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田君川橋梁 山陰本線のラティスガーダー

田君川橋梁 山陰本線のラティスガーダー

ラティスガーダー

山陰本線の田君川橋梁。ラチスガーダーのひとつだ。残念ながら、これ以上近づく手段がなかった。向こう側も行けなかった。
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和田口めがねトンネル-双子のトンネル 

和田口めがねトンネル-双子のトンネル 

隧道・廃隧道

国道178号線の久谷駅の西側を走っていたら、妙なトンネルが見えた。築堤は山陰本線で、その下を県道261号が通っているのだが、なぜかトンネルがふたつある。…いや、道路と並行して川があるのは大きく見えるので、その水路トンネルだとはすぐわかったが…。

アーチには要石があり、ふたつのアーチの間には装飾的な柱(?)がある。しかし、その柱がコンクリートに埋もれ、また道路トンネル内部に傾斜した護岸を見れば、堤防が嵩上げされたことは明らかだ。もしかしたら、道路も掘り下げられて(同時に狭められて)いるかもしれない。

坑門はコンクリートでのっぺりとしているが、開通時ははたしてどういう姿だったのか。

内部はコンクリートの覆工。

南側坑口にこの標識がある。「兵庫県-132」が何を意味するのかは不明。

帰宅後「和田口めがねトンネル」で検索したら、造築は山陰本線開通時まで遡ることがわかった。そして、やはり改修されていた。改修前の写真や工事中の写真をアップしたサイトがあるのでリンクを貼っておく。

・和田口のメガネトンネル


ここは余部橋梁に近い。ぜひいっしょに見学を。



取り込まれワラ1

取り込まれワラ1

鉄道車両廃車体

ある道路沿いで見かけたワラ1。道路の横は水路になっていて、隣接するプレハブや車庫は鉄板の橋がかけられている。このワラ1、ドアは開けて固定してあって、改めてシャッターが取り付けられているが、そこへの橋は、見たところ、ない。

それにしても、しっかりした土台に据え付けられている。逆三角形をしている端梁に形状を合わせてブロックとコンクリートで作られた土台。その上にワラ。その上に屋根。向こう側は車体に密着させて別の建屋。ここまでくると、ワラ1は天地前後左右6面のうち3面しか生きておらず、最初から建材で建てた方がいいのでは…などと思えてくる。

内部はどうなっているのだろうか。ブロック部分が1階、ワラ1部分が2階に相当するようになっていて、向こう側の建屋から入るとそうなっているのだろうか。極めて興味深い倉庫である。

ワラ14317。



「工事用台車の屋根?」顛末および片上鉄道関連雑記

「工事用台車の屋根?」顛末および片上鉄道関連雑記

鉄道

謎の車両? 工事用台車?の答えがわかった。

片上鉄道保存会により保存されている施設の一角に、これがあった。保存会の方に聞いてみると「雨から台車を守るためではないか?」とのこと。上の写真でもわかるが、フレームは木製である。木が腐らないように、屋根がかけられているというわけだ。

こちらはフレームが鉄でできたもの。こちらには屋根はない。

* * *
片上鉄道についてはネット上に多数の記事があるので、ここでは私が気づいたことなど。

これは構内の開渠をまたぐ部分。これだけ幅が広いと普通は小さな桁橋を架けるのではないかと思うが、ここではレールの下に古レールを桁として渡している。それも、橋台(?)部分も埋め込まれていて、高さを正確に調整しているのかな、どうなのかな…と思ってしまう。もう少し幅が細いと、枕木間の幅にそれをあてて処理する。

こちらはおなじみのHTWベースの軌陸車。全輪駆動なので、前輪へのプロペラシャフトは…とのぞき込んだら。

(写真は、上と反対から。右が前、左が後ろ)
推進軸ははずされていた。整備中なのかもしれないし、不要、あるいはトラブルの元としてはずしてあるのかもしれない。ディーゼル機関車を整備する方々だ、これくらいはお手の物だろう。


また行きたい。



八頭郵便局

八頭郵便局

郵便局舎

若桜に近い八頭郵便局。屋根が寄棟なのはちょっと珍しいかもしれない。また、窓サッシが連続しているうえに格子がついているので、まるで連続窓のように見える。ポストが歩道の軸方向を向いているのもおもしろい。

素晴らしい。郵政書体が残っていた。

シチサンは無理だった。
* * *

八東発電所は「八東」だが、この郵便局は「八頭」。どちらも「ハットウ」と読める。八東(はっとう)・八頭(やず)の地名が覚えられないが、どうも沿革からしてこんななので、覚えられなくても仕方なかろう。

