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鉄道橋梁における設計活荷重考

橋梁一般

国鉄時代の簡易線と呼ばれる路線は、軸重12tである。軸重を12tに抑えたディーゼル機関車ができず、そうした路線の無煙化はかなり遅れた。もっとも、そうした路線はいわゆるローカル線であり、積極的に無煙化しようとしたのかどうかは怪しい。簡易線とは、下記のような路線である。

・標津線
・飯山線
・大糸線
・小海線
・日南線
・大隅線

これらの路線には蒸機機関車ならC12かC56、ディーゼル機関車ならDD16のみが入線した。原則として。というのも、路盤の規格は、通常では枕木の本数や道床の厚さであるから、徐行ならok、みたいな特例がある。それ以外で、簡易線を規定するのは、橋梁の設計活荷重である。基本的に、地面の上に線路がある部分に特例はあっても、橋梁に特例はなかったようだ。


後年になって、地面の上の線路は路盤に手が入り、橋梁には改修が加えられたものがある。また、橋梁は、架け替えの際に、---これはわざわざ規格の低いものを改めて設計せずに、既存のものを流用したからかもしれないが---より大きな設計活荷重の桁の置き換えられたものも多い。

1995年に大糸線は豪雨によりいくつも橋梁が流出するなど甚大な被害を被るが、復旧時に架けられた桁は、なんと設計荷重EA17である。電気機関車の軸距基準で軸重17tの桁。大糸線には大型の機関車が定期的に入線するわけではないのに、この規格である。それでも、DD16が使用されていたのは、そこにあったものをそのまま使い続けたためであろう。冬期は軸重が15.5tになるDD15が入線することはあった、というか多分今もある。



そうした簡易線群のなかで、大糸線の桁を見ると、時代を経るに従い設計活荷重が増大しているのがわかる。すなわち、下記のような変遷だ。

●戦前は、設計活荷重10t(KS10)~12t(KS12)
・松川橋梁(白馬~信濃森上)1932年。KS12
・第一下姫川橋梁(小滝-根知)1934年架設、1935開通。KS10
・土谷川橋梁(南小谷-中土)1934年。KS10とKS12
第二姫川橋梁(白馬大池-千国)1935開通。素性不明のKS15桁が1桁混ざる
親ノ沢橋梁(白馬大池-千国)1935開通。山陽形のKS15桁が1桁混ざる

●戦後は、設計活荷重12t(KS12)
穂高川橋梁(穂高-有明)1948年架け替え・開通。ハンディサイドのプラットトラスがKS12、前後の鈑桁はKS15
第一姫川橋梁(信濃森上-白馬大池)1954年架け替え。アメリカン・ブリッジのプラットトラスがKS15。鈑桁もKS15
・親の沢陸橋(白馬大池-千国)1955年。KS15。
高瀬川橋梁(信濃常盤-南大町)1958年架け替え。パテントシャフトの100ftトラスはKS14(に改造?見なし?)、RC桁はKS16。

●徐々に増大
・第3平川橋梁(飯森-白馬)1962年。RC桁。KS14
・第3姫川橋梁(千国-南小谷)1974年。トラス桁。KS16
・平川橋梁(飯森-白馬)1984年。RC桁。KS14

●平成の世
・災害復旧後の桁(JR西日本エリア)は、EA17
・架け替え後の桁(JR東日本エリア)は、EA17


これらのことからわかるのは、戦前はKS10、戦後にKS12、後年KS14以上の桁になっているということ。戦前にKS12を用いたり、終戦後にKS15を用いたのは、どこかからの転用桁だったか、共通設計だから過剰品質(?)のものをそのまま利用したのか。そんなところだろう。KS12の桁にKS15がつながっていれば、KS12が優先される。平成の世になってEA17であるのは、やはり設計流用であろう。


