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太田川橋(広島県/太田川)

カンチレバートラス(ゲルバートラス)


ノーマークだったのだけれど、JR可部線の車窓に見えたので途中下車。カンチレバートラスのうち、碇着桁の上凸の部分(何か名称があると思うのだが)に下凸レンズ状の部材が入る形式。

神奈川県の旧大師橋がこの形式だった。現存しているものってほかにあったっけ?

かながわの橋100選より)

 
リズミカルな上凸。シルバーの塗装が美しい。

 
落橋防止材も付加されている。「その部分」が分離する構造であることがわかる。この上凸部分でいえば、碇着桁は写真右側であり、写真左側は吊り桁。




吊り桁の上部はピンで結合されている。左が碇着桁、右が吊り桁。

 
下側は見えないが、外観からしてピン結合と思われる。

 
碇着桁を内側から。

 
左岸側。親柱左は「おおたがわはし」。右には銘板はない。

 
左岸、右側に銘板がある。

1956年12月
建設省建造
道示(1955)一等橋
製作●● 新三菱重工業神戸造船所
材質 SS41

「歴史的鋼橋集覧」によれば「1956年示方書」とあるが、銘板は「1955」に見える。


 
すぐ下流のJR可部線太田川橋梁。


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天長フェリー

船・舟

 
天草下島の中田港から、獅子島の片側港を経て諸浦島(橋で長島、九州本土とつながる)の諸浦港を結ぶ天長フェリー。2022年末に新しいフェリー「ロザリオ・カーム」が就航した。

 
中田港の乗り場は雑貨店を兼ねているような感じだが、待合室もある。壁に貼ってあるイラストマップは、久芳勝也さんの手になるものだった(クレジットなし)。1972年から刊行され、爆発的に売れた『ブルーガイド・パック』シリーズのイラストマップを一手に手がけていた方で、会社入ったころに、お世話になった方だ。亡くなられたことは、この久芳さんに関する記事で知った。

 
 
ロザリオ・カーム。両頭船だ。乗降する車両も人も少ないので、着岸してからのんびり写真を撮っている時間はない。

 
 
固縛も輪留めもない…。ちょっと不安。

 
車両甲板には予備のプロペラ。ここにあっても、万が一のときに持ち出して付け替えるなどということが簡単にできるわけがないと思うのだが、こうして常時持ち運んで(?)いるようだ。

 
銘板。

 
獅子島の片側港。何台か下り、何台か乗る。

 
 
先代となるフェリーロザリオが係留されている。また、山坂汽船のフェリー海竜もいる。こちらはいま就航しているのだろうか、公式サイトがなく、長島町のサイトにも掲載がない。

 
 

諸浦港。

 
バスが1台、到着を待っていたが、下船客は誰も乗ることはなかった。



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富岡の砂嘴 天草下島

地理・地質



熊本県の天草諸島は、大きな島は九州本土と橋でつながっているけれど、離島の雰囲気はある。宇土半島西端の三角から、大矢野島、永浦島、大池島、池島、前島、天草上島を経て、天草下島の北西部に陸繋島がある。「島」としての名前はないようだ。

 
その「島」から、さらに砂嘴が1kmほど伸びている。通常「富岡の砂嘴」。このときはドローンを持っていかなかったので、地上からしか見えないのでこの程度だ。天橋立のようだ。

 
ギリギリまで、住宅が点在している。ここが道路の終端。

 
乗り越えて海側に出ると、砂嘴はけっこうな高さがある。地理院地図によれば、いちばん高いところ…写真中央付近だと思うが、標高8mほど。バイクで入ろうと思えば入れるが、控えた。

 
先端まで歩きたかったが、時間がなかったので10分ほどの滞在で引き返す。

 
バイクを駐めた端部から振り返ったところ。こちら側の光景だけを見ると、けっこうな密度だし、本州本土とも変わらない印象。

 
おまけ。「島」の北西、四季咲岬付近の道路末端。ここまで道路が舗装されているのは、ここまで民家があるということだ。ストリートビューではこの防波堤はなく、舗装も古い。









