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廃道取材(4)中部・近畿

廃道取材(4)中部・近畿

廃道

3連休のいくつかを利用して、丸田祥三さんの廃道撮影の道案内をした。いずれも私は行ったことがある物件で、あとは時間があれば地図上で目星をつけておいたものや、道中、目についたものを撮影する、というスタンスで出発。往復1300kmの道程となった。

ひとつは、『廃道本』を制作する際にnagajis氏の写真に大変衝撃を受け、制作中に見に行ってしまった長野隧道。
20101011-01.JPG明治時代に掘られたもので、重厚な切石作りの坑門が見るものを圧倒する。しかも周辺の生えた、苔むした木々がこの坑門を神々しいまでに高める。…というものだったのだが、2年前に訪れたときと比べると、明らかに雰囲気が異なる。坑門が小さくなっている気がするのだ。というのも、土砂の流入が増え、以前は見えていた坑口が相当の深さまで見えなくなっている。すべて埋まることはないような気がするが、豪雨の影響というのはまったく予測できないので、今後を静かに見守りたい。

なお、この明治・長野隧道に至る道が整備されていた。また、昭和に掘られた長野隧道は、非常に残念なことになっていた。これらのことは、いずれここに記すつもりだ。


20101011-02.JPG時が止まったかに見える明治・長野隧道周辺。向かって左手の、葉っぱ一つつけていない木の枝に、若い葉が芽吹いていた。この木が生命力を絞っているのか、あるいはまったく別の種がここに芽吹いたのかはわからない。



とある国道の橋。走行中に「?」と思い、裏側に回ってみた。
20101011-03.JPG道路面は、「2車線+歩道」だが、裏側を見ると、明らかに架けた年代の異なる鈑桁(プレートガーダー)が並行して架けられている。

向かって左はカンチレバー・プレートガーダー。リベット結合なので、昭和30年代よりは古いと思う。銘板がないので諸元不明。向かって右は単純鈑桁で、I型鋼+ボルト留め(一部リベット)。1968年駒井鉄工所製。道路面は<写真集>をお楽しみに。



とある橋。個人的には昨夏に一度、訪ねている。
20101011-04.JPG奥の緑色の橋は、東海道本線。手前のクリーム色のが、今回の対象だ。ダブルワーレントラスという、本邦鉄道橋黎明期の形式を今に伝える。1886年、イギリスのパテントシャフト&アクスルトゥリー製。この製作会社についてはこちらを参照。現存しない企業だが、日本には多数の橋梁が残されている(右カラムのカテゴリ参照;すべてではありません)。また、東海道本線の橋梁の変遷についてはこちらを参照。

いまは歩道橋となったこの橋に「幅員3.4m/重さ3.0t」という標識が立っている。かつては蒸気機関車が走っていたこの橋梁の重量制限が3tか…。





これも橋。とある国道の旧道で、廃道ではないが、立ち寄った。廃道・旧道、現役・廃止問わない。
20101011-07.JPGポニー
・ボーストリングトラスという形式で、現存するものは多くない。8パネルのプラットトラスだ。

1953年、横河橋梁製。鉄道橋としては列車荷重の増加に対応できないため早々に撤去されてしまったこの形式だが、戦後の一時期、道路橋としていくつか製造された。そのうちのひとつである。
(新潟県の例:ボーストリングトラス(ワーレントラス)で上路という、おそらく本邦唯一の例はこちら



これは、とある廃道。
20101011-05.JPGそこそこに整備されており、私のハイエースならばここに乗り入れることができるが、今回は丸田さんのクルマだったのでここは徒歩。とある尾根の突き出し部分の岩石を削り取って道をつけ、ぐるりと回り込んでいる。左端が丸田さん。


20101011-06.JPGその先の、とある石垣を撮影中。もう深い藪の中。

この先にあるものがあまりに美しく、結局、そこに1時間以上滞在した。


ほかにもいくつか回ったが、それは<写真集>あるいは丸田さんのブログでの発表をお待ちください。
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廃道取材(3)都内周辺