ここまで軸重軸重と言ってきたが、入線できる機関車への制限は、軸重によるものだけではない。たしか、全体の重量も問題になるはずである。設計活荷重は、KS15なら1D形蒸機機関車+炭水車(2軸台車書ける2)の重連で、かつ蒸機機関車の動輪の最大活荷重が15tであるものに耐える設計、ということであるが、現実にはそういう形に機関車ばかりではない。そこで、橋梁ごとに、基準を設け、この橋梁ではこの機関車はok、この機関車はダメ、みたいなことの取り決めがあったようである。

軸重なんてのは机上の空論の部分があり、 D51形蒸機機関車のの従台車を2軸化し、「軽軸重化」したのがD61だと大多数の人は解釈している。これで最大軸重が14.3t→13.8tへと軽くはなった。しかし、従台車がでかくなった分、機関車重量は2t増。 ということは、支間が全長を超す橋の上に乗ったとき、桁の両端に架かる荷重は D51よりD61のほうが大きくなっている。こうした矛盾に対応すべく、取り決めがあったようである。「はずである」「ようである」というのは、どこかで読んだのだが、そのソースを忘れたからである。請御容赦。


大糸線に限らず、簡易線の橋は、一度すべてを見てみたいと思っている。そして、小海線にはいまだにDD16しか入らない理由を確かめてみたい。



大糸線の橋梁の活荷重は、上記リンク以外に下記サイトの写真を参考にした。
参考サイト:大糸線Oito Line
http://www.asahi-net.or.jp/~pb3i-itkr/no3-6.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~pb3i-itkr/hasi2.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~pb3i-itkr/hasi3.htm

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昆虫が攻めてくる

昆虫が攻めてくる

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

今日、中国の地図を逆さまに見る機会があった。当然、そこには漢字が逆さまに見えている。その中で、「昆」が見えてきて、突如上下に分離した。よく見ると「日比谷」の「日比」である。どこかの地名ではあるのだが、思い出せないので「昆虫」とする。

20100310-2.PNG










これでは、あまり、同意を得られないかもしれないが、こうしたらどうだろう。
20100310-3.png

















そら、とたんに「日」と「比」が分離しはじめる。遠近感は偉大だ。


改めて「昆」と対峙してみる。
20100310-4.PNG

















右向きの寸詰まりのロボットみたいに見えてこないだろうか。「比」が、ファイティングポーズをとった腕と、おもちゃのロボットの脚、みたいな。手塚治虫のロビタとか、R2-D2(よくしらない)とか。それらが押し問答しているようなイメージが思い浮かんだ。時折、後方で飛び上がったりするような。そんなイメージ。

どうだ。(なぜか静止画になってしまう。ぜひクリックしてご覧いただきたい)
20100310kon2.gif




















このイメージの原点がなんなのかは掴めていない。


新永間高架橋の装飾橋脚

新永間高架橋の装飾橋脚

鈑桁(プレートガーダー)





DVC00040_R.JPG
身近すぎていつも素通りしている新永間高架橋が架道橋となる部分の鋼製橋脚。借り物の携帯のカメラで撮ってみた。現地では+2補正で撮っていたので、色が飛びすぎている。実際にはそんなことする必要はなかった。


DVC00045_R.JPGこのように意匠を施された鋼製橋脚は都心部各地で目にするが、果たしてそれらは全部同じなのか違うのか。それを、これからしばらく自分なりにおっかけてみようかと思う。同じだね、で終わるかもしれないし、なにか発見があるかもしれない。

























DVC00042_R.JPGそれはそれとして、ここにかかっている鈑桁を適当に撮ってあげるだけあげようとしたが、やめた。ちゃんとしないと怒られる(誰に?)。

下から見上げても、どの桁がどの線に相当するのかがわかりにくい。新幹線用は箱形桁(ボックスガーダー)なので割愛するとして、東(列車線側)から、3主構・2主構・2主構・2主構・2主構なのだ。その上に、3組の複線と2組のホームが乗る。

