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砂場の囲い

公園遊具


新潟市の日和山浜にあるこの砂場。海側に、風よけのように半円形にコンクリートの壁がある。人研ぎのような表面。左右が水色、中央が肌色。○、△、□がランダムに刳りぬかれている。

雪が降ったとき、海からの風を避けて、よくこの壁の影で雪遊びをした。壁の上を歩くのも定番の遊び方だった。

昭和49年の航空写真を見ると、すでにここにある。40年以上、ここにあるのだが、新潟・日和山浜 西海岸公園「木の公園」同じものが他の地域にあるとわかった異常、これもオリジナルではなく、同じものがどこかにあるのではないかと思ったので、ここにアップしておく。もしこれと同じものを見かけた方は、ぜひご連絡いただきたい。
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新潟島の東屋

東屋・パーゴラ


新潟の日和山公園にある東屋。これも、私が子供のころからある。8本脚で、梁は角材。周辺の遊具は何度も更新されているのに、この東屋はよく風雪に耐えているものだ。

すぐ横には芝生。左の道は自転車道路。自転車道路は新潟島の海側にあるが、沿道にはこれと同じ東屋がいくつもある。

中には、かつて人研ぎのテーブルと椅子があった気がするが、いまはこんな。屋根が斜めに見えるのは、自分の撮り方のせいなのかどうか、ちょっとわからない。





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ALP 306mt Bollard Pull Striker

船・舟

新潟の街歩きに参加した際、新潟造船の沖にで奇妙な形の船を見かけた。twitterにアップしたら、たちまち情報をいただいた。


さすが。ありがたい。

船にも、鉄道に於ける機関車のように、押す役割をするもの、牽く役割をするものがある。これはALPの306 mt Bollard Pull Strikerというもののようだ。公式PDFを見ても、同型の4種の違いは後部に搭載された機器の違いであるだけのような気がする。また、この特徴的な前頭部の形状は、おそらくバランスと、台船を推進するためなのだろうが、識者のご教示をお待ちしたい。

●同日追記


ご教示ありがとうございます。「成功前後での接触保護」というのは、その詳しい意味まではわかりませんでしたが、曳航索が船体に当たったときの対策ということなのかな…という程度のところでとどめておきます。twitterすごい。



まったくの余談だが、対岸の新潟造船、ここは向こう側では夜に水銀灯が光り、また、港っぽさもある。小中学生の頃、この真向かいにゲーム機を置いた店があり、ときどき来ていた。近くには新潟交通入船営業所もある。

●関連項目
大滝工務店「いわき」の起重機

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『地形で謎解き!「東海道本線」の秘密』(竹内正浩著)

鉄道の本


中央公論新社から刊行された本書は、地形で読み解く東海道本線の建設史だ。近年、急速に詳細なデータが無料で使用できるように整備されてきた標高データや地形図を使い、31見開きもの「凸凹地図」を掲載している(以下、標高を立体的に表現している地図をこう書く)。本文含めてオールカラーで160ページ、定価1400円(+税)というのは、本の制作・製造コストを知っている者からすれば、驚異的な安さだ。2000円を超えてもおかしくないはずだ。

誌面は、著者のツイートをリンクしたい。




本書が優れている点はいくつもあるが、地図に関して言えば、地形図やネット地図には載っていない、でも本文と関係している地名などが網羅されていることだろう。本文を読みつつ凸凹地図を頻繁に参照するのだが、一つとして漏れているものがない。凸凹地図では表現しきれない広範囲の地図は、別に概念図が用意される。そして、地名には読みがなが振ってある。

こうしたことが丁寧になされている本は、実は珍しい。特に鉄道書では、総じて地図がひどい。廃線跡探訪の記事でさえ、なんの説明もなく地図にない地名が出てくるし、地図内にあるべき地名すらなかったりする。本書の地図原稿の作成は多大な手間がかかっていることは、同じようなことを好んで、あるいは仕事として行う私には十分に実感を伴ってわかるが、しかし、著者は、その作業をとても楽しくこなしたに違いないことも実感する。

また、本書は「紙」に「地図」が印刷されていることが、大きな特長であり、優れた点だ。いま、地図はPCのブラウザで見るのが当たり前になっている。そういうインターフェースでは、ついどんどんスクロールしたりズームアップ・ダウンさせててしまう。地域を概観したり、周辺の情報を読み取ることにつながりにくい。紙の地図はスケールが固定され、余計な情報も多いゆえに、自分の目が近づくこと、離れることにより、さまざまなものが見えてくる。こういう本を作るとき、コスト等から「地図だけ分離してPCやスマホで閲覧できるようにしてはどうか」と考えてしまうが、いや、それではだめだ。紙に印刷されて中にあるべきだ。そして、本書は絶妙なスケールで、それがなされている。(「新聞には余計な記事が多いからこそ読む価値がある」という、一見本末転倒のような論があるが、私は的外れではないと思う)

