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中名寄駅跡

駅舎

名寄本線の中名寄駅の駅舎が残っている。かつてはバスの待合所に使われていたが、国道239号から微妙に引っ込んでいてバスから見えづらいためか、いつしか使われなくなり、国道沿いに新たにバス待合所が建てられた。いまは施錠されている。この建物は名寄市の所有だが、周辺は農地として払い下げられている。


ガラス越しに中を見ると、国鉄時代のポスターが貼ってあったり、名寄本線関係のものが保管されている。

建物としてはまだまだしっかりしているし、きれいだ。

近くには「国有鉄道」の用地杭があったが、もちろん無効である。



すぐ近くで草刈りをしていた男性にお話をいろいろとうかがった。気候が厳しいこと。かつて旅人を家に泊めてあげたことがあること。その人とはいまも交流があること。農業は三代目の自分で終わりになるということ。私の目から見たら、なぜそこの草刈りをしなければならないのかわからないようなところの草刈りをしていたが、その理由はなんとなく聞けなかった。



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サイロの屋根部分の骨組み

建築?


宮脇俊三の文章で「北海道らしい光景」としてよく描かれていたサイロ。まだ北海道など夢のまた夢だった子供のころには憧れの光景の一つだった。

ここでいうサイロは酪農のためのもので、牧草を貯蔵・醗酵させるための設備。塔型である。しかし、現代の酪農においては、牧草はロール状にパッケージして(「ロールベール」)倉庫に保管しながら醗酵させるようだ。そのため、こうした塔型サイロはほぼ使われていないと考えていいだろう。

塔型サイロは石積みや煉瓦積、コンクリートブロック積み、コンクリート製等いろいろある。屋根は金属の帽子のようなものがかぶせられていることが多い。近年、解体が進んでいる気がする。

写真は、北海道の国道沿いで見た、もう使われていないサイロ。写真左のものは、屋根の金属板が取り外され、木製の骨組み…までは見えないが、それを覆っている板が見えている。そうか、板は、螺旋状に曲げながら張るのか。しかし、円錐の下部をぶったぎった形をしているのだから、そのまま曲げても上部で破綻するはずだ。そのあたりは木材の気楽さか、適宜処理してあるようだ。

このサイロに気づいた後は、ときどき、こうした骨組みを露出しているサイロが目に入ってくるようになった。そのすべての骨組みは、このように板を螺旋状に貼っていた。もしかしたら例外もあるのかもしれないが、来年また行くことができたら、もう少し積極的に見てみようと思う。






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天窓のあるバス廃車体 富士重工R13

バス関連


上興部で、国道沿いから見えたバスの廃車体。天窓があるのが珍しいと思って撮影。よく見るとヒサシがついている。


後ろの倉庫が顔に見える。

 
天窓はパノラミックウインドウ。お金がかかっている。端柱や屋根最後部のRが、ほどほどの古さを感じさせる。

 
側面には「北紋バス」。

北紋バスの滝上営業所も見たが、板で作られたと思われる「北紋」のロゴがとてもかっこよかった。しかし、用もないのに近寄って写真を撮ることはためらわれたので、写真はない。代わりにリンクを貼る。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Hokumon_bus_Takinoue01.JPG

私はバスはまったく不案内だが、偶然にもタイムラインに同種のバスの写真と、その車種特定のツイートが流れていった。




サイト「80s岩手県のバス」によれば、R13型前記というのが1963年から1970年とのこと。私よりも年上だった。



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キ604の操作室など

鉄道


 
名寄にキマロキが保存されている。キ604の部分写真をアップする。

ここではマックレーと連結されている。キ604の前部に連結器はないため、左右に渡した梁をひっぱる形になるが、実際の作業でこのように連結したままの写真は見たことがない。キマとロキに別れて「2列車」で運転する。

正面を向いている羽子板のような5枚の羽根は可動できる構造となっているが、よくわからない。DD14等と異なり掻き寄せ翼はごく小さなものしかない。

操作室は十分に広い。こちらはあくまでも除雪装置の操作用で、動力源たる蒸気機関の投炭関係の部屋は後部にある。写真左が前、右が後ろ。右に見える箱は、日立のベビコン。

目立つのは、中央部にある扇形の大歯車とその操作に使う右上の大小歯車。何を操作するのかわからないが、大きな力が必要なもののようだ。位置からして、投雪口の左右切り替え・角度調整か。

手前に三方コックが五つ並ぶ。どれがなにかはわからない。左右の床下から生えているレバーは、外部のリンクから考えるに、小さな掻き寄せ翼を操作するもののようだ。

操作室背面には、ボイラの圧力計と右に加減弁、右下に逆転機。ここで運転士はボイラの出力を調整していたはずだ。

左右に隙間が見えるが、ここからボイラが見え、また、ランボードの上を歩いて後部の投炭室に行ける。

操作室を振り返り、右からボイラを覗いたところ(車体左側)。左の扉のガラスの左に写っているのが煙突。ほぼ真ん中のが蒸気ドームで、そこに加減弁からのリンクがつながっている。その下のパイプが動力源で、ボイラ右の箱の中がシリンダーだと思うのだが、この中を通る蒸気がどうピストンにつながっているのかはわからない。

