忍者ブログ

プロモーション

カレンダー

02 2026/03 04
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリー

twitter

twitter2

プロフィール

HN:
磯部祥行
性別:
男性
自己紹介:
メールはy_磯部/blue.ぷらら.or.jpにお願いします。日本語部分等は適宜置き換えてくださいませ。

バーコード

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

since 2010.7.30

アクセス解析

フリーエリア

プロモーション

プロモーション


No Image

noteに移行します

未選択

noteに移行します。

noteでは、ブログ記事を再録する予定です。

https://note.com/tenereisobe


:
:
:
:
:
:
:
:
:
:
:
:
:
:



PR

『鉄道「幻」巡礼』(笹田昌宏/イカロス出版)

『鉄道「幻」巡礼』(笹田昌宏/イカロス出版)

鉄道の本


(クリックでAmazonに飛びます)

鉄道車両の保存をはじめ、鉄道の歴史を趣味的な観点からも追求する笹田さんによる、鉄道の遺構を探訪した記録。2023年刊の『鉄道「裏」巡礼』と対をなすタイトルだ。

遺構といっても廃線跡はあまりなく、未成線や未成駅、あるいは未成の施設を多く採り上げている。有名なものもあれば、おそらくほとんど知られていないのではないかというものもある。有名なものといってもおいそれと立ち入ることができない名羽線を2024年に訪ねているのは、本書のカバーにして巻頭にその記事があることでわかるとおり、本書の目玉というものだろう。

 
個人的に惹かれたのは、吹田操車場にあった幻の高架橋と、呼子線の高架橋群だ。どちらもいまは解体され、現存しない。こうした施設が計画・建設されるも、それが時代をまったく見据えておらず、やがて邪魔者扱いされて役割を果たすことなく消えていく、というような「税金の無駄遣い」に、それは許してはならないことではなるのだけれど、そこに人間くささを感じる。


吹田操車場の高架橋は、上の国土地理院の空中写真(1974-1978)にもその姿が映っている。1989年の空中写真では確認できるが、1999年のものでは既に撤去されている。


「ほとんど知られていないのではないか」と書いたのは、例えば岩脇蒸気機関車避難壕だ。こうしたところも丹念に情報を拾い、北海道から九州まで、十代のころから現在(笹田さんは私と同い年だ)に至るまで実際に訪ね続けていること、その熱意はとうてい真似できないが、いろいろと参考にしてGoogleMapsにピンを立てた。

こうした本は、「知っていたけれど行ったことがなかったところ」を「行きたいところ」に昇格させる役割を果たす。今後数年かけて、いくつかの気になるところに行こう。









『ドキュメント 北海道路線バス 地域交通 最後の砦』(椎橋俊之)

『ドキュメント 北海道路線バス 地域交通 最後の砦』(椎橋俊之)


鉄道趣味誌において、従来とはまったく異なる取材・記述手法とグラフィカルなページ展開を開発し、その筆力で読者を魅了した『ドキュメント 感動の所在地』『SL甲組の肖像』の椎橋俊之さんの手による、北海道の路線バスの本。

取材の様子はFacebookでときどき拝見しており、本書を手に取るまでは、北海道のバス路線とバス会社を丹念に取材したドキュメント、つまり「読みもの」としての側面が大きいと思っていた。もちろんそれが根幹ではあるものの、退職した機関車乗務員たちや過去の現場の描写となる鉄道とは異なり、バスを記述すると、必ず、現在の路線バスの状況と、社会的問題への取り組みにぶち当たる。本書は前半の3分の2で路線バスをレポートしながらその問題を散りばめ、後半で問題を考察し、バス会社や地域、行政の取り組みを述べてゆく。