廃道取材(3)都内周辺

廃道

10月8日(金)、丸田祥三さんによる都内近郊の廃道取材をナビゲート。今回は丸田さんのクルマで移動。座席のゆったりした大きなクルマのため、とても快適でした、ありがとうございました。

IMG_8413_R.JPGとある廃道で撮影中です。午前中は曇りだったので、こういうシチュエーションではフラットな光で、しっとしとした絵になります。最初の1本で相当じっくり撮影しました。

そのまま歩き、ゆるい右カーブを過ぎると空がこんな形になってます。森の袋小路。
IMG_8476_R.JPG地形としては、「谷の行き止まり」のような場所。だから、樹木が「両脇」から」「真正面」をつないでいます。

こういう、「もうこれ以上、坂道では登れない」という場所まで登り切って初めて、隧道(トンネル)が穿たれます。この写真の「下」にはもちろん隧道があります。埼玉県においては珍しい遺構として有名な物件です。

でも、向かって左手の斜面を見れば、あと2回折り返して真正面をトラバースすれば、隧道を掘らなくてもいい線形が見えているような気もします……。


そして、次の廃道に移動。

IMG_8537_R.JPGいろいろ思うところのある方も多いだろう、ふたつの廃道がある道に来た。この取材については「そうだ、遠くにイコウ!」あづさ2号さんのレポートを参考にさせていただいた。多謝。

次いで、別の廃道で撮影し、さらにここへ。

IMG_8732_R.JPG先日、ふと思い出した廃道だ。この道が廃道になる過程を、私はしばしば目にしていた。いまは路面の舗装も取り払われ、砂利道となっている。

この場所では、なかなかフォトジェニックな、とあるものに集中した。本が完成するのをお楽しみに!


なお、丸田祥三さんがブログを開設しました。こちらです。




R292足倉橋旧道(群馬県六合村)

R292足倉橋旧道(群馬県六合村)

廃道




20100710-1.jpgYahoo!地図もGoogleMapも地図は小さな縮尺のものがなく、上記Yahoo!の航空写真は肝心なところがおかしな表現になっているが、確かに この場所である。この、ポインタが置かれた部分のすぐ左(西)に、旧道がわずかに残っている。以下、説明しづらいため地図を添える。

北上で、南に行くと「道の駅六合」を経て230フィートピントラス、吾嬬橋へ。北に行くと、まもなく右に野反湖へ向かうR405が分岐する。


この部分は、崖に沿った旧道を、その谷側に大きな橋を架けることで線形を改良したものだ。私が南から北に向かって走っているときに、左側にこのぶった切られた道が見えたのだ。しかし、ここでは北から南の順で書く。









さて、写真1。
IMG_5858_R.JPGこの肌色の欄干が新道。「足倉橋」とある。その向こう、といっても画面左上に少し見ていてる赤系統のガーダーのようなものが旧道の桟橋部分で、欄干のペットボトルの右側が、旧道の路盤がぶった切られた部分だ。欄干の黄色い液体の入ったペットボトルは、もしかしてだれかのおしっこだといやなので、さわらずに撮影。

写真2。路盤に上がってみる。
IMG_5876_R.JPG倒木があるのかと思うくらいの繁茂だ。舗装面こそ残っているが、路肩はない。現役のときにはガードレールなりがないわけがないので、撤去されたと考えていいのだろうか。

写真の路肩にあるような、乱暴にセメントをカマボコ型に持ったような謎の盛り上がりが、道路面にもあった。走行の妨げになるので、現役時にはなかったものだろう。

写真3
IMG_5862_R.JPGこんな感じで桟橋が残っている。旧道は崖に貼り付くかたちで敷かれたが、それでもなお幅が確保できないこの場所では、谷側に桟橋をかけたのだろう。


写真4。南側から。
IMG_5864_R.JPG南側の、ぶった切られた断面。なんというか、痛ましい。無理矢理破壊して、露出した傷口をセメントで塗ったくった、と表現すればしっくりくる。なんなん、こののっぺり感は。橋台もろとも塗り固めてあるうえに、橋台と塗ったセメントが同化するかどうかはまったく考えられていない。