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宿毛フェリー 佐伯港

港湾


高知県宿毛港と大分県佐伯港を結んでいた宿毛フェリー。深夜航路もあって、憧れの一つだったが、2018年に運航休止。なぜか現在もWEBサイトは残っている。ドメインが失効しないのだろうか。


佐伯港のターミナル内の食堂がいまも営業中と聞いていたが、12月27日という訪問日のせいか、休業中だった。ストリートビューは2023年6月の撮影で、店内に灯りがつき、客がいるのがわかる。

 
 
ちょっと覗いてみる。改修工事をしているようで、人の出入りはある。すぐ近くに大入島(おおにゅうじま)行きの乗り場があるので、そちらの利用者もいるのかな。

 
 
ランプ。下船後、すぐ見る標識は…

 
「東九州道 佐伯」。佐伯ICは2008年の開通。

 
こちらの案内標識と合わせ、新しく見える。

 
駐車場には「フェリー利用者以外 駐車禁止 大分県」。「フェリー利用者」がいなくなったいま、効力は存在するのだろうか。

●関連記事
宿毛フェリーと宿毛湾港(宿毛港)




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石鎚山北側の片洞門区間

道路全般

●河口一号隧道

愛媛県の西条市街から石鎚山方面へ県道12号を登っていく。千野々橋を左手に見てそのまま道なりに進むと、鋼製のシェッドがあり、岩を穿った短いトンネルがある。河口一号隧道(こうぐち)という。これは北側。

 
愛媛県の資料によれば、1924年架設、延長11m。シェッド部分はかなり後になってからの追加だろう。片洞門に繋がるので、出口の光景が妙な形になる。

 
抜けて南側。山側に新しめの吹き付けコンクリートがある。2012年のストリートビューではこれはなく、アンカーボルトのみ。

 
「坑門」がないので隧道部分と片洞門部分が連続しているような感じ。雨で法面が濡れていること、岩剥き出しの部分との対比などから立体感を得づらく、90年代のポリゴン背景のテクスチャのように見える。


●河口二号隧道
 
すぐ南にある河口2号隧道。


鋼製洞門との接続部分。

 
抜けて南側から振り返る。この隧道は前後に洞門を備える。


●片洞門
 
そのすぐ先の片洞門。この左側は、以前はもっと張り出していたようだ。


2012年のスト医リートビュー。また、奥に見えるコンクリートの塊のようなものも、やはりない。これは2023年に造成されたもののようだ。

 
落石対策?

 
南から。

 
この先が大きくオーバーハングする片洞門。

 
アンカーを打ち込んで左右をつなげたほうが安定しない…?

 
南側から。一つ前の片洞門の撤去を考えると、いずれこちらも上部が除去されかねない。


●関連項目
千野々橋 片洞門に向かう途中で見つけたボーストリングトラス




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三池炭鉱専用鉄道の古レール製ボーストリングトラス

ボーストリングトラス

 
鉄道敷は近代化産業遺産として世界遺産に登録されている。そこに架かる人道橋。

 
 
古レールで組まれたトラス橋はあるが、ボーストリングトラスは珍しい。

 
縦桁としてレールを横倒しに使い、その上に枕木を横桁的に渡して床版とし、その上に舗装路を載せているようだ。レールを横倒しに使って大丈夫なのだろうか。

 
レールは垂直方向の力には非常に強いが、それ以外の方向はそうでもない。25mの定尺レールの上に載ればぐにゃぐにゃするし、撮り下ろしの動画などを見ても左右方向にはぐにゃぐにゃだ。

古レールを縦に使うか横に使うかは、その構造物によって異なる。レールは縦方向よりも横方向のほうが弱い(柔らかい)のだけれど、圧縮の力がかかる上弦でこのように使われて座屈しないのか心配にはなる。

 
 
 
文字が読めないほどになった看板には「~罰せられます」とある。クルマ通行禁止という意味だろうか。



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マリンエキスプレス 日向港跡

港湾

 
かつてマリンエキスプレスが就航していた日向港。ターミナルビルは、現在は運送会社となっている。

 
大型車が頻繁に出入りしており、港の駐車場が存分に活かされている。

 
1万トンクラスのフェリーが着く岸壁。いま使われることはあるのだろうか。

 
ヤシの一種が沿道に植えられている。私が日向港を利用してここを走ったたことがあるか、現地では思い出せなかったが、帰宅後に確認したら、利用したことはなかった。マリンエキスプレスはのべ6回乗っていて、すべて宮崎だった。










