いままで襟裳岬は何度も回っているが、紹介した2例とは関係なく、2000年代に入ってから新しい道がどんどん開通している。旧道を改めて巡ってみたくなっている。 PR その、黄金を敷き詰めた道も、いまやかなりの部分で新道が開設されている。音調津から南、2万5000図を見ると、多くの旧道が描かれている。このフンコツトンネルもそのひとつである。写真は北側の坑門。 トップの写真の海側の大きな岩にひとつ、穴が穿たれている。 路面はコンクリートかと思いきや、なにもない。 この隧道を含む区間の竣工はwikipediaには1934年とあるが、日記的な何かさんのサイトによれば、このフンコツトンネル旧道は1930年の開通とのこと。開通時の写真などあれば見てみたいものだ。 空き家が目立つ厚内駅……2001年に立ち寄ったときには女子高生が待合室でずっと電話していた……を過ぎるとキャンプ場がある。海から吹きさらしなので、こんなところにテント張るのはキツイと思う、いつもは全然人がいないのに、8月上旬だからかいくつか張ってあった。 そのまま道道を直進すると、この厚内トンネルがある。上の写真は東側坑口。左、海側には旧道が埋められている。 * * *
道道1038号はこの先、内陸に入るのだが、さらに海側に分岐していて、そこには昆布刈石展望台がある。かつて、ここから先は超フラットダートだった。 以下、12年前の写真。2001年7月。もらった期限切れのPKL。赤いけれど、色補正などしないよ。 昭和30年代、40年代に蒸気機関車の撮影で全国を飛び回っていた趣味界の大先輩たちのお話を伺う機会が続けてあった。よく雑誌でお名前をお見かけする、筋金入りの方々。ある会合ではそうした歳になって初対面同士…という場面も多かったのだが、おもしろいのは共通言語として、蒸気機関車の撮影地や撮影にまつわる旅話がそれになっているということだった。 40年前の話題を元に、いま、初めて会う方々が話を弾ませるということ。なんという素晴らしいことだろう。「お立ち台なんてなかった」(実際に聞いた言葉)という時代だが、それでも人が自然に集まる場所はあっただろうし、地図とダイヤを見比べて「撮るならここ」と見定める場所というのは往々にして重なるものだろう。「あそこは、ここでこう撮った」「そうそう、私はこう撮った」。「定番の場所」が、皆をつないでいる。 そういえば、バイクでのロングツーリングも同じだ。GWは四国か九州へ。夏は北海道か東北へ。やはり定番というべきものはあって、それは岬だったり峠だったり道路そのものだったりする。もちろん個々人ではそれぞれ定番以外の場所もたくさん訪れるもので、むしろそのほうが多い人もいるのではあるが、おのずと「いい場所」は定番になる。遠く北海道のキャンプ場で出会った人と「九州のあそこは…」「自分が行ったときは…」という話で盛り上がることは、まったく「定番の場所」があるおかげだ。 「時代感覚の共有」が世代を同じくする水平方向の感覚とすれば、「場所の共有」は、世代を超えた垂直方向の感覚である。それが、いかに人々の距離を近づけてくれるか。大先輩方同士の、あるいは大先輩方とのお話の中でそんなことを感じた。ともすれば否定されがちな「定番」。私も否定しがちだったが、改めて考えると、定番こそが人とのつながりを作ってくれていた。 全国あちこち行っていると、知らずに定番はかなり回っているものだ。定番を回ってこそオリジナルも生まれるだろう。なお、大先輩方が恐ろしいのは、その定番が国内にとどまらないことである。 どの系列かはわからないが、商店名を検索するとENEOSとあるのでカテゴリはENEOSにしたが、中士幌にENEOSはない。周辺のENEOSは他の経営のようだ。よくわからない。 * * *
(同日追記)@g_standさんから「右側のは別の給油所ではないか」とご指摘をいただいた。改めて写真を見返した。 |
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