個人的には、東海道本線沿線はあまりなじみがないエリアではあるが、それでも、改めて本書で建設史と地域史を読むと、そこに行きたくなってくる。とりわけ、つい通過してしまう浜松から大垣あたりに。

恥ずかしげもなく申し上げれば、私はこういう本を作りたかった。しかし、いい切り口が思い浮かばなかった。10年以上前に『カシミール3Dで見る・自分で描く 空から眺める鉄道ルート』(杉本智彦・松本典久著)を作り、その後、竹内さんによる、パートワークへの連載をまとめた本は出ていたが、「東海道本線」か。なるほど。それがあったか、と思った。本書を世に送り出した中央公論新社に敬意を表しつつ、続編を大いに期待したい。次は、東北本線か、信越本線か。自分で勝手に続編を書きたいくらいの気持ちだ。(こうした地図をとある場所にアップする計画があるが、それは本書刊行前から進んでいるものなので、パクリじゃないよ、といまここで念のために添えておきたい)

* * *

本書で「古い地図が見てみたい」と思う人もいるだろう。幸い、一部の地域は「今昔マップ」に収録されている。ぜひ見比べてみて欲しい。
http://ktgis.net/kjmapw/index.html


カシミール3Dの「タイルマップ機能」を使えば、この今昔マップによる古い地形図を凸凹地図にして楽しむこともできる。


私のブログ内でも、地形と鉄道などへの考察がいくつもあるので、ぜひご覧いただきたい。
地図・航空写真・分水嶺 ( 85 )




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車止め2態 擬木と鉄と

擬木

ここは砂丘の上。右は自転車道路、左が公道。右の自転車道路を横切って、砂丘を駆け下る坂道があり、かつては砂浜にクルマが降りる道だった。その坂道は大きな砂利を骨材としていて、下の方はかなり崩壊していた。それでもたまにジムニーなどが上り下りしていた記憶がある。いまは砂浜に道路が通ってしまったので、その坂道は用をなさなくなった。

そのための車止めだが、自転車道路になんらかの理由でクルマが入るときにでも外されるのだろうか。だいぶきれいな赤白の門型のほか、設置年代が異なると思われる黄色い鉄柱が4本、向こうにガードレール色(白)が2本。

そのすぐ近くにある擬木の車止め。なぜクイッと曲がっているのか。潜望鏡か。奥に続く遊歩道の両脇が擬木で固められているが、これは西海岸公園「木の公園」と同時に整備されたものだ。この車止めはそのころからあったかどうか定かでないが、同じシリーズに見えるので、きっとそのころからあったのだろう。

右は漁師の小屋。かつて金網がなかったころは、ぼろぼろに錆びた2ストジムニーが、この金網のところに停まっていた。





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新潟・日和山浜 西海岸公園「木の公園」

擬木


新潟市の旧・栄小学校(新・日和山小学校)、旧・舟栄中学校(新・柳都中学校)の裏手、西海岸公園(という名称は何kmにもわたる広大なものなので、ここでは「日和山浜」とする)にある公園遊具。木をモチーフにした「基地」のようなものであり、1970年代後半に設置されたものと記憶している。40年近くもここにあり、今も子供たちが遊んでいる。いまだにしっかりしていて、公園遊具として立派に勤めを果たしている。

中央の2段構えの天守閣のようなものを中核として、橋のような枝が2本、うち1本は離れ小島につながっている。そして太い管状のものが1本。子どもが何十人も遊べる。なにしろ、小学校の卒業アルバムの集合写真は、ここで撮ったのだ。

隣接する入舟小学校の子どもには、天守閣その屋上に上がれることがステータスだったようだ。私が小学生の頃は、ここは「上がれないもの」という認識で、誰も上がっていなかった。

じっくりとご覧いただきたい。

 
 
 
ワクワクしませんか?

この遊具を「木の公園」と言っていた。もしかしたら、他の小学校や時代によっては別の言い方があるかもしれない。木をモチーフにしているこれを「擬木」といっていいのか迷う大きさだが、そういう観点で見てみる。

管状の部分の内側、地面には木目がある。側面から天井はツルツルだ。

そこからの脱出口になる大きな孔の周囲には年輪。

天守閣の下段の内側にも木目。床はツルツルに見えるが、もしかしたら摩滅した?

