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1月末刊行に向けて『東京「暗渠」散歩』(本田創編著)の改訂版の作業を続けているため、上水系の予備知識として読んでおこう…と思って手に取ったら、予想外に東京の「国土」と「生活」を守るために東京市・東京府・東京都(以下東京都)が苦闘した歴史で、むしろダム界隈に関係するような話だった。

「現代の」河川の利用については、ダムの方面からの知識がそれなりにある。しかし、それは「現代の」知識だ。それらがないころ、東京はどうだったのか。考えたことがなかった。東京は井戸水と玉川上水でやりくりしていた、いまの玉川上水には利根川からの…くらいの知識であり、「飲料水の心配をする」という考えに及ばなかったし、(かつての)玉川上水から供給しやすい範囲、というのもあまり考えたことがなかった。それは、別のいい方をすれば、いまは水源など考える必要がないほどにインフラとして整備されている、ということでもある。

* * *

「湯水のごとくに使用する」という慣用句がある。本書を読むと、この表現はとても使えなくなる。この表現の初出がいつかはわからないが、1980年代以降のものではないかと思ってしまうくらい、東京都は、水の供給を考えてきた。対して、利用者である我々の意識はそんなものだった。

「言われてみれば」ということが多く書いてある。要するに、人口が増えれば水の供給に難が出る。ビルが高層化し林立すれば、ニュータウンが開発されれば、高台に住宅地ができれば。家の蛇口が一つでなく四つ五つになれば。各家庭に風呂が設置されれば…。また、火災に対抗するための水、という観点はぼくにはなかった。東京は江戸期や明治前半によく大火に襲われるが、日が出ても消す水がなければどうしようもない。水道の普及は火災の食い止めにも多大な効果をもたらした。

いまでこそ蛇口を捻ればいくらでも水が出る。しかし、明治前期から昭和にかけて、こうした水道の普及すら反対された。まずは明治10~30年代初頭の、市区改正からの淀橋浄水場と玉川上水新水路。次いで大正期からの村山貯水池と昭和初期の山口貯水池。そして小河内ダム計画では、立ち退きが済んでいるのに反対派により工事にとりかかれず、立ち退いた人の生活が宙に浮く。その間、関東大震災と戦災による二度の大ダメージ。逼迫し、渇水が常態化しても「地下水があるだろう」という反対派である。しかし、現実には、こうした数十年単位でかかるインフラ整備をはるかに上回る都市人口の増加が進む。

現代の「完成された」水利用だけを見ると、「うまいこと考えたね」という単純な感想になる。しかし、その裏には、「目先だけしか見ていない反対派」をかわしながら、東京都下への水供給に不安がないようにするための、東京都の100年以上にわたる努力があった。広域エリア特有の、時代時代の事情…玉川上水から供給しづらい地域への人口増、下町低地と地盤沈下、旧15区以外での上水、23区以外の都下各市町村での上水、近県からの水の融通等々の問題をクリアしながら、直結する都民の生活に資してきた。世田谷通りが多摩川を渡る「多摩川水道橋」も、そうした経緯をもって、やっとのことで川崎市から水の供給を受けることができるようになった証だ。

* * *

ぼくが東京に来たのは平成3年(1991)年だが、1994年の渇水のことはよく覚えている。ぼくがバイクを洗っていたら、アパートの大家さん(70歳くらい)に強く言われたのだ。ぼくは「まだ大丈夫だし…」くらいの気持ちと、洗わなければならない事情があったのだが、大家さんには昭和30年代~40年代の、毎年のような渇水の記憶がよみがえってきたのかもしれない。

幸いなことに、東京でそうした報道がなされたのは、それ以降は一度もない。それは、東京の水道供給インフラが、ようやく「誰も気にせずにすむ」ほどに整備されたことを意味しよう。

本書で、昭和39年(1964)渇水時には「東京サバク」と言われた…ということを知った。本書では触れていないが、内山田洋とクールファイブの『東京砂漠』(昭和51年・1976)はこのときの語感を流用しているのだろう。両者の間に地方で生まれたぼくには知るよしもなかったけれどいまでは「東京砂漠」という語は渇水のことではなく、「疲れ果てた都会生活」のような意味になっているのもまた、水道インフラという意味ではよかった、といっていいだろう。





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