『キジ撃ち日記』の遠藤ケイ氏が、こういうテーマで書いていたのはまったく知らなかった。そして、新潟県出身ということも知らなかった。特に後者は個人的に、勝手にシンパシーを感じてしまう。 1976年に『ビッグコミック』に連載されたものを、大幅加筆の上、カストリ出版が改題・復刻したのがこの本だ。カストリ出版は遊郭に関する資料を刊行している出版社で、こうしたジャンルに世間の関心が確実にあることを証明してくれている。未訪だが、吉原には関連書籍を販売する実店舗・カストリ書房がある。 本書は、北海道から九州まで、著者が遊郭跡を訪れ、時に適当に店に入り、縁をたどって関係者に話を聞き、あやうく引きずり込まれそうになり…というレポートで、文章を中心に、イラストや写真が添えられている。2017年現在からだと1958年の売防法は59年も前のできごとだが、このレポート取材時はまだ17~18年しか経っておらず、色街の中、あるいは近くの飲み屋でその流れを残している女性達は、まだ30代だったりする。そのやりとりのシーンは、私の中では『トラック野郎 熱風5000キロ』の、階上がそういう部屋になっているスナックと二宮さよ子のイメージで再現される…が、もちろん、というか、二宮さよ子ではなく、もっとずっとアレな感じだったようだ。なにしろ、著者は、向こうからカマをかけられるとその店から退散してしまうのだ。 ここが絶妙で、きっと、殿山泰司ならそのままやっちゃったみたいな描写になるに違いない。しかし、遠藤氏はいたさない。実際にどうだったかなんてどうでもよくて、こうすることで、下ネタレポートに陥らず、逆に読み応えのある紀行文となっていく。全国にまだ色濃く残っていた色街の成り立ち、街の構成、中心街から微妙に外れた位置にある、曖昧な性格の飲み屋やその建物、中で働く女、それぞれが、その地域の雰囲気とともに、もう手の届かない懐かしさをもって迫ってくる。 巻末には、カストリ出版の渡辺豪氏による著者インタビューがある。これが貴重で、当時の「遊郭を取材する」ということがどういうことだったのか、どのように行われたのかが証言されている。それは、出版界、そして世間が相当にゆるやかだった時代の描写でもある。本書にはそういう「佳き時代」のテイストがあるが、決して古くさく感じないのは、いまなお色街の残照が全国各地に残っていて、それは隠すべきものではなくてきちんと向き合って記録していこうというような、健全な(色街にとっては迷惑かもしれない)流れができつつあるからだろう。 私の生まれ育った新潟のシモ、その小学校の校区で友人がたくさん住んでいた地区が遊郭だったことを知ったのは、わず数年前だ。たしかにそこには、なぜか旅館がいくつもあり、妙に派手な木造建築があり、ストリップがあり、怪しげなビルがあり、質屋があった。そこが本町遊郭だったと私が知らなかったのは、当時は周囲も親も隠す方向だったからだろう。本書に本町遊郭は登場しないが、私が幼少時の頃のその一角は、本書に書かれている15の街のどの雰囲気に近かったのだろうか。 【関連項目】 『秋田県の遊郭跡を歩く』(文・小松和彦/写真・渡辺豪) 『御手洗遊郭ものがたり 女は沖を漕ぐ』(黒川十蔵/カストリ出版) PR |
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