忍者ブログ

プロモーション

カレンダー

04 2026/05 06
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カテゴリー

twitter

twitter2

プロフィール

HN:
磯部祥行
性別:
男性
自己紹介:
メールはy_磯部/blue.ぷらら.or.jpにお願いします。日本語部分等は適宜置き換えてくださいませ。

バーコード

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

since 2010.7.30

アクセス解析

フリーエリア

プロモーション

プロモーション


[PR]

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


水管橋(折居川)

水管橋(折居川)

三弦橋

昨日の羽越本線 山倉川橋梁のすぐ横にある水管橋。

20120509_000.JPGなんというか…太い。水管は下弦(というのだろうか、三弦橋も)であって、上弦(上側の並行する2本)は水管を保持する構造物。橋門構の造形に惚れ惚れする。

20120509_005.jpg三弦橋だと、端柱に相当する部分にも斜材(というのだろうか)が入るのだな。それが、まるで映画「スクワーム」で頬に食い込んだ虫のごとく、橋門構にもぐりこんでいる。橋門構もまた、周縁部が折り返されており、かつ美しく溶接されており、さらに銀色塗装とあいまって、非常にソリッドな印象を持つ。

20120509_002.JPGこんな感じで土中から水管が突き出ている。

20120509_001.JPG美しい…と思っていると、銘板、ではないな、仕様が書かれた板が掲示されている。

20120509_006.jpg呼び径:400A(外径φ406.4)
形式:逆三角ワーレントラス補剛形式
支間長:48.000m
使用鋼材:ステンレス(SUS304)
設計基準:「水管橋設計基準」WSP-007
雪荷重:3.0kN/m^3(積雪深1.4m)
地震荷重:Kh1=0.26 Kh2=0.54
設計内圧:静水圧時0.75MPa 水撃圧作用時1.25MPa
施工:新潟県北蒲原郡京ヶ瀬村下里3610 水島鉄工株式会社

「逆三角ワーレントラス補剛形式」というのか。たしかに、メインは下弦の水管であり、それを上弦2本が補剛しているんだもんな。しかし、道路橋などは左右のトラスが床版を補剛しているのだけれど、いちいちそうは言わない。検索してみると、水管橋で使われる用語のようだ。

施工の水島鉄工を検索したら、すばらしいサイトをお持ちではないか。
施工例に、この折居川の水管橋がある。

* * *

おもしろいことに……

20120509_004.JPG三弦橋と並行して、道路橋の橋脚を利用したパイプビーム式の水管橋がある。それなら、わざわざ三弦橋を架設しなくても、ここに並行して架ければいいじゃないか…などと思うが、きっと、施工の手順やなにかで抗せざるを得ない事情があったのだろう。

20120509_003.JPGこちらはこんな感じで土中から突き出ている。カエシがすてきだ。




PR

羽越本線 山倉川橋梁

羽越本線 山倉川橋梁

橋梁一般

三弦橋である水管橋を撮影していて、ふと見ると羽越本線の橋梁がこんなだった。

20120508_000.JPG山倉川橋梁という。構造を単純化すればポニーワーレントラスと言っていいのだろうが、ここでは鹿島の正式な名称である「鋼・コンクリート複合トラス」とする。上弦材・下弦材をPCにしたトラス橋…ではなく、PC箱桁の側面を鋼管トラスに置き換えたものである。鹿島の資料を基に書く。

20120508_001.JPG踏切から見るとこんな感じだ。

20120508_006.JPG上弦(PC)と斜材(鋼管)との接合部。格点はPC内にあるので見えないが、中できちんと接続されている。

20120508_999.jpg(鹿島「鋼・コンクリート複合トラス橋を 鉄道橋に初適用」より転載)

20120508_007.JPG下部はこう。下弦材と縦桁で4主構のPC桁のようにも見えるが、ちゃんと、トラス部・縦桁・横桁という構成なのだろうな。

20120508_005.JPG橋台の銘板。

山倉川橋りょう
設計:東日本旅客鉄道株式会社上信越工事事務所
施工:鹿島建設株式会社
設計荷重:EA-17
基礎:場所打ち杭φ=1.2M L=31.5M 6本
基礎根入:けた座面から35.71M
着手:2002年3月
しゅん工:2003年10月

新潟工事区長:鈴木博人
鹿島建設株式会社現場代理人:大久保秀樹

20120508_003.JPG桁の銘板。下は同じなので省略し、上。

橋りょう名:山倉川橋りょう
位置:神山 月岡 15K528M59
支間:51M80
塗装年月:2003年4月
塗装回数:6回塗
塗装種別及び塗料名:下塗 亜鉛・アルミニウム擬合金噴射
中・上塗 ポリウレタン樹脂塗料
塗料メーカ:下。中・上塗 大日本塗料株式会社
施工者:鹿島建設株式会社 株式会社横河ブリッジ

* * *

この橋を、Yahoo!地図で見ると奇妙なことに気づく。



衛星画像だけを見ててもわかるまい。これを「地図」に切り替えてみてほしい。

あれ? 川の流路も道路の位置も違う!

