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20120424_005.JPG昭和56年(1981年)、友人のH君から借りたコロタン文庫の『国鉄駅名全<オール>百科』(小学館)に載っていた飛行場前駅が、小学4年生を打ちのめした。これが北海道か。

広い空、だけど暖かくもなさそう。草いきれを十分に感じるけれども、海風も吹いていそう。とにかく、この駅があこがれとなった。

20120424_006.JPG本文でも2ヶ所で写真が使われている。鳥居型駅名標が大好きで、よく真似して絵を描いたり、駅名標の写真がたくさん載っている本を日夜探していたような私にとって、この駅名標も衝撃的だった。

ひこうじょまえ。やすべつ。あさじの。

なんともいえない手書き文字。標準的なものよりもかなり小振りの駅名標。ローマ字がないということは、定型ではない…。あまりにもこの写真を見過ぎて、安別と浅茅野もあこがれの地名となった。

天北線が廃止になった頃には鉄道趣味から離れていたので(廃止になることは知っていた)、結局は現役時代には行っていない。後年、大学を卒業後にバイクツーリングをするようになって、このあたりはよく通った。浅茅野あたりの地名を見るたびにこの駅のことは思い出すが、どうせ駅などないものだと思い込み、訪ねたことはなかった。

さらに年月が経った。
どうやら、2011年になっても、ホームや駅名標の一部が残っているようだと知った。

その夏、いろいろ無理をして10年ぶりのソロツーリングを実現した。現地3日。ぜひ行こうと思った。

20120424_000.JPG夏の匂いがする。

線路だったところは舗装され、自転車道路になっている。両脇の草は刈られている。ここを自転車が通ることがあるのだろうか?

20120424_001.JPG板張りのホームがあった。板の上に乗るのがためらわれるほど乾ききり、踏み抜けば踏み抜けそうだった。

20120424_003.JPG右に見える標識は、まるでメインの標識が落ちて補助標識だけが残っているように見えるが、そうではなく、「国道0.1km」のような字が書いてあったと思う。

20120424_002.JPGこの場所に、何時間でもいたい。この場所で夕暮れを迎え、夜を迎え、朝を迎えたい。そう思った。

* * *

こんな青空も、興部に着く頃には曇天となり、雨となった。紋別あたりでまた晴れた。この後、三国峠を越えて苫小牧まで走った。

* * *

コロタン文庫は罪深い。こんな本である。
20120424_004.JPG小学生の時、H君に借りた本をあまりに読み込みすぎて折り目をつけてしまい、申し訳なかったので新しいのを買ってH君に返した。私の手元に残った本は、その後しばらく持っていたものの、やがて鉄道から離れたころ、近所の子どもにほかにもたくさんあった同類の本とともにあげてしまった。いま思えば、思い入れのある本を手放すというのは、悔やんでも悔やみきれない。上記の写真は、2000年代に入ってからオークションで購入したもの。

20120424_007.JPG本文での取り上げ方はこう。ひとつの駅が、本の巻頭、エリアの最初、本文と3ヶ所に掲載されている。いまなら事情もわかってしまうが、そんなことはどうでもいい。この駅を巻頭に掲載してくれたからこそ、思いが募ったのだ。ありがとう、コロタン文庫。


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鉄道のオフ会のような飲み会があったのだけれど、まさかの展開で出入国印マニアな話をたくさん聞くことができた。なんだこのおもしろさは! 話を伺ううちに、船で外国に行くことはレアなことらしいとわかった。韓国航路がある港やサハリン航路がある稚内は比較的メジャーだろうけれど。

20120423_000.JPG「新潟港の出入国、ありますよ」と私が言ったら、その、恐ろしい集め方をしているその方にも珍しがられたので、調子に乗ってここにアップする。新潟港の出国印と入国印である。

