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GoogleMapsにおいて「東京」は「江戸川橋」を指す

地図・航空写真・分水嶺

なにげなく見ている、GoogleMapsの広域画面。これは、URLの緯度・経度の次に「7z」とあるから、「レベル7」というスケールだ。「レベル」の数値が大きいほど、縮尺が大きく(分母が小さく)なる。その「レベル7」では、都道府県と主要都市の地名が表示される。札幌、仙台、新潟、東京、浜松、名古屋…。

この地名は、明確にランクがつけられていて、「このスケールならこのランクの地名を表示する」となっていて、さらに、こうしたベクトル地図…「絵」ではなく「点と線のデータで生成する地図、回転も自在なもの」では、その地名を「どこ」に表示するかも決まっている。特定の緯度・経度の点が定義され、周囲の文字と干渉しないように、自動的に点の上・右・下・左のどこかに配置される。

 
(クリックすると、GoogleMapsを表示します)

しかし、拡大していくと(「レベル」を大きくしていくと)、表示される地名が出たり消えたりする。

 
レベル11では「東京」と同じランクで「新宿区」が登場し、「東京」の文字の位置に、地図記号として◉が登場する。国土地理院が定める「地図記号」ではないが、教科書の地図帳では人口別に記号が変わる、そのイメージか。

そう考えると、「東京」という文字は、西新宿にあるべきだが、上のレベル11の地図を見ると江戸川橋にある。拡大していこう。

 
レベル13。これ以上拡大すると「東京」が消え、「新宿区」が消え、千代田区・中野区などが出てくる。ここでは見えないが、「世田谷区」の文字の大きさは「東京」と同じランクである。

さて、これとは別に「東京」を検索すると、江戸川橋のどこかが判明する。文京区関口1丁目10-8付近。これは、後述する「うどん」とは意味が異なり、ここを「東京」と定義してある。

 


では、なぜ江戸川橋が「東京」と定義されているのか。東京の「重心」なのかと思ったが、東京都を平面と考えた場合、数学的にはそれは国分寺になるとのこと。また、総務省によれば、人口では杉並区成田東1丁目、23区なら市谷の防衛省付近と定義されている。

となると、なぜ、江戸川橋に「東京」のポイントがあるのか、まったくわからないが、これが理由で、検索でちょっとおかしなことが生じてしまう。詳細は別項で。

(続く)




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温泉の水管橋

水管橋

 

伊豆・下賀茂温泉の春まち橋に続くような形で、水管橋が延びている。ここは青野川と二条川が合流する地点で、合流点をYの字に例えると、その股に温泉が湧き、/を乗り越える形でこの水管橋がある。上の写真の3本の塔が源泉。左下に春まち橋。画面を左右に横切るのが堤防で、その上の道路を横断して向こうに延びているのが今回の水管橋。

 
4本の管を渡している。







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伊豆大島・サル島橋

吊床版橋

伊豆大島の都立大島動物公園に行った。入ってすぐ、バーバリーシープとワオニツネザルを見ようと思ったが、そのエリア上空をまたぐ橋のほうが先に目に入ってしまった。この橋は「サル島橋」という。このエリアを「サル島」というからだろう、この橋の上から見下ろすと、動物たちをより間近で見ることができる。
 
ご覧のとおりの吊床版橋、公式サイトでは「吊橋」となっている。長さ62m。

 
歩くと、わずかに揺れる。グラウンドアンカーがどうなっているのか、確認していない…。


裏面。


公園や動物園は、ちょっと特徴的な橋がありがちなのかもしれない。
アドベンチャーブリッジ(栃木県)
猿のための吊橋






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春まち橋

橋梁一般


「なんだ、この、木製のキングポストトラスは!」と驚くだろう。伊豆の下賀茂温泉にある歩道橋だ。


木材は細く、ガセットもかなり華奢。これで、この重いコンクリートの床版を支えているのか?……と疑問に思うが、一枚目の写真をよく見て欲しい。下弦が、立派なプレートガーダーである。

 
真正面から。


 
銘板のおかげで正体がわかる。つまり、キングポストトラスは「飾り」であり、構造ではない。



春まち橋 二条川
橋長 21.0m
支間長 20.3m
幅員 3.0m
活荷重 群集荷重
完工 2003年
主要資材 コンクリート 3.0m^3
鋼材 SM490YA・YB \
   SM400A SS400/20.266t
SD295A 0.170t
塗装面積 335m^3

型式 上部工 単純非合成鉄板(飾り部材トラス構造)
   下部工 H鋼杭基礎逆T式コンクリート橋台
   下部工寸法 W=3.5m,L=5.3m,H=5.9m,杭H=350mm,15.5m 8本
請負(上下部工)長田建設工業(株)


●spl thnx:丸田祥三さん



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2016年のGPSログ

地図・航空写真・分水嶺

毎年末恒例、GPSログを振り返る。


(kashmir3d+SRTM30)