本書が「いま」刊行されたことが、記述をよりリアルなものにしている。近年、全国的にバス路線網は大幅な縮小傾向にある。この3月にも終了となったバス路線や大幅減便となったバス路線の情報、乗り納めがSNSを飛び交っていた。利用者の減少とともに、運転手の人手不足と労働環境が大きな原因だ。バス事業に関する確実な資料を提示しながら、そうした現状と事業者・行政がどう取り組んできたかを述べていく。

通学利用者がまだ相当にいて続行便まで出していたJR誕生直後(もう38年前だ)でもなく、バス会社を支えた長距離輸送がまだ堅調だったコロナ禍前でもなく、どちらの利用者も激減してしまった「いま」。加えて運転手の不足や労働時間管理という「バス事業」の労働の問題。後者はまだ解決の方法があるのではないか。

近年、公共交通の一つである鉄道も非常に環境が厳しく、解決策の一つにバス転換が話題に上がる。しかし、上記の問題があるのでかつてのように比較的容易に転換できるわけではないことは、「廃止反対」を唱える街場の鉄道趣味者の頭にはない。

本書の内容は、おそらくバス旅や辺境を旅する人たちは以前からよく理解していることだろう。だから、むしろ鉄道趣味者、とくにライトな層(ノスタルジック旅記事の見出ししか見ないような人)こそ、この「バスの本」を読み、公共交通についての知見を醸成すべきだろう。本書で書かれた部分はまだその問題のさわり(まだ路線が「ある」のだ)だ。

もちろん、そうした社会的な話だけではなく、本書のドキュメントは大きな旅愁を感じさせてくれる。「長距離バスの旅もしてみたい」と思うに違いない。私は個人的には座席が窮屈すぎるのでバスはなるべく敬遠するけれど、冬季の沿岸バスに乗ってみたくなった。

少しだけ希望を言えば、本文中の写真はもっと大きなカラーで見たかった。カバー写真が、冬季の薄明かりの中での凍てついた路面や周囲の空気をとてもよく伝えてくれているように、本文中に小さく掲載されているモノクロ写真も、しっかりと冬季を描写したもののはずだ。夜明け前、あるいは日没後の写真も何点かある。これらをカラーで、せめて2分の1ページ大で見たかった。価格が上がってもいいので、巻頭で16ページの口絵などとして見てみたかったな。

【目次】
第一章 真冬の路線バス――過酷な気象条件のなか北を目指す
第二章 自然とのきびしい闘い――今日も走る国鉄代替バス
第三章 生活バス路線を守る――道東・中標津町の闘い
第四章 道北を走る長距離都市間バス――札幌~枝幸298㎞、5時間半の旅
第五章 日本最北のバス路線――宗谷バスを走らせる人たち
第六章 人手不足社会への試行――自動運転バスはどこまで進化するか
第七章 DMVとBRT――バスの可能性を広げる試み
第八章 イギリスのバス復権――徹底したバス優先施策で利用客を呼び戻す
第九章 続く路線バス運営の試練――コロナ禍と2024年問題
終 章 バス運転手不足への提言

【購入はこちらから】
https://amzn.to/42iOLYR




No Image

第三坊勢渡船 家島から坊勢島へ

船・舟

 
2025年2月、姫路の飾磨港から家島、そして坊勢島に渡った。そのなかでも、家島南西部の網手(あで)港から坊勢島奈座港に渡る坊勢渡船がとても魅力的だった。

網手港は無人だけれど、ここから、この大きさの船が11往復も出ているのだ。

 
網手港そのものは後述する。この渡船は原付も搭載可能なので、てっきりランプを備える船だと思っていたら、なんと渡り板で原付を渡していた。このときは郵便バイクが2台。

 
 
「客室」への出入口はなく、操縦室を通っていく。このときは2名の地元の方も乗船。

 
さて、網手港。家島の主たる集落の一つ、真浦から峠を越えて歩いてくると、こんなふうに眼下に見えてくる。

 
島内は原付がとても多い。ここにもこれ以上止まっているので、この渡船で坊勢島に通う人が数十人はいるのだろう。

 
待合室。この日は風がかなり強かったので、中に入ってもあまり風除けにはならなかった。

 
冬とはいえ、瀬戸内。こうしたコンクリート待合室の窓ごしに眺める海と空は、とてものんびりしていた。




No Image

謹賀新年

独言・日記


伊勢の二見浦の日の出。2024/12/29。
(写っているのは家族ではありません)



