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灯りの消えたツバメマーク

灯りの消えたツバメマーク

大協石油・丸善石油・キグナス・ガソリンスタンド全般

20121126_007.JPGつくば市内の、地元のスーパーの駐車場の脇に、この丸善石油のサインポールが立っている。県道同士の交差点だから、街中といえば街中だ。商店の行灯は別建ての街灯に掛けられており、このサインポールがここに残されている必然性はない。それでも、北側を向いたこの面は、褪色しやすい赤があまり薄れずにこうして残っている。

20121126_008.JPG反対側、即ち商店の行灯が夜な夜な照りつける側は、かなり褪色している。南面ということもあるかもしれない。


改めて2万5000分の1地形図を見ると、この角には高塔のマークがある。Googleマップを見ると、この商店の筋と直交する筋に、火の見櫓があったようだ。


 
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サシ481

サシ481

鉄道車両廃車体

20121119_000.JPG盛岡IC近くの県道を走っていたら、きれいなヨが目にとまった。あれ、と思うと奥に特急色の車両と、その向こうに赤銅色の車両が見えた。近寄ってみると、写真右(道路側)がヨ6000(車番不明)、サシ481 48、ヨ、ヨ(ともに形式不明だがヨ6000か)だった。

20121119_002.JPG工務店に併設されており、かつては喫茶店のような使われ方をされていたようだ。ヨのデッキには後付けの水洗トイレがあるので、宿泊施設だったのかもしれない。

20121119_001.JPG白眉はサシだろう。長らく青森に配置されていた車両と思う。

20121119_003.JPGサシといえば、この顔である。ヨのデッキとの間は板を渡してある。反対側は、なんと幌をつないである。連結はしておらず、連結器が突き合わされているだけだ。

20121119_004.JPGサシの床下、MGの存在感が気になった。

20121119_005.JPG58.11 MO(盛岡工場の意味)

MH94-DM58形電動発電機

電動機/発電機/励磁機
方式 直流複巻/回転界磁/直流複巻
定格 連続/連続/連続
出力 63kw/70kVA/15kW
電圧 1500V/440V/100V
電流 47A/92A/15A
回転数 1800回毎分/1800回毎分/1800回毎分
起動抵抗(20℃) 5Ω 周波数 60Hz
直列抵抗(20℃) 2Ω 相数 3相4線式
              力率 0.8

製造番号 7232887 製造年月 昭和47年2月
東京芝浦電気株式会社


鉄道趣味誌は、車両形式の系譜はほぼ網羅しただろうから、今後は主機や補機の系譜もやってほしいものだ。


 

『駅名おもしろ大辞典』(夏攸吾著/日地出版)

『駅名おもしろ大辞典』(夏攸吾著/日地出版)

鉄道の本

20121122-01.JPG鳥居型の駅名標に書かれた文字が大好きだった子どもの頃、昭和58年にこの本が刊行されたときには毎日のように眺めていた。

ブラックアウトされたカバーに銀色のインクで刷られたゴナUのタイトル、それらが斜めに配置されているのが子供心にすごくかっこよく見えた。いま見ると、カバーは通常のCMYK4色ではなく、黒銀赤黄緑の特色の掛け合わせ(ほとんどはベタ)。また、印象を強くする腕木式信号機をあしらうにあたり、タイトルと並べるとタイトルが小さくなってしまうため、こうして斜めに処理してタイトル文字を小さくすることなく、イラストも無理なく収めている。秀逸なデザインだと思う。デザインはADACHEENOとあるが、検索しても1971年に漫画家?としての結果が出てくるだけだ。

この本は、駅名標を真似して絵に描くのが日課だったので相当に眺め、使い込んだのだが、長じての上京のタイミングかなにかでいつしかこの本はどこかに行ってしまった。それを、先日、仕事の資料として古書店から購入した。

