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TENERE700 タイヤ交換

スーパーテネレ・テネレ700


1年で約1万4000km。GWのロングができなかったので、まあ、そんなものだろう。それでも、年間これだけ走ったのは十数年ぶりのはずだ。純正タイヤはピレリのスコーピオンラリーSTR。かなり減ってきた。あと2000kmくらいは走れそうだが、次は夏休みのロングツーリングなので、交換しなければならない。


このタイヤがとても気に入ったので、またこれを履くことにした。このタイヤはミミが固いと聞いているので、自分で交換するのはやめて、タイヤ屋さんにお願いしようと思って6月から問い合わせを始めたんだけれど、どこに聞いても「ピレリやミシュランは全然入ってこないねえ」。

amazonではこのサイズのタイヤは欠品か、あっても普段の倍以上の価格。つまり、国内市場にない。


昔と違って必ず林道入って「少しでも速く」と走るわけではないのでブロックパターンじゃないほうがいい。走行距離の半分以上は高速で、真ん中の減りがすごいが、完全オンのパターンはイヤ。ということで、DLかBSならDLのTRAILMAX MIXTURE、次点でDLのD610か…と半ば諦めかけていたところ、ふとamazonで検索したら、「ピレリが販売」という正規の価格の在庫がある! 

そこでさっそく、川越街道沿いのウルフにこの件を含めて問い合わせたところ、入荷OKとの返信をいただいた。


朝イチで持ち込み、着手していただく。前後で20分ちょっとで交換終了。さすがプロ。「ミミが固いと聞くんですが…」とうかがったところ、やはりこのタイヤ、特にリヤはかなり固く、出先でパンクしてもレバーだけでミミ落とすの大変だろう、とのこと。かつてピレリのMT-60だったかをスーパーテネレ(750のほう)に履かせたとき、これをホイールから外すまでを汗だくで1時間かかった記憶がある。それを考えると、私としては、パンクなどないことを祈るのみ。チューブ仕様のT63やTRAILMAXは、なんてことなかったのだが…。


タイヤの山があるといいね。

 
その昔、スーパーテネレでTW152(純正)に交換したとき、ショップから道路に出たところで滑ったことがある。幸い転倒はしなかったが、新しいタイヤは危険。しばらくは気をつけよう。とりあえずほとんど直線しか走らないけれど…。






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RMXのタイヤをミシュラン・TRACKERに

RMX(混合)


ほぼ年イチ、秋の南会津の山のなかでしか乗らないRMX。それゆえに、タイヤが減っていても「来シーズンでいいか」→結局そのまま、で5年くらい経った気がする。

とはいえこのタイヤ、入れたのはいつだったか。写真でさかのぼると、2009年秋は、2003年に入れたミシュランのコンペ3をまだ履いていて、2010年2月のウエポンでのレースでAC10を履いている。つまり、AC10を11年も履いてしまった。その間、走行距離は2000kmに満たないはずだが、2割くらいはダートだと思われる。よく「林道が1割」などという人がいるけれど、多くて5%未満じゃないかな。ぼくの場合は南会津にもっていき、そこから一回り約150kmするうちにダートを2~3本、それでも合計30kmくらいになるかどうかだ。甲子とか黒森川とかは時間がかかるけれども距離は短い。


タイヤ、何にしようかなとさんざん迷った挙げ句、いちおう公道走行可能なものをチョイスすることにした。ミシュランのトラッカー。いま、輸入タイヤは欠品が多く、御多分に漏れず、これのリヤもそう。幸い、110/100-18がamazonにあまり高くなくあったので購入。


さっそくフロントから交換。もうタイヤ交換なんで2年に1回くらいしかしないので、目標30分…と思ったら、硬化しているのか、もともとそうなのか、AC10が固くてホイールから外れない。なかり力をつかって、1時間以上かかってしまった。


タイヤの減り具合。


チューブ。2003年にコンペ3入れたときのヘビーチューブが入っていた。劣化していて、表現からゴムがボロボロ落ちる。そりゃ18年前のものだもんな。しかもカビくさい。ということで、急遽、近くのタイヤ屋さんにチューブを買いに行く。これが18年もったら、おれ、もう2スト250乗れる歳ではなくなるな…。


倉庫をさらったら、新品チューブが何本も出てきたんだけれど、これは、仕事でいただいたもの。どれも20年近くたっているので、すみません、サヨナラします。


続いてリヤ。フロントで難儀したのでどうかと思ったら、リヤはそうでもなかった。


タイヤの山があるっていいねえ。。タイヤを外すと、リムバンドの代わりにガムテが巻いてあった。それもきっと20年ものだ。(写真なし)