そして写真5。また路面から。
IMG_5868_R.JPGこの写真で見ると、いちばんわかりやすい。ちゃんと道路の端の白線が残っており、おそらくこの外側に柵なりがあったのだろう穴があいている。

それにしても、狭い。本当に1車線分しかない。そして、歩行者用の路肩もない。これでは抜本的に2車線に改良されてしまうわけだ。

ついでに、上の写真の画面中央部あたりにあった、足倉橋の竣功年月。
IMG_5865_R.JPG平成5年(1993年)2月完成。2月のこの地は雪で埋もれてるんじゃないの? ということはさておき、わずか17年である。17年で、ここまで藪化しますか。

写真5をもう一度ご覧いただきたいが、道路だった舗装面の半分ほどは土砂と藪に覆われ、残された谷側の舗装面の上も、剥離した岩が無数に散らばっている。それをまったく掃除してないため、その岩が雨に打たれてすぐ下の舗装面を茶色くしている。おそらく藪の繁茂も、そうした崩落で舗装面に土が積もったことが大きく影響を与えているに違いない。廃道は、そうした土や、舗装路に入った亀裂をベースに、奴らが急成長する。

そういうことに感心していてもしょうがない。別の見方をすれば、ここは落石の危険性が非常に高いところだということだ。ならば、ますます新道の開設は必須だろう。


今日は11時30分に自宅を出て、ぶらりと430kmほど走ってきた。いかにも夏らしい、地面からの照り返しの熱を久しぶりに味わい、標高を上げるにつれ涼味が増していく気分を味わい、草いきれを味わった。いろいろと懐かしい思いがした。11時30分出だったからちょっと迷ったけれど、行ってよかった。


『廃道歩きの魅力を語る』@三省堂カルチャーステーション千葉

『廃道歩きの魅力を語る』@三省堂カルチャーステーション千葉

廃道

2日連続でよっきれん氏のトークを聞きにいった。今日のは無料。会場はヨドバシの上にある三省堂なのだが、古ーい駅前ビルみたいな長細くて天井の低い建物の1~3階にヨドバシが入っているのに家電量販店らしい外見どころか店名表示もほとんどない妙な雰囲気。その4階が三省堂カルチャーステーション千葉。エスカレーターを昇ると、その横に案内があった。

IMG_1793_R.JPG奥が眼鏡屋だったりして、千葉駅前ではなく地方都市の駅前雑居ビルといった雰囲気。天井低いし。

会場は20畳くらいのスペースで、たぶん椅子は30もなかったんじゃないかな。14時スタートのところ13時40分くらいに入ったら半分くらい埋まっていて、最前列に昨日も大阪でもお会いしたYさんがいらしたので隣に座らせていただく。うう、よっき氏の真正面、それも氏と喫茶店で打ち合わせしているかのような距離感。2つ下の写真が、その距離感を表している。私がこんなところに座ってしまうと圧迫感を感じるかもなー、とも思ったけれど気にしないことにしてそのままいると、14時に。すでに立ち見も10人以上になっていたと思う。

すぐ横には廃道写真のパネルが展示してあった。
IMG_1795_R.JPG

さっそくトーク開始。1時間しかないからな。
IMG_1800_R.JPG
トークは昨日とはまったく別物で、流用もない。丁寧に「見せるための」パワポファイルが作られている。このあたりはほんとうにすごい。そして、トークもまったくよどみなく、パワポなどなくても2時間3時間いけるほどに話が展開される。これは、氏の体全体に道の知識と道への愛が詰まっているからこそだと思う。そしてそれは、何度も何度も「自分にとって道とは何ぞや」という思索を繰り返した結果に違いない。あ、上の写真、後ろから撮られてる……(笑

IMG_1804_R.JPG上は、道路趣味を、鉄道/航空/船舶趣味者らと比較した例。

そして、廃道属性を図にしてみる。
IMG_1805_R.JPG

……ん?