こういうことをまったく知らなかったので、検索してみると、新潟空港から出入国する場合は、スタンプが「NIIGATA A.P.」となるとのこと。港湾と空港が同じ名称である場合、空港側に「A.P.」とつくようだ。成田は港湾がないので「NARITA(1)」などである。「(1)」は第一ターミナル。

このときの目的は、ロシアンラリーの取材。その様子はこちら。ちょうど10年前だ。

現地4泊、うち3泊は船中泊だったと記憶している。最初の寄港地はナホトカなので、入出国もナホトカ。
20120423_001.JPG左が出国、右が入国。上のピンクのスタンプは、港湾らしく船が描かれている。



どうやら、この世界は、スタンプのためだけに海外に行くことが多々あるようだ。でも、たいていの行き先はチャーター便で韓国だったり中国だったり。日本では珍しい「発地」になっても、行き先は成田みたいなもので。そういう悲哀を含む楽しみ、大好きだ。
 
20120420_000.JPGトラック野郎が大好きだ。この本、ほしかったのだけれど、2520円もするので躊躇していた。ところが、先月、勤務先が移転する作業の際、処分品置き場にコレがあった。だれが捨てたのかはわからぬが、ありがたくいただいた。

A5判のハードカバーである。重くて読みにくいのだが、装丁が凝っている。

20120420_001.JPGこんなふうに、カバー表1/表4、カバー袖表1/表4、本体表紙表1/表2/表2対向/表3/表3対向/表4を使って、全10作のポスターが印刷されているのだ。すばらしい。

「一番星」というネーミングや「雪の下北」の行灯に隠された思い、お蔵入りしたシナリオなど、ますますトラック野郎が好きになる話が散りばめられている。

とはいえ、トラック野郎のエピソードはそれほど多くなく、むしろ鈴木監督の映画論の本である。そして…恐ろしい悪文である。これがトラック野郎の本でなかったら、3ページで投げ出すくらいの悪文。リライトしたら4分の1くらいになると思う。


かつて、東映チャンネルがトラック野郎全作を放送すると知ったとき、その期間だけ東映チャンネルを契約した。そして10本とも録画した。とはいえ、アナログであるうえ、第5~7作のDVDが行方不明になっている。近所のレンタル屋にあるのは確認しているので、そろそろ借りてこようと思う。


20120420.jpg国道17号が湯沢駅前付近を通るとき、異様な光景を目にするだろう。

とても巨大なENEOS…ではなく、ふたつ並んだENEOS。その奥に出光。

3軒並ぶだけでも珍しいのに、うち2軒が同ブランド。もちろんこれは、JOMOとENEOSの合併によるもので、奥のENEOSがJOMOだった店舗。ガソリンの価格表示の看板が、まだ緑だ(撮影は2011年夏)。

両方とも地元の店だ。どちらもいい気分はしないだろう。もともとENEOSだった手前は「おれのほうが先だ、お前が店を閉めろ」と思うだろうし、元JOMOは「ENEOSになったら2店並びになっちゃったら、お客さんが減るじゃないか」と思うだろう。

私の勝手な予想:奥の元JOMOが、独立系になる。


 
場所は…たぶん赤谷湖の南のどこかだったと思う。出光が、のぞいていた。

20120419_000.JPG民家の家庭菜園の1コーナーが、出光。アポロは左向きと右向きがある。防火壁の断面も白く塗ってあるので、元々このサイズなのだろう。「出光」という字は褪色していて、筆の運びがよくわかる。

出光の「光」に重なっているのは計量器だろうか。確認するには、少しためらわれた。他人の敷地であることがわかるからである。その左、計量器乗っていたとおぼしき場所は、すでにゴミ置き場と化していた。

20120419_001.JPGこのドラム缶の中身は何だろう? いや、普通の民家にドラム缶などはきっとない。やはり商売がてら持っていて、それがそのまま放置してあるのだろう。

それにしてもこの狭さ。一般向けではないと思うし、どういう商売だったのだろう?

 


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