組み上げて、スポークの緩みをチェックしたら…スポークの曲がりを発見。これ交換お願いしなくちゃならない。サスのOHもしなきゃいけないし、まとめてお願いしよう。


組み付けて、空気圧1.5くらいにして試走。

1年9カ月、マトモに走らせていないので、エンジンもなかなかかからず。プラグを見るとかなり汚れている。工具箱にあった、きれいめのやつに交換し、予備がもうないのでamazonでポチり。

今年の秋、またこれを積んで南会津に行くか。それ以外でも、2~3回は連れ出してやりたいな。でもTENERE700でも林道行きたい。遊ぶ時間だけがほしいよ。






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太東崎の、廃道みたいな護岸築造用通路

土木一般

 
房総半島の大原の北東に位置する太東崎(たいとうざき)。そのすぐ北に広がる九十九里浜とは対照的に、断崖似波が砕け散る。南側はクルマを駐めるスペースもあり、早朝から釣り人が来るにもいい場所だ。ここで北を見ると、道路のようなものが見える。

 
 
ずんずん歩いて行って見る。コンクリートスラブはどう見ても道路のような使われた方をしたものだがガードレールもなく、すでに目的を果たして放棄されたか、傾いたりズレていたりする。ズレているのは波によるものか、その下にあった岩やテトラの破損によるものか。

 
ここから先にも行けるが、濡れるのでここまで。

 
南に引き返す。これくらいの断崖で、この道路の特に海側にはテトラが並んではいるがどれも砕けている。これは、テトラを敷設するための作業用の道だろうか。陸側からはアプローチできないし、海側が浅かったり潮流や水深の関係でそれも無理だったのかもしれない…と思っていたら、らいどろさんからご教示いただいた。

なるほど~。そしてGoogleMapsの航空写真を見ると、太東崎一帯の北側まで延びている。とすると、これも旧道ではなく護岸整備のための作業道だろうか

国道278号 波に破壊された旧道(戸井/日浦トンネル)






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木造ダブルワーレントラス:落合橋

ハウトラス/アラントラス



みちさんが発見し、ヨッキさんがレポートしたのを見て、ずっと行こうと思いながら、バイクで近くまで行くと雨雲が迫ってきたりしてなかなか行けなかった落合橋をようやく訪問した。

 
もう6月だ。当然、緑に覆われていた。それでも東側は、その貴重な姿を見せてくれていた。上弦、下弦とも2本の木材が並行している。

 
どなたかが降りた跡がある。ありがたくそこをたどり、危なくない程度のところまで行く。奈良の寺院のような木造の大建築の中に入ると息を呑むが、この落合橋を眺めていると、それと同じ心持ちになる。圧縮方向の斜材(写真では\)は太く、二重になっていて、引張方向の斜材(写真では/)は細い。木材の軸方向は圧縮に強く引張に弱いのでこのような組み方をするわけで、それがハウトラスで、引張のための鋼棒の垂直材をかますのがアラントラス…と解釈していのだけれど、これはダブルワーレン+鋼棒の垂直材だ。(しかし、木造で、基本はハウトラスというこでカテゴリはそうしてある)

いつの架橋かは不明。それが明らかになってほしい。

 
木製ゆえに接ぎの概念がうっとりする。おそらくスパンは30m程度、軸方向でそんな長い木材はないだろうから、上弦や下弦も接ぎで造ってあるものと思う。下弦の接合プレートのようなものも木製だ。格点に横方向(枕木方向)にボルトが入っているが、これは格点で斜材を受ける三角柱は実は下弦にめり込んでいて、下弦にボルト留めされているものと思われる。

 
上弦の上に横方向に材が載り、その上に縦方向(軸方向)に床版を支えていた梁が載る。(縦=軸方向、横=それと直角方向)

 
梁は7本。左右側の3本ずつの「その先」にある梁はオフセットされて配置されるが、センターのものは一直線になっている。

 
梁の上に、縦方向に倒木があって、まるでこれも梁のようだ。倒木更新か、真上に細い木が何本もある。

 
タラの木もある。そして先端がカットされている。山菜採りの人がここに来てカットしていったんだな…。周囲にはタラの木あり。

左には、上弦の2本の材の間から伸びてきた樹木。

 
いったん現道に戻り、東側には北に上る道があるので少し上がると、上流側を見下ろせる。ドローンで撮れないかと思って持参していたのだけれど、この繁茂では断念。冬枯れの時に再訪しよう。

