広い空、だけど暖かくもなさそう。草いきれを十分に感じるけれども、海風も吹いていそう。とにかく、この駅があこがれとなった。 ひこうじょまえ。やすべつ。あさじの。 なんともいえない手書き文字。標準的なものよりもかなり小振りの駅名標。ローマ字がないということは、定型ではない…。あまりにもこの写真を見過ぎて、安別と浅茅野もあこがれの地名となった。 天北線が廃止になった頃には鉄道趣味から離れていたので(廃止になることは知っていた)、結局は現役時代には行っていない。後年、大学を卒業後にバイクツーリングをするようになって、このあたりはよく通った。浅茅野あたりの地名を見るたびにこの駅のことは思い出すが、どうせ駅などないものだと思い込み、訪ねたことはなかった。 さらに年月が経った。 どうやら、2011年になっても、ホームや駅名標の一部が残っているようだと知った。 その夏、いろいろ無理をして10年ぶりのソロツーリングを実現した。現地3日。ぜひ行こうと思った。 線路だったところは舗装され、自転車道路になっている。両脇の草は刈られている。ここを自転車が通ることがあるのだろうか?
* * *
こんな青空も、興部に着く頃には曇天となり、雨となった。紋別あたりでまた晴れた。この後、三国峠を越えて苫小牧まで走った。
* * *
コロタン文庫は罪深い。こんな本である。
鉄道のオフ会のような飲み会があったのだけれど、まさかの展開で出入国印マニアな話をたくさん聞くことができた。なんだこのおもしろさは! 話を伺ううちに、船で外国に行くことはレアなことらしいとわかった。韓国航路がある港やサハリン航路がある稚内は比較的メジャーだろうけれど。
こういうことをまったく知らなかったので、検索してみると、新潟空港から出入国する場合は、スタンプが「NIIGATA A.P.」となるとのこと。港湾と空港が同じ名称である場合、空港側に「A.P.」とつくようだ。成田は港湾がないので「NARITA(1)」などである。「(1)」は第一ターミナル。 このときの目的は、ロシアンラリーの取材。その様子はこちら。ちょうど10年前だ。 現地4泊、うち3泊は船中泊だったと記憶している。最初の寄港地はナホトカなので、入出国もナホトカ。 どうやら、この世界は、スタンプのためだけに海外に行くことが多々あるようだ。でも、たいていの行き先はチャーター便で韓国だったり中国だったり。日本では珍しい「発地」になっても、行き先は成田みたいなもので。そういう悲哀を含む楽しみ、大好きだ。 A5判のハードカバーである。重くて読みにくいのだが、装丁が凝っている。 「一番星」というネーミングや「雪の下北」の行灯に隠された思い、お蔵入りしたシナリオなど、ますますトラック野郎が好きになる話が散りばめられている。 とはいえ、トラック野郎のエピソードはそれほど多くなく、むしろ鈴木監督の映画論の本である。そして…恐ろしい悪文である。これがトラック野郎の本でなかったら、3ページで投げ出すくらいの悪文。リライトしたら4分の1くらいになると思う。 かつて、東映チャンネルがトラック野郎全作を放送すると知ったとき、その期間だけ東映チャンネルを契約した。そして10本とも録画した。とはいえ、アナログであるうえ、第5~7作のDVDが行方不明になっている。近所のレンタル屋にあるのは確認しているので、そろそろ借りてこようと思う。 とても巨大なENEOS…ではなく、ふたつ並んだENEOS。その奥に出光。 3軒並ぶだけでも珍しいのに、うち2軒が同ブランド。もちろんこれは、JOMOとENEOSの合併によるもので、奥のENEOSがJOMOだった店舗。ガソリンの価格表示の看板が、まだ緑だ(撮影は2011年夏)。 両方とも地元の店だ。どちらもいい気分はしないだろう。もともとENEOSだった手前は「おれのほうが先だ、お前が店を閉めろ」と思うだろうし、元JOMOは「ENEOSになったら2店並びになっちゃったら、お客さんが減るじゃないか」と思うだろう。 私の勝手な予想:奥の元JOMOが、独立系になる。
場所は…たぶん赤谷湖の南のどこかだったと思う。出光が、のぞいていた。
出光の「光」に重なっているのは計量器だろうか。確認するには、少しためらわれた。他人の敷地であることがわかるからである。その左、計量器乗っていたとおぼしき場所は、すでにゴミ置き場と化していた。 それにしてもこの狭さ。一般向けではないと思うし、どういう商売だったのだろう? |
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