いつか、ちゃんと撮影して、観察していこうと思う。


『オープロジェクト<廃墟×廃線>蔵出し映像でホゲっと語る』を見る

『オープロジェクト<廃墟×廃線>蔵出し映像でホゲっと語る』を見る

鉄道車両廃車体

カルカルに行ってきた。昼の部にて、オープロジェクトさんの『オープロジェクト<廃墟×廃線>蔵出し映像でホゲっと語る』というイベントである。出演者の西田さんとは、8月の阿佐ヶ谷ロフト『酷道×廃道』のときにご一緒になり、三才ブックスの『廃線跡の記憶』(3月18日刊)というものも予定されていること、ヨッキれん氏も寄稿しているということで、今回のはソレとは無関係ではあるが、行ってみた。栗原景氏も行かれるというので現地でというか店内で合流。


4fec8a01.jpg開演前、先月発売されたDVD『廃墟×廃線』がフルで流れた。廃線を映像で表現するってどういうことだろう、と思い、映像に不慣れな目で見ると、やはりずるい(悪い意味ではない)。パンやズームで「余計なもの」や「スチルでは不可能な画角」が可能になる。もっとも映像側から見れば、スチルはずるいという面もあろうが、膝くらいの高さだろうか、カメラを構えて線路の上を歩いたり、真横向いて車窓をイメージさせたりといったもの、雨音や風音が入るものなど、写真集的な見方ができるものだった。フィルターワーク多用なのは、これはこれで「廃」の定番イメージ作りなのだろう。個人的にはフィルターなしの自然が織りなす色だけで見たいとは思う。スチルでいえば、モノクロのずるさってあるからな。カラーで広角パンフォーカス、が一番難しい。


20100308-1.jpgイベントは、蔵出し映像を流しながらの解説。映像は大きなスクリーンで見てこそ。仮に同じ映像を、動画サイトの大きさで見ても、なんの感動もなかろう。映像にはまったく疎いので、映像の作り方や狙いといった話も出て、それはそれで興味深かった。

20100308-2.jpgしかし、制作者側の話として嬉しかったのは、軍艦島にしろ幌内にしろ、現地でその存在に気づき、守ろうとしている方々ときちんと接し、コミュニケーションを重ねることで、こうした映像を作るという姿勢を持っていることだ。勝手に撮って何事もなかったかのように立ち去る、というような、それを守っている人をなきものにするかのような「制作側の論理」ではない。取材対象に、真剣に向き合っている。

書籍『軍艦島オデッセイ』は素晴らしいもので、売上も素晴らしいものだが、制作者サイドはそれでも取材にかかった費用はとりかえせないかもしれないほどの入れ込みようだ(このへん推測。現地に行った回数は以前聞いた)。トーク中に「サービスしすぎなくらい、内容を詰め込む」という言葉があったが、まさにそのとおり、そうして「好きだからこそ」作品を作っていくという姿勢は、見る側としてはとても嬉しい。

偶然にも、たまたま私が廃墟や廃線について「構えるほどのものじゃない、現地にいて感じればいいんですよ」と人に話したのだが、それとまったく同じ言葉を西田さんが口にされた。これも嬉しかったことのひとつ。



トーク中、「羽幌炭鉱を追求している」という方が壇上に上がった。その中で、財閥系じゃない会社が親会社だったところに羽幌の特徴がある、と聞いて、ああ、この方は俯瞰して見れる人なんだ、と思った。

廃道にしても廃線にしても、ひとつのものだけに詳しくなったり、逆に浅い部分だけやたら単語を知ったりということに陥りがちだ。煉瓦の意味、日本での使われ方の変遷などを知らずに「赤煉瓦だからいい」みたいな文言に陥りがちだ。そうならないためには、膨大な量の知識を必要とする。炭鉱ひとつとっても、その炭鉱の歴史は絶対の基本として、会社、会社が創業した背景、会社に関わる人物、会社とその人物にかかわる政治情勢、その当時の政局、創業当時の経済情勢、場合に寄ってはアメリカの経済情勢、機械によってはドイツやアメリカ(なのか、ここらは門外漢)の産業機械の歴史とメーカーの歴史、それらメーカーのそれらの国における歴史や政治的経済的役割、などというところまで把握してやっと1行書ける、みたいな。


