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小木に近い「野崎鼻」にある野崎トンネルの海側には旧道の廃隧道がある。写真のように塞がれているのだが、その右に道形がある。ここからだとよくわからないが、正面に立つと…
片洞門! しかも、いまにも表面がごそっと落ちてきそうなひび割れだらけ。恐ろしい。道幅は1車線、果たして「道路」だったのかどうかはわからないが、わざわざ片洞門にしているくらいだから車両交通はあったのだろうと思う。
そこを抜けると、石垣の内側が全部なくなったような光景に出くわした。2m以上の深さがある。写真右には石垣があるので、ここは人為的に手が入っている場所だ。路床がすべて洗い流されてしまったのか? ここは海面から数m上だが、海面近くには釣り人がいた。
ここは切り通しだったのだろうか。その向こうには路面のようなものが。ここで引き返す。
片洞門を逆から。新道の護岸の素晴らしさよ。2段階で波を跳ね返すようになっている。左には高さ10mを超えるワッフル壁面。
(Kasimir3D+地理院地図Lv16+基盤地図5mメッシュ標高に道路加筆)
新潟県の信越本線古津~矢代田間に並行する新潟県道320号新津小須戸線。写真でいうと右手の家屋の向こうに信越本線が走り、その向こうは水田が広がる。
もう少し近寄ると「水深50cm」「水深30cm」と出てくる。水深50cmとは膝丈だ。ロシアでいやになるほど川渡りをした経験からすると、まあ、ここでは流れはないからマシだろうが、バイクですら厳しい。
鞍部には「冠水危険」。もしものときは沿道の家屋も床上浸水になってしまう。
鞍部を挟んで反対側(西側)から。ふだんは広角ズームしか持ち歩かないのだが、このときは望遠を持ってくればよかったと思った。このうねり、おわかりいただけるだろうか。
県道30号が保倉川を横切る地点にかかる森本橋がなぜ目立たないプレートガーダーではなく、ドライバーの視界に緊張を強いるトラス橋なのか…ということを、市村界としての意味合いを持たせてあるのではないかと書いた。それはよくあることで、例えば高速道路にはほとんど下路トラスはないのだが、東北道が利根川を渡るところ、あそこには意図的にトラス橋を配している。
(画像をクリックするとFlickrで拡大できます)
地形図の緑色が干渉するので、地図なしと、薄く地図を重ねたものを作った。前掲の森本橋付近とは色の設定を変えてある。見事に流路が残っている。
新潟県上越市の保倉川かかる、県道30号のポニーワーレントラス。平野部なのに、2車線道路の両脇に屹立するトラスは、ドライバーには「狭い」と感じさせることだろう。
東側。トラスはこれだけの高さがある。道路が幅員6mなので3mちょっとというところか。親柱、左は「もりもとばし」、右は「竣功昭和39年12月」。右に歩道の橋が見える。
西側。親柱は、左「森本橋」、右「主要地方道 新井柿崎線」。「崎」は「立」の下に「可」の異体字のほう。
おもしろいのは、西側、下流側の下弦に凹んでる部分があることだ。下流側だから洪水時に流木が…などではなさそうだ。
東側の支承。
側径間。13.4mのが両側についている。
こちらは下流側にかかる森本側道橋。きちんと親柱がある。東側は「森本側道橋」、右は「主要地方道 新井柿崎線」。西側は、向かって左が「平成9年3月竣工」、右が「もりもとそくどうきょう」。道路橋と東西の組み合わせが逆である上に「竣功」「竣工」混ざっている。
国道17号の三国峠を越え、新潟県に入る。苗場スキー場の手前、湯沢町三国の集落。なんとも不思議な、突如登場する山間の寂れたリゾート。そこにゼネラルの給油所跡があるのはかつて書いたが、なんと、その外側の壁に日石カルテックスが描かれていた。
外側だけ、塗りつぶされ損ねたといったところか。
ポール工房さんから「工房通信」が届いた。そこには妙高山の切手が貼ってあった。全国的に名が知られている山だ。その東南東、妙高高原駅の南側あたりから見た妙高山の姿が印刷されている。
当時は、100グラムでも軽くというのが至上命題だったので、カメラを持っていくことは許されなかったのだが、同行したYが持ってきていて、妙高山頂で撮ってくれた。大変貴重な写真であり、大切にとってある。着ているのはモンベルのハイパロン雨具(安い)、履いているのはナイキのジャージ。登山靴は、もちろん重登山靴だがICIのオリジナルだったような。