なお、ヨッキさんの『山さ行がねが』でのレポートはこちら。もっと下まで降りている。


* * *

さて、Wikipediaのアラントラスの項目を久しぶりに確認(この項目を英語版から翻訳して大幅加筆したのは私)。アラントラスとして例示されているハンデン橋 (Hampden Bridge) は、なんと2014年、ヨッキさんが記事を公開した3カ月後に取り壊れていた。この落合橋だったらどうかな。木製の橋は、モニュメンタルなものとして観光地で架けられることがあるが、ここはそれなりの山奥。いつか落ちてしまうのだろうな。






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ランツァのハンドガードとレバーの長さ

ランツァ

 
2019年11月に右折ですっころんだ時に、ハンドガードが少し歪んでレバーに干渉するようになった。装着しているのは90年代後半に一世を風靡したアチェルビスのラリーブッシュガード。もともと、デフォルトのレバーでは長すぎるためにショートレバーにしているのだけれど、歪んだために干渉し、当初は特になんともなかったものの、あるときから引っかかるようになった。

本来ならガードを曲げたいところだけれど、人力で曲げられるものではない。対処として、レバー先端の頭を切断した。


アルミなので、グラインダーで削るのもすぐだ。レバーは少し面取りした。

* * *

TENERE700が来たので、ぼくが乗ることはほとんどなくなった。すっかりバッテリーも弱くなってしまい、充電しても厳しくなってきた。GSユアサのバッテリー、買ったのは2015年だったか。家族がエンジンがかからないというので、ブースターにつなげてみると、たしかにダメ。こりゃプラグを見なければ…。

 
こりゃひどい。たぶん、家族が乗ろうとした際、セルでかからなくて、勢いのないキックを何度もしたんだろうな。8番がいくつか転がっていたので交換。


ランツァは整備性がむちゃくちゃ悪い。あまりに空間が狭くてプラグキャップをうまく脱着できない。写真のようなところまでしかズレてくれないので、タンクを外したほうが早い。


ぶじに交換、火花も飛ぶ。

後日、新しいバッテリーを注文し、交換した。










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英国系100フィートポニーワーレントラス(番外編6)江ヶ崎跨線橋

ポニーワーレントラス

 
品鶴線の新鶴見操車場ができたころからあった「江ヶ崎跨線橋」。ここには鹿島田、小倉、江ヶ崎の三つの跨線橋が架けられ、いずれも架け替えられたが、最後まで古い姿を留めていたのが江ヶ崎跨線橋だ。

189x年ハンディサイト製の複線200フィートプラットトラス2連と、1895年コクレーン製の複線100フィートポニーワーレントラスを使い、1929年に架けられた。このブログを始めたころに存在を知ったのだが、タイミング悪く撤去されたところだったので、現役時代は見に行けていない。

それでも、こうして一部が保管されているのは素晴らしいことだ。

 
コクレーンの銘板がつけられている。十条跨線橋とは位置が異なるので、付け替えられたのかもしれない。

 
貴重な断面を見ることができる。

 
素晴らしい解説板がある。古びた橋梁だったはずだが、3km以上もある広大な操車場の東西を結ぶ、この地域の象徴だったのだろう。

* * *

この100フィート桁の出自である荒川に架けられた橋梁を整理すると、こうだ。

1885年 単線100フィートポニーワーレン×4 1895年撤去
 →3連が1897年に磐城線(常磐線)久慈川に転用され、1917年に撤去された。
 →1連は不明
1895年 複線100フィートポニーワーレン×4 1928年撤去
 →1連がここ(保存)
 →1連が十条跨線橋(現用)
 →1連が群馬県水上町大鹿橋(撤去済み、時期不明)
 →1連は不明
 
* * *

保存されてはいないが、相方となっていたハンディサイド製の200フィート桁は、隅田川橋梁土浦線(常磐線)の隅田川橋梁用に複線型が2連、同じく磐城線(常磐線)の阿武隈川橋梁用に単線型が8連、そして北越鉄道(信越本線)の信濃川橋梁用が6連作られた。信濃川橋梁用のものは、道路橋の越路橋に転用され、さらに転用されて2連が現存、1連が短縮されて保存されている。

ハンディサイド/不動沢橋(新潟県)
ハンディサイド/岩田橋(新潟県)
旧・越路橋(2)


