どの店舗も、いかにも1980年代後半からのテイストである。写っている女性は前髪を立て、眉は太く、唇は赤く、肩パットの入った上着にハイウエストのタイトスカートをはいていたりする。いまではバブル期の「バカ」みたいなニュアンスで語られることが多い。 この時代の店舗の装飾やファッションは、「いま」見るととても古くさくて垢抜けない。そりゃそうだ、風俗は変化するものだし、新しい風俗は、常に古い風俗を「古い」とバカにすることで成り立つ。でも、ここに、ちょっとちくちくするものを感じるのは私だけではないはずだ。 なにしろ、自分が十代後半の時代である。多感なその時代の自分をいまの視線で眺められているような、自分の厨二時代を暴かれているような、そんなちくちく。 でも、待てよ、と。これはこういう時代だったんだ。定規と鉛筆が大切だった時代。いまみたいに、小学生がタダでもらってきたPCですらベジェ曲線でお絵かきと色塗りができてしまうような世界など、夢のまた夢の時代。だからこそ、このロゴには価値があるし、その裏には「なんとかいいものにしよう」「愛されるロゴにしよう」という、作り手の気持ちが見えてくる。見えてくるのは「一所懸命な気持ち」だ。 この時代は、「軽いもの」「表面的なもの」がもてはやされた一方で、こうした地道なものも確かにあった。軽めなものをもてはやす人は、地道なものをばかにした。こんなことは語り尽くされているし、当時でさえ、地道な人の気持ちを描いたストーリーというものはいくつも存在した。 こうした、車両を改造した店舗の写真もたくさん載っている。 いや、こんなことは私の考えすぎで、もしかしたら当時は「ノリ」でこれらのことすべてをやってしまっていたという可能性もあるのだが、まあそれはそれで。 いわゆるバブル期に、バブルに踊ることなく「国鉄からJRへ」という周囲の期待感と内部の後押し感の中で、さまざまなことにチャレンジした人たち。本書には、その姿と成果が、たくさん記録されている。そのほとんどがほどなく失敗に帰したとしても、これはその記録である。
* * *
以上のような思いとは別に、本書には私が貴重だと思う写真がふたつある。興味深いのは、さらに「安価に効率よく高エネルギーを得られる」とあることだ。これはどうだろう? コージェネで使うエンジンは、鉄道車両用エンジンのように回転数を制御することが前提のもではなく、最大出力を発揮する回転数で定速を維持し、また熱交換機も相当に高いスペックを要求されるものだ。そう考えると「安価に効率よく」というのが書き手の知識不足ではないかと思う。そもそもDML61シリーズの効率はけっしてよくはない。 PR |
カレンダー
最新記事
(04/02)
(02/15)
(01/01)
(12/31)
(11/20)
(11/11)
(11/05)
(10/26)
(10/25)
(10/22)
カテゴリー
プロフィール
ブログ内検索
アーカイブ
カウンター
since 2010.7.30
アクセス解析
フリーエリア
|