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アメリカン・ブリッジ探訪/新神通川橋梁

アメリカン・ブリッジ探訪/新神通川橋梁

橋梁(アメリカン・ブリッジ)



20091013-1.jpg





















富山県の神通川河口付近に位置する、新神通川橋梁。
上流側、高山本線の橋梁が、アメリカン・ブリッジ製である。
この写真は左岸から撮影している。


20091013-3.jpg





















ピントラスのもっとも美しい部分はココだと思う。

200フィートの単線プラットトラスが6連。
ロングスパンゆえの、シュウェドラートラス。
上弦中央の3パネル部分が直線状になっている。
シュウェドラーは、少し垂れ下がることもあるようだが、
アメリカン・ブリッジの日本向け桁はすべて直線である。

さて、このトラス桁の出自には2説ある。
歴史的鋼橋集覧には小西純一氏の記述で「1907年製」とある。
一方、土木構造物の教科書的な小野田滋氏の『鉄道構造物探見』では、
「1900年に御殿場線に架けられた~を転用した」と書かれている。
どちらも大家の書かれた文章である。
一次資料にあたるまで、どちらを信じていいのかわからない。


ここではその謎は置いておき、この地に架設されてからのことを書く。
この新神通川橋梁は、元は北陸本線用の桁であった。
北陸本線複線化の際に下流側に複線トラスを増設し、
北陸本線をそちらに移設、この橋梁は高山本線用とした。
それまでどうしていたかは調べていないが、北陸本線と共用していたのだろうか。
国土変遷アーカイブスにある写真を見ると、そう見える。


20091013-2.jpg





















画面右側(上流側)にある橋脚は、北陸新幹線用であろう。
ということは、北陸新幹線の工事が進み、あるいは開通した時点では、
この6連の曲弦プラットトラスはこのように見えなくなる。

この写真は土手から撮影したが、実は非常に厭な体験をした。
土手の上にある資材置き場のような広場にクルマを停めたら、
そこに監視カメラがあり、「ウィ~~~~ン」という音と共に
監視カメラがこちらを向いたのである。
カメラの場所は変わらないが、水平方向に360度回転し、もちろん上下に首を振る。
クルマから降りた私を追尾するのだ。

そこから離れ、一番上の写真を撮ったときも、土手の上からカメラが私を見ていた。

不法投棄でも、北陸新幹線工事の妨害でもない。
単なる写真撮影だけである。
いっそ、監視カメラに黒い幕でもかけてやろうかと思うくらい(そのくらいの高さである)
厭な体験であった。
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万年橋(青梅)

万年橋(青梅)

地図・航空写真・分水嶺

青梅の万年橋のプラットトラスの写真を見ていて、
ふと古い航空写真を見てみた。
万年橋は、確か2003年に新橋に移行しているが、
それを確認したくなった。

果たして、1974年度の航空写真はこうである。
20091012a2.jpg

































対して、グーグルの衛星写真はこうである。

大きな地図で見る
上流に新たな桁を架設したため、南側で道路が微妙なシケインのように
クランク状になっている。

そして、ヤフーの衛星写真ではこうである。

こうなると、もう経路変更の跡はなかなか見えてこない。

グーグルの衛星写真は古い、ということだろう。



古津のワム60000

古津のワム60000

鉄道車両廃車体


三頭山(2)検知石

三頭山(2)検知石

土木一般

その三頭山の下山直前である。
20091010-1.jpg






















これは、現在のブロックを組み合わせて作り上げる石垣の
端部のブロック。
これも検知石というのだろうか。

きちいんと楔形になっている。
これもちょっと感動した。

三頭山(1)

三頭山(1)

山あるき

20091010.jpg






















初めて関東の山に行った。
三頭山、まあ手軽な4時間コース。
都民の森までテネレで行き、そこから三頭山→西原峠→仲の平バス停というルート。

これは西原峠の手前だったか過ぎたあとだったか。
日陰側斜面から生えている一本の木が、日向側斜面に斜めに伸び、葉を広げていた。
なかなかに感動的だった。
(西原峠の手前なら、画面右は東のはずで、そうなるとおかしい。
ということは西原峠から下り始めたところか)




