忍者ブログ
[266] [267] [268] [269] [270] [271] [272] [273] [274] [275] [276]
 中垪和簡易郵便局の近くにあった農協施設の一角に、JOMOが生きていた。建物は事務所のようだ。

レギュラーのみ。

木造二階建ての事務所建物のディテールとして。背面には補強としてコンクリートで控え壁が取り付けられている。

窓ガラス。昔はこういうガラスをよく見たが、いまではレトロ扱い。

このような位置に農協倉庫が隣接する。

倉庫は、表からは長手方向を道路に向けているように見えるが、実はL字型で、背面には奥行きを軸方向とするもう一棟がくっついている。こちらにも扉があり、荷役用の屋根がかかる。


PR
岡山県の美咲町にある、旭川にかかる栃原橋。カンチレバープレートガーダーだ。中央径間が吊桁となっている。写真は左岸(北西)から見ている。

旭川に架かる…と書いたが、またぐのは実際は旭川湖の湖面であり、敷いて言えば支流の大瀬毘川が旭川に合流する河口部分である。

北側の親柱、左は「昭和二十八年十月竣工」、右は「栃原橋」。

南側、左は「旭川」、右は「とちはらばし」。読みがなは濁る。

周囲にはすてきなものがたくさんある。
垪和簡易郵便局
江与味橋(国道429号/岡山県美咲町)
かつてのバス待合所




岡山城のお堀(「濠」かもしれない)にカンチレバートラスが架かっている。それも、トンガリがひとつの、まるで斜張橋のようなものが。

歩道橋であるため、非常に細身。スパンが長いのにポニートラスであるため、トラス桁の高さがある。こういう、背の高いポニートラスは大好きだ。

左右のトラスを天で結んで箱状にする通常のトラス橋ならここまでの高さは必要なくなると思うが、そうすると人が通れないし強い圧迫感も出る。そのあたりのバランスの上で成り立つ(と思う)背の高いポニートラスはかっこいい。

トンガリ部分がひとつしかないので、それを挟んで両側が吊り桁かと思いきや、お城の内側(北側)が碇着桁で、外側(南側)が吊り桁だ。家の写真はお城方向を見た者で、上弦にピンが見える。トンガリの向こう側にはピンはない。

下弦のピン。

お城の内側から。


うっかり桁裏を撮り忘れた。



(画像は交通新聞社の公式サイトから)

交通新聞社新書にしては珍しい、既刊の再販ものである。本は出た瞬間は書店でも平積みになるし話題にもなるから売れ行きがいいが、数ヶ月もすると1冊を棚差しにして残りが返品され、もはやだれの目にもとまらなくなることが多く、でも優れたコンテンツはいつの時代でもやはりすぐれているわけで。既刊の優れた本を二次利用的に安価に提供する新書や文庫はそうしたシステムの上に成り立っているものもある。とはいえこの手法をとったものは交通新聞社新書では初めてではないか。

本書の原著は昭和61年に刊行されたものだ。まだ営業路線として開通する前のものだ。

* * *

本書の内容はとてもリアルで興味深いのだが、商品として大きな問題があると感じる。交通新聞社新書にありがちなのだが、本書も「編集」がなされていない。原本が「素人の手作りの本」(P317)だから、ということではない。本書の意義、目的、性格を、版元は、読者にきちんと知らせるべきであると私は考える。それはなにか。

まず、本書は「鉄建公団の本である」ということ。そうだとわかるようには書いていない。青函トンネルについて本書しか読まない読者は、直轄部隊が先進導坑を掘り、作業坑と本坑はゼネコンが掘ったということをほとんど知らぬまま読み終えるだろう。

本書が描くのは、国鉄、そして鉄建公団の直轄部隊が掘った先進導坑および技術開発である。だから、四度起こった出水事故も直轄部隊が大きく関わったものだけが採り上げられているし、48ページをも割いて描写される51-5出水は作業坑で起きたのに、そこを統括しているJVについてはほとんど触れられず、すべて国鉄が、公団が、直轄部隊がどうしたか、という描写しかない。そして本書は先進導坑の開通の描写で終わる。刊行時点では本坑も貫通しているというのに、だ。