IMG_1807_R.JPGおおお! オブドーラー!(参考:Pinky:st.廃道写真館

#Pinky:stは、模型製作者にはなじみ深いのクレオス製フィギュア。


そして、話は本題に戻り、「廃道の魅力」を総括する。

IMG_1810_R.JPGIMG_1811_R.JPGIMG_1812_R.JPGIMG_1814_R.JPG




画像ですべてがわかるだろう。このころになると、会場はオープンスペースなので、これ目当てじゃない人も立ち止まって聞いている。そして、これ目当ての立ち見の人も増えている! 立ち見だけで20人以上いたと思う。




終了後、本の販売&サイン会。会場はしばらく雑談に使っていていいと言われたので、うだうだ(?)していた。IMG_1817_R.JPG


していたが、撤収が始まったのとよっきれんさんが出てしまうというので我々も撤収。noganaさんあづさ2号さんまききさん、そのお友達さん、Yさん、kubodiさんと7人でお茶でも…ということに。

このときまで、中学生(?)の「廃道ボーイ」もいたが、用事があるとのことでここでお別れ。

野郎7人で外に出るも、駅前なので飲み屋とファストフードしかない。マック、珈琲館、プロントは人数の都合で入れず、ぶらぶら歩いていたらスタバがあったのでそこに収まる。小一時間のつもりが、あっというまに18時、19時、そして19時半。3時間半ほども経過してしまった。ドリンク1杯で。

さすがにそんな時間になったので撤収。三々五々、帰路に就きいた。

こうしてイベントが重なると、毎回会場で顔を合わせる方々も増え、自然に話をするようにもなる。酷道などに比べて廃道は規模が小さいからか、それともよっきれん氏が基本的にソロで行動するので、つるまない、という印象があったが、ここにきてリアルでのコミュニティが生まれつつあると思う。決して内輪で固まらない方向で、こうした関係が発展していけば、私としても友人が増えて嬉しいし、こうしたものに関心を持つ人も増えてくれるのではないかと思っている。

道に関する趣味というのは、マスの小ささが幸いして、いまのところ、わりとみな同じ方向を向いている気がする。そして、未開拓な分野があまりに多いため、それぞれがそれぞれの好みで探求している段階だと思う。鉄道で例えれば、まだ各地方の鉄道史、各鉄道の車両、文化をひとつずつ解明している段階で、それらすべてを踏まえた日本全体の鉄道史が書けない状態。全容解明=趣味として一般化するには、もしかしたら、まだ誰も気づいていない観点の研究が必要なのかもしれない。でも、いつか。我々が作る本、あるいは活動が、いろいろなことのきっかけになればいいと思っている。

最後に、こうした機会を設けてくださった、大阪/昨日/本日の企画をされたイカロス出版の大野さんに感謝申し上げます。

廃道ナイトアネックスin新宿JUNKU

廃道ナイトアネックスin新宿JUNKU

廃道

ジュンク堂新宿店で開催された『廃道ナイトアネックスin新宿junku』に行ってきた。大阪での『廃道ナイト』に続き、イカロス出版『廃道をゆく2』刊行記念イベントとしての開催だ。

ジュンク堂新宿店は8階にカフェがあり、そこをイベントスペースとすることができる。こぢんまりとした会場で、定員40人もまあそんなところだという感じ。過去、ここで見たトークは、出演者のトークのみだったのだが、今回はいつものようにプロジェクターで写真を写しつつ話していくという形態だ。

会場では先日の「『東京近郊ゆる登山』オフ」で別チームを率いていらしたモリカツさんと合流。モリカツさんは夢想吊橋を渡っている人だ。


今回はゲストにT0R1さん! 第一部は、そのT0R1さんとのレポがある氷川道の再探索レポ。第二部はT0R1さんが実際に探索に行った場面場面について解説&感想を求めるものだった。本当は第三部まで用意してあったらしいが、あっというまの1時間半で時間切れとなった。どの場面でもミリンダ細田氏がいつもの感じで写っていて、どうしてもそこがオチになってしまうのでとてもなごんだ。山行がを読み込んでない人には内輪受けに見えたかも…と思わなくもないが、そんな懸念など無駄に思えるほど、構成としてオチがついてしまうので、たぶんみんな楽しめていたと思う。そもそも「読み込んでない人」がいたかどうかわからないし。


会場では、もちろんイカロス出版の各書の販売。その中に、わが『廃道本』も並べられていてやでうでしやでした。もう2年も前になるんだな、企画進行始めたの。
DVC00216.jpg