20121122-02.JPG改めて見ると、相当に意義深い、駅名標の資料集になっている。「鉄道掲示基準規程」にとらわれない時代のものも相当多くが残っていた当時、いかにも看板屋が手書きしたものがそこらじゅうにあった。地域性もあったし、イレギュラーなものもあった。市井のタイポグラフィーの見本市だった。見よ、草道駅の「く」を。これらの膨大な写真にクレジットはないので、すべては著者の撮影だろうか。

20121122-11.JPG同様のバイブルとしては小学館のコロタン文庫『国鉄駅名全百科』がある。また、主婦と生活社の『国鉄全線全駅 読み乗り2万キロ総ガイド全駅5175案内』は、駅舎のバイブルである。そのコロタン文庫と見比べると…

20121122-03.JPG奥羽本線の及位駅の駅名標。左がコロタン、右が本書。別々の駅名標で、特徴ある「き」でわかるように文字の形はほぼ一緒だが、ローマ字の幅と字間が違っている。

また、越後線の出雲崎はこう。
20121122-10.JPG20121122-12.jpg上が本書で、下が私が撮ったもの。所在地表記の有無という大きな違いがあるが、やはり「き」でわかる特徴はそのままに手書きされている。手書き時代の駅名標は、こうした一枚一枚の差異が面白い。



地域性もあった。たとえば九州。
20121122-06.JPG20121122-04.JPG20121122-05.JPG20121122-07.JPG20121122-09.JPG隣接駅表示の間に所在地表記が入る。この形式が、福岡から鹿児島まである。もちろん、書き手はまったくバラバラだ。


20121122-08.JPG好きなのは、信号場が書いてあるもの。『国鉄駅名全百科』には、函館本線の鷲の巣信号場(当時)の駅名標が掲載されているのだけれど、本書では石北本線の生田原で、常紋信号場が書かれている。この「SS」という表記に、間だ見ぬ遠い北の大地に旅情を馳せたものだった。新潟県からほとんど出たことがない小学生だったけれど。

* * *

会社に入ってわりとすぐに、本書の著者、夏攸吾さんにお目にかかることができた。私の隣席の、定年退職間近のKさんを訪ねてこられたのだ。私は紹介されたわけではなかったけれど、会話の中で夏さんということがわかり、割り込んでご挨拶した。子どもの頃、毎日のように読んでました、すばらしい本をありがとうございます、と。夏さんはペンネームで、そのときにいただいた名刺はいまも大切にとってある。

版元の日地出版は、私が会社に入った当時は旅行ガイドブックなどを刊行していたが、やがてゼンリンと合併。入社当時に何度かお目にかかったあの方はどうしているのだろうか。






 

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鉄道総合技術研究所『RRR』の公開

アーカイブ/資料/自分用メモ

twitterで、鉄道総研のRRRの過去5年分がPDF化されて公開されたと聞いたのでざっとチェック。

サイトはこちら

橋梁・土木関係の、趣味的に興味を引かれた記事を抜き出す。
リンク先はすべてPDF。
すべて偏見というか好みでの抜き出しなので、ぜひ全号の目次をご覧いただきたい。

・2008年3月号 橋梁の洗掘
・2008年10月号 鉄道吊橋と緩衝桁軌道伸縮装置既設鋼鉄道橋の合成構造化によるリニューアル工法の提案
・2009年8月号 鋼鉄道橋の低騒音化
・2010年3月号 アーチ型鋼材によるRCラーメン高架橋の梁補強
・2010年8月号 三内丸山架道橋 -コンクリート鉄道橋長大化の可能性-
・2010年12月号 鉄道総研が生まれた頃の話 新型踏切の開発
・2012年4月号 鉄道総研の技術遺産 バルツァーの論文と東京駅(小野田滋)
・2012年6月号 既設鋼鉄道橋をリニューアルする
・2012年8月号 鉄道総研の技術遺産 「東海道線増強調査会資料」とその意義(小野田滋)
・2012年9月号 鉄道技術 来し方行く末 鋼鉄道橋
・2012年10月号 構造変更による旧式鋼橋梁のリニューアル

