鬼峠・ニニウ・占冠のこと(1) * * *
さて、この道道610号、この赤岩青巌峡付近ではなく、ニニウから西が2010年から通行止めになっている。ニニウからはとくにゲートもないので行ってみたのだが…。 PR
鬼峠・ニニウ・占冠のこと(1)
鬼峠・ニニウ・占冠のこと(2)の続き。 ニニウには、たしか1軒お住まいの方がいると記憶しているが、だれもが目にするのは廃校となった新入(ににう)小中学校と、サイクリングターミナルだろう。廃校というのはとても切ない場所なのだが、ここは廃校となった後はレクリエーション施設として長らく使用され、たしか2005年頃まではまだ活用されていたはずだ。そのため、生徒のおもかげというのはかなり薄れている。いつも見るだけだったのだが、遠からず倒壊してしまう可能性も高いだろうから…と写真に撮った。ところが、この秋にサイクリングターミナルともども解体予定と知った。 付近にはニニウキャンプ場があり、やはり営業していないと思っていたのだが、なんと今シーズンは営業していたとのこと。まったく気づかなかったのは、思い込みなのか不覚なのか。ウェブサイトまであったとは。次回は泊まろうと思う。 * * *
同サイト内で紹介されている、占冠で暮らした人々の記録を収録した『シリーズ北海道の女』(宮内令子著/北海タイムス刊)を入手した。これを見ると、占冠、そしてニニウの暮らしがどうだったかがとてもよくわかる。よくぞ証言を残してくれた。むさぼるように読んだ。
鬼峠・ニニウ・占冠のこと(1)の続き。
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さて、ここで3時代の地図を見比べよう。まずは大正8年測図のものに、3時代分のルートを重ねてみる。 当時、鵡川沿いの赤岩青巌峡付近に道はない。中央から尾根に取りつき、そのまま峠を越えてニニウ側の尾根をつづら折りに降りてくる。ニニウには30戸近くの家屋が描かれている。 次いで昭和33年測量のもの。 中央側の入口は北にずれ、かつての道を重ねると、谷筋を登るように地形が描き直された(かつての道はこの地図には載っていない)。送電線の点検に適するかのような位置に道がつけられている。ニニウ側は少し遠回り、ペンケニニウ川の上流に下っている。興味深いのは、その位置に家屋が描かれていることだ。また、学校も描かれている(別稿)。また、中央から赤岩までの道も開削されている。 この、二代目の道がペンケニニウ川のところに降りる部分は、現在このようになっている。 なお、ペンケニニウ川に沿う道は、この少し先(北)でゲートで塞がれている。 以前はこれより先に行くこともできた。 ●1999年 道道夕張新得線(道道136号) そして現在(平成3年修正)。 (クリックするとFlickrの大きな画像を表示します) 昭和33年測量のものと中央側の描き方が違うが、おそらく地形図にありがちな「いまのほうがより正確に描き直されただけ」だと推測する。抜本的改良がされるとは思えないこのような道が、全面的に、旧道のすぐ近くで微妙に線形を変えながら作られるとは思えないからだ。よって、実際は、鬼峠までの道は昭和33年測量のものと変わりがなかったものと考える。 ただし、道は鬼峠からニニウに向かうのではなく、いきなり南下して、赤岩青巌峡の北に降りてきてしまっている。この途中で、大正8年の図にある初代鬼峠と交差するはずだ。この頃になると、赤岩からニニウ、そして穂別への道が開通しているので、もはや鬼峠越えは本来の用途…中央とニニウを結ぶ道としての役割は終えていただろう。いまバイクやクルマで走れるのは、この道の、峠付近より東側である。峠より南は、冒頭の通りゲートがある。 (続く) 鬼峠・ニニウ・占冠のこと(1) 鬼峠・ニニウ・占冠のこと(3) 新入小学校と『シリーズ北海道の女』(宮内令子著)
北海道の占冠村に鬼峠という場所がある。名前からして、あまりにも魅力的ではないか。占冠に初めて興味を持ったのは小学生の時だ。鬼峠に興味を持ったのがいつかは忘れたが、2000年代前半に、鬼峠さんのサイトを見つけたときにはむさぼるように読んだ。このサイトはとにかくすべてを読んでほしい。「鬼峠フォーラム開催報告」すべてに至るまで、ぜひ。(サイト名は「北海道観光節」、ニニウの節は「ニニウのこれから」というタイトルだが、当時は「ニニウへ急げ」という節であったし、調べ、思い、書いているのは鬼峠氏であるということに敬意を表し、以下「鬼峠さんのサイト」と記載する。リンク先はそれぞれ異なる)
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占冠はおもしろい場所で、ほぼ石狩川・空知川水系である上川総合振興局(上川支庁、といったほうが馴染みがあるかもしれない)にもかかわらず、この占冠村だけは鵡川水系で、村内を流れる川をたどると太平洋に出る。しかし、この村への道は鵡川を遡るのではなく、空知川水系である富良野盆地から山を越えて入ってこなければならなかった。鬼峠は、占冠の西、ニニウに至るために越える、さらにもうひとつの峠である。 (Kashmir3D+数値地図20万分の1+50mメッシュ標高データを使用) この部分、トンネルの幅が右側(南側)に広い。保線の方にうかがった話では、ここに休憩所があるという。鬼峠トンネルの点検は、歩いて往復8時間とのことだ。 * * *
