小坂鉄道の立地は、一見、不思議に見える。
なぜ、小坂からわざわざ峠を越えて茂内に出てから大館に向かうのか?
現在の鉄道路線図を見ると、そのまま小坂川(米代川の支流)を下って
十和田南駅につなぐのが自然に見える。
十和田南駅から大館駅へは、やはり米代川沿いなので極端な勾配もない。
と思う。(あとで調べてみよう)
遠回りでも、勾配の少ないほうを選ぶのがセオリーである。
北海道の、函館から札幌を見よ。
鳥瞰図にすると、こうなる。
#カシミール3Dで作製。高度2万4000mより北を見る。レンズ50mm。
しかし、花輪線が、大館から毛馬内(現・十和田南)に延伸したのは大正4(1915)年。
小坂鉄道が大館まで通じたのは明治41(1908)年。しかも762mm。
現在から見れば、最初から1067mmで毛馬内に向けておいて
ちょっと我慢すればよかったのに。と思う。
当時の大館~毛馬内を開通した秋田鉄道と、なにか因縁でもあったのだろうか?