20120508map_old.jpg(カシミール3Dを使用)
少し前の地図ではこのように「山倉川」などというものが描かれていない(いま、橋の下を通っているのは(新)「折井川」である。そこで少し検索してみると、この山倉川は、1998年の豪雨の対策として掘られたもので、あわせて鉄道や道路が付け替えられたということがわかる。

ここにまとめなおしてもしょうがないので、公式な文書のリンクで張ることにする。

・鹿島「鋼・コンクリート複合トラス橋を 鉄道橋に初適用」
・JR東日本「羽越線神山・月岡間山倉川B改築他工事の施工について」(PDF)


興味深いのは、踏切を一つ、新設できているこだ。名義的には「移設」にしたのだろうか。

なお、サイト「廃線跡探訪」によれば、この橋の建設にともない、路線の切り替え作業もあったそうだ。







 

国道17号脇の廃橋と白骨

国道17号脇の廃橋と白骨

廃道



20120507_000.JPG国道17号のこの場所、たしかyokkiren氏がレポートしていたような気がするのだが、ORJ何号だったのかを思い出せずにいる。もしレポートがあればそちらが絶対に綿密な検証をしているはずなので、ここでは見てきたことを書く。

このように、洞門と隧道の間に挟まれた一角に、廃橋がある。欄干は、端部に3連のアーチのようなものが刻まれている。手前の欄干のさらに手前に転がっている石材は、おそらく親柱。ただし、銘板類はない。

20120507_001.JPG山側の親柱は健在。こちらも銘板類はない。

見れば、谷側の新道は橋ではないようだ。とすると、この右側の橋を放棄し、谷側に土盛りをして旧道が橋で渡っていた沢を暗渠化して…ということかもしれない。

この場所、たまにクルマの出入りがあるようだ。駐車場のように使われているのだろう。国道17号側に目をやると、はるか彼方に上越線の路盤が見える。

20120507_003.jpg対岸から撮る。右端に、なにかある。

20120507_002.JPG…白骨。鹿の。

完全に真っ白な骨。肉などついていない。頭骨の左半分と思しきものがここにあった。右半分は、少し離れた草むらにあった。ここに出没した動物が持ち運んだか。

鹿はなぜここで死んだのか。クルマに跳ねられたのだろうか。この骨から2mと離れていないその脇を、大型トラックや乗用車がひっきりなしに通り過ぎていく。

ここは道幅が狭く、洞門と隧道が現れるためによそ見などできないと思う。この白骨に気づくドライバーなどいまい。

日石カルテックスの蝙蝠マークがある給油所跡

日石カルテックスの蝙蝠マークがある給油所跡

ENEOS/日本石油

20120506_000.JPGJR上越線岩本駅の近く、国道17号沿いに、すでに給油所としては現役ではない一角がある。防火壁には日石のペイントがかすれている。現在は駐車場として機能しているようだ。

背後の(おそらく)オーナーの住宅の一部に作り付けてあるサービスルーム。住宅の妻面にトタンを貼って白く塗り、住居の城壁と相まって防火壁が控えているかのような印象を見る者に与える。

20120506_004.jpgサービスルームは全体が水色に塗られている。軒下には、おそらく屋号が書いてあったのだろう。室内はバイクが置かれているのが見える。

20120506_001.JPG右側のクルマ越しに、日本石油の蝙蝠マークとCALTEXの文字が見えた。どちらも塗料が乗っていたところがまるでマスキングされたかのように白く残り、他の部分は経年で黒ずんでいる。CALTEXのほうを見ると、なんとか星があったことはわかる。赤い塗料片は、その位置からして、おそらくその上に塗り重ねた日石の色だろう。