次いで、本書は素人文芸であって、プロによるドキュメントや小説ではないということ。なにしろ登場人物が多い。多すぎる。ドキュメントや小説であれば、登場人物は絞られ、たとえばある一人の人物の視点を使って描かれたりする。それに対して本書に登場する人名は夥しい数に上り、しかも一度しか出てこない名前も多い。なにしろ約40年間もかかったのである。同じ名前の人の役職名が代わり、あるいは同じ役職名でも人名が入れ替わっていく。また、なぜか時系列が前後するため、そこでは役職の後退まで起こる。こうしたことは再編集する際に整理してあるとなおよかった。

そして、本書の登場人物の力関係がまったくわからないこと。組織図、組織の相関図が欲しい。40万人を抱える巨大な役所・国鉄、鉄建公団、民間企業。登場人物それぞれに肩書きが書いてあるのだが、上下関係すらわからない。下記の役職、どれが本省でどれが公団でどれが民間か、あるいはどれが本省でどれが現場機関か、読者はわかるだろうか?

・青函建設局長
・函館建設局長
・吉岡建設所長
・吉岡共同企業体所長
・機械課長
・電気課長
・工事第1副所長
・国鉄北海道総局長

なにしろ40年近くかかった工事である。工事中に組織も変化するだろう。そういうものをわかりやすく図表で説明するのが編集ではないのか。原本は元々内部向けに書かれたものだろうから、こういう肩書きだけでいいのだが、本書は一般読者に売るものである。再販ものとはいえ、もう少し整理すべきなのではないか。

* * *

上述のように問題点はいくつかある。また、本書に書かれた内容は、文章こそいささかクセがあり、わかりづらい部分はある。しかし、当事者ならではの声を多数収録しているのでとてもリアリティがある。登場人物の氏名をすべて塗りつぶしても内容は通じるので、改めて読み、政策としての交通路の確保ということを考えるよすがになればと思う。


9連のRCローゼ桁(径間39.2m)+鋼製トラス桁(径間70m)で構成される、岡山県の大原橋。戦前のRCローゼの最大径間数(戦後にそれ以上のものはあるのか?)。室戸台風による被災後の復興橋梁群のひとつである。とはいえ土木学会の選奨土木遺産「室戸台風の災害復旧橋梁群」には含まれていない。跨いでいるのは旭川で、右岸(西)側がRCローゼ。広大な河川敷は農地となっている。

上流側(北側)に歩道橋を併設する。親柱があるが、改築されたもののようで、左の親柱はどうみても大原橋本体の親柱なのに「大原歩道橋」とある。右は「大原橋」。


桁はコンクリートの地色の部分と、明るいグレーに塗装された部分がある。補修された部分も明るいグレーだ。通りかかった年配の女性は、この、吊り材とのツートンカラーを非常にいやがっていた。地色の方が美しかった、と。

アーチ端部の、施工時の型枠の跡がおもしろい。板目が平行ではなく、端部に向かって収斂している。台形の板を用意したのだろうか。

そして隣接する桁同士の端部はこれだけ接近している。板一枚入るくらいのスペースしかない。河川敷で作ってクレーンで架橋したわけではあるまいに、ここまでギチギチだと施工時に苦労はなかったのだろうか。

桁裏。縦桁の裏面に鋼板を貼っている。向かって左が歩道橋で、歩道橋が載る部分の橋脚は増築している。

支承。裏側も見たけれど、ちょっとよくわからない。

トラス桁。先に書いた通りがかった人も「鋼材が不足したからコンクリートになった」と言っていし、それが定説かと思っている。こちらのサイトによればこんな説をとなえる人もいるが、さてこれはどうだろうか。

左岸は親柱はないのだが…

歩道橋のみ、ある。「昭和46年8月竣工」。

桁裏と支承。



ここはJR津山線玉柏駅からも近いので、鉄道旅のワンポイントにどうぞ。

右岸には、高速で流れる県道218号の旧道がある。




Copyright (C) 2005-2006 SAMURAI-FACTORY ALL RIGHTS RESERVED.
忍者ブログ [PR]
カレンダー
03 2025/04 05
S M T W T F S
1 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
カテゴリー
twitter
twitter2
プロフィール
HN:
磯部祥行
性別:
男性
自己紹介:
メールはy_磯部/blue.ぷらら.or.jpにお願いします。日本語部分等は適宜置き換えてくださいませ。
バーコード
ブログ内検索
アーカイブ
カウンター
since 2010.7.30
アクセス解析
フリーエリア