今年は、むりやり仕事を作って四国・九州に行った。また、今年も北海道ツーリングに行くことができた。それくらいか。

 
四国と九州、どちらもしばらく行っていなかった。目的は『林道ツーリングガイドブック』の取材で、GWを利用しての仕事だ。行きたかった大隅半島の林道群を走ってきた。
 
役得というなかれ、節約のために経費は交通費(クルマに積んで行った)のみで、宿泊は全部車中泊だ。GWをすべてつぶし、以降は原稿書きだ。非常にキツイ仕事だったが、秋以降の仕事量に比べれば…。岩手秋田青森あたりもその取材の一環だ。


 
こちらは北海道バイクツーリング。新冠ダム周辺は、月刊ガルル2002年9月号の取材以来だ。


これはペンケニコロベツ林道。やはりそのとき以来。今年は道東のダートを堪能した。

もっともっと出かけたい。休みと旅費がほしい。さて、では、仕事を作るか…!



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北海道のダム

ダム

●豊平峡ダム(豊平川)
 

豊平峡ダムにかかる橋

●静内ダム(静内川)
 

●新冠川水系

石清水ダム。近づけない。金網越し。

 
下新冠ダム。こちらも近づけない。

 
新冠ダム。堤体を一望できる場所はない。

 
フィルダムらしく、堤体上部の道路は広い。奥新冠ダムへは行けない。途中で通行止めになっている。

●岩知志ダム(沙流川)
 

●平取ダム建設中(沙流川水系額平川)
 
 
建設中の平取ダム。堤体はまったく近づくことができず。ダム湖側はこんな感じ。見えている橋は「旧道」となる、これも水没する。

●札内川ダム(札内川)


片洞門・見晴覆道と札内川ダム

●金山ダム(空知川)
 


1992年知床連山縦走

1992年知床連山縦走

山あるき

ブラタモリが知床だったと聞いて。
 
大学2年の1992年8月、知床連山を縦走するために北海道に渡った。二度目の北海道だ。北海道の山を登るのはこの時が初めて。そういえば、一昨年で引退させたICI石井スポーツのゴアライト(2~3人用)を買ったのも、知床縦走のためだった。
 
使ったのは、JRの北海道ワイド周遊券で。8月4日に新潟の実家を出て、「いなほ3号」→「海峡11号」→「北斗85号」→「まりも」(夜行)で釧路→斜里。斜里からバスで岩尾別についたのが1150。手帳によれば(登山は記録をつけるものだ)、こうだ。
 
(8/5) 
1205 岩尾別発
1245 ホテル地の涯
1410 弥三吉水
1510 銀冷水
1555 羅臼平 
 水汲みつつ羅臼岳往復
1740 羅臼平 幕営
1900 就寝
 
(8/5)
0345 起床 明るい
0505 出発
0535 サシルイ岳
0718 オッカバケ通過
0735 二ツ池
0845 南岳
0940 知円別岳
1105 硫黄山
1115 出発するも、一面岩なので下山ルートがわからず
1155 やっと下山ルート発見 最終バスに間に合わないと諦めてゆっくり下る
1520 カムイワッカの滝着 ヒッチハイク2回して斜里駅へ


(写真は二ツ池と、硫黄山山頂での自撮り。写ルンですパノラマ…)

当時の手帳にはいろいろメモしてある。カムイワッカ湯の滝からのバスはもうないのでヒッチハイクしたのだけれど、カムイワッカ湯の滝から知床自然センターまで載せてくれたのは、京都女子大3人組のレンタカーだったようだ。思いだした、1泊の登山で薄汚れた私は、それを気にして彼女たちのクルマの後部座席で小さくなっていたのだ。なにしろ、歯も磨いてないし顔も洗ってないのだ。そうだ、この記述からわかるように、当時は湯の滝はおろか、その先までクルマで入れたのだ。

知床自然センターから斜里までは、二人組の男性会社員のピックアップに乗せてもらった。斜里では飛び込みで旅館「斜里館」に入った。


いま思えば、ゴアライト初使用がここというのもちょっと無謀だ。手帳に「ビニールシート必要」って書いてある。また、背負ってるザック、これはLowe(カメラバッグで有名なLoweProの大元だ)のSpecialist CloudWalkerという80~100Lのやつで、高校山岳部でいっしょだったキシモト君が使っていたものと同じだ。それまではニュートップのパックフレームを使っていたのだけれど、まあ、道具は欲しくなるじゃないですか。

このザックは結局、何回マトモに使ったのかな…。たぶん会社入ってからはほとんど使っていなくて、保管しておいたのだけれども化学変化で接着部分やスポンジがダメになってて。先日、さよならした。




先日、グループ会社の方と話をしていたら、同じ年の同じ月に同じルートをソロで行っていたとのこと。「硫黄山からの下り口がわからなくて…」「そうですよね!」などと盛り上がった。そして、カシミール3DのDAN杉本さんも同じ年くらいに縦走されたとのこと。北方領土を遠望されたのかな。私が登ったときは、羅臼山頂から歯舞などがよく見えていた。