同型の200フィート桁を整理するとこうだ。

189x年製 複線200フィートプラットトラス 隅田川橋梁2連 1928年撤去
 →2連ともここ
1896年製 単線
200フィートプラットトラス 阿武隈川橋梁8連 1938年撤去
 →1連が大糸線穂高川橋梁(現用)
 →1連が東武砥川橋梁(現用)
 →2連が赤城登山鉄道第1利平橋梁(1957~1968)
 →2連が赤城登山鉄道第2利平橋梁(1957~1968)
 →2連は不明
189x年製 
単線200フィートプラットトラス 信濃川橋梁6連 1952年撤去
 →4連が越路橋(1957~1998?)
  →1連が短縮されて保存
 →1連が不動沢橋(現用)
 →1連が岩田橋(現用)

【参考】

明治時代に製作された鉄道トラス橋の歴史と現状(第1報)200フィートダブルワーレントラスを中心として(西野保行・小西純一・渕上龍雄)

■関連項目
英国系100フィートポニーワーレントラスの横桁考の整理ページ

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自らが所属する県以外、3県(以上)に接する市町村=3県接市町村

地図・航空写真・分水嶺


愛媛県に「四国中央市」がある。なんとも違和感のある自治体名だが、他の四国3県と接し、高松道・徳島道・高知道・愛媛道のジャンクションもここにあることから、このような命名となった。

このように、「自らが所属する県以外、3県(以上)に接する市町村」は他にあるだろうか。これを「3県接市町村」と呼ぶことにする。いま考えた。

早速だが、
①愛媛県四国中央市(香川/徳島/高知)
に接する
②徳島県三好市(香川/愛媛/高知)
もそうだった(北東に飛地があるが、勘違いさせそうなので塗っていない)。こうした「ペア」は生じやすい。


北から見ていこう。
③★福島県檜枝岐村(栃木/群馬/新潟)
④★群馬県片品村(福島/栃木/新潟)

四国中央市も三好市も「平成の大合併」で3県と接するようになったが、檜枝岐村と片品村はそれとは無関係。どちらも明治22年の町村制以降、ずっと同じ形で3県に接している。以下、そういう市町村に★をつける。



⑤♦栃木県栃木市(茨城/群馬/埼玉)
⑥♦埼玉県加須市(栃木/茨城/群馬)
栃木市はわずかに茨城県古河市に接している。

栃木市の該当部分は「平成の大合併」前は藤岡町だ。その藤岡町は1906年以来の3県接。また、加須市の該当部分は「平成の大合併」前は「昭和の大合併」でできた北川辺町、その前は町村制で成立した川辺村が、やはり初期からの3県接。こういう場合は♦としよう。


⑦♦秩父市(群馬/東京/山梨/長野)
⑧★川上村(群馬/埼玉/山梨)

秩父市はなんと4県接。埼玉県と長野県が接しているのは、あまり知られていない。ここを通じる道路は、埼玉県側が未舗装の中津川林道のみ。近年、災害による通行止めが続き、昨年もまた通行止めになってしまった。

秩父市の西側部分は「平成の大合併」以前は町村制以来の大滝村で3県接なので♦。川上村は町村制以来不変。

 
⑨石川県白山市(富山/岐阜/福井)
⑩岐阜県高山市(富山/長野/石川/福井)

日本一の面積を誇る市・高山市は、なんと4県だ。しかも東西で2県ずつ。白山市はこの県境から海までを占める。松本市の隣の隣の市は海に面していると考えると、ずいぶんでかい市域だなあと感じる。白山市は「平成の大合併」で3県接を獲得

高山市は「平成の大合併」前は他県とは接していない「内陸市町村」だったのに、いきなり4県接を獲得。宝くじが当たって大金持ちになっちゃったみたいな。


⑪三重県伊賀市(滋賀/京都/奈良)
⑫京都府南山城村(三重/滋賀/奈良)

伊賀市は「平成の大合併」での3県接。南山城村は「昭和の大合併」で獲得。


⑬京都府南丹市(福井/滋賀/大阪/兵庫)
こちらも4県接。高山市より先にこちらを見つけて驚いた。なんという接し方。しかし、「平成の大合併」で4町が合併したことによる。


⑭鳥取県日南町(岡山/広島/島根)
⑮広島県庄原市(岡山/鳥取/島根)

日南町は「昭和の大合併」で獲得。庄原市は高山市と同じく「平成の大合併」までは「内陸市町村」だったものが、一気に3県接を獲得した。



以上15市町村。
4県接が3市町村、3県接が12市町村。

作成には「市町村変遷パラパラ地図」と地理院地図(白地図/20万分1土地利用図)、今昔マップを参照しました。いつもありがとう!