●郡名
~1896.3.28 八東郡
1896.3.29~ 八頭郡 

●町村名
~1956.3.14 八東村
1956.3.15~ 八頭村
1959.5.15~ 八東町
2005.3.31~ 八頭町



八東発電所

八東発電所

水圧管路

中国電力八東発電所の水圧管路。県道の下に潜っている。

その取り付け口。

建屋は木造、下見板張りなのだが、その板が長い。いや、正確にはそれぞれの段で次いであるのだが、塗装が重ねられ、接続部分が見えなくなっている。

いちばん下の写真、建屋の手前に端が見えるが…。

廃道だった。おそらくこの県道が嵩上げされ、橋との接続が断たれてしまったのだろう。




若桜駅のターンテーブルと動画

若桜駅のターンテーブルと動画

転車台

連結器の挙動で紹介した若桜駅のターンテーブル。

上路式だ。側面には塗装標記がある。

橋りょう名 若桜転車台
支間 15M44
塗装年月日 1968年9月16日
塗装回数 3回塗
塗装種別、塗料名 下塗シアナミド鉛錆止ペイント 中上 長油系フタル酸樹脂塗料B
製造会社名 大田本塗料 K.K
施工者 城東建設有限会社

反対側には製造銘板がある。

昭和三年(●●●2104)
川崎車輌株式会社製作
活荷重 E33
鉄道省(以下略)

* * *

先のリンク先の動画の通り、ターンテーブルは比較的簡単に回る。しかし、実際の運用では位置決めが難しかったそうだ。動画を。



傍目で見ていると、これでいいじゃないかと思う位置。しかし、ロックピンが入らない。一人ででも、少しだけ力を込めればロックピンは落ちる。

ロックピン。暗部を見せるために白飛びしてしまい、わかりづらいが、/方向が軸方向、\方向が枕木方向。右下のレールを見て欲しい。右上が桁、左下が周辺の地面。

美しい一直線だなあ。

若桜駅の秤と隼駅の秤

若桜駅の秤と隼駅の秤

鉄道

国鉄の荷物用天秤ばかりの続き。若桜駅にもあった。

秤量150kg。

支柱にはTAISHO SEISAKU -Co.LTDとある。

隼駅にもあった。
上の荷物窓口で使われていたものだろう。バネばかりで、HOKUTOWと書かれている。これは北東衡機という、いまも大田区にある会社だ。

注目したいのは秤を置く台。木材に、車輪がはまる穴がざぐられている。こういう位置留め、秤に限らず昔はよく見かけた気がする。

これで、因幡船岡駅、若桜駅、隼駅と3駅の秤を見たが、どれもメーカーが異なる。因幡船岡と隼は1930年1月20日に同時に開業、若桜はその年末、12月1日に開業。隼と若桜の秤が後年、時期を異にして更新されたということだろうか。






国鉄の荷物用天秤ばかり

国鉄の荷物用天秤ばかり

鉄道

若桜鉄道は駅舎等が登録有形文化財となっている。因幡船岡駅の駅舎もそのひとつなのだが、展示にはいささか疑問がある。いちばんの疑問は上の写真。これ、椅子じゃないから!

鉄道省時代に作られた天秤ばかり。柱に貼られた銘板には、こうある。

因幡船岡駅
定量増錘附
注意
使用ノ際
ハ必ズ●
●目ヲ調
整スベシ

その下の「D-3-1555」は後年の管理番号だろうか。

柱には昭和37年に修(理?)とある。

目盛り。こうした大型の天秤ばかりは、子供の頃、古紙回収屋さんにあったのを覚えている。

荷物の重さは、荷物を秤に乗せ、目盛りのまたがっている分銅を動かし、釣り合った位置の目盛りを読み取る…だったと思うが、最下段の写真がなんだかわからない。

この秤の使い方について、TcodeF様に教えていただきました。(9月1日追記)
旧きものを訪ねる旅路(別館)天秤式の秤

目盛りに「鉄道省 鷹取工場改造」とある。「正」「定」は校正時の刻印だろうが、いつのものかわからなくていいのだろうか。「正」にウ冠(?)がつき、2箇所その上からポンチしてある。「中」は不明。佐藤信之様よりご指摘あったので同日に追記)

支柱の根元、台座にある銘板には「秤量100'0瓩 中 鉄道省鷹取工場製造」とある。


この秤、博物館モノだと思うのだが、こんな扱いであるため、自由に見られるのもまたありがたい。

竹野川橋梁 山陰本線のラティスガーダー

竹野川橋梁 山陰本線のラティスガーダー

ラティスガーダー

竹の川橋梁は5連のガーダー橋である。そのうちの第4連(京都側=写真右から数えて四つ目)がラチスガーダー。おもしろいことに、第1連~第3連は国鉄になってからの架け替え桁(製作年不明)、第5連は鉄道省時代の桁であり、つまり3種類の桁が架かっている。

歴史的鋼橋集覧によれば、当初は第1連~第3連のみで、後年、おそらく高水敷の拡幅とともに第4連・5連が追加された。第1連~第3連は新しいので、当初の桁を取り替えているのだと思う。

第4連のラティス桁。橋脚にも注目して欲しい。第3連(右)と共用する橋脚はコンクリート製だが、第5連(左)と共用するものは煉瓦製の上にコンクリートを塗ったものだ。

ラティス桁の裏側とコンクリート製橋脚。

こちらは煉瓦製橋脚。隅石が貼られている。

第5連は、上下が補強されている。設計荷重はKS15なので、補強は活荷重増大のためではなく桁の老朽化のためだろうか。形式は「作30年式」ではあるが、補強は形式とは関係ない。おかげで下フランジ(カバープレートというべきか)の幅が広くなっている。




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