明日は千葉に行きます。

廃道ナイトin大阪

廃道ナイトin大阪

廃道

515日土曜日、大阪の日本橋JUNGLEで『廃道ナイトin大阪』が開催された。前の2回はカルカルでの開催だったが、今回はイカロス出版『廃道をゆ 2』出版記念として、手作りのイベントとなった。

私は14日(金)と17日(月)に休暇をとり、13日(木)深夜にクルマで東京を出発 し、各地の橋を見ながら15日午後にミナミ入り。名羽線や羽幌炭礦が縁で(実質)ツイッター上で知り合ったLEVEL7Gと落ち合い、ともに会場に入った。開場は16 30分。私はうっかり「15時に待ち合わせ」とお伝えしたつもりが「16時に」と送信しており、当然のごとく7Gさんは16時に登場。お互い話したいこ とが山ほどあるのに、瞬く間に30分が過ぎ、会場入りの時間になってしまった。会場には、前の週に東京のカルカルで開催された『トーク・ザ・軍艦島』 ご一緒した@Seela111もいらっしゃるはずだ。

さて、 日本橋JUNGLEの中に入ると、会場は試写会会場というような雰囲気。イカロスの担当編集者、大野さんがおひとりで準備をなさったはずだ。会場の交渉か らチケット発券契約、会場でのPA操作など、イベントに関わるすべてのことをアウェイの地で一手に行うのは相当なご苦労があったのではないだろうか。無事 にイベントが終了したいま、まず感謝の気持ちをお伝えしたい。

さて、会場は、スクリーンをバックによっきれん氏とnagajis氏が両端に陣取 り、進行する形となる。パイプ椅子が並べられた7080人入りの会場が満席となったところで時間になった。おふたりの入場だ。

<第一部>

IMG_4466_R.JPG
まずはnagajis氏による「『廃道をゆく2』ができるまで」である。

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前作となる『廃道をゆく』は2008年10月末の刊で(その1週間後に私が編集した『廃道本』発売)、2009年夏頃には『~2』の構想があったようだ。そして、『~2』では、nagajis氏の名前の由来でもある旧JISマークに眼を描いたものをさらに棒人間にしたJIS男(じすお)をフィーチャーしたものにしたいという意向があった。そのあたりの話が異常におもしろい。私もJIS男が大好きで、『廃道本』の最後の校正紙に貼り付けてあったJIS男の付箋は大事にとってある。ビシッ!

IMG_4473_R.JPG・・・こういうものを、マウスだけでシコシコ描いているnagajis氏は素敵だ。photoshop上で描いていることもあるようだが、こちらはillustratorか。

IMG_4474_R.JPGそして実際に「オブ道場」のコンテとゲラ、赤字を入れたものが画面に表示され、どのような過程で本ができあがっていくかの解説がある。私にとっては日常の流れでも、ふつうの人は、たぶんすごく興味をもつ部分なんじゃないかな。


続いて「廃道YES/NOクイズ」。カルカルで開催されたときと構成や設問が変わっていた。カルカルのときは、私は手を挙げなかったが、今回は観客のひとりなので手を挙げてみた。「アドレナリンジャンキー度」ではチェック項目が8個あり、私は1個だった。しかし、7G氏は6個・・・。

<第二部>


第二部は、『山さ行がねが』等で告知されていた「新しい廃道の表現」の発表。水墨画、楽曲、動画など全11編が披露された。そのすべては『日本の廃道』次号にてきっと添付されるだろうからそちらをご覧いただくとして、3編あった動画について書きたい。

IMG_4494_R.JPG謎の元自衛官氏の「構想3時間、制作6時間」の動画『日本の道』。なぜ我々は道に関心を持つのか、ということを端的に、リズミカルに表現した作品。ごくごく一般の人に「道路って、こんな見方をすると、いろいろ別のものが見えてくるよ」とか言いながら見せたい。

