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といったくだりだ。住人にとってはあくまで「端島」であり、「軍艦島」などとは呼称しなかった。なぜならば、「軍艦島」は九州本土から見た形であり、その島にいる人たちにとっては島を外から見た姿など関係がないからだ。また、私にとって、軍艦島=端島、ではないんです
というお話も印象に残った。これもそうだ、海上に浮かぶ炭鉱で働く人たちは、みな外から来た人たちである。一般に、炭鉱夫というのは炭鉱から炭鉱へと移る。つまり長崎市内の人が有力な就職先として端島を選ぶ、というようなものではないので、長崎市内の人たちにとって、軍艦島は「よくわからないけれど、県外の人たちが働きに来るところ」的な意識となる。軍艦島が自分たちの郷土の一部だ、という感覚にはならないのである。長崎の人たちは端島を知らない。一方、関東、関西から来る人のほうが、よほど端島のことを知っている。
広島の原爆ドームを例に、「原爆ドームは、これを見た人が平和を願うようになるという役割を持っている。もし世界が完全平和になったら、戦争の象徴たる原爆ドームは不要になる。それと同じく、端島も、かつてここに日本にエネルギーを供給するための石炭産業があり、やがて輸入の化石燃料に頼るようになり、当時の組合の条件闘争により黒字のうちに閉鎖したという経緯が広く人に知れ渡ればいいのであって、建物を見ることを目的とするのではない。坂本氏は長年の自問自答の末、いま、このような見解を披瀝されている。世界遺産とは、「いまここにある建物を保存するもの」ではなく、「未来のためのもの」である。
これを読んだとき、涙が浮かんできた。私が廃道について感じている気持ちそのままである。鉄道も廃線も道路構造物も鉄道構造物もちろん好きなのではあるが、人の情念が入るのは廃道だと思っている。それも、集落を結ぶなど、生活に直結する廃道であって、高速道路やバイパスの廃道ではない。いわゆる「廃モノ」のなかでも、こうした廃道こそが、名もない人々の生活に直結しているのであり、意識することなく使われ、やがて忘れられていく。一方、鉄道は請願はするけれども結局は「会社」あるいは公共企業体が運営するものである。廃墟は、複数の人ではなく特定の個人の思いだけが宿る。軍艦島のことを想う時に、その都度いつも感じるのは、東京生まれの自分にとって軍艦島が本当の故郷になることはない、ということだった。では自分の故郷は? と想った時に、それまで意識することもなかった生まれ故郷のことを知りたくなった。
軍艦島はあくまでひとつのシンボルだ。あなたの町の身近な場所にも知られざる歴史を持つ場所が眠っているに違いない。本書がその扉を開く一助になれば幸いだ。(改行・1行アキ)この活動をはじめてから、両親に昔のことや生まれ故郷の話を聞く機会が増えた。(後略)