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分流する用水路と円筒分水

水の流れ


えぬ氏に誘われて円筒分水を見に行った。

 
比較的小さなもので、引いて見ると、このとおり。吹き出した水は2方向に分けられるが、それとは別に一つの水路が写真左下から写真右上に伸びている。つまに、見えている道路の脇には、水路が二つ、段になってくっついている。

 
辿っていき、振り返ると(上の写真奥、信号の向こうに円筒分水がある)、円筒分水とは別に三つの水路が見えた。

 
振り返ると、交差点の下に二つの開口部が見え、そこから流れてくる二つの水路のうち一つが分割され、さらに立体交差まである。

 
そこから10mばかり上流に行き、振り返ると、一つ上の写真の右端の水路から、同じく中央・左端の水路へ水を落とすこともできるようになっている。


その交差点の対角線上に、マンホールが見える。

 
一つ上の交差点の写真で白いクルマが見えているあたり。

 
そこで振り返る。

交差点を、対角線ではなく、そのまま渡ると、この「成相渓」の石碑がある。かつてここには「渓谷」があったのだろうか。住宅地なので、全然そうは見えない。

この水路に沿ってる家にお住まいの方にお話をうかがうと、とはいえ、ここに来ている水は成相ダムのものではなく、この時期にこれだけ水が流れているのも珍しいとのこと。また、「成相渓」についてはまったく知らないとのことだった。

実際に水路をたどりたいとはあまり思わないが、この立体交差の水路は非常にかっこよかった。





spl tx to えぬ氏









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国鉄の駅舎のような郵便局

郵便局舎

 
川上郵便局。「川上」というよくある地名そのままの郵便局は、検索すると、同名のものが全国にいくつかある。国鉄時代、駅名は原則として同じにしないという指針があったようだが(しかし、同じ駅名が3駅存在するなど、まったく徹底していない)、それは、例えば「大久保駅まで」と行った場合、新宿区の駅か、秋田県の駅か、兵庫県の駅を取り違えたら大変なので、それはそれでわかる。もっとも現在では、あいまい検索というか、経路検索で「東京」と入れると「どの東京ですか」って聞かれるのもまためんどくさくはあるけれど。

上に掲げた写真は、徳島県の川上郵便局。まるで国鉄末期の、基本は無人駅なんだけれど時々駅員がいることもできるように作られたカプセル駅のようだ。


カプセル駅 古津駅


こんな、比較的新しいと思われる局舎だが、古い郵政書体が残っている。
 

でも、立地も含めて、本当に駅のようだ。
 
とはいえ、よく見ると、帽子のような赤い鉢巻きの上は、一段外側に出っ張っていて、さらに屋根がかかっている。実はこの建物は切妻なのだ。赤い鉢巻きが建物をモダンに見せているが、案外古い建物なのかもしれない。





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陸に上がった起重機船

船・舟

 
淡路島の外周路を走っていたら、造船所らしき光景が見えてきた。よく見ると、船の尻が覗いている。

 
船名はわからないが、クレーン部はSKK製だ。

 
すぐ近くでも、台船を建造中。


(すべて公道より撮影)


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偽景

廃車体(クルマ)


窓ガラスごしに、向こうが見えているのだと思った。

おそらく2台目カローラ。

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『遊郭を行く1976』(遠藤ケイ)


『キジ撃ち日記』の遠藤ケイ氏が、こういうテーマで書いていたのはまったく知らなかった。そして、新潟県出身ということも知らなかった。特に後者は個人的に、勝手にシンパシーを感じてしまう。
 
1976年に『ビッグコミック』に連載されたものを、大幅加筆の上、カストリ出版が改題・復刻したのがこの本だ。カストリ出版は遊郭に関する資料を刊行している出版社で、こうしたジャンルに世間の関心が確実にあることを証明してくれている。未訪だが、吉原には関連書籍を販売する実店舗・カストリ書房がある。

本書は、北海道から九州まで、著者が遊郭跡を訪れ、時に適当に店に入り、縁をたどって関係者に話を聞き、あやうく引きずり込まれそうになり…というレポートで、文章を中心に、イラストや写真が添えられている。2017年現在からだと1958年の売防法は59年も前のできごとだが、このレポート取材時はまだ17~18年しか経っておらず、色街の中、あるいは近くの飲み屋でその流れを残している女性達は、まだ30代だったりする。そのやりとりのシーンは、私の中では『トラック野郎 熱風5000キロ』の、階上がそういう部屋になっているスナックと二宮さよ子のイメージで再現される…が、もちろん、というか、二宮さよ子ではなく、もっとずっとアレな感じだったようだ。なにしろ、著者は、向こうからカマをかけられるとその店から退散してしまうのだ。

ここが絶妙で、きっと、殿山泰司ならそのままやっちゃったみたいな描写になるに違いない。しかし、遠藤氏はいたさない。実際にどうだったかなんてどうでもよくて、こうすることで、下ネタレポートに陥らず、逆に読み応えのある紀行文となっていく。全国にまだ色濃く残っていた色街の成り立ち、街の構成、中心街から微妙に外れた位置にある、曖昧な性格の飲み屋やその建物、中で働く女、それぞれが、その地域の雰囲気とともに、もう手の届かない懐かしさをもって迫ってくる。

