左側の側径間は後年造られたもので、歴史的鋼橋集覧の図では、この左端の橋脚は橋台として描かれている。 後者の部材は、メインたる前者の部材の部分で分断されているものが多いが、ここでは交差している。これは珍しいと思う。 先に国道の対岸側の正面の写真を上げたが、右側にわずかに写っている親柱はやはり灯籠状の上部が欠損している。 PR |
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