東日本大震災の影響で分断されている常磐線の、関東側の最北端にあたり竜田駅。18きっぷシーズンとはいえ、乗降客はまばらだ。2面3線あるホームは、駅舎から遠い3番線のみを使っている。
このように、駅本屋と直結する1番線と、2番線・3番線ホームとの間は、線路を横断する形で通路が設けられている。写真に写っている場所と、撮影時に立っていた場所の2箇所。
跨線橋は必要がないからだろう、簡単な柵がしてあった。跨線橋そのものは、桁タイプである。
駅の北側の踏切からホームを見る。ここまで列車は入ってこないため、既に線路は草で覆われている。
その反対側、北を見る。写真に見えている架線柱で、架線は終わっている。そのように改変されたのだ。
線路脇の雑草の背丈が高かったので近づいてよく見ることはできなかったが、写真の電柱が架線終端、碍子を挟んでその末尾に錘がぶらさがっている。
上り線の場内信号機は、バツ印が打たれていた。
帯広から土砂降りの中、国道274号、国道40号と走りつないで北上した。約4時間、給油以外では停まることなく剣淵の道の駅に着いた。約1時間休み、再び雨の中へ。
防火壁は真っ白に塗りつぶされ、日本石油だった痕跡は見当たらない。
裏手は空き地、ここを通り抜ける付近在住の人もいた。この距離で見ると、コンビニの建物のようだ。
「風連給油所」のロゴ。かっこいい。
いまにも雨が降りそうな八戸から、どこまでカッパをつけずに行けるか…と思いながらバイクで南下した。思ったよりも天気はもち、葛巻に入ってもまだ降り出さなかった。おあつらえ向きに、葛巻の街中に、空の広いモービルがあった。
サービスルームの前に、V字型の厚い庇。上部、谷の中央が凹んでいる。羽根か、あるいは眉毛か。
国道40号。旭川鷹栖と比布とを分ける尾根をショートカットする比布トンネルの旭川側坑口(上写真右)。その北側(上写真左)に旧隧道がある。写真左に写る建物は「ドライブイン路傍」。すでに国道の路傍ではなくなったが、営業している。写真に写る道路はかつての国道40号だ。
少し手前にはこのような看板が残っている。
もう少し進むと、きれいな制限標識と警戒標識があった。ここより向こうから、いきなり路面が荒れる。
比布隧道の旧道は閉鎖されていた。断面は尖頭アーチのようにも見える。高さ制限3.8mの上にこれではいろいろと厳しかろう。
「比布隧道」の扁額は残されていた。トンネル内は閉鎖されてい入るが、中央部は開口している。路面の中央線は白線。
入口から振り返る。切り通しの向こうに見える空間は旭川鷹栖の空。
反対側(比布側)。左が現道。右に見えるのが旧道…と思いきや、これはこんな形をした変電設備であり、背後の山とは接していない。
これが旧道。こちらの中央線は黄色だ。
坑口。東側ということで旭川側よりも木が繁茂する条件がいいのか、あるいは切り通しの法面との関係か、こちらのほうが廃道感がある。塞ぎ板も、ヴォールト内ではなく坑口とほぼツライチだ。扁額は旭川側に同じ。
振り返ると、道路は断絶している。その向こうには比布川。もちろん、かつては橋がかかっていたが、いまは跡形もなくなっている。
車掌車を改装して駅舎とした駅は多いが、この勇知駅の駅舎はとてもきれいな形に改装されている。前面をアルミ材で覆い、内装もデコラを貼っている。駅周辺はそれなりの規模がある集落で、人が住んでいる=利用者がいる、ということが、こうした改装を実現した理由かもしれない。
清潔に保たれた内部。窓は種車のとおり二重窓。奥左は用具入れ、右がトイレ。かつてのデッキをつぶし、車室とつなげている。
トイレ。ユニット…ではなく、現物あわせで作ったものだろう。このような駅でトイレットペーパーが備えられている。また、利用者がいるというのも失礼ながら驚きだ。
入口側を見る。
(Mr-haruka GFDL)
初めて買ったオフロードバイク用ブーツはガエルネの401だったが、1996年頃からはずっと、AXOのモトクロスブーツを愛用してきた。仕事でもお借りしていたのでたぶん七代にわたって使ってきた。2003年モデルを、ここしばらくは年に1回だけなんだけど、約10年使ってきて、ついにバックルが複数箇所壊れてしまい、補修もできなくなった。家の倉庫を片付けていたら、その前に1年間履いていたブーツが出てきて状態もよさそうだったので「これはいい」と南会津に持っていった。で、こういうことをしていた。
このブーツはモトクロスブーツなので、至る所にプラのプロテクションパーツがついている。ところが、これが思わぬ落とし穴となった。プラが経年劣化して、割れてしまうのだ。
左足外側。爪先から踵へのプラがすべて破損。最下部のバックルが引きちぎられた。下から2番目のバックルをはずそうとしたら、ブーツ側の留め金の台座のほうがもげた。
左足内側。爪先から踵へのプラがすべて破損。くるぶしのヒートガードももげた。縫い目については後述。
右脚外側。左足外側と同じく、爪先から踵へのプラがすべて破損。最下部のバックルも同じく引きちぎられた。
右脚内側。左足内側にすべて同じ。
こうして見ると最初から白いブーツのようだが、足の甲の大半は黒いプラで覆われていた。
縫い目について。思わぬところでブーツの革の接合を見た。縫製はしっかりしていて、ブーツ本体の革にも糸にも劣化はない。あくまでもプラ部分が劣化したため、左上の√型は、縫い込まれた糸があるプラパーツのステッチ部分の溝だけが残り、他がもげている。そのすぐ右下のジグザグは、プラパーツの下で革を留めていた部分なので、ほぼ変化なし。ソールに近い山型は、プラパーツを固定していた糸。
北海道。オロロンラインに稚咲内という場所がある。行政では豊富町になる。子供の頃、なにかの本で「わっかさかない」とルビが振ってあり、ずっとそう読むのだと思っていた。しかし、現地の道路標識はすべて「わかさかない」であり、促音は入らない。
宗谷本線抜海駅。正面および玄関付近の外板が更新されている。牛山隆信さんのサイト『秘境駅へ行こう!』での2002年のレポートではまだ板張りだ。
しかし、『日本の駅』(鉄道ジャーナル社刊、1972年)ではこのような形で掲載されている。中央部分を凹ませたのか、向かって左を出っ張らせたのか。屋根も外板も更新されているので、羽目板の数を数えても意味がない。遠近感の印象からすると、向かって左を出っ張らせているように見える。
更新された部分の窓。二重窓で、内側は木の桟の三段窓。ということは、ここが当時のままか。
対して、向かって左の出っ張り部分の窓。木枠ではあるが、本来はここも上と同じ木桟の三段窓だったはず。ということは、やはりここを増築したものか。
入口の雪切り室入って右に木の戸がある。ここが便所だ。左の赤い戸は待合室への入口。
ガラガラと戸を開けると、そこには朝顔と個室。もちろん清潔。個室の便器の前には「もっと前」。現代の感覚からすると、便器にまたがるときの前後が狭すぎる…。
待合室への戸はなぜか赤。周辺の壁の腰板は水色。
待合室内部。右が入口で、両開き戸。足ふきの位置…とでもいおうか、そういう雰囲気の床の位置が戸とずれている。左はホームへの戸。
反対向きに。右、ホームへの戸は引き違い戸。
上は駅舎側(下り線)の駅名標、下が対向するホーム(上り線)の駅名標。上は新ゴ、下はゴナ。つまり下のはJR化時に架け替えられたもの、上はその後更新されている。