IMG_4518_R.JPG続いてなるせ氏の『The obsolete road and GIRLS』。自作の写真を使った力作で、いろいろツイートしていたのはこれのことだったのかと合点。基本的に写真がうまい。コンデジも、撮り方使い方次第でこれだけ撮れるのだ。観客もどんどん引き込まれていくのがわかる。これを見て、フィギュアっていいな、とか、こうした写真の撮り方をしてみよう、と思った方もいたはずだ。カンチレバートラスを背景に入れた写真を自分は見逃さなかったが、これはクレジットに入れ忘れた大石田の大橋らしい。廃道ナイトと関係ないが、これだ。鈍いアルミ色に輝く小さな蛇のような橋で、脇に三弦橋の水道橋を抱える。
20100519-1.jpg20100519-2.jpg

IMG_4524_R.JPGそして、うしこし氏(各所に「うしじま」氏と書いてあったが、動画内には「牛越」とあったのでこちらで書く)の『天王峠をゆく』。大阪・兵庫府県境の天王峠の隧道南側坑口にバイクでたどりつき、一度左へ降ってから右折する形で旧道に入る。バイクはアメリカンだろうか。ここは、少しだけ登るとあとはずっと兵庫県に向かって下り坂となる。そこでエンジンを切り、ひたすらタイヤが土を噛む音、風を切る音とともに、モノローグが続く。私も時々、林道の下り坂でバイクのエンジンを切り、同じことをすることがある。最近は、自転車程度がちょうどいい速さなんだろうなと思いつつある。

動画の応募は、それなりにあると思っていた。3作を多いと見るか少ないと見るか。ただ、告知から締め切りまでそれほど時間はない。その間に3作があがった。そして、もし、動画が10本くらいにもなっていたら、観客はきっと飽きる。この3作という数は絶妙であった。


<第三部>


IMG_4537_R.JPG
時間の都合もあり、ぶっつづけで第三部
に入る。よっきれん氏による千頭森林鉄道の話「夢想の吊り橋」の動画の発表と、夢想の吊り橋についての(ry。

IMG_4563_R.JPG
動画は、本当に迫力があった。いままで見たよっきれん氏の動画の中で、もっとも臨場感があったと思う。見ているだけで心臓の鼓動が早くなる。ここを一度ならず後日出直して二度も渡るなど、歳とともに高いところが苦手になってきている私には考えられない。とにかく、これは大画面で見る価値のある動画だった。

IMG_4606_R.JPGそして終了。右側、nagajis氏の座っていた椅子は何度も舞台から転げ落ちたためか、立ち膝だ。

終了時は、予定の時刻を大幅に超え、終了後に雑誌やTシャツの販売があった。カルカルでは開演前や休憩時に購入することができるが、ここでは会場の狭さの都合もあり、終了後のみとなった。そしてjungleの店員さんたちの厳しい目の中、20時30分ころに撤収。


つづいて二次会。マフラー巻き氏のセッティングで、実は事前申し込みが必要だったのだが、実際には申し込んでいない人も含めて30人以上が行ったようだ。なんばのお店を貸し切り、あっというまの2時間、3時間。まだまだ話したりないけれども私も体力的に相当きつくなり、0時をまわったあたりでおいとまさせていただいた。残っていた方々は、それぞれ3次会に移動したらしい。私は某所に泊めていただき、翌日からまた第二武庫川橋梁の分格ワーレントラスや余部橋梁を見に行った。それらのことはまた後日。


廃道ナイト2

廃道ナイト2

廃道

カルカルで開催された『廃道ナイト!!! 2010オブローダー総決起集会』にて売り子してきますた。

20100130-0.jpg今回は、ヨッキれん氏+nagajis氏にプラスしてゲストがミリンダ細田氏。彼の参加で一気にチケットが完売に!?

