすれば、その築堤がいつ築かれたのか推測できたのに。

橋梁名すらはっきりしないけれど、書く。

20120415_001.JPG南側から。手前が上り線(最初に開通したルート)、奥が下り線(増設線)。右が湯檜曽方、左が水上・第七橋梁方。

20120415_003.JPG踏切から東を見る。写真右が上り線、鈑桁+円柱PC橋脚。左が下り線。PC桁+T字型PC橋脚。第七と同じ組み合わせだ。

20120415_002.JPG上り線。やはり架線柱は門型。こう見ると、脱線防止ガードは継ぎ目の段差が大きいので、わりと適当に接合されているということか。犬釘も枕木2本に1本。

20120415_004.JPG下り線。PC桁なので、こちらはバラストがある。架線柱は片持ち。

この橋は、対岸の桁下に道があるのでそこも行っておくべきだった。再訪しなければならない橋が、この名称すら不詳の橋だ。



20120415_000.JPG踏切。

架線と接触することを防止するガードが架線柱に見える。なんというトリック。



上越線 第七利根川橋梁(群馬県)

上越線 第七利根川橋梁(群馬県)

ワーレントラス

上越線 第一利根川橋梁(群馬県)
上越線 第二利根川橋梁(群馬県)
上越線 第三利根川橋梁(群馬県)
上越線 第四利根川橋梁(群馬県)
上越線 第五利根川橋梁(群馬県)
上越線 第六利根川橋梁(群馬県)の続き。




第六利根川橋梁で利根川の右岸に渡った上越線は、すぐにまた渡って左岸に移る。今度は直角に近く横切るので桁は短い。第六と同じく、上り線が当初のルートでトラス桁、下り線は増設線で鈑桁。同じような径間なのに、トラス桁ではなく鈑桁になっているのが技術の進歩の証。鈑桁は、上路に見える…?

20120414_002.JPG手前が下り線、奥が上り線。右が水上方、左が湯檜曽方。

この道路の左側にも橋があるが、それは次の記事で。

上り線の鈑桁+ワーレントラスが歴史的鋼橋として収録されている。歴史的鋼橋集覧の記事はこちら

20120414_003.JPG近づいて見る。どちらも、水上方に短い鈑桁、湯檜曽方に長径間の桁(下り線は鈑桁、上り線はトラス桁)。

20120414_005.JPG手前に道があるように見えるが、水管。最下段の写真を見ればわかる。

右が下り線(新線)。山側に隧道を穿って既設線(上り線)に並行させている。これは大穴隧道。

橋脚を見ると、古いトラス桁の橋脚は幅が広く、新しい鈑桁のほうはT字型だ。

20120414_006.JPG上り線の線路は、鈑桁の上+トラス桁の中でカーブしている(踏切から撮影)。

20120414_004.JPG下り線も。…と、遠くからは上路鈑桁に見えていたこの鈑桁…

20120414_007.JPG中路鈑桁だった。カーブしているから中路または下路、なのだろうか。上路だと曲線を収用できないものなあ(←ここは素人考え)。下路にすると橋脚を数十cmでも高くする必要があるので中路を採用した…というところだろうか。


この踏切は、なかなかいい雰囲気。一連の橋梁近くで、ボケッと佇むならここがいちばんだ。



上越線 第六利根川橋梁(群馬県)

上越線 第六利根川橋梁(群馬県)

鈑桁(プレートガーダー)

上越線 第一利根川橋梁(群馬県)
上越線 第二利根川橋梁(群馬県)
上越線 第三利根川橋梁(群馬県)
上越線 第四利根川橋梁(群馬県)
上越線 第五利根川橋梁(群馬県)の続き。

沼田の手前、第五利根川橋梁で利根川の左岸に渡った上越線は、そのまま水上まで左岸を北上する。ここまでの上越線は、上下線がほぼ並行して敷かれているが、ここからは複線化の際に、新線をまったくの別ルートでつけた部分も多くなる。

水上に着く直線、車窓左手に諏訪峡、その向こうにホテル街が見えるが、そこは単線のように見え、上り線が見えない。上り線は山側を隧道で一直線に貫いている。


水上駅の「山間ぶり」はかなりいい雰囲気で、大好きな駅であるのはこれまでも繰り返し書いてきた。ここまでは、それでも人家と離れずに来たが、とここからは急に人気がなくなる区間を行く。水上駅を過ぎると、すぐに三回連続して橋梁を渡る。水上の手前からカーブが連続して、しかも橋を三回もかけなければならない(うち利根川を渡るのが2回)のは、線形を決める上で悩ましい選択だったろう。その一つ目が、この第六利根川橋梁だ。最初に開通したのが上り線、複線化で増設されたのが下り線だ。歴史的鋼橋一覧の記事はこちら



20120414_000.JPG20120414_001.JPG写真手前が上り線で、最初に開通した桁。全体を撮影できるポイントがないので、上の写真を左(水上側)、下の写真を右(湯檜曽側)と分割して。

こうして見ると、上り線も下り線も同じ淡緑色+コンクリート製橋脚なので、一見、どちらが古いのかわからない。古い桁(手前)の橋脚は円柱だが、対して新しい桁(奥)はT字型をしている。架線柱は、更新されることもあるので一概には言えないだろうが、古い桁が門型、新しい桁が1本型だ。


とくになにか特徴があるわけでもないの第六。川幅は50~60mくらいしかないのに、斜めに横断せざるを得ないため、橋長は約200m。前述の通り、線形選択の落としどころがこれだったのだと思うと、この、どこにでもある形の橋が愛おしく見えてくる。



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