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阿南市椿泊

集落・路地


四国最東端・蒲生田岬の北側に、海を挟んで東に延びる椿泊の半島。半島から突き出す岬、岬の藍田の入江ごとに集落や港がある。

漁業が盛んな地域は、「都会の交通」の感覚からするといろいろと大変そうだけれど、多くの人が生活し、個人で、あるいは共同で仕事をしているため、とても活気があるように感じる。ここは谷ノ浦。

 
 
 
ここは小吹川原。

 
先端、椿泊には、椿泊小学校がある。

 
 

 
道路が尽きるところ。

 
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美しい漁協の木造建築と矢羽根型扉

木製扉の菱形・バツ形等

 
作業のための大きな木造建築を見ると、ワクワクしてしまう。そこに、大きな菱形・バツ形等の扉がついていたら…。

 
富山県の、日本海の防波堤のすぐ前に建つ、漁協の建物。中で作業が行われていた。2階建てなのか、一部2階建てなのかはわからないけれど、室外機が五つ見える。この大きさの建物全体をこれだけの室外機で冷やせないので、小部屋がいくつかあるのだろうと推測する。





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上甑島 長目の浜のドローン空撮と陸繋島

地図・航空写真・分水嶺

 
(カシミール3D+地理院地図+スーパー地形セットで表示した地図に加筆)

甑島列島の北側、上甑島。船は地図右の里に着く。そこだけ見れば、いかにも陸繋島。それは後述するとして、地図左上のほうに、天橋立みたいなものが見える。「長目の浜」と呼ばれている砂洲だ。

●長目の浜

 
これは東側から撮ったもの・見ての通り、海と池とで色が違う。四つある池はすべて汽水湖だが、直接海とはつながっておらず、砂洲の礫を通じて交換しているため、塩分濃度は海より薄い。

写真左に大きく写るのが鍬崎池(かざきいけ)、その向こうが貝池、そしてなまこ池。写真には写っていないが、右手前には須口池がある。四つの池はそれぞれ独立していて、塩分濃度も異なるが、なまこ池と貝池は海水の出入りがある。行った時は、なまこ池から貝池に向かって流れ込んでいた。

 
あいにくの天気だったが、西側から空撮。視界を占めている池は、最大の海鼠池。こんな幅だが、最大水深24mというから意外。

 
もう少し飛ばす。海側が礫で、島側は緑がある。

動画はこちら。


 
 
海鼠池と貝池の間までは道路がある。砂洲に出てみると、礫は拳大で、河原みたいに丸みがあるので歩きづらい。

波打ち際まで行くと、タイドプールではないものの、礫の間にいろいろな生物がいる。ヤドカリもたくさんいた。イソヨコバサミかな。写真は海中から拾い出して撮ったもの。貝から顔を出すと、すぐ海に戻っていく。

●陸繋島


上甑島の北西部に、遠見山と繋がる砂洲がある。そこが、かつては独立した村だった里の中心地であり、本土からのフェリーもそこに着く。この、いかにも陸繋島らしいところを見下ろすための展望台があるので、そこからパチリ。


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不動テトラ「ペンタコン」製造景

土木一般

 
不動テトラの「ペンタコン」が、下甑島の長浜港で作られていた。

 
3本の四角脚と2本の三角脚の、計5本の脚で構成されている。転置中は、2本の四角脚で立ち、2本の三角脚は宙に浮いている。

 
型枠の内側。

 
これは四角脚の部分。







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甑島商船 フェリーニューこしき(2)手打港・長浜港

船・舟

甑島商船 フェリーニューこしき(1)串木野港・里港の続き。

 
甑大橋架橋前は、甑列島各地への寄港があった。これはカシミール3D解説本付属地図。数値地図200000の平成20年版? 南端の港が、手打港である。下甑村の役場があったところ。

 
しかし、いまは寄港する定期船はない。桟橋だけが残る。

 
バス停の名称は「手打港」。

 
 
桟橋は封鎖され、手前の敷板が取り外されている。

 
 
こちらは長浜港。泊まった宿から見下ろせる。フェリーニューこしきはここで停泊する。

 
 
長浜港から乗船。船首からとなる。

 
 
帰りの「航送車両乗船整理券」は黄色。なぜか回収されず、手元に残った。

長浜から串木野まで、船内でなぜかGPS信号をロストしており、GPSログがない。とても残念だ。



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甑島商船 フェリーニューこしき(1)串木野港・里港

船・舟

 
2022年7月、念願の甑島に渡ってきた。甑島商船のフェリーニューこしき。乗船は船尾から。

甑列島では、上甑島の里港、下甑島の北側に鹿島港、南側に長浜港の三つの港がある。行きは里港まで乗船した。

 
 
 
けっこうな人数が乗る。徒歩乗船もとても多い。甑列島の3島で5000人強が住んでいて、本土との交通路はこの甑商船と、川内からの高速船だ。

 
 
乗船券と、名前が書かれたバイクの「航送車両乗船整理券」はフロントに貼り付けられた。そのまま回収されたので、手元に残らないのが残念。そこそこ揺れるのか、しっかりと固縛してくれた。

 
いちばん上の甲板。青いファンネル。アンテナの上には太陽。一つ下の階の後部デッキには日影のベンチがあるが、喫煙所にもなっている。

 
総トン数940トン。

 
 
 
里港では、船首から下船する。

■続き
甑島商船 フェリーニューこしき(2)手打港・長浜港




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徳島県・恵比須浜の小屋

建築?