正確な知識があるのと、何も知らずに見たままを書いたものとでは、

赤煉瓦の土台の上の建物に○○製の巻き上げ機が錆び付いていた

というような文章ひとつの重さが違ってくる。


そんなことを考えてしまうので、炭鉱や石炭関係は手が出せない。あまりに敵が大きすぎるものを、いくつもいくつも抱えてはダメなのだ。自分を弁えておく。


帰途、上記DVDにも収録されている晴海橋梁がゆりかもめから見えた。
20100308-3.jpgホンモノ(?)はこちら

湖西線峰山トンネル

湖西線峰山トンネル

地図・航空写真・分水嶺


Yahoo!地図で、スケールを変えると経年変化を修正したスケールと未修正のスケールが現れることは過去に何度か書いたが、表記が変わる例を見つけた。JR湖西線の峰山トンネルである。上記のスケールでは「峯山」表記だが、拡大していくと「峰山」となる。電子国土で見ると「峰山」である。過去の20万、5万、2万5000を見たが、すべて「峰山」である。こうした地図を作る際、地名は手入力で変換を誤ったのだろうか。

20100307-1.jpg

http://portal.cyberjapan.jp/denshi/opencjapan.cgi?x=136.100361&y=35.485054&s=10000



ついでに、その右上(北東)に、「八田部」「月出」という地名がある。

20100307-2.jpg

http://portal.cyberjapan.jp/denshi/opencjapan.cgi?x=136.148611&y=35.499275&s=10000

電子国土では、「八」と「出」にだけルビがある。これじゃだめだろ。「はたべ」じゃなくて「はたぶ」かもしれない。青森県みたいだが。「つきで」じゃなくて「がつで」「げつで」かもしれない。「がっで」→「かって」とか「げつで」→「げって」→「げて」とかに音便変化しそうだが。


いかに間いかにかん(←これ、脇貨タ涌き方が「俺漏れも」に近い)、いかんいかん。
本当はこれじゃなくて「城山トンネル」の読み方が知りたかったのだ。付近に「城山」という地名でもあれば手がかりになると思って地図を開いたらこれだ。だから仕事が進まない。でも自宅だからいいのだ。


さらに、「かた」で「貨タ」と変換してしまうことから、ふと思い立って「かた」を繰り返し打ち込んでみた。太字部分で同じ過ちをしているのが興味深い。4回目、なぜか奇跡的に正解率が高くなった。「ata」という小指と中指(正しいタッチは人差し指?)の反復を指が覚えてしまったのかもしれない。

(1回目)
かたかたあkたあかたあkたあかたあかたかたかたあkたあkた
(2回目)
かたかたあkたあかたあkたあkたあkたあたかtかあtかあtかあtか
(3回目)
かたあkたあかたかたかたかたっかたかたかたかたかたっかたっかた
(4回目)
かたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかた
(5回目)
かたかたかたかたかあkあkたかたかたかたかたかたかたか


小学生のころは左手でベーマガかマイコンかI/Oを開き、「英記号」ボタンを押し、右手の3本指でアルファベットを打っていたのだ。気にするまい。


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修理依頼

RMX(混合)

モトエジャーの野沢さんのもとにRMXを預けてきた。

久々にお伺いして「こっち来るの久しぶりじゃない?」と言われ、それもそのはず、年に数回しか乗らないんだから傷まないので、お世話になるシチュエーションが生まれないのだ。

ブレーキホースはノーマルに戻すことにした。メッシュより柔軟性が高いのと、正規のホースのホルダーに戻したほうが、こういうトラブルも起こらないことだろうと思う。


あわせて、いまの4ストレーサーよりもうるさく感じてしまうサイレンサーのグラスウール巻き替えをお願いした。こういうことは、経験がモノをいう作業だと思うので、自分でやったほうが安いとは思わない。



