[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

周山の街中、国道が合流して分流する間の集落の中心地にバスの営業所があった。よく見るとバスセンターのようにホームがあり、車庫を兼ねたよくある営業所とも様子が違う。屋根の下にはまるで鉄道の駅のような案内表がぶらさがり、1番線、2番線…のようになっていた。
駅舎。すごく入りたかったが、鉄道駅と違って無闇に入るには抵抗がある。実際はどうなんだろう?
海に伸びる突堤が柏崎港、その根元の左が番神岬。番神岬があるために、地図中央やや左に扇形に砂丘が発達している。その間を鵜川が貫通しているが、おそらくこれは人工的な開削で、かつては砂丘にぶつかって北東、つまり柏崎駅前を線路に平行する形で流れていたらしい。標高が低い部分を茶色にしているが、まさにそんな感じだ。
窪地(水色のマルの内側)をわかりやすくするために、最初の地図とは色味を変えてある。もっとも濃い茶色は標高7m以下、そこから、7.3m、7.6m、8.0mまでは茶色。8.5mまでは薄茶。9mまでは肌色。9.5mまでは白。10mまではウグイス。12mまでが黄色だ。わずかな差ではあるが、見事に一級スリバチとなっている。なお、赤い線は歩いた軌跡、GPSログだ。
西。このときは、ああ、また登るな、というくらいにしか思わなかった。西、北、東しか開けていなかった。
ふと北を見ると、高台がある。
南に路地があった。遠くが、登ってる!
東。いま来た方向を振り返ると、当たり前だが登っている。
国鉄民営化に向けてひた走っている、昭和61年9月に刊行された本。「刊行にあたって」には、すでに組合同士の対立や分裂が激しく、十以上の組合ができている中で、分割・民営化に反対する国労、動労千葉、全動労の三組合から集めた手記だ。
大阪市の鶴見緑地西端にかかる緑地西橋。かつて心斎橋として使われていたボーストリングトラスの桁が保存されている。
ただし、桁は構造にはなっていない。プレートガーダーの横に意匠として貼り付けてあるだけだ。とはいえ、こうして保存されるのは非常に貴重なことと思う。

一見、きちんと構造物として使われているのかと思ってしまう。
床版は反っているのだが、心斎橋時代はどうだったのだろうか?
福島県の旧南郷村、いまは南会津町になってしまったが、南郷はトマトが特産品だ。国道沿いに共同選果場があり、9月にはひっきりなしにトラックが出入りしている。直販売店もあるが、それなりに大きい単位でしか買えないので、実はきちんとしたというか、箱詰めのトマトを買ったことはない。隣接する無人販売所で「1袋200円」というようなものを買っている。
「会津みなみ農協」の下に隠れている文字はなんだろうか。合併前の「JA南会西部」では文字数があわないし…。おもしろいのは「会津みなみ」という上塗りした文字と、「農協トマト共同選果場」という文字とか同じくらいの色褪せ方をしていることだ。また農協の「協」の略し方も、かつての看板用省略文字の流れを汲んでいておもしろい。
前日、バイク2台でこういう場所を下った。かつては道路だったところだ。前後区間はダートの林道の形をしている。かつてはこれほど水はなく、流れてはいても スーパーテネレでも登れた道だったのだが、ある年の台風以来、路面を洗う水の量が格段に増えた。今回は二人ということもあり、下った。こんな区間は1km くらいしかないのだが、そこを通過するのに2時間、へとへとになって下った。下った後、国道から入った路地の商店前でやっとありついた飲料を飲んでいた ら、トマトの収穫をしていたおばあさんが自宅から冷えたトマトを差し入れしてくれた。その甘くておいしかったこと!
京都盆地の北西、嵐山から保津川を遡ったところにある景勝、保津峡付近の鉄道ルートも大きく変わったが、保津峡駅が移転したために架けられたのが、この保津峡橋だ。なんと、フィーレンデールトラスだ。
左岸(東側)の親柱には「保津峡橋」「水尾川」。水尾川は保津峡駅付近で保津川に合流する、保津川(桂川)の支流。
「トラス」と言いながら、三角形の構造を持たないフィーレンデールトラス。
右岸(西側)は、トラスとの間に1スパン、別の桁がある。そのため親柱も離れている。
こちらの親柱は「ほづきょうばし」「竣工 平成2年9月」。橋梁名は、銘板や親柱に限ってかもしれないが、「○○はし」とにごらないことが多かったのだが、最近はにごるものが多い。
少し離れて保津峡駅前からはこのように見える。
左岸にはこのような開設板が石に埋め込まれている。
天王寺から斑鳩へと国道を走っていたら、モービル石油の円形キャノピー、それも2連のものが目に飛び込んできた。あいにくクルマは満タンに近い。道路の対岸からさっと撮った。国道はクルマがひきもきらず、クリアな写真など望むべくもない。サービスルームの庇もきちんと見たかった。
大阪の美章園から北に向かおうとしたところ、道路拡幅工事中のところがあった。府道26号大阪狭山線、大阪市のサイトによれば「都市計画道路 豊里矢田線(北田辺)」だ。以前からある道路の両側をセットバックしたようで、以前の道路は中央分離帯のようになっていた。
上町筋と今里筋の中間を南北に走るこの道路、完成したら「○○筋」という呼称が誕生するのだろうか。