三陸の、国道45号の一本山側を南北に走る岩手県道7号。左に見えるダートは旧道だ。ここに「白看」が隠れているのがわかるだろうか。 この位置。「上戸鎖0.3km」。 ここから分岐するダートの0.3km先に「上戸鎖という集落がある…といいたいところだが、おそらく1軒しかない。入り込んですぐ、そこの方がクルマで出てきて「いま犬をつながずに出てきてしまった、たぶん吠えられるが、気にしないでくれ」というようなことを言ってすれ違った。 ここには牧場があり、その牧羊犬として飼われているようだ。そして、実際に、対岸から橋を渡って犬が吠えながら向かってきた! とはいえ噛みつくわけではなく、進路を妨害しながらまとわりつく。バイクをぶつけるわけにはいかないし、とても鬱陶しい。タイミングを見てパスした。 とはいえ、その先、ダートで山越えするつもりもなかったのでちょっと先で引き返して、また犬に吠えられ、つきまとわれた。 PR 下北半島のある集落で、道の両側に給油所跡があった。 向かって左が太陽光発電の敷地になっている。 防火壁が黄色なので、もしかして大協石油?とも思ったが、@g_standさんのご教示によれば、大協ならばもう少し黄土色なのでは?とのこと。だしかにシンボルマークも見えていない。そして、下部には緑が見えている。 対して、その向かい(冒頭写真の右)の給油所跡。防火壁下部に緑のラインが見えている。 アイランドも緑色。この計量器は、日石CALTEXの給油所跡で見たことがある(ただし白い部分は赤だった)。 とはいえ、こちらの防火壁にも、ブランドのシンボルは見えない。単に、PBブランドとなったときに白と緑に塗り分けただけかもしれない。 1997年3月版のツーリングマップルでは、ここには給油所のマークはない。その時点で営業はしていなかったものと思われる。 防火壁下部が緑ということで、日石カルテックスではないかと思い、ここにカテゴライズしたが、もとのブランドはどこだったのだろうか。 (国土地理院空中写真1961をカシミール3Dで切り出し) 先日、河川の講義を受けているときに、幸手付近の掘り上げ田の話を初めて知った。低地を新田開発する際、沼沢地に多数の水路を並行に切り、そこから掘り上げた土を盛った部分を田にするもので、「堀田」という姓の元だという。水路となった部分は「掘り潰れ」という。いろいろな呼び方があり、この付近は「ホッツケ」とも言ったようだ。 これが、近年の圃場整備で「普通の田」になっていると聞いたので、国土地理院の空中写真を見ると、1961年のものにはいくつも写っていた。上の地域は、いまの圏央道幸手インターすぐ南の「神扇池(かみおうぎいけ)」付近である。黒い線が掘り潰れだろう。 (国土地理院空中写真「最新」をカシミール3Dで切り出し) 同じ範囲の、2009年の空中写真。左上は、まだ建設中だった圏央道。現在は開通していて、幸手インターチェンジがある。しかし、2009年なので、現在とはずいぶん異なる。下記にGoogleMapsの衛星画像を貼る。 Y字の交点に、左上から流れて来るのが「浅掘」。右上から流れてくるのが「地蔵院掘」。交点から右下に流れるのが「神扇落(かみおうぎおとし)」だ。 下の赤が神扇池、中ほどに二つ、新たに大きな池が掘られている。 直線的な捷水路と写真中央株に大きな池。低地は低地なので、出る水をここに貯めてポンプで排水するのかな…などと推測した。神扇池については、Wikipediaに詳しい。 GoogleMapsの中央に見える三角形の池。ここは降雨時の調節池。周囲に人の気配がない。 変電設備とポンプかな? 水路がY字になっている部分。ワイド端が24mmのズームレンズなので、引けない…。川に近づくと、カエルだと思うが、次々と川に飛び込んでいった。川にはメダカのような魚もたくさん見えた。 このずっと向こうの右に神扇池がある。 かつて掘り上げ田だったところ。整然とした、広い田になっている。 左が神扇落(かみおうぎおとし)という名称の川。右の青いネットの向こうが神扇池。この神扇池付近の土をつかって、掘り潰れを埋め、水田を造成した。 神扇池に行って驚いた。ものすごくたくさんの人がいた。市営の釣り場だった。 【関連項目】 掘り上げ田跡を見に行く(2) 東武動物公園は掘り上げ田だった 深海調査船、VAN GOGH(ヴァン・ゴッホ)。真っ赤な船体に「ULTRA DEEP」の文字。青森県で墜落したF35Aの調査に関わるもののようだ。4月には那覇港に入った様子が乗りものニュースにある。 公式サイトの諸元によれば、海面下3000mの作業もできるクレーンや、水深300mという深度で18人が潜水作業をするための装備などがある。オデコの位置に突き出ているのはヘリポート。後部デッキは1000平米もの作業スペース。 デッキには「NAVY SUPSALV」と書かれたコンテナが積んである。これがいろいろ憶測を呼んでいるというか、米海軍の潜水部隊、とでもいえばいいのだろうか、そういう部門のコンテナのようだ。 墜落の翌々日にはシンガポールを出たとのことで、機密の塊である機体の回収はそれだけ重要なことだというのがよくわかる。 |
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