次はスーパーテネレの預けだ。これは来週、YSPにお願いする予定。

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Yahoo!地図の不思議

地図・航空写真・分水嶺

(なんだか行間やフォントの大きさがおかしい。修正できないので、体裁がおかしかったらすみません)

Yahoo!地図のスケールバーを「全国」にしてみる。

ここに書かれているのは、都道府県名と都市名である。じっと見てほしい。違和感を感じないだろうか。なぜ、この都市が掲載されているのか、と。


県内第2、第3の都市が掲載されているわけでもないことがわかる。端的なのが北海道である。
・旭川がなくて、上川がある
・釧路がなくて、浦幌がある
・稚内がなくて、幌延と浜頓別がある

広大な地図を広げて、「あ、ここが標茶か。じゃあ釧路湿原がこのように展開するから、釧路はここだな」とか「ここが浜頓別か。じゃあ、カニの枝幸はその南だな」とか思う人間がいると思うのか。


以下、枚挙に暇がないが、私が強く疑問に思ったものを列記する。列記したのは、「記載のある市町村」(括弧内は、それらの市町村よりも規模や知名度が大きく、代わりに記載されるべきと思う都市)である。

●北海道
幌延(稚内)
美幌(網走)
標茶(釧路)
上川(旭川)
新ひだか(浦河)

●新潟
柏崎(長岡)

●長野
佐久(松本)
伊那・天竜(飯田)


●静岡
掛川(浜松)

●兵庫

明石(神戸)←神戸を差し置いてかよ!

●岡山
高梁(岡山)←岡山や倉敷より大事か?

●鳥取
日野(米子)

●広島

尾道(福山)

山形県に、山形と米沢しかなくて酒田がないくせに、鳥取県では鳥取のほかに智頭、日野と入れている。高知県では、高知のほかに室戸、檮原、四万十、宿毛と4市町も入れている。これはいったいどうした訳なのだろう?


こ うした疑問の答えは、「地名は賑やかしに入れる」ということだと推測する。「人口○万人以上の都市だけを掲載」とすると、当然のことながら分布に異常な偏倚があるの で、地名が重なり合う部分と、地名がまったくない部分が生まれる。そうならないために、「賑やかし」として、適当な地名を入れておく。たとえその地名が全 国区でなくても。その結果、神戸や岡山ですら掲載されない地図に、雄武や檮原、椎葉が載る。
これは、Yahoo!地図が、掲載される地名が人口に応じた完璧なベクトルデータではないという証にもなる。


ここから一段階拡大すると、さすがに載るべき都市が載るが、まだ載らないところがあり、消えるところもある。



 

●消えた
会津若松(代わりに喜多方が出た)
柏崎(代わりに長岡が出た)
高山(代わりはないが、「穂高岳」が出た)
伊勢(代わりはないが、尾鷲が出た)
三次(代わりはないが、「比婆山」が出た)
宇部(代わりに防府が出た)
唐津(代わりはないが、隣県長崎に平戸が出た)
出水(代わりはないが、「天草」が出た)


●まだ出ない
神戸


さがせばまだまだいろいろあると思う。

 


dedicated to 編集部録”

dedicated to 編集部録”

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

nagajisさんの『編集部録"』で恐れ多くも触れていただいたので、触発されて眺めてみた。

20100304-1.PNG



















の文字を。右向きで白目向いて下顎尽きだして唾飛ばして笑っている顔に見えなくもないが、なかなか図示しづらい。

 
高校生の頃、雁垂のノの部分を長く書いている友人がいた。「心」も垂れの中に収めてしまうのである。こうなる。
なんだか髪の長い女性的な漢字がする。とかいて「漢字がする」という誤変換はできすぎのような機がする。と、ここで「気がする」とちゃんと変換しろよ、atok。3000円くらいもしたんだからさ。

して、垂れ(「ノ」の部分)が長くなると、「戊」という形から垂れが遊離し始め、そこはかとなく「惑」という字に見えてくる。

20100304-3.PNG


















並べると、明らかに違うので、ちょっと細工してみる。

20100304-4.PNG






 
 