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小部田付近の海上電柱

土木一般

 
熊本県の宇土半島の北側に「長部田(ながべた)海床路」という、ちょっと知られた海上電柱がある。干満差が最大3mを超える島原湾で干潮時にも漁をするために、要するに「遠くに行ってしまった海面」に行くための道路があり、それに沿って電柱があるものだ。その道路は満潮になると海面下となることで知られている。その東側の小部田(こべた)と、西の長浜にも海上に電柱が並んでいて、これはその小部田だ。

 
国道57号を西に向かっていて、海上に電柱があったここを長部田かとおもって写真を撮ってあとはスルーしたのだけれど、ここは小部田だった。写真中央に軽トラなどが写っている。国道側からも道路があるのかもしれないが、このときは泥で埋まっていて、別のところから入ったのか、それとも干潮になるまで待つのか。

 
水道管だろうか。バツ形に丸棒が突き刺さっているのは、海面下に沈んだときにも見えるようにするための目印だろうか。

 
干潟の泥はこんな感じなので、河川の開口部は水が流れるようにだろう、このようになっている。

 
 
 
電柱の「根元」というか陸側にあった小屋。非常に多くの電力計があり、また、小屋の中からは個人名の書かれた水道管が多々出ている。すべて後付けでそれぞれで作業しているのがありありとわかる。水槽?


 
地理院地図の空中写真1974~1978と「最新」。1974~1978のほうには、この電柱のルート上に道路が写っている。










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大協石油+農協 かつての表に残された防火壁

大協石油・丸善石油・キグナス・ガソリンスタンド全般

 
早朝のこの街に30分ほどいた。そこからバイクで1時間ほどの距離の街に入るころ、「ここに大協石油の防火壁がある」と教えていただいた。当然、とって返す。

 
この給油所は国道に面したきれいな施設で、その前は何度も通ったことがある。しかし、大協石油のマークは、その「裏側」にあった。かつてはこちらこそが「表側」であり、きれいなサービスルームと背面合わせにある古い建物は、こちらに顔を向けていた。いまの国道は、近年つけられたバイパスなのだ。

こちらを拡幅せず、給油所の「裏」に国道バイパスができたおかげで、大協石油の防火壁はそのまま残された。






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瀬戸歩道橋 天草上島・下島を結ぶ昇開橋

橋梁一般


天草上島・下島の間の本渡瀬戸は、地図だけ見ると運河のようにも見えるが、もともとの海峡だ。


そこに架かる昇開橋が、この瀬戸歩道橋。昇開橋だ。動画は倍速。渡ったらすぐ上昇した後、けっこうな頻度で船が通るので、戻るのにやきもきしてしまった。

 
天草下島側から。左の建物が操作塔。

 
 
 
主塔上部にモーターがあるのだと思うが、その操作用のケーブルは下島側の主塔を上り、昇降桁の上空を通って上島側の主塔に渡っていると思われる。

これらローラーはガイドの役割のみで、ローラーに動力はない。

 
 
 
下島側の親柱、左は「昭和53年3月竣功」、右は「瀬戸歩道橋」。



この本渡瀬戸には、古くは1923年に旋回橋が架けられ、1958年には跳開橋となった(写真2点は国土交通省九州地整熊本港湾・空港整備事務所より)。1枚目写真奥の天草瀬戸大橋は1974年完成。高さがあり、歩行者は大幅な迂回と昇降を強いられるために、この瀬戸歩道橋が設置された。

 
 
幅は1車線分、といったところだろうか。人もバイクもそこそこ通行する。

 
天草上島側。

 
 
 
桁が上がっている間は赤信号がつき、遮断桿が下がる。鉄道用の装置とは異なるようだ。

 
 
昇降桁の裏側。カウンターウエイトは見えない。主塔の中にでもあるのだろうか。

 
 
天草上島側の親柱は、下島側と同じだ。






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