左ミラーがないと通してくれなくなりました。が、さっくり終了。これでまた2年乗れるが、始動性の悪さがバルブに起因するものか、そうであったとしても直す価値はあるのか。しゅうりに20万とかなったら、もうさよならかもしれん。
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こんな状態だったので、タイヤを交換した。センターブロックの前後も減っているという状態。引っ掻き傷が無数になり、こんな亀裂というかざっくりいった跡もある。よくこんなで南会津行ったもんだ。
前輪はそこまでは減っていないが、ブロックがもげそうになっているものもあった。 買ってきたのはミシュランのAC10。いつのまにか、ダンロップやブリヂストンよりも安いタイヤになっていた。 前輪を外したら、ブレーキホースがこんな状態になっているのを発見。スポークがあたっていたらしい・・・ あとは保安部品はずしてミッションオイル入れ替えておしまい。 AC10、オイル交換後にオイルをまわすために家の前を一回りした時、前ブレーキ軽くにぎったら即滑った。いままではいたモトクロスタイヤとはずいぶん感覚が異なるようだ・・・。
飯田線為栗駅の「駅ノート」を見ていたら、『鉄子の旅』の作者の書き込みがあった。こんなふうに絵が描けたらいいな、こんなかわいい字が書けたらいいな、と思うがちょっとマテ。
名前が・・・。 私自身も年賀状の1割は「磯辺」で来るし、同僚からすらさえ「辺」でメールが来たりする。「磯」が「礎」「礒」、「祥」は「洋」、「行」は「之」になったりする。ひどいのになると4文字中3文字誤っていることがある。しかし、住所録は一回打ち込んだら絶対に見直さないので、延々と毎年誤字で年賀状が来る。 * * *
ちゃんと記事として書きたいことは溜まっていく一方なのだが、あまりに時間がない。鋼橋の打ち込みも止まったままだ。まだまだトンネルは長い。
下田ついでに近くの霊山橋。たぶん霊山寺の近く。
石橋はアーチを描いているというのに、欄干の真っ直ぐさ。石橋だから、鈑桁みたいに欄干が桁となって床版を支えるということなどなく、単なる手すりであるからこれもよしのはずなのだが、なにか違和感がある。 ついでに。 先のエントリ「信用」につながる話。30ポンド砲てのが何なのか、見た人がわかるというのか? これを説明するためには ・30ポンドの意味 ・日本人はポンドに馴染みがないことへの配慮 ・いまの砲は口径で表すのになぜ重さで表すのか ・この大砲がここにある意味 ・これがどこ製か ・それが政治的にどういう意味を持つか ・それが技術史的にどういう意味を持つか ・滑空砲かライフル砲か というようなことを解説せねばなるまいよ、下田市役所殿。ちゃちゃっとググると「カロネード製」とかいう誤った記述も生んでしまっている。人がブログに書き写したりしそうなものほど、きちんと説明しておかねばならない。きちんと説明してあれば、そのまま正しい解釈を人が勝手に広めてくれるが、そうでない今回のような場合、誤った解釈だけが広がっていく。
自家用の隧道、というか元は公のものだったものを私物化したようなものは、その筋の報告に散見される。決して多くはない。
ここに挙げたのは、たぶん自家用なのではないかと思う橋。その根拠は橋の上のモノである。カヘなのか、イスとテーブルがある。カンタンタープが興ざめではある。伊豆の下田市内のものだ。 自宅の前に川があれば、あるいは敷地内に川があれば、自家用の橋は必要だろう。農地の用水路をまたぐ橋などそうだし、丸木橋を結わえただけのようなものは無数にある。軽トラが通れるくらいのものもある。それらに対して、ここにあるものは公の流れの上にあるから(用水路も公には違いなかろうが、それを見る目の数と密度が違うだろう)なんらかの審査の上で架けられたのだろうと勝手に考えている。 ここまで考えて、自家用踏切を思い出し、さらに自家用踏切を設けてもらえない例を思い出した。 飯田線の為栗駅の裏(?)にあるお宅である。どう見ても線路をまたがないと出入りできなさそうだ。しかも、そこには通行禁止の旨の看板まである。 鉄道用地は原則的に鉄道会社のものなので(そうでない場合もある)、この場合はJR東海に分があるのかもしれない。 このお宅は比較的新しいようにも見えるが、建てる際の資材の搬入や建機(柱を立てるのにユニックくらいは必要だろう)はどうしたのだろうか。また放置する謎が増えた。 |
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