ああ。。。それぞれのパーツが主張し始めた。「心」の点々が、それぞれどこかに行ってしまいそうだ。

もろもろ調整して、「感」と隣り合わせてみよう。
20100304-6.PNG



















冒頭に戻る。「右向きの横顔に見える」と書いた。それがふたつあれば、正面に見えるのではないか? と思って、いろいろ試したら、こうなった。

20100304-5.PNG



















単純に、「感」の文字を並べ、右側を左右反転し、字詰めを詰めただけである。各パーツのバランスは崩していない。しかし、ごく一部で惜しいところがある。「心」の「乚」だけを、ほんの少し動かしたら完成だ。

20100304-7.PNG


















「心」が向き合う部分(なんていい表現なのだ)を口髭+ケツ顎のまじめな顔と見るか、ツルぴかはげ丸のように舌を出して上に向けているおちゃらけた顔と見るかは、見る人の感性に従うだろう。

「感」の持っていたポテンシャルを引き出すことができて、ちょっと嬉しい。



色を塗って完成。
20100304-8.jpg




『日立評論』アーカイブ

『日立評論』アーカイブ

アーカイブ/資料/自分用メモ

20100303.jpg

wikipediaのヲチリストに入れてある(というか自分の執筆記事である)ものに加筆された内容から、『日立評論』のアーカイブがあることを知った。レイルロード刊『DF40・90』内のDF90の記事(これ以上に詳細に昭和30年代の試作ディーゼル機関車~~ガンダムで言えばアッガイ~~を詳しく語った本は皆無である)の参考文献たる本書が、ネットで無料で読めるとは!


下記アーカイブのページへのリンクはこちら

20100303-2.jpg会員登録すればおk。

むさぼるようにDL、流し読む。DF40を外国車種と比較するのに、なんでアルコのPA(キャブユニットだ)だのフェアバンクス・モース(潜水艦由来の対向ピストン!)みたいな少数生産機と比較してるのに、わが(?)EMDのGP(ジープ)と比較しないわけ!? アルコもF-Mももう末期症状の時期で、その時点ではEMD一人勝ち、もう少しするとGEのUボートが出てくるって時代でしょうに。なんでその2社の形式、それも何千両も製造された形式を比較対象としないんだ?? ハァハァ。

DT18形台車の主要諸元やらDE50の台車の横圧と蛇行動やらシュリーレン台車のインド向けシキやらデルワデルワデル和出るわって打つと左手薬指が攣りそう。引きこもって没頭したい気分だけれど、仕事に戻ります


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誤り大杉

土木一般

大変にお世話になっている『歴史的鋼橋集覧』だが、一度校正すれば気づきそうな誤りがあるままアップされているものが多々ある。


また、写真の質が低すぎる。日付が入っていたり、クルマが途切れるのを待たずにクルマが橋を隠しているのにシャッターを切っていたり。

左沢線最上川橋梁。

これはその両者に当てはまる例。
誤記として、「設計者/設計年・架設者/架設年」が入るべきところと「設計者/製作年」が入るべきところに、「構重」が記入されている。そのため、「構重」が都合3ヶ所に重複して記載されている。


写真は、短縮されたダブルワーレンの5連はまともだが、100フィートのプラットトラス3連はひどい。立ち位置から撮ろうとしたら画角が足りなかったからそのまま写したというような、2連とすこししか写っていない。もっと後ろに下がればそのレンズでも3連入るのではないか? こういう写真の撮り方をする人は、「いい写真を撮ろう」という意識を払うことすら思いつかないのかもしれない。非常に残念だ。


同時期に木曽川橋梁からダブルワーレンが転用された山形鉄道最上川橋梁の記述はまともだ。しかし、写真はダメダメである。3連のダブルワーレンを選奨しているのに、1.9連しか写っておらず、無関係な鈑桁は全部写っている。



ということはともかく、これら最上川橋梁のパブリックドメインの写真はないだろうか。

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