右側(右岸)が国道だ。主塔がギリギリまで川にせり出しているのがわかる。一方で対岸(写真の左側、左岸)は河川敷を挟んで主塔が建つ。 代替の橋がないのに歩行者専用というのは、おそらくかつては矢茂集落に至る唯一の道がこれだったのでクルマも通行できたのだが、伯備線のルート付け替えで不要となった旧線を道路化したために、この橋の重要度が相当低下してしまったものと推測する。 これは床版の横構にあたる部分(川の流れ方向)が、キングポストトラスなのだ。こんなものは初めて見た。しかし、現地で見えていなかったので、裏面を撮ってはいない。これも非常に悔やまれる写真だ。 昭和47年刊行の『日本の駅』(鉄道ジャーナル社)を見てもすでに委託駅または無人駅、と表示されているので、当時でさえ運転の取扱いはなかったのだろう。昭和56年の『国鉄駅名全百科』(小学館)では無人駅と表示されている。かつては木造駅舎があったが、現在はその空間に屋根がかかるホームのみの、簡素な…というか寒々しい姿だ。 そんな微衷神代駅、右に見える白い建物は… ついでながら、入口の柱が木製であることがわかる。内装は化粧ベニアを貼ってある。 便器は扉と並行である。住宅の和式便器は「向こう向き」に据えられるので、公衆便所特有のものだ。 ほかに乗客がいたので、雑に撮ってしまったことを後悔している。 よく見ると、屋根上には鰹木が乗り、端部には千木まである。これは神社を模しているのか。 サイトgogogsを見ると、どうやら前身はJOMO。当時の、屋根と調和しているというか破調といおうか、妙な色合いの写真をぜひご覧いただきたい。 あいにく自分のクルマが満タンだったのでここでは給油せず。給油して、事情をいろいろ聞いてみたかった。 |
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