追記:山下メロ氏に1点ご指摘いただきまして修正しました、ありがとう!



 

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木造の方杖橋 瀧乃橋

木橋

 
「三波川変成帯」の三波川にかかる、木造の方杖橋。見るからに歪んでいる…んだと思う。最初からこの形ではないだろうな。

 
朱塗りなのは、対岸の琴平神社に渡るための橋だからだ。

 
主桁というのだろか、長手方向は3本。

 
橋台は石積みで、そこから木材を斜め上に突き出してバランスしている。アーチではない。

 
対岸(神社側)から。歪んでる…。

 
道路側の親柱。「瀧乃橋」「昭和五十三年四月」。親柱の上部、擬宝珠にあたる部分には雨対策的に金属の蓋がかぶされている。床版を見るとあまり歪んでいるように見えないが、右の欄干を見てほしい。


神社側から。

 
琴平神社。傍らの石碑には「創建百年記念」。おっと、意外と新しい。

土木学会関東支部群馬会によれば、群馬県唯一の木造方杖橋とのこと。国内でも、森林鉄道の廃線跡や小規模なもの以外では非常に少ないのではないだろうか。






















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転身した三菱石油

三菱石油/日石三菱

 
「給油所の防火壁のようなもの」を見ると、凝視してしまう。その壁には、うっすらと三菱のマークが白ヌキであった。でも、なぜか小さい。防火壁の高さいっぱいに描かれるのが普通だと思うのだが。

隣接するのは墓地で、といっても墓石は奥にあり、周縁部には石碑のようなものがいくつもあった。一番上の文字は「春」のようにも見えるが、「青面金剛明王」だろうか。

 
給油所跡はセレモニーホールとなっている。三菱マークはこの1カ所にしか残っていないようだ。





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TENERE700用にリアスタンドを買った

スーパーテネレ・テネレ700


TENERE700、フレーム下面にスタンドかけちゃだめという話をきくので、リヤスタンドを買った。スイングアームにかますやつで、ロードバイクで使うやつだ。オフロードバイクは普通、ワンタッチスタンドか、台形の単なる「台」を使う。

購入したのはこれ。


スイングアームの両外側間が約325mmのもの。ほぼギリギリの大きさだ。この手のスタンドは同じようなものがいろいろなメーカー名で出ており、評価を見るとひどいものも多くて不安。かといってブランド品はかなり高いし、肝心のサイズ表記がなかったりする。そこで、リスク承知でこっちを購入。5000円もしないし。

さて、実際に使ってみた。いままでミニバイクレースでしか使ったことがなかったので、バイク本体を支えずに一人でできるのかちょっと不安だったが、実際にかましてみると、後ろからバイクを引っ張るだけで軽く上がる。チェーンオイルを塗布するだけでもこれがあったほうがいい。

いままでスーパーテネレではどうしていたかというと、リンクに油圧ジャッキをかませて上げていた。スイングアームの左右にそれぞれ油圧ジャッキをかましたこともあるが(同じものを二つ持っている)、めんどくさい。いや、たいした手間ではないのだけれど、心理的にめんどくさい。



フロントはアンダーガード下部に一つかますか、左右のフロントフォーク下端にそれぞれかましていた。



でも、TENERE700ではどうしようかなあ。

後輪のチューブレスタイヤの交換がめんどくさいからタイヤ屋さんに頼もうかなという気持ちにもなっているが、一度くらい自分でバラしてみないと構造が把握できない。さて。あと2000kmくらい走ったらタイヤ交換かな。いま1万1000kmほど。


250ccオフ車用には、RSタイチのリフトスタンドを使っている。90年代後半に購入、1万5800円とかそれくらいだったと思う。上の写真ではリフトしておらず、ただかませてあるだけ。



↑これです。
従来のスタンドが耐荷重100kgとか150kgだったものが、こちらは200kgまで。スーパーテネレは装備で230kgくらいになるけれど、それに使おうと思って買った。しかし、さすがにスーパーテネレを乗せるとレバーを踏み下ろす力もかなりいるし、逆に下ろすときに「ガシャーン!」となってしまう。それがいやで上記のように油圧ジャッキを使うようになった。

初めて買ったスタンドはごくシンプルなやつで、1万2800円だった。武蔵関の、いまはなきモトスポットで購入。上のタイチのを買ったので友人にあげた。使ってくれているかな…。

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