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北海道 落ち穂拾い

道路全般

●50高
 
「40高中」はそこそこ残っているけれど、「50高」はあまり見かけない。北海道道55号。中札内あたり。

●送電線
 
電柱2本で66kV…だと思う。岩清水発電所からの送電線が、ここ泉で分岐する。

●共同石油
 


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『秋田県の遊郭跡を歩く』(文・小松和彦/写真・渡辺豪)



私が通っていた小学校の校区内、とてもよく知る場所が遊郭だったのを知ったのはわずか数年前だ。そこにはかつてストリップ劇場はあったし、あやしげなビルはあったし、旅館もいくつかあった。知人に旅館の息子もいた。子供ながら、なんだか不思議な空間であるとは感じていた。近くには特殊な様式の民家もいくつもあった気がする。遊郭部さんのブログ『十四番町遊郭に泊まってみた・新潟県同市「福田旅館」』近辺である。

そんなこんなで、いろいろなご縁もあり(端折りすぎか)、また、東北は大好きでよく行くことから、『秋田県の遊郭跡を歩く』を興味を持って開いた。まっさきに、この8月にも訪れた五城目を読んだ。あんなところにあったのか。遊郭が。

他の章も、そんなふうに「こんなところに…?」と感じる場所ばかりだ。著者の小松氏も書いているが、「かつて賑わっていた街」かつ「いまはその産業が衰退して老人ばかりの街」に、いろいろな偶然が重なり、遊郭跡が残っている。そこを、急ぎ、かつ丹念に周り、証言を集めている。そしてそれを、文芸作品たる紀行文としても読み応えのある丁寧な文章で綴っている。

聞き取りも撮影も、いまとなっては時間との闘いだろう。赤線があった頃に大人だった人は、ほとんどが80歳を超えている。本書の取材中にも、それを実感するできごとが起こる。「間に合った」のか、間に合わなかったのか。両方だろう。それでも、それがこうして書籍の形をとってくれたことで、片鱗を知ることができた。



面白い考察がある。鉄道の開業で秋田の産業は活性化したが、同時に東京で働く秋田の出身の娼妓の激増ももたらしたという。そのような「気づき」が、本書では、昭和中期、そして平成中期の二段階で、さらになされている。詳細は書かない、ぜひ本書を読んで欲しい。



本書は、渡辺豪氏の写真もすばらしい。私の好きな、超広角が多用された構図で、しかも切り取られている。いろいろな事情もあって建物ズバリを写せないからこういう撮り方になるのかもしれないが、とても本書の雰囲気にあっている。

写真は最初、一瞬、2色印刷でうまく雰囲気を出しているのかなと思ったほどに作り込まれている。25倍ルーペをあててみたら、4色分解で製版されていた。とても贅沢にカラー印刷を使っている。小松氏の文章と補完し合い、見事な一冊となった。



私的な余談を。

母方祖母は地主の娘だったが、芸者になりたいといって出奔し、同じく軍人家を飛び出した祖父と一緒になって貧乏暮らしから始まったと聞く。「芸者」とは聞いたが、それは、言葉を飾ったのだろうか。本当に意味するところは、もうわからない。その祖母は、柏崎の祇園祭りでクルマの山車に乗り、三味線を弾いていた。祖父は私が幼少の頃に、祖母は高校生の頃に亡くなった。

花街太郎さんのブログに、新潟県柏崎市(旧新花町遊郭)がある。



もう一つ、余談を。

潟上市昭和大久保の章で、大正14年、摂政宮(のちの昭和天皇)が、大久保駅からトロッコに乗ってオイルマネーに沸く豊川油田をご視察されたことが書いてある。『昭和天皇御召列車全記録』(日本鉄道旅行地図帳編集部編/新潮社)を繙いてみよう。

大正14年10月11日から25日まで、「山形・秋田・宮城県行啓」というスケジュールが載っている。その10月16日の項に、秋田駅→機織駅(現東能代、秋田木材訪問)→大久保(日本石油豊川鉱業所専用トロッコ乗車」→秋田、という行程が書かれている。写真は「今でも「燃える土」は見ることができる」に掲載されている。


【関連項目】
『遊郭を行く1976』(遠藤ケイ)
『御手洗遊郭ものがたり 女は沖を漕ぐ』(黒川十蔵/カストリ出版)



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北海道の道路名標識いくつか

道路全般

●農業用車道路…ってなんだ?
 
農道のことだろうか?(新冠町)

●併用道路
 
 
単に「併用道路」。何道と何道を併用しているのだろうか。ダートなので、町道と林道の併用…だろうか。留辺蘂町温根湯。

●町道標識
 
 
 
(すべて新冠町)

●道東林道
 
道東林道の標識。

 
平雲内林道との分岐地点に立つ平雲内林道の標識。



●公団幹線林道
 
公団幹線林道。かつてあった「森林開発公団」。いまは「森林農地整備センター」。

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