さてこの、占冠市街(「中央」と呼ぶ)とニニウを結ぶ鬼峠は、地図上では2回、移転している。大正8年測図、昭和33年測量、平成3年修正の50000地形図を重ねると下記のようになる。1、2、3は、それぞれの時代の「鬼峠」だ。1は徒歩道、2は馬車道、3は車道だった。ニニウに中央からの車道がついたのは昭和35年だ。 鬼峠さんのサイトによれば、1以前に草分け道があり、1は明治44年から大正初期、2は昭和3~4年、3は昭和35年に開通している。いまは3の道を途中までたどれるのみ。代わりに、鵡川に沿った道道136号夕張・新得線が整備されている。この道はいまだに全通していないのだが(両側とも行き止まりまで、1990年代末に行っている)、道東道開通に伴い、この部分は驚くほどに整備されたが、それは後述する。 (続く) 鬼峠・ニニウ・占冠のこと(2) 鬼峠・ニニウ・占冠のこと(3) 新入小学校と『シリーズ北海道の女』(宮内令子著) ついに買った。昭和50年に発売された第2版。昭和46年の初版をさがしていたのだけれど、なかなか出てこないので、諦めて、第2版にした。写真集は、たいていの場合は初版がいちばんいい。出版社も写真家も印刷品質を厳しく見ているからだ。本書がそれにあたるかどうかは見比べたわけではないのでわからないが、大木さんもそのように仰っていたと思う。 いままで買っていなかったのは、単純に、古書とはいえ高価だからだ。8000円より安いものは見たことがない。初版はその1.5倍かそれ以上が相場のようだ。私が買ったものは思ったよりも程度がよかった。帯もほとんど傷んでいない。スリップと、キネマ旬報社の印鑑が押してあるプリントが入っていたので、もしかしたら寄贈本なのかもしれない。 * * *
写真は、三氏が撮影したものが、クレジットなしで掲載されている。大木さんの作品はいくつか『汽罐車』に再録された作品もある。両者を見ると、40年という、大木さん自身と印刷技術双方に流れる時の差というものを感じないわけにはいかない。それを意識しつつ両者を見比べると、両者の制作意図が見えてくる。 『北辺の機関車たち』は、冬の北海道の蒸気機関車を撮ったものである。対して『汽罐車』は四季、全国のものを掲載しており、人物や駅の光景も多く写っていることもあって、率直な印象として、明るい。見比べて興味深いのは、同じ北海道の冬の作品を見ても、『汽罐車』のほうが明るく感じるということだ。それは、……勝手な読者の感想として受け取っていただきたいのだが……『汽罐車』を制作するときに写真家がそうしたかった結果だと思う。もっと重苦しい色調でトーンを整えることだってできるのだ。 40年経って大幅に進化した印刷技術によって表現の幅が広がった現在、準高精細印刷(注)が実現できる『汽罐車』では『北辺…』のときにはそうしようと思わなかった、あるいは実現できなかったトーンにしようという意図が大木さんにあったのかな、と思いながら読むのもまた楽しい。まったくの見当違いかもしれないが、読者というのは勝手な読み方をするものなので…。 (注)200線=400dpi以上の精細な印刷を一般的に「準高精細印刷」と呼ぶ。世の中の大半のカラー書籍・雑誌の印刷は175線=350dpi。私は、活版印刷の漫画誌や「本体表紙」を除いて後者しか扱ったことがない。 * * *
実は、そうしたことを分析するかのようなことを写真印刷と絡めていろいろ書いたのだが、全部消した。いい本は、ただ眺めるに限る。 『北辺の…』は、『汽罐車』以上に線路端を歩いている若い旅人のにおいがする。撮影地ガイドもなく「お立ち台」も(たぶんほとんど)ない時代ではあるが、いまよりもはるかに自由に撮影ができ、絵になる場所もふんだんにあった時代。その時代に、ひたすら旅している若者の息づかいを感じる。「鉄道旅」ではない、「旅」。なかなか説明しづらいが、「鉄道撮影にしか関心がない」ような感覚ではなく、目に見えるものすべてを楽しく感じるという感性の発露。人は、10代から20代前半のうちに、北海道を何度も旅するべきだと思う。 * * *
傍らに置いておくと、しなければならないことがあるのに、5分おきくらいについ手にとってパラパラしてしまう。そういう気持ちになる写真集に出会えたことを嬉しく思う。この文章を書くのにも、本書がじゃまをして、おそろしく時間がかかってしまった。 ■大木さんのサイトがリニューアルされています。 ・モノクロームの残照 ■共著者の堀越庸夫さん、『汽罐車』制作にも出てくる榊原茂典さんのサイト ・蒸気機関車がいた時代 ・蒸気機関車 写真館 (関連事項) ・大木茂写真展『汽罐車』 ・大木茂『汽罐車』 |
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