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第一武智丸、第二武智丸という。よく見ると、船の形をしている。

wikipediaの項目および検索すれば詳細を記したサイトがたくさんあるので、詳細はそちらに譲る。

船体は防波堤なのだが、(おそらく)釣り人用に通路が造られ、安全に歩ける。

2隻はこれくらいの位置にある。見ればわかるとおり、鋼材を骨に、船体をコンクリートで造っている。

船首は鋼鈑で固めてある。律儀に、それに続く堤防はそこを切り欠いてある。


船首を内部から見ると、鋼鈑の裏をコンクリートで打ってある。二つの穴は、錨のためのもの。甲板から管でつながれていたようだが、意図的に削られたか、欠けてしまっている。

甲板、船首から船尾を見る。

船体内部はコンクリートの骨組みがあるのだが…

一部の梁は木材だったようだ。これと並行する部分も同じだろう。


船上に立つと、このコンクリートの塊が本当に浮いていたのか…と不思議な感覚と、これが戦争の落とし子なのか…という思いにとらわれる。もしこれが鋼製だったり、あるいは戦争と関係なければ、感慨もまた違うはずだ。また行きたい。

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移動式のガソリン計量器。鉄道模型の情景パーツとしても、昔からある。

モデルワム
モデルスIMON(乗工社の引き継ぎ?)
いさみや
津川洋行

これが、広島県の県道沿いに置いてあった。バックはあまりにも建物や駐車場のクルマが写り込んだので、他人の家を盗撮しているような印象になるので大雑把に消した。



これは、きちんとここに保管してあるものだろう。石油会社名は読めなかった。


タツノ式ガソリン計量機の製造銘板。型式は書いていない。「タツノ式ガソリン地下安全貯蔵装置」とあり、「貯蔵容量600/計量20」とあるのは、タンク容量が600Lということか。「計量20」とはなんだろう?製造年月は昭和38年9月。銘板は錆のせいか、手前側に膨れている。

この部分が「計量」なのだろうか。いったん20リットルまで組み上げて、そこから給油する…ということだろうか。このホヤおよび中がきれいだったので、これは保存されているのだなと感じた。

ホースとの接続部。チリ漉しだろうか。ホースは残念ながら途中で断裂している。うっかりノズルの写真を撮らなかったのだが、重力を利用して、この高さからクルマやバイクに給油していたのだろうか。

この大きなハンドルで、タンクから上にガソリンを上げたのだろう。

その根元。FOR FILLING 吸入←→FOR LIFTING 揚油

これはタンクへの給油口と思う。根元にはこう書いてある。

HOSE CONNECTING OPERATING FOR FILLING GASOLINE INTO THE YANK
接続口 吸入ホース

脚。方々は固定、片側はフリー。

いまも現役のものは…ないかな、さすがに。


@0916taiさんが昔の写真、としてアップしておられたのが、この垪和郵便局だった。とても美しい建物、現存するかわからないけれど、とにかく行ってみたら、あった。美しいままに。いまも使われているのがわかる。


「垪和(はが)」という地域についてはwikipediaに詳細がある。




郵政書体を真似て、手づくりで木で文字を作ったのだろうか。経年で脱落している部分もあるが、そこもあわせて紺色になっている。その手作業感がとてもいい。また、この角度では、玄関天井の通風用の開口部も、いかにも公共建築らしい。

両袖の部屋は使っていないようだが、かつてはここを住居とした人がいたのだろうか。とても美しいままに、そこにあった。朝日が差し込んでいた。

正面に向かって左手は「火気厳禁」とあるので燃料でも置いてあったのだろうか。いまなら差し詰めゴミ置き場のように見えてしまうが…。

左右からのシチサン的に。

集落に一つ、郵便局があった時代。それはもうノスタルジーの世界だ。



江与味橋(国道429号/岡山県美咲町)の続き。

東北側の角に、こういう建物があった。
中央、縦書きの文字は…

浜尻待合所。バスの待合所だ。

近くにいらした方に聞くと、かつてはここでけっこう人が待つくらいに利用する人がおり、またバスの便もあったそうだ。

商店の建築だ。中は明るかったんだろうなと思う。

近くにあった看板。ここが江与味橋のたもとなので、かつてはここにこれだけの店が…と思ってしまうが、江与味とは対岸、南西側をさらに行ったところの広域地名で、かつては江与味村と言ったが、分割・合併で今に至る。ここ浜尻より人口がある。

13年前に作られておそらくそのままの、でも完成度の高いサイトがある。
旭町江与味のホームページ


待合所の向かいには、いまもバス停があるが、町営のバスだ。福渡駅から美作落合駅を経て久世駅に至るルートのようだ。


倉敷から津山に抜ける国道429号を走っていたら、この美しい曲弦トラスに出会った。朝まだき7時半頃、長細い旭川湖(旭川第一ダムによる)の凪いだ水面に架かっていた。

北東側が浜尻という集落で、対岸の南西側にはなにもない。写真は北東側。1スパンの側径間がある。

左の親柱は「旭川」。

右の親柱は「えよみはし」。

直線的な橋門構がかっこいい。

欄干が跡づけされているが、端柱部分は律儀にこのようになっている。一部のリベットをボルトに置き換えている。

垂直材、斜材は端柱よりも細いので、その内側に欄干がつく。

銘板。右書きで

大阪
松尾鉄骨橋梁
株式会社
昭和拾壱年製作

塗装記録表
塗装年月 2008年3月
塗装会社(有)杉本塗装
塗装材料 下塗 ラスゴンセーフティ JISK5564
     中塗 SDマリンセーフティ中塗 JISK5516-2種 L10-734(淡)
     上塗 SDマリンセーフティ上塗 JISK5516-2種 L10-734

対岸。側径間は3スパンだ。左の親柱は「昭和二十八年六月一日竣工」、右は「江與味橋」。トラス桁の製造年と17年違う。トラス桁はどこかからの転用だろうか。(●追記あり)

なぜ中間の2スパンだけがトラス桁なのか。水がたたえられているのでわからないが、水面下の地形が、トラス桁の下は深いのかもしれない。

付近にあった道路標識。国道429号、岡山県道30号主要地方道落合建部線、岡山県道49号主要地方道高梁旭線の重複区間なのだが、オニギリとヘキサが同じ串にあるのは主要地方道だからだろうか。

●2014年3月30日追記
おかやまの歴史的土木資産によれば、「旭川ダムの建設に伴って1954年(昭和29年)に約13m高く移され、両側に鉄筋コンクリート桁が増設された」とのこと。トラス桁とコンクリート桁の竣工年の違いはこれで解決した。

●関連項目
かつてのバス待合所




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