20120506_002.JPGその下には、チューブタイヤのパンク修理用の水槽。いまの時代、給油所ではチューブタイヤのパンク修理をしてくれるのだろうか。そういえば、かつて一瞬だけ乗っていた、日産キャラバンのOEMになる以前のいすゞファーゴ4WDはチューブタイヤだった。

関係ないけれど、少しショックだったのは、岩本駅の駅舎が建て替えられていたことだ。木造駅舎の時代、何度か休憩をとったことがある。しかし、まったく鑑賞も記録もせずにいた。建て替えの日付を考えると新駅舎の前を何度も通っているはずだが、目に入っていなかった。そんなものだろうな。
 

高山本線  第二飛騨川橋梁

高山本線  第二飛騨川橋梁

プラットトラス




20120429_000.JPG第二飛騨川橋梁。中央径間が154フィートの下路プラットトラス、側径間は計8連のプレートガーダーである。石積橋脚も美しい。

20120429_001.JPGこんな感じで、奥(下油井側)からトンネルを抜け、谷を渡り、盛り土を抜けていく、いかにも鉄道路線らしい風景の一部をなすのが、この第二飛騨川橋梁である。

個人的には、斜材が45度のプラットトラスは美しいとは思わない。思わないが…

20120429_003.JPG美しいよねえ。154フィートをもってしても川の中に橋脚が建ってしまう。これはいかにも中途半端…などと思ってしまうが、もし向かって左側ももともと流路だったならば、ここにもトラスをかけてひとまたぎにしてるだろう。ということは、架橋当時は、向かって左側は河川敷だったのではなかろうか。

20120429_004.JPG反対側から。

20120429_002.JPG面白いのは塗装標記。この橋は、JRの旅客営業駅でいえば「白川口~下油井間」である。ところが、この表記を見ると「鷲原~下油井」とある。鷲原は信号場である。なるほどな、と思った。


橋ではないけれど…

橋ではないけれど…

古レール・駅ホーム上屋・柱

20120427_001.JPG前日につづき、これも松代駅にあったもの。用水路が枕木間の幅しかないからか、橋というか暗渠にはせず、ただその下を通している。そして両岸には橋台があり、枕木の下に木材(かな?)が置かれている。

橋梁っぽいのは、レール間の踏み板(網板)があるからかもしれない。

レール間を結ぶ棒がある。これは、レールの間隔を一定に保つためだと思っていたが、いま考えれば、踏み板の支えの役割しかないのかもしれない。

20120427_002.JPGついでにいうと、レールの外側にあるL字型のアングルは、なんの役割があるのだろう。枕木のズレ防止か?


謎の車両? 工事用台車?

謎の車両? 工事用台車?

鉄道

20120427_000.JPG車輪がついているから、鉄道の線路の上を走るなにかである。でも、屋根がついている。

廃止になった長野電鉄屋代線の松代駅にあったもの。この台車は鉄道敷地内にあったので、さすがにのぞきこめなかった。敷地外だったら、屋根を持ち上げてみるくらいするかもしれない。いったい、なんのためのものなのだろう?

20120427_004.JPGべつのもの。合計3台あった。

20120427_003.JPGいや、こちらは車輪ではないから2台と「似ている何か」というべきか。

構内に、ほかの台車は見あたらない。3台あって、3台とも屋根を持っている。これが何なのか、知りたい。屋代線廃止後、この3台の台車はどうなったのだろう。



中井精也さん写真展「DREAM TRAIN」

中井精也さん写真展「DREAM TRAIN」

鉄道

20120426_000.JPG『DREAM TRAIN』(中井精也著/インプレス)の写真展が、4月29日まで新宿で開催されている。

<詳細>

http://www.yodobashi.com/ec/support/news/1213373439033/index.html

会場で、困った。作品を見て、添えられた文を見ていると、けっこうこみ上げてくるのだ。飯山線の虹の作品など、正視できないくらいだった。

何度見ても、どこで見ても、たぶん私の受け取り方は変わらない。これは、「DREAM TRAIN」の旅を、それができる過程をリアルタイムでネットを通じて応援していたために、周辺の思い出とともに定着したからだ。いつどこで見ても、その作品の背景を思い出すことができる。とくに飯山線は、私の中に一生残るだろう作品。

20120426_006.JPG会場内は撮影自由。トークも拝見しているので、双子のオーストラリア人の作品など、中井さんがした口まねが耳元で聞こえてくるような気がした。もちろん、会場に中井さんはいらっしゃるのだけれど。