後ろを向いて操作するとしたら、右側運転台のようなイメージだろうか。


左から覗いたところ(車体右側)。右手前が煙突、中央が蒸気ドーム。ボイラ横に這うパイプが蒸気を左の箱の中のシリンダに供給するものと思う。

投炭室。蒸気機関車と異なり、運転関係の装置がないので広々とした印象。


投炭室から車体の左を見る。ボイラ上の円筒は給水温め機だろうか。


投炭室から車体の右を見る。砂箱や蒸気の配管がないため、スッキリしている。

 
最後、もう一度外に出て、3軸台車。バネなしとのことだが、軸箱の上に板バネが見える気がする。こういうものを見ると、なぜ台車内側の写真を撮って来なかったのか等の後悔の念に駆られる。


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青山ダムと当別ダム

ダム

北海道のJR札沼線から山一つ西の谷筋を道道28号が走っている。そこを北上していると、広大な親水公園というか噴水周りというか、そののような光景が目に入ってくる。青山ダムだ。

 
導流部の真上に橋が架かっていて、これは旧道にあたるものなのだが、そこから上を見ると広大で緩やかな坂が乾いており、これが公園の雰囲気を醸し出している。下を見ると砂防ダムのような。



地理院地図で見るとおり、天端の左岸側上部は道路となり、右岸側が洪水吐。新道・旧道の位置関係もよくわかる。新道は長大な橋で地形を無視して走っているが、交通量はほとんどない。



その南側にある当別ダム。私の2011年版の地図には載っていない、新しいダムだ。前述の青山ダムを、治水面で補完する役割を持つ。



この数日後、下川のサンルダム周辺で「サンルダムとともに発展しよう」というような標語もたくさん見かけた。その建設途中の現場を見ておけばよかった、と後悔している。




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鷹泊駅前の「多度志村」農業倉庫

農業倉庫・日通倉庫

深名線鷹泊駅跡の続き。

駅を背にして右側に、農業倉庫がある。鉄骨構造・石積みか。電動シャッターが装備されているし、屋根も更新されている。

「多度志村農業倉庫 第6号」。多度志村が多度志町になったのは1962年、深川市に編入されたのは1970年。53年を経てもなお残る壁面の「多度志村」の文字。下半分が白になってしまっているのは、屋根の影になる部分との差か。







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深名線鷹泊駅跡

駅のトイレ


1995年に廃止になったJR深名線の沿線には、駅舎が残っている駅がいくつもある。そのひとつ、鷹泊駅の現況。

駅舎に向かって右に、つぶれた建物がある。これは駅便だった建物だ。

1991年、北海道ワイド周遊券で初めて北海道に行ったとき、始発の深川発の列車に乗った。ところが大雨のためにこの鷹泊で運転打ち切りとなってしまった。たしか駅には30分かそれ以上、停まっていた気がする。その間、このトイレも使ったに違いない。崩れた部材を避けたりすることはしたくないので、見える部分だけ見た。

振り返れば駅前通。左の建物は車庫になっていて、地元の会社の道路パトロールカーが出入りしていた。周辺にはもちろん人も住んでいる。

さて、駅舎本体。
駅舎内部は倉庫として使われているようだ。向こうは改札口、写っているのは私…。荷物窓口の台もきちんと残っている。こんな駅舎を手に入れ、ここにバイク乗り入れられる別荘にしたい…。

窓は二重窓。内側は木桟のままで、外側のみサッシに更新されている。中には畳敷きの部屋がある。もうずいぶん使われていないようだ。


 
線路側はススキが茂っている。その向こうは蕎麦畑。差し掛け屋根が一部、崩れそうになっている。時間の問題かもしれない。





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タイル壁面に掲げられたCALTEX

ENEOS/日本石油

北海道上陸2日目。予報と違い、天気がすぐれない中、美深から北に向かった。音威子府で給油したENEOSは、屋根こそ今風になっているものの、外壁はタイルで飾られていた。

ふと見ると、そこにはCALTEXの看板が掲げられていた。日石カルテックスの時代から、日石三菱、新日石を経てENEOSになっても、ずっとここにあったのだろう。このブランドへの、給油所の愛を感じて写真を撮らせてもらった。




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北海道ツーリング2015年夏

ランツァ

(カシミール3D+地理院地図)

2015年8月4日から11日まで、北海道ツーリングに行ってきました。往復とも、新潟小樽便を利用しました。詳細は下記リンク先にまとめています、ぜひご覧ください。


http://togetter.com/li/859525

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馬蹄形の隧道断面のようなアーチを持つ「水路橋」

アーチ橋

羽越本線の越後寒川~勝木間に「塩害試実験所」がある。道路ファンには、国道345号の「芦谷セット」の北側だ。

 
 
 

このすぐ北川に鵜泊トンネルがある。
ポータルが二つ並んでいて、右が隠されているように見える。左は下り線の単線トンネル。

しかし、上り線は、下り線が五つのトンネルで越える部分を、もっと山側の新勝木トンネル1本で抜けているので、「右側のポータルのようなもの」はなんだろうか?

横に回って驚いた。ダムの余水吐きのようなというか、水の通り道になっている。本来のポータルはその奥(写真では左側)に煉瓦造りのものが見える。ということは、これはトンネルの断面のようなアーチを持つ、2連アーチの水路橋ということだ。

線路を横切って「向こう側」を見てみたいが…それはNGだ。


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