1984年(昭和59年)夏、自転車で新潟から柏崎まで走った際、発見して驚いたのが越後交通の廃線跡。そんなものがあるとはまったく知らず、偶然出くわしたその驚きは、いまも記憶している。PCはおろか携帯電話で検索すればすぐに情報が得られる今日、そんな出会いはなかなかなくなった。その越後鉄道長岡線の廃線跡を、この4月の連休にきちんと訪ねた。部分部分はかつて訪ねたこともあるが、多くの区間をたどろうとしたのは初めてだ。
槙原駅跡。

「駅だったもの」がひとまとめにされ、虚しく朽ちるのを待っていた。しばらく前までは、ここにホームやレールもあったらしいが、整地されて間もないような雰囲気の砂利敷きになっており、ほぼすべてこの一塊に集約されていた。
ところで、背景の倉庫。いかにも鉄道駅の裏手にあった倉庫だ。

右書きで「(大津)大津農業倉庫」とある。最初の「大津」を左に移したのだろうか。ここは現在「JA越後さんとう大津」との表示がある。合従連衡でいまのJA大津ができあがったが、1978年(昭和53年)まで、ここだけでJA大津を名乗っていた。以後、三度の改組を経て、いまは「JA越後さんとう」である。
こうして見ているのは、裏口。鉄道貨車に積み込むほうだ。なぜか、この農業倉庫の正面(写真で言うと「向こう側」)の写真を撮っていない。なんと迂闊な。
* * *
冒頭の写真のガレキの中には。

油入地絡過負荷しゃ断器。
形式 H6-AE7-T
定格電圧 7200V
定格電流 100A
変圧器 6600V/110V
定格しゃ断容量 50MVA
極数 3P
周波数 50.60~
ZCT.NO B2394
はずし電圧 AC110V
引はずし電流 1.0/0.8A
○量 74L
総重量 175kg
製作 昭和44年5月
製番 B108926
○○(たぶん日立)製作所
二枚目の写真、左に見えるのは、吉岡材木店という製材所である。その左、緑の部分が、かつての鉄道の敷地。

そこは、このように木材の乾燥のための場所になっていた。ところどころ、枕木が見えている。
ここから振り返ると…

こんな形で路盤が残っている。

製材所前の地面に突き立てられたレール。まるで、墓碑銘のようだ。
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