No Image

2024年のGPSログ

独言・日記


(QGIS+地理院地図)

毎年恒例、2024年のGPSログを公開する。今年はツーリングで西に行かなかったので、東日本に偏っている。バイクで行った最西端は、南砺市/白川村あたりだ。

代わりに(?)2000年末以来、24年振りに沖縄県に足を踏み入れた。しかも2回。沖縄本島はあいにくの雨ゆえにクルマだったけれど、宮古島はレンタルバイクで回れた。また、飛行機には3往復乗った。熊本はB787だったのでGPSログがとれなかった。

以前はガーミンのハンディGPSを使っていたが、今年から、iPhone+スーパー地形でのログ取りにした。なお、上記の地図は、小樽から幌延あたりのGPSログがとれていない。

2024年の未訪問県は、福井・和歌山・鳥取・島根・山口・徳島・愛媛・高知・福岡・佐賀・長崎・大分・宮崎・鹿児島の14県だった。


 
今年のはじめにブログに書いたとおり、昨年末から年始にかけて、「2010年からとりはじめたGPSログは、平成の大合併前;2000年10月1日現在の市町村にどれだけ描かれたか」を調べた。GPSログを記せていないのは、「既訪だけれどログがない」「未訪問」合わせて約400市町村。1999年4月1日現在の3229市町村のうち約12%だった。

私の場合は出かける動機は「観光地」ではなく「見たい土木構造物」や「未ログのルート」が大きな部分を占めるので、「未ログ市町村」を気にすることにした。そうすると、上記のようなことになる。

2024年に、新たにログを記せたのは、次の107市町村。昨年はカウント間違いがあったので、補正すると、残るは294市町村、9.1%だ。2025年はこれをどこまで減らせるだろうか。

奥尻町@北海道
倉石村@青森県
新郷村
稲垣村
岩木町@青森県
沢内村
石越町@宮城県
南郷町
宮崎町
小野田町
中新田町
色麻町
東成瀬村@秋田県
東由利町
羽後町
鳥海町
矢島町
由利町
仙北町
最上町@山形県
岩瀬村@福島県
市貝町@茨城県
芳賀町
真壁町
明野町
八千代町
関宿町@千葉県
松伏町@埼玉県
檜原村@東京都
小菅村@山梨県
戸隠村@長野県
鬼無里村
奈川村
南箕輪村
三岳村
王滝村
清内路村
下条村
泰阜村
川上村@岐阜県
坂下町
北方町
巣南町
柳津町
墨俣町
輪之内町
南濃町
江南市@愛知県
豊山町
師勝町
西春町
春日町
甚目寺町
大治町
美和町
七宝町
津島市
佐織町
平和町
祖父江町
八開村
立田村
碧南市
阿久比町
東郷町
飯南町@三重県
明和町
伊勢市
玉城町
度会町
御薗村
小俣町
神辺町@広島県
国頭村@沖縄県
東村
大宜味村
名護市
今帰仁村
本部町
宜野座村
恩納村
金武町
石川市
具志川市
与那城町
勝連町
沖縄市
中城村
北中城村
読谷村
嘉手納町
北谷町
西原町
浦添市
那覇市
南風原町
佐敷町
知念村
玉城村
具志頭村
糸満市
豊見城村
平良市
城辺町
上野村
下地町
伊良部町

**

「平成の大合併」前の市町村界をGPSデータ(GPX)としてカシミール3Dに表示する方法
「平成の大合併」前の市町村界・市町村名・県界とGPSログをQGIS上で重ねて表示する方法
「平成の大合併」前の市町村界をiPhone・iPadに表示する/GPSログがないのは400強