20120426_003.JPGこういう形の展示もある。初めて拝見する作品もあれば、トークショーでお話とともに拝見していたものもある。とってもポップで、上の展示方法とはまた受ける印象が全然違い、もしかしたら『ゆる鉄』しか知らない方は、こちらのほうが馴染むのかもしれない。私は『DREAM TRAIN』本冊の見せ方が大好きだけれど。

20120426_001.JPG会場入口には取材ノートがある。これだけは、会場に行かないとどういうものかわかってもらえないと思うが、細かなメモ…たとえば、原稿の下書きとかそういうものではなく、心情をそのまま書き記したような、そんな取材ノートだった。

* * *

写真作品は鑑賞者のものなので、鑑賞方法に決まりなどない。それでもお節介をするならば、事前に『DREAM TRAIN』を読み、「一日一鉄」の11月のくだりをすべて読み、それから写真展を訪れたら、きっと、のめり込み方が変わるはずだ。取材ノートも「他人がとったメモ」みたいな距離感ではなく「絶対に見たいもの」になるはずだ。

東京での会期は金曜と土曜のみだが、ぜひ、訪ねてほしい。

<参考>
Photographer's File  #12:中井精也

 

『眠る鉄道 SLEEPING BEAUTY』(丸田祥三著/小学館)

『眠る鉄道 SLEEPING BEAUTY』(丸田祥三著/小学館)

廃線跡

20120425_000.JPG丸田祥三さんの写真集『眠る鉄道 SLEEPING BEAUTY』が、ついに完成した。「本」というカテゴリでは比類なきものができあがった。つきつめると、印刷物として、こういうものを作ることができるのか…。

丸田さんの作品ひとつひとつについてはいまさら私が書く必要などない。また、どんな作品が掲載されているかは下記の「制作実況中継」で十分想像できると思う。私の感想など、ファンにはなんの役にも立たないが、造本と印刷についてなら多少は参考になると思う。そこで、それらについて書く。

<ぜひご覧ください>
togetter:丸田祥三×祖父江慎×凸版印刷×江上英樹 『眠る鉄道』制作実況中継


本書の企画・担当は、月刊IKKIの江上英樹編集長。広田尚敬さんのデビュー60周年記念企画をとりまとめ、『Fの時代』を作り上げた方だ。(<参考>『Fの時代』と『Cの時代』

* * *

20120425_012.JPGこの本に興味をもったら、あるいはこの本を買うかどうか迷ったら、ぜひ書店で手にとってみていただきたい。とにかく、「造り」が魅力的だ。この「造り」が、本書の作品をさらに高めている。装丁は『廃道 棄てられし道』と同じく祖父江慎さん+福島よし恵さん。

上の写真のように、本書は、ノド(綴じてある側)までめいっぱいに開く。そして、紙が厚くて硬い。ノドまで開くこの製本は「コデックス装」、通称「綴じっぱなし製本」といって、本来は、この背に布を貼り、ハードカバーをつけるものだ。これを並製本にすると、こんな感じに見開ける。

20120425_011.JPGノドまで開けて、硬い紙だとすると、「絵葉書の束」のような印象になる。外周に白地があることによって、絵葉書感はなくなり、額装のような印象になる。このあたり、祖父江さんの狙いなのだろう。

20120425_016.JPG印刷については前述のtogetterに詳細があるが、一部の折は蛍光ピンクを使った5色刷りである。印刷で再現できる色は、比較的限界が低いのだが、丸田さんの作品の彩度を再現するために、凸版印刷のプリンティング・ディレクター、金子氏が決断したものだ。しかも、通常、蛍光色は最後に刷るのだが、逆に先に刷って、その上にCMYKを刷ることで、シャープさと輝きを実現している。

私のダメな目では、5色刷りと教えていただいたページをルーペで覗いてもそれだとわからないので、このページもそうなのかどうかわからないのだが、丸田さんお気に入りの一枚が右の作品。こんな写真ではわからないだろうが、まるで絵画のようなのだ。最近撮影したデジタルカメラによる作品の、手が切れるようなシャープさと被写体の硬さとはうってかわって、画面全体がとても軟らかい。私はどシャープな作品も大好きだけれど、丸田さんのファンはこちらの作風を好む人も相当いるのだろうな、と思う。ほかにも、まるで昭和30年代の雑誌の付録のようなやさしい、少しくすんだ色合いの作品もいくつかある。たとえばこの作品。(自宅の蛍光灯が写り込んでいるのはご容赦!)

