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20121118_000.JPG東武博物館の屋外に屋根付きで展示してある東武ED10。譲渡後の近江鉄道において、空色と黄色に塗装されたED4001として活躍、あるいは保存されていた姿をご記憶の方の方が多いかもしれない、というか私がそうだった。

20121118_006.JPGこうして茶色に塗装されると、まったく印象が異なるものだ。台車は板台枠で、wikipedia日本語版でも形式が載っていないので、形式は不明としておく。『電気機関車展望』
には載っているだろうか、売ってしまったのが悔やまれる。

20121118_003.JPGゴリゴリとした乗り心地が伝わってきそうな台車。板バネの軸バネしかないようだ。かつ釣り掛け式…。

下部に水平方向に2本並ぶロッドは、内側が車輪内側の踏面ブレーキ引張棒、外側が車輪外側の踏面ブレーキ引張棒だ。

砂箱は両端にあり、デッキ側の砂箱にはステップもつく。その上にはデッキ。

20121118_004.JPGエアタンクとブレーキロッド。

20121118_001.JPG当時の電気機関車は、モーター付きの台車が連結されており、その上に車体がのっかっていた。牽引力は、連結器+台車+台車+連結器、と伝わり、台枠は無関係。だから、台車同士をつなぐ機構がある。

20121118_002.JPG車体の銘板。

20121118_005.JPG台枠の銘板。

どちらにも、ENGLISH ELECTRICとDICK KERRの文字があるが、デッカーを買収したEEが、子会社のデッカーで製造した…と考えるとわかりやすいが、いつまで会社としての、あるいはブランドとしてのデッカーがあったのかはわからない。

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今日はけっこうな強い風だった。最近、東京ってこんなに風が吹いたっけ? と思うことがよくある。新潟では、晩秋から冬はけっこうな風が吹き、冬になると毎晩、海鳴りとともに電線も鳴ったものだ。ちょっと印象が違うけれど、谷山浩子の歌、『風の当たる場所』は、なかなか風の日を表している気がする。

かつて、母に「柏崎に住んでいた頃、台風で屋根が飛ばされたことがある」と聞いたことがある。話の内容からして昭和30年代のことだろう、くらいにしか思っていなかったが、よく考えれば住宅半壊と言ってもいいような大変な被害である。先日、そのことについて聞いてみた。


第2室戸台風だったという。屋根が吹き飛ばされ、家の中のテレビが転がっていったと。その後しばらくは家の修理のために別の家に仮住まいする羽目になったそうだ。家財もかなりの被害を被ったに違いないが、第2室戸台風といえば昭和36年、その頃にテレビがあったというのが意外だった。決して裕福な家ではなかったはずだ。


ただそれだけだ。おそらく、たった一度だけ聞いた「(当時からして)20年前に遭った災害」。いまの私の感覚で言えば、たった20年前のことなら鮮明にも覚えているだろうし、何度も話してもおかしくない。でも、一度しか聞いていない。それだけ、当時の「20年前」は遠かったのだろうか。それとも、話すようなことでもないという感覚だったのだろうか。

ふと思い出したので、自分の記憶としても書き留めておく次第。

20121118a06.JPG(クリックするとCM動画のページにジャンプします)
日産ノートのCMで、気になる橋が出てきた。なんだこれは、なんで斜張橋のケーブルがアーチの横構の間を通って床版を支えてるんだ…? それも、床版のセンターではなく片側を吊っている。地上側のケーブルは2方向に分かれている。

…などと思ったら、@Einshaltさんから「マレーシアのSeri Saujana Bridge かと」とご教示いただいた。wikipedia英語版はこちら

関連サイトも見たけれど、どうもよくわからない。アーチを添えることにより荷重がアーチと斜張橋の主塔に分散されるから主塔が低いのかな…などと思ったが、そんなことはなさそうだ。スパン300m、主塔高さ73mというのは、国内の斜張橋を見ても同等だ。

こちらのPDFに詳細が書いてあるのかもしれないが、長いのでまだ読み中。とりあえず。
http://www.bath.ac.uk/ace/uploads/StudentProjects/Bridgeconference2007/conference/mainpage/Hares_Seri_Saujana.pdf


20121116_001.JPG目白通りの大曲の近く、西側にあった給油所。たしか以前は三菱石油だったような気がする。江戸川橋に住んでいるころ、何度か給油したことがある。

足をケガして原付で通勤している時期にtwitter上で@g_standさんとこの石切橋給油所の話題になったので、寄ってみようと思って走ったのだが、スルーしてしまった。おかしいなと思っていたら、どうやらとうに閉店しており、間もなく解体工事に入るとのことだった。

20121116_003.JPG数日後、トーハンに行く用事があったのでついでに寄ってみたら、見事に真っ白になっていた。ただ、クルマは止まっており、経営者の日之出砿油の方と思しき人が洗車していた。また、ここに新しく建設される建物の関係者が数名いて、慌ただしく電話で打ち合わせをしていた。

20121116_000.JPGストリートビューには、往時の姿がある。いずれ書き替えられると思うので、キャプチャし、リンクにしておく。

20121116_004.JPGキャノピーは敷地の手前部分を門のように覆っている。サービスルームの部分だけ土地が奥まり、そこに3階建ての社屋がある。広島工場型EF58のようなヒサシが1階の表側をすべて覆い、2階、3階の窓は個別に覆っている。道路からは見えない位置の「石切橋給油所」という切り抜き文字が、たまらなくよい。

ほどなく、ここには草間弥生カラーの重機が入り、建物を粉々にした。おそらく今はもう更地になったここにはマンションが建ち、数年後には、いつまで給油所があったのかすら思い出せなくなるのだろう。


 
20121110_000.JPG廃止から約50日後に訪れた東屋代駅。駅名標は取り外されていたが、まだ人のぬくもりがあった気がした。

20121110_008.JPG改札。

20121110_001.JPG…の窓口。

20121110_003.JPG…を抜けて振り返る。

20121110_004.JPGそのまま左を見ると、そこが便所だ。

20121110_006.JPG奥は個室。手前が男子用。

20121110_005.JPG残念ながら、個室は鍵がかかっていた。

男子用は朝顔。下部の板の部分は、駅舎の外周の腰板の高さと一致する。ここも腰板と読んで差し支えなかろう。腰板より上は白壁。漆喰、と考えていいのだろうか。白壁の見分け方がわからない。駅舎内外の「窓上」の白壁がみな傷んでいたりくすんでいたりするのに、この男子便所の白壁はきれいだ。屋外に面しているのに、不思議だ。


 


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