円柱石積橋脚と角型石積橋脚

円柱石積橋脚と角型石積橋脚

鈑桁+石積円柱橋脚

20121117_000.JPG北恵那鉄道が木曾川橋梁を渡って右岸へ行き、すぐに支流をまたぐ。そこにかかっているプレートガーダー。支流の名前はわからない。車道も橋で渡っているのだからそこに明記してあると思うのだが、まったく私の目は節穴である。

地上の橋脚は角型で石積だ。上に残る橋桁は、レールも枕木もないので天に抜けている。

20121117_001.JPG川の中に立つ橋脚は円柱。水の流れに対応するためだろうか。写真を見る限りは橋脚の位置を工夫すれば川の中に橋脚を建てなくてもいいような気もするが、周囲の地形をよく見ていないので、ここも節穴である。


この周辺、廃線跡はわかりやすい形で残っている。Yahoo!地図を見ても、ちゃんと線形や橋の位置がプロットしてある。地図を貼ると思いので、リンクで。

http://yahoo.jp/aaXBxI
 

東武鉄道ED101(ED4001)の板台枠台車

東武鉄道ED101(ED4001)の板台枠台車

鉄道車両の台車

20121118_000.JPG東武博物館の屋外に屋根付きで展示してある東武ED10。譲渡後の近江鉄道において、空色と黄色に塗装されたED4001として活躍、あるいは保存されていた姿をご記憶の方の方が多いかもしれない、というか私がそうだった。

20121118_006.JPGこうして茶色に塗装されると、まったく印象が異なるものだ。台車は板台枠で、wikipedia日本語版でも形式が載っていないので、形式は不明としておく。『電気機関車展望』
には載っているだろうか、売ってしまったのが悔やまれる。

20121118_003.JPGゴリゴリとした乗り心地が伝わってきそうな台車。板バネの軸バネしかないようだ。かつ釣り掛け式…。

下部に水平方向に2本並ぶロッドは、内側が車輪内側の踏面ブレーキ引張棒、外側が車輪外側の踏面ブレーキ引張棒だ。

砂箱は両端にあり、デッキ側の砂箱にはステップもつく。その上にはデッキ。

20121118_004.JPGエアタンクとブレーキロッド。

20121118_001.JPG当時の電気機関車は、モーター付きの台車が連結されており、その上に車体がのっかっていた。牽引力は、連結器+台車+台車+連結器、と伝わり、台枠は無関係。だから、台車同士をつなぐ機構がある。

20121118_002.JPG車体の銘板。

20121118_005.JPG台枠の銘板。

どちらにも、ENGLISH ELECTRICとDICK KERRの文字があるが、デッカーを買収したEEが、子会社のデッカーで製造した…と考えるとわかりやすいが、いつまで会社としての、あるいはブランドとしてのデッカーがあったのかはわからない。


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屋根が飛んだ話

記憶

今日はけっこうな強い風だった。最近、東京ってこんなに風が吹いたっけ? と思うことがよくある。新潟では、晩秋から冬はけっこうな風が吹き、冬になると毎晩、海鳴りとともに電線も鳴ったものだ。ちょっと印象が違うけれど、谷山浩子の歌、『風の当たる場所』は、なかなか風の日を表している気がする。

かつて、母に「柏崎に住んでいた頃、台風で屋根が飛ばされたことがある」と聞いたことがある。話の内容からして昭和30年代のことだろう、くらいにしか思っていなかったが、よく考えれば住宅半壊と言ってもいいような大変な被害である。先日、そのことについて聞いてみた。


第2室戸台風だったという。屋根が吹き飛ばされ、家の中のテレビが転がっていったと。その後しばらくは家の修理のために別の家に仮住まいする羽目になったそうだ。家財もかなりの被害を被ったに違いないが、第2室戸台風といえば昭和36年、その頃にテレビがあったというのが意外だった。決して裕福な家ではなかったはずだ。


ただそれだけだ。おそらく、たった一度だけ聞いた「(当時からして)20年前に遭った災害」。いまの私の感覚で言えば、たった20年前のことなら鮮明にも覚えているだろうし、何度も話してもおかしくない。でも、一度しか聞いていない。それだけ、当時の「20年前」は遠かったのだろうか。それとも、話すようなことでもないという感覚だったのだろうか。