 
徳島県の恵比須浜。キャンプ場のすぐ裏は港。


そこにある大きな造船所。とても大きな扉に圧倒される。

 
 
これだけ大きな建物が、トタン板で覆われている。一部が張り替えられていて、とにかく鑑賞させられる。

 
 
 
これはコンクリートブロック造りのウインチ小屋。ワイヤーが出る場所のために、「顔」に見える。ウインチを操作するハンドルは、電気機関車のマスコンハンドルのようにノッチが刻まれている。レバーを握って前後に倒し、離すとそこに固定されるのだろう。ハンドル2本あるのはどうなっているのだろう。左奥のモーターから3段階で減速されるようだ。


 
 
その近くの、たぶんもう使われていない小屋。躯体の骨組みがわかる。戸が失われているので中が見える。木戸のついた物置?があるのは意外な感じがした。

 
 
陸上に引き上げられた「第十一轟丸」。「轟」が略字。コンクリートの台の上に載っているようにも見えるが、コンクリートに見える部分は海中にあって藻などが付着した部分。



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外川原橋

ポニーワーレントラス

 
奥羽本線早口駅の近くにある、米代川を渡る橋。対岸の集落に行くための橋だが、見るからに小規模だ。

 
 
1.5車線幅だった車道が、橋では1車線になる。

 
銘板がある。

1970年10月
田代町建造
鋼示(1964)二等橋
製作 株式会社宮地鉄工所
材質 SM50A SS41

 
 
右岸側の親柱。左は「米代川」、右は「外川原橋」。

 
圧迫感があるために道路橋としては不人気のトラス橋だが、「屋根」がないと、けっこうな開放感がある。視界が縦長になる。

 
左岸側。高水敷は桁橋。

 
 
左岸側の親柱。左は「昭和63年2月竣工」、右は「そとかわらばし」。









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富山東部の船用のコンクリートのレールと台車

土木一般

 
富山県の入善あたりから旭町にかけての海沿いは、たぶん砂丘の上に道がつけられ、海側は護岸されている。その一角に、船を引き上げる施設が並んでいる。

 
 
「鉄道」かと思いきや、レールのような位置にあるH型鋼の上に枕木方向にコロが取りつけられていて、船はコロの上を引き上げられる。

 
最上部にはウインチ小屋。滑車を介してワイヤーで直接船を引き上げている。このウインチ小屋は、管理者がそれぞれ工夫しているようで、すべて形が異なる。


 
100mほど離れたところにある「レール」はコンクリート製だ。コンクリートの「レール」の上を、鉄の車輪が動く。こちらは船を直接引き上げず、台車の上に載せる。「脱線」しないように、船を載せる台車にはガードがついている。

 
いや、ガードは外側だけではない。内側には案内輪がある。


ウインチで引くこと、ウインチ小屋が各自の工夫でできていることは変わらない。ワイヤーの引き方もそれぞれだが、これはワイヤー端部を最高地点に固定し、滑車を3個かませて動滑車としている。動滑車をかませば、固定している定滑車に必要な力の半分で動かせる。ウインチの出力を小さいものにするためか、それともより重い船を載せるためか。同じこの場所でも、定滑車にしているものもある。


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牡鹿半島の集落や漁港

集落・路地

【泊浜】
 
 
海に向かって1車線の道を降りて行く。けっこうな斜度なので、石垣が多い。この石はどこから持ってきたのだろうか。

 
 
下り切ると、きれいな港に出る。上2枚の場所はここは東日本大震災の被害を免れたようだが、下2枚の場所は大きな被害を被ったところ。

 
ここにもバスは来る。牡鹿地区市民バス。

【新山浜】
 

【寄磯浜と寄磯小学校】
 
寄磯漁港。

 
にある、唐突な行き止まり。

 
 
 
物語の中の、架空の小学校かと思ってしまうような、素晴らしいロケーションの小学校。そんな能天気な印象を持ってしまうが、震災時は地域の避難所としての役割を果たした。震災当日からの記録は、公式サイトにある。現在、約100戸260人の住人に対して、児童は6人。震災前と比べ、人口は半分近くまで減ったそうだ。


寄磯中学校閉校記念碑。

【おしかホエールランド捕鯨船第16利丸】
 
 
残念ながら、2022年3月16日の地震でなにかあったのか、見学ができなかった。船体底部でも工事をしていた。

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