2023年のGPSログ
2022年のGPSログ
2021年のGPSログ
2020年のGPSログ
2019年のGPSログ
2018年のGPSログ
2017年のGPSログ
2016年のGPSログ
2015年のGPSログ
2014年のGPSログ
2013年のGPSログ



No Image

大きな木造倉庫に小さな扉

木製扉の菱形・バツ形等

 
道東の町で見かけた木造の大きな倉庫。住宅の1.5階建て分くらいの高さがある割には入口の扉は小さい。どういう用途なんだろう。

道路を走っていて「バツ形だ!」と思ったものの、それは補強の斜材であり、板そのものは長手方向に貼られていた。

 
屋根が傷んでいる。

 
中はどうなっているんだろう。

No Image

瑞穂簡易郵便局(「一時閉鎖」だが…?)

郵便局舎

 
片流れのような、特徴的な屋根を持つ簡易郵便局。2022年から一時閉鎖となっている。

 
正面からだと煙突が1本に見えるが、横からだと2本あるのがわかる。

 
太陽光パネルが貼ってある。側面の窓割りからしても、簡易郵便局というよりも通常の郵便局のような規模感。

その横には留辺蘂町道のダートが伸びる。

 
enpty sign.





『Y字路はなぜ生まれるのか?』(重永瞬)

『Y字路はなぜ生まれるのか?』(重永瞬)

土木・地図の本



永太郎さんこと重永瞬さんが、twitterにY字路の類型の画像をアップしているのをみて、何か起こるかな? と期待した。三土さんのDPZ記事「道路を方角ごとに塗り分けると、その街のでき方がわかる」を踏まえた「道路を方角ごとに色分けした地図を鑑賞する会」のような「地図的なおもしろさ」にも出演しているので、そういう記事か何かが出るのかと思ったら、書籍となってまとまって驚いた。

Y字路だけで1冊。すごい。『街角ガードパイプ図鑑』(岡元大)みたいだ。「地理・歴史雑学」だけではないだろうなと予想しつつ手に取ると、「地図・都市鑑賞」というべき構成で、ライトながら裏付けのある記述にあふれていた。

章立てはこうだ。
第1章 Y字路へのいざない
第2章 Y字路のすがた -路上の目(※磯部メモ:「路上」!)
第3章 Y字路はなぜ生まれるのか -地図の目
第4章 Y字路が生むストーリー -表象の目
第5章 Y字路から都市を読む -吉田・渋谷・宮崎
第6章 Y字路とは何か

第2章から第4章の副題が本書の要諦だ。路上で鑑賞する/地図で分類する/表象を考える。巧みかつ簡潔な構成だ。



私は、優れた都市鑑賞の本(WEB記事などももちろん含む)には読者が勝手に話を継ぎ足したくなる要素があると思っていて、本書はまさにそれ。読者は千人が千人、それぞれのY字路を思い浮かべるだろう。生まれ育った街だったり、いま住んでいる街だったり。

 

私にとっては新潟市のここだ。右が元からある道、左が新道。左はすぐに左への分岐があり、そこから砂丘を登ると中学校だ。分岐を曲がらずにまっすぐいえば、「鶏の半身揚げ」を全国区に有名にした「せきとり」がある。もともとは地元の飲み屋で、町内会やPTAの会合はいつもここだったようだ。



本書を読んで勝手に話を継ぎたいことが2点ある。橋の角度とクルマからの観点だ。

【1】橋の角度…大淀川が真東に向かっていたら?