ふと思い出したので、自分の記憶としても書き留めておく次第。


斜張橋+アーチ橋

斜張橋+アーチ橋

斜張橋

20121118a06.JPG(クリックするとCM動画のページにジャンプします)
日産ノートのCMで、気になる橋が出てきた。なんだこれは、なんで斜張橋のケーブルがアーチの横構の間を通って床版を支えてるんだ…? それも、床版のセンターではなく片側を吊っている。地上側のケーブルは2方向に分かれている。

…などと思ったら、@Einshaltさんから「マレーシアのSeri Saujana Bridge かと」とご教示いただいた。wikipedia英語版はこちら

関連サイトも見たけれど、どうもよくわからない。アーチを添えることにより荷重がアーチと斜張橋の主塔に分散されるから主塔が低いのかな…などと思ったが、そんなことはなさそうだ。スパン300m、主塔高さ73mというのは、国内の斜張橋を見ても同等だ。

こちらのPDFに詳細が書いてあるのかもしれないが、長いのでまだ読み中。とりあえず。
http://www.bath.ac.uk/ace/uploads/StudentProjects/Bridgeconference2007/conference/mainpage/Hares_Seri_Saujana.pdf



大曲にあった給油所 ENEOS石切橋給油所

大曲にあった給油所 ENEOS石切橋給油所

ENEOS/日本石油

20121116_001.JPG目白通りの大曲の近く、西側にあった給油所。たしか以前は三菱石油だったような気がする。江戸川橋に住んでいるころ、何度か給油したことがある。

足をケガして原付で通勤している時期にtwitter上で@g_standさんとこの石切橋給油所の話題になったので、寄ってみようと思って走ったのだが、スルーしてしまった。おかしいなと思っていたら、どうやらとうに閉店しており、間もなく解体工事に入るとのことだった。

20121116_003.JPG数日後、トーハンに行く用事があったのでついでに寄ってみたら、見事に真っ白になっていた。ただ、クルマは止まっており、経営者の日之出砿油の方と思しき人が洗車していた。また、ここに新しく建設される建物の関係者が数名いて、慌ただしく電話で打ち合わせをしていた。

20121116_000.JPGストリートビューには、往時の姿がある。いずれ書き替えられると思うので、キャプチャし、リンクにしておく。

20121116_004.JPGキャノピーは敷地の手前部分を門のように覆っている。サービスルームの部分だけ土地が奥まり、そこに3階建ての社屋がある。広島工場型EF58のようなヒサシが1階の表側をすべて覆い、2階、3階の窓は個別に覆っている。道路からは見えない位置の「石切橋給油所」という切り抜き文字が、たまらなくよい。

ほどなく、ここには草間弥生カラーの重機が入り、建物を粉々にした。おそらく今はもう更地になったここにはマンションが建ち、数年後には、いつまで給油所があったのかすら思い出せなくなるのだろう。


 

長野電鉄屋代線 東屋代駅の駅便

長野電鉄屋代線 東屋代駅の駅便

駅のトイレ

20121110_000.JPG廃止から約50日後に訪れた東屋代駅。駅名標は取り外されていたが、まだ人のぬくもりがあった気がした。

20121110_008.JPG改札。

20121110_001.JPG…の窓口。

20121110_003.JPG…を抜けて振り返る。

20121110_004.JPGそのまま左を見ると、そこが便所だ。

20121110_006.JPG奥は個室。手前が男子用。

20121110_005.JPG残念ながら、個室は鍵がかかっていた。

男子用は朝顔。下部の板の部分は、駅舎の外周の腰板の高さと一致する。ここも腰板と読んで差し支えなかろう。腰板より上は白壁。漆喰、と考えていいのだろうか。白壁の見分け方がわからない。駅舎内外の「窓上」の白壁がみな傷んでいたりくすんでいたりするのに、この男子便所の白壁はきれいだ。屋外に面しているのに、不思議だ。


 

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