20100130-2.jpgトークはあまり突っ込みが入るような時間的余裕がないためか、畳みかけるような展開。しかし、メリハリもきき、息抜きもあり、非常にいいテンポで間延びせず、あっという間に1部が終わり、2部が終わる。

第3部。細田氏との『探索アルバム』公開。
20100130-4.jpg

次いで、『30分でわかる村田鶴』。

20100130-3.jpg私は現地を案内していただいたおかげで位置関係も系統もほどほどに把握しているつもりだが、もしかしたら、会場の人に地図を配っておくと、より理解してもらえると思った。たぶん、東京の人は、滋賀県の地理を知らない。それどころか、宮脇俊三氏が文藝春秋だっけな、編集者に「大阪から青森まで行く特急が通過する県を挙げよ」というクイズを出して、忘れ去られていた県が滋賀県だったりするから、琵琶湖と米原と大津の位置関係すらわからん人が圧倒的多数な気もする。

そしてエピローグはフラッシュ。涙腺の弱い私は画面を注視できなかった。
20100130-5.jpg


終了!
20100130-1.jpg

『廃道本』をお買い上げいただいた皆様、ありがとうございました。また、『日本の廃道』グッズのご購入もありがとうございました。

ご来場いただきました皆様ありがとうございました。これだけの方に楽しんでいただけるというのは、もちろん出演者と運営者のおかげなのですが、その末席に少しだけ噛んでいる者として、大変嬉しいイベントでした。


No Image

廃道ナイト!!

廃道

1月30日。震えて待つ。
http://tcc.nifty.com/cs/catalog/tcc_schedule/catalog_091217202733_1.htm

やばい、それまでにいろいろまとめておかねば・・・。


横須賀隧道巡り(ティー・ゲート)

横須賀隧道巡り(ティー・ゲート)

廃道

ティー・ゲートさんの「横須賀隧道巡り」に参加してきた。
進行はよっきれん氏。

IMG_0392_R.JPG集合は朝9時、追浜駅。
自宅からは遠い・・・。朝7時出発。相変わらずgdgd副都心線は、なぜか5分ほど遅れて渋谷着。アナウンスもないから気づかず、あやうく東急東横線急行に乗り遅れるところだった。

追浜駅から町中の路地を歩き回りつつ、なんだかどん詰まり間があるところで隧道に邂逅。そうした隧道の存在感というか「ありそうだ」という予感は山の中と似ていなくもない。

今回、ネットで地図をプリントして持参したが、ネットの地図では起伏を含めたニュアンスは再現できないので、地図を頼りに現地にクルマで行ったとしたら、相当面食らうはずだ。標高差といっても数メートルから十数メートル。標高データとして、通常の50mメッシュではとうていカバーできない。10mメッシュが必要だ。

と思って作ってみた。
20091205.jpgカシミール3Dで作成。基盤地図に25000図を重ねたが、なぜか出力された大きさが異なったのでPSで拡大して合成。あ! もしかして緯度による補正をかけていなかったかもしれない。まあいいや、だいたいこんな感じです、横須賀の町並み。


IMG_0560_R.JPGそして約束の地へ。


このあと横須賀駅まで歩いて解散。約8km歩いたらしいが、我々はさらに1kmちょっと歩き、海軍カレーを食べに行った。このツアーにはクーポンがついており、カレーがただで食べられる。かなりお得。おいしかったですよ。





トークイベント『酷道×廃道』@阿佐ヶ谷ロフトA

トークイベント『酷道×廃道』@阿佐ヶ谷ロフトA

廃道

20091128-1.jpg20091128-2.jpg阿佐ヶ谷ロフトAで開催された、ヨッキれんさんとよごれんさんのトークイベント『酷道×廃道 2009大忘年会』に参加してきた。

相づち役として壇上の末席を汚したが、トークのスクリーンを見るのに首が痛くなった(笑

カルカルで開催された『廃道ナイト!!!』でお見かけしたお客様も何名かおられた(自分が把握していないだけで、けっこうおられたのかもしれない)が、自分の立ち回りの都合でほとんどお話できなかったことが残念だ。

今回感じたのは、トーク向けの廃道(酷道)と、サイト向けの廃道(酷道)があるのだ、ということだ。サイトでは、読者は自分のペースで読むため、廃隧道や廃橋など、なんらかのインパクトを期待している。一方、トークイベントでは、話者のペースに持ち込むことができるため、素材を選ばない。ネタのしょぼさと話者のテンションの差が拡大するほど、見ている人にはおもしろくなってくる。

次回は1月、カルカル。
どんな舞台になるのか、期待している。

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