20120425_008.JPGわかりやすいように作品の一部だけを写すと…


20120425_009.JPGどうだろう、この絵画感は。

巻末には、江上さんこだわりのページとして、全作品の現役時代の写真が掲載されている。

20120425_020.jpgこの写真とデータを集めるのが、相当難儀したらしい。いや、でも、相当そこで楽しめたはず…と、実はお手伝いしたかった私はそう思っておく。

20120425_021.jpgそして、ここで、広田尚敬さんの作品も掲載されている! 丸田さんは、広田さんをとても尊敬している。こんな形での共演、喜んでおられるのか、今度お会いしたら伺ってみようと思う。

* * *

もう、うっとりする本だ。定価2625円。決して高くないと思う。3冊買って、1冊は「本」として大切にし、2冊はバラして1枚1枚の作品として額装して飾っておきたいくらいだ。25日配本なので、書店店頭には明日ころから順次並ぶはずだ。


本書で、丸田祥三さんの「三部作」は完成した。これから、本書を、丸田さんの作品を、作品世界をさらに楽しむためのイベントも企画中だ。私も絡むかもしれない。乞うご期待。

最後におまけ。これなんだ?

20120425_002.JPG

天北線 飛行場前仮乗降場

天北線 飛行場前仮乗降場

廃線跡

20120424_005.JPG昭和56年(1981年)、友人のH君から借りたコロタン文庫の『国鉄駅名全<オール>百科』(小学館)に載っていた飛行場前駅が、小学4年生を打ちのめした。これが北海道か。

広い空、だけど暖かくもなさそう。草いきれを十分に感じるけれども、海風も吹いていそう。とにかく、この駅があこがれとなった。

20120424_006.JPG本文でも2ヶ所で写真が使われている。鳥居型駅名標が大好きで、よく真似して絵を描いたり、駅名標の写真がたくさん載っている本を日夜探していたような私にとって、この駅名標も衝撃的だった。

ひこうじょまえ。やすべつ。あさじの。

なんともいえない手書き文字。標準的なものよりもかなり小振りの駅名標。ローマ字がないということは、定型ではない…。あまりにもこの写真を見過ぎて、安別と浅茅野もあこがれの地名となった。

天北線が廃止になった頃には鉄道趣味から離れていたので(廃止になることは知っていた)、結局は現役時代には行っていない。後年、大学を卒業後にバイクツーリングをするようになって、このあたりはよく通った。浅茅野あたりの地名を見るたびにこの駅のことは思い出すが、どうせ駅などないものだと思い込み、訪ねたことはなかった。

さらに年月が経った。
どうやら、2011年になっても、ホームや駅名標の一部が残っているようだと知った。

その夏、いろいろ無理をして10年ぶりのソロツーリングを実現した。現地3日。ぜひ行こうと思った。

20120424_000.JPG夏の匂いがする。

線路だったところは舗装され、自転車道路になっている。両脇の草は刈られている。ここを自転車が通ることがあるのだろうか?

20120424_001.JPG板張りのホームがあった。板の上に乗るのがためらわれるほど乾ききり、踏み抜けば踏み抜けそうだった。

20120424_003.JPG右に見える標識は、まるでメインの標識が落ちて補助標識だけが残っているように見えるが、そうではなく、「国道0.1km」のような字が書いてあったと思う。

20120424_002.JPGこの場所に、何時間でもいたい。この場所で夕暮れを迎え、夜を迎え、朝を迎えたい。そう思った。

* * *

こんな青空も、興部に着く頃には曇天となり、雨となった。紋別あたりでまた晴れた。この後、三国峠を越えて苫小牧まで走った。

* * *

コロタン文庫は罪深い。こんな本である。
20120424_004.JPG小学生の時、H君に借りた本をあまりに読み込みすぎて折り目をつけてしまい、申し訳なかったので新しいのを買ってH君に返した。私の手元に残った本は、その後しばらく持っていたものの、やがて鉄道から離れたころ、近所の子どもにほかにもたくさんあった同類の本とともにあげてしまった。いま思えば、思い入れのある本を手放すというのは、悔やんでも悔やみきれない。上記の写真は、2000年代に入ってからオークションで購入したもの。

20120424_007.JPG本文での取り上げ方はこう。ひとつの駅が、本の巻頭、エリアの最初、本文と3ヶ所に掲載されている。いまなら事情もわかってしまうが、そんなことはどうでもいい。この駅を巻頭に掲載してくれたからこそ、思いが募ったのだ。ありがとう、コロタン文庫。



[PR]