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20120215_003.JPG初めに断っておくと、私は「鉄道遺産」という言葉は好きではない。定義されたものではないバズワードだからで、人によっては旧型客車や個別の蒸気機関車までその範疇に入ってしまう。「産業遺産」が、イメージやその是非はともかく定義をする団体があるのとは大きく異なるのがこの点だ。

こうした内容は、書籍の単行本では難しく、写真だけでも文章だけでもだめなので、「雑誌の特集」、それも鉄道誌ではなくて一般誌の特集が、いちばんふさわしいステージだと思っていた。『東京人』がそのステージとなったのは、大変嬉しいことだ。

渾身の大特集であり、100点近くの写真~~そのほとんどは丸田祥三さん撮り下ろしである~~がこれでもか、というくらいの勢いで展開され、その合間に、川本三郎さん・原武史さん・丸田祥三さん・内田宗治さんの座談会が挿入されている。私が考えるに、このテーマではもっとも適切なステージにおいて適切な展開になったと思う。うちうちに、当初はグラビア/座談会/解説とをそれぞれ分けることを想定していたと聞いたが、そうなっていれば、きっとさらに完成度は高くなったかもしれない。



冒頭に書いたように、「鉄道遺産」という定義はない。そのため、座談会を構成する4人が選び、さらに、4人がそれぞれベスト10を挙げるという体裁をとっている。これが、この特集のミソだ(ミソ、っていう言い方は古すぎる?)。そうすることで「なぜ○○がないの?」というような、ありがちなツッコミを回避し、なおかつ選者の個性と存在感を強めることに成功している。


座談会を読むと、4者の個性が出ていて大変に面白い。

●川本三郎さん「都内で駅の立ち食いそばが登場したのは、いつぐらいからですかね?」

こんなこと、考えたこともなかった。立ち食いそばというのは、私が子どもの頃から全国の主要駅にあったし、ずっと昔からあるものだと思っていた。ところが、川本さんは続けて「わりと新しいですよね。私の学生時代(筆者注:川本さんは1944年生まれ)にはなかった。」と言う。それを受けて原さんは「品川の常磐軒がわりと早くて、昭和三十九(一九六四)年だったと思います」と答える。そうだったのか!


●原武史さん「天皇研究者として、賢所乗御車はどうしても見たい」

宮中行事に関するご神体を運ぶ車両のことである。この賢所車の設計につ いてのエピソードを『鉄道ファン』かどこかで読んだ記憶があるが、そもそもご神体を奉安してある御座所は、天皇ですらその前では立って歩くことが許されな いようなものらしい。それほどの存在を常日頃から意識すればこそ出る観点。ほかにも「聖蹟桜ヶ丘」に見る駅名の考察など、原さんの専門である皇室関係の話がポンポンと飛び出している。

原さんの著書は何冊か読んでいるが、「鉄道マニアのマニア嫌い」のような記述がそこかしこにあるのでちょっと好きではない部分があったのだが、こういう鉄道への絡み方なら大歓迎だ。


●丸田祥三さん

高尾駅構内の31番支柱に残る機銃掃射の弾痕、それと同時に襲撃された「湯の花トンネル列車銃撃事件」の牽引機関車・ED16 7を見つめる目。実際に7号機を幾度となく目にしていた丸田さんは、きっと子どもの頃から、7号機を見るたびにこの銃撃を思い出していたのだろう。また、地下鉄東西線の門前仲町駅工事の際に、埋まっていた防空壕から抱き合った母子の遺体が見つかり、最終的には6~7体の遺体が見つかったというエピソード。これなど「ネットで調べてもほとんど誰も言及していなくて、これは誰かが語らなければ歴史の闇に消えてしまうな、と感じています」。それがここで紹介されることで、多くの人の目に触れることになった。まことに意義深い特集であると言わねばなるまい。(筆者中:こちらのサイトに大人4人、子ども2人との記述あり)


●内田宗治さん

国分寺崖線、玉川上水、廃川跡、新永間市街線高架橋等、とっても内田さんらしいことが自然に展開されていて、そうか、内田さんのこうした観点を結びつけるものは「鉄道遺産」だったんだ、と思った次第。なお、内田さんは、私のかつての上司。大ヒットしたガイドブックシリーズをいくつもてがけている、尊敬すべき編集者だ(現・ライター)。



ガチでコアな鉄道ファンも、この特集は肩に力を入れずに読めるはず。そして、この4者が、スタイルは違えど鉄道を好きであることも十分によく伝わってくると思う。最後に、この「鉄道遺産」の位置づけが曖昧なのに、この特集を成功させた肝を、座談会・後編のタイトルから引用する。

記憶によって個人差がある鉄道遺産。

「記憶によって個人差がある鉄道遺産」を語り合うことで、東京の鉄道の歴史と多様性が浮き上がってくる。もそういうことを意図しての企画だったのかどうかはわからないが、私はそのように読んだ。なお、前編のタイトルは「散歩の途中で、東京の近代化や歴史を発見する喜び。」。これは『東京人』のコンセプトに添った建前的なものかもしれない。

素晴らしい特集を組んでくれた『東京人』と、座談会の皆様に心から拍手を。
 
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