巻末には、カストリ出版の渡辺豪氏による著者インタビューがある。これが貴重で、当時の「遊郭を取材する」ということがどういうことだったのか、どのように行われたのかが証言されている。それは、出版界、そして世間が相当にゆるやかだった時代の描写でもある。本書にはそういう「佳き時代」のテイストがあるが、決して古くさく感じないのは、いまなお色街の残照が全国各地に残っていて、それは隠すべきものではなくてきちんと向き合って記録していこうというような、健全な(色街にとっては迷惑かもしれない)流れができつつあるからだろう。

私の生まれ育った新潟のシモ、その小学校の校区で友人がたくさん住んでいた地区が遊郭だったことを知ったのは、わず数年前だ。たしかにそこには、なぜか旅館がいくつもあり、妙に派手な木造建築があり、ストリップがあり、怪しげなビルがあり、質屋があった。そこが本町遊郭だったと私が知らなかったのは、当時は周囲も親も隠す方向だったからだろう。本書に本町遊郭は登場しないが、私が幼少時の頃のその一角は、本書に書かれている15の街のどの雰囲気に近かったのだろうか。


【関連項目】
『秋田県の遊郭跡を歩く』(文・小松和彦/写真・渡辺豪)
『御手洗遊郭ものがたり 女は沖を漕ぐ』(黒川十蔵/カストリ出版)
























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二重の日石カルテックス

ENEOS/日本石油



日石カルテックスのマークは、なぜか、ブレたように、二重に描かれていることが多い気がする。現役時代も、下の赤が見えていたのだろうか。



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座礁した起重機船 ネプチューンZ

船・舟

 
淡路島の東海岸。造船所かと思ったら、起重機船だ。しかも、座礁している。

 
1年ほど前にここで座礁したようだが、もともと喫水が浅い起重機船、なぜこんなところで…。得意な光景だからか、クルマやバイクが停まっては降りて眺めている。

 
恐るべきは釣り人である。




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上灘簡易郵便局

郵便局舎

石垣の集落にある簡易郵便局も、やはり石垣に囲まれていた。
 
しかし、他の民家が自然の石を積んでいるのに対し、こちらは切石の上に自然の石を載せている。

 
そして、この段差。

 
局舎は瓦葺き。鬼瓦の「髷」のような意匠は、この集落の多くの家の鬼瓦にもある。

 
どれくらいの業務量があるのだろうか。










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石垣の集落

道路全般

淡路島の外周道路。ほとんど民家のないあたりだが、見上げるといくつかの民家が見え、地図を見ると多くの民家が描かれている。クルマが入れない道を歩いて急坂を登っていくと、両側を石垣で囲まれた細い路地に、段々畑のように民家が立地していた。

 
左は石垣ではなくコンクリート擁壁。しかし、頂部には瓦。

 
 
 
 
 

 

塀の代わりに石垣。石垣といえば擁壁、という思い込みがあったが、こういう使い方ももちろんある。しかも、古いものばかりではない、新しい石垣もある。

 
ここが、最急勾配地点ではないかと思われる。

 
 
水路なのか路地なのか、よくわからない部分もある。また、上の写真の石垣は、まるで城郭の土台のようだ。冒頭の写真は、右下から左に向けて水が流れるようになっている。


spcl thnx to えぬ氏


















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GoogleMapsおいて「北海道」はパンケニコロベツ林道を指す

地図・航空写真・分水嶺

GoogleMapsにおいて「東京」は「江戸川橋」を指すのつづき。「なぜ、江戸川橋に「東京」のポイントがあるのか、まったくわからないが、これが理由で、検索でちょっとおかしなことが生じてしまう」と書いたが、それは、ルート検索だ。


 

上は「東京から大阪 新幹線」、下は「東京から大阪」の結果で飛行機が優先的に出てくるので「電車」に切り替えた検索結果。本当に欲しい検索結果は、「東京駅から、(新)大阪駅までの、時刻や運賃」である。出発地点は同じなのに、なぜか、江戸川橋経由と神楽坂経由で結果が分かれる。しかも前者は有楽町から東京間を「往復」している、もし「東京都区内発」というきっぷを持っていたら、違反である。
 
* * *

さて、こういう例がほかにもないか、試してみると、いくつかおかしな結果が生じた。


東京から仙台。やはり、江戸川橋からである。


「北海道」。ルート検索では、なぜか鉄道が選べないので自動車で表示。「北海道」は新得町のパンケニコロ川近くにある。パンケニコロベツ林道は、オフロードライダーにとっては有名な道だ。昨年は南側はロープゲートあり、北側はなにもナシ。


四国は、高知県本山町の、吉野川の右岸を入っていった山の中。


九州は、熊本県山都町の山の中。

それぞれ、どういうりゆうでここに「地名」のポイントを置いているのか。それだけなら「表示上の理由」として理解はできるのだが、それゆえに、そのポイントが持つ属性が検索結果に反映されてしまう不便さを、なんとかできないものか。

これは、Googleが日本企業ではないために起きていることなのだろう。Yahoo!地図がきめ細かな対応で地図をアップデートしているのは知られているが、Googleは、副都心線が開業してから半年以上も地図に載らなかった。これは地図提供事業者との契約上のことに起因するのかもしれないが、その、アップデートの重要性、優先順位の判断こそが「地図編集」である。GoogleMapsは非常に便利だが、個人的には改良すべき点を多々感じる。スーパーバイザーとして雇ってくれないだろうか。






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