第5章で語られる宮崎市のこと。橘橋の角度によって規定されているのだが、ではなぜ橘橋はこの角度なのか。

 
今昔マップより)

それは、「大淀川と直交するため」である。河川を横断する場合は、基本的に直交する。上の地図に描かれた橋を河口から順に見れば、そうなっているのがわかるだろう。やむを得ない場合は斜めに架けるし、そういうケースも少なくはないが、原則は直交だ。特に長大橋梁が難しかった時代、つまり時代を遡るほどにそうなる。

宮崎市の道路を規定した橘橋。橘橋を規定した大淀川と土木の基本。スケールを小さくしてみると、見えるものが変わるおもしろさがここにある。

【2】クルマから考えるY字路

道路交通にとって、Y字路は好ましくない存在だ。「分岐する側」ならいいが、逆だと、交差する道路が鋭角になってしまう。見通しは悪いしクルマの最小回転半径からして難しい。また、信号があるとしたら、たいていは変則的な表示になる。

都心の新道でも郊外のバイパス新設でも、そういう理由からだろう、Y字路にせず、旧道との接続部を修正してT字路にしてしまうことがある。たとえば現在事業が進んでいる環状4号の早稲田あたりを見てみよう。

 
(東京時層地図に加筆)

かつてグランド坂は早稲田通りに直結していた。環状4号とグランド坂は鋭角の位置関係だが、交差点を大きく作り替え、グランド坂は早稲田通りではなく環状4号に接続する形にした。そのためにグイッと接続部が曲げられている。しかし、こうしたほうが交通整理がしやすく、安全であることは、現地に立てば実感できるはずだ。

■関連項目:環状4号線(早稲田通り-新目白通り-不忍通り)



本書では、「あっ、これ、自分も意識していた!」ということが多々掲載されている。それが個人的には嬉しい。同じセンスを、かなり世代が違う著者と共有しているという勝手な喜び。P128の『時をかける少女』のY字路標識、私はキャプチャして保存してあったはず。でも映画の場面をツイートするのはためらわれて、どこに保存したかもうわからなくなってしまった。(※キャプチャもいけないと思われますが…)

最後に、あまりないというY字路注意の標識と、その変型を。

 
北海道の鬼志別。村営牧野に立っていたY字路標識。

 
こちらは長野県の権兵衛街道に立っていた、Y字路標識を逆さまにしたと思われる標識。この先で左から来る道と鋭角に合流するのだが、そこで死亡事故が起きたと現地に掲示してあった。それを踏まえて設置されたのだろうと推測する。なお、逆向きには標識はない。



みんなで「見せたいY字路」を持ち寄って発表しあいたい。おおいにそんな気にさせてくれる本だった。

『Y字路はなぜ生まれるのか?』(重永瞬/晶文社)







No Image

稲生川に並行する未成の水路隧道の横穴「幻の穴堰」

閘門・水門・水路


(カシミール3D+スーパー地形+地理院地図)

凸凹地図を見てもらったほうが早い。疏水百選の一つ、稲生川。十和田市の三本木原を潤し、太平洋に至る全長40kmのこの川は、すべて人工河川だ。火山灰の地質であることなどから稲作にはとても向いていなかったこの地に導水するために作られた。新渡戸稲造の祖父、新渡戸傳(つとう)である。

 
青森県道40号を走っていたら、交差点に「幻の穴堰」と書かれた小さな看板が目に留まった。いったん通過して、気になるので戻り、そちらに曲がった。すると道沿いに看板がある。

 

冒頭の地図のとおり、この地には2本の水路トンネルがある。幕末から明治末までに作られたのは稲生川のほうで、その北、標高差12mほど(らしい)高い位置を並行する「国営水路」は昭和に入ってからの建設だ。その国営水路の計画以前に、南側にもう1本を掘ろうとしたが、未成に終わった。その横穴が「幻の穴堰」して残されている。

 
すぐそこに穴が空いているらしい。しかし、予備知識皆無であり、盛夏・猛暑+水が流れ出てきているため、足元はぬかるむし猛烈に蒸し暑い。なので見学はできずに退散。

この穴堰や稲生川については、農水省のYouTube動画が2本ある。


参考/三本木原開拓の歴史

【こんな本も作っています】
 










[PR]