ハーコート探訪(古河橋)

ハーコート探訪(古河橋)

橋梁(ハーコート)

20091009-4.jpg20091009-2.jpg20091009-3.jpg20091009-1.jpg














































































写真を整理していたら、古河橋の写真が出てきた。
シチサン写真で左端が切れているのは、たぶんなにか理由があったのだろう。
人がいたとかクルマが入るとか。

撮影は2006年1月、こんなん撮ってたなんておぼえていなかった。

このとき、バスの中の隣席の人がインフルエンザで、
帰宅後、私も寝込んだ。。。


旧鹿瀬橋

旧鹿瀬橋

吊り橋

磐越西線の車窓から見える(と記憶している)赤い橋が、この鹿瀬橋である。
昭和28年開通。
いまは歩道橋である。

私が小学生のころに数回鹿瀬を訪れたときから、強く印象に残っている。
新潟市で育った私には、吊り橋というものがとてもめずらしかった。
その後、そこらじゅうの山中で吊り橋の跡を見ることになるのだが、
小学生の知識では「吊り橋=木床」みたいなイメージがあり、
鋼橋であることがとても不思議な気がした。

路床は金網であり、その両脇のみが舗装されている。
金網から下を見れば、阿賀野川の水面。
昭和56年の改修時に桁の重量を軽減するためにこのようになった。

20090917kanose1.jpg20090917kanose2.jpg20090917kanose3.jpg

いちじく

いちじく

独言・日記

IMG_9198.jpg






















今年は無花果が安いような気がする。
東京では、例年、5個498円が普通だったと思うが、
今年は298円しか見ない。
毎日2個ずつ食べている。

いちじく以上にうまい果物はない。
いちじく以上にヨーグルトにあう果物はない。


しかし、数年前まで、存在すら忘れていた。
旬が短い(ように見える)からかもしれない。
自分でスーパーに行かない限りは目にすることがないからかもしれない。


ところでこの物体、子供の頃は「『イ』チジク」と、『イ』にアクセントを置いていた。
新潟は全部頭アクセントである。
でも、関東ではそんな言い方したら聞き取ってもらえない。
いまは意識しながら「イ『チ』ジク」と言っている。
少し寂しい。

No Image

紀ノ川橋梁

橋梁(アメリカン・ブリッジ)

世の中に、なんと紀ノ川橋梁についての誤記が広まっていることよ。

国道249号旧道(石川県七尾市)

国道249号旧道(石川県七尾市)

廃道

こういう道が好きだ。
20091004-6.jpg






















国道249号を走っていて、目に飛び込んできた旧道。
改良で国道の半径を大きくし、路側帯を造ったものだ。
しかし、電柱は旧道に設置されているため、旧道もそこそこの形はある。
旧道と新道の合流点(下記地図で言うと南西)には、簡単な柵がしてある。

奥の標識には
「別府岳」「ミニ森林公園」とある。



地図で見ると、ココだ。
右カーブする国道から東北(画面右上)に向かって直線の道路が延び、
途中で切れている。この部分だ。

上の写真は、国道(新道)から南西方向を向いた写真だ。
地図では北東に向かって途中で切れているが、きちんと新道と接続している。
また、不自然に20m分の等高線を一直線に登っているが、もちろんこれは地図の誤りで、
現地は新道より一段低い部分を通っている。

上の写真でも旧道に橋が見えているが、こんな案配である。
20091004-5.jpg






















画面上、橋の右上に、石碑がある。拡大するとこうだ。
20091004-3.jpg






















なにが描いてあるのか、浅学なため不詳。
イメージとしては、絵柄の尖り方が、日蓮宗の南無妙法蓮華経碑を連想させる。

そして、左側に水準点。
地形図を見ると、標高31.3メートルの水準点がある。それだ。

20091004-4.jpg






















親柱によれば、「千柄橋」というらしい。

冒頭の写真の奥には、路面の速度規制がそのまま残っていた。
路肩の盛大な藪の具合もよくわかろう。
画面手前が舗装されているのは、新道建設時の余波か。

20091004-2.jpg

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