離れ小島に行く橋の断面にも年輪。

全体的によく整備されているが、よく見たら、こんなふうに加工がわかる部分があった。年輪は、そういうパーツを載せているように見える。他の場所で見ると、「幹」や「枝」の内側は中空のものもある。

* * *

話は飛ぶが、『ショッピングモールから考える』(東浩紀・大山顕)に、大阪にある、これと同じ擬木遊具の写真が載っている(P213)。愕いた。これは既製品だったのか。ということは、全国に、おそらくいくつかはこれがあるはずだ。すべてのここを探訪したい。








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新潟の海里標柱(マイルポスト)追記

地図・航空写真・分水嶺

新潟の海里標柱(マイルポスト)の追記。

 
20年近くその近くに住みながらも、そして写真を撮りにいきながらも「1本しかない」などというまったくお恥ずかしい記事をアップし、すぐに「もう1本あるみたいだよ」とご指摘をいただいた海里標柱を再訪した。ご覧の通り、すぐ後ろにあるじゃないか…。

大きさは同じようだ。


保安林内土地変更許可証は、まったく同じだ。というよりも、番地の枝番が二つあることから、併記していて、許可面積は2箇所の合計だろう。

許可年月日及び番号 平成24年4月1日 新潟県指令 新林第457号
保安林種 飛砂防備兼保健保安林
所在場所 新潟市西船見町字浜浦5932番644 732
許可面積 56.5平方米
行為の目的 船舶試運転用標柱の設置
許可期間 平成24年4月1日から平成26年3月31日まで
申請者住所氏名 新潟造船(株)工場長






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国道と私道の境目!?

道路全般


新潟市内の、幅1mくらいの、クルマの通れない路地を歩いていたら、「→国道」と書いてあった。この先の道は国道でもなんでもない、市道である。その市道が国道だったこともない。だから最初は、どこかで拾ってきた看板を自宅の塀に飾っているのかと思ったのだが。

こんなふうに、どうやらこのカドから右が公道で、左が私道、という意味のようだ。

しかし、新潟市地図情報サービスを見ると、ここは「市道」でも県道でも国道でもない。ここで「国道」と書かれている路地も、私道のようだ。

なお、どんな路地かというと、このようなところだ。もちろんGoogleストリートビューなどはない。私が子供のころは、土の道だった。新潟市の「シモ」には、こうした路地が無数にあり、そのほとんどは土の道だった。こういう場所の家の建て替えは、どういう扱いなのだろうか。



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私設の木橋

木橋

新発田市の金升酒造を見学した。裏に小川が流れ、そこに橋がかかっていた。

 
「小径」と表現したい道が向こうに続いている。造り酒屋にとって、水は大切なものだ。こういう橋を見ると、何で作られているのかが気になるので、下を覗くと…。

丸木橋だ! しかも、橋台は、おそらく法面用の積み重ねられるコンクリートブロック。桁は1本に見えるが、それだと床版が傾くので2本かもしれない。近づけないので確認できなかったのが残念だ。

これは余談だが、電柱には「金升引込」のプレートがあった。


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白土貞夫さん、高井薫平さんトークショー/昭和30年前後の趣味の「感覚」の保存と、未発表写真の今後 

鉄道


書泉グランデで開催された、「RMライブラリー200巻記念トークショー」、「1960年代-70年代の地方私鉄を語る」に行ってきた。白土貞夫さん、高井薫平さん、名取紀之さん(MC)によるものだ。事前の整理券では足りず、急遽追加もしたという。私は配布当日にいただいた、抜かりはない。このような素晴らしい、貴重なお話は、ちゃんとお金をとって演者に還元したらいいんじゃないかな。(上の写真は、右から白土さん、高井さん、名取さん)

さて、内容は、お二人それぞれの、高校時代の趣味活動や、大学、就職してからの趣味活動の話から始まる。いまよりはるかにおおらかな時代、しかし、まったく情報もない時代、さまざまな手段と出会いを通じて記録を残してこられたお二人。車両竣功図表をノートに手で書き写し、わずかな枚数の写真を撮影する。そんな思い出をリアルに語り、実際のノートも見せてくださった。

こうしたお話はもちろん貴重なのだが、そういう「感覚」というものを、なんとか保存ができないかといつも思う。いまなら、暗闇でも無尽蔵の枚数の撮影ができるカメラがある。コピー機もある。基本的な情報はネットを検索すればある。しかし、当時は、こうした方々でさえ、地方私鉄に行っても車両基地を覗いて写真を撮り、事務所を訪問してデータ類の一部を書写するだけだ。そもそも、家にカメラがあり、自分でそれを使って写真を撮れる、十代のうちに全国方々を旅行することができる、という境遇はとても恵まれたものだったはずだ。その感覚を、われわれ読者は想像しながら記事を読むべきだと思う。また、高井さんは「根室拓殖鉄道全線に、私は乗ったんだ」とおっしゃっていたが、やはり私鉄研究で高名な方は、途中までしか乗っていない。それでも、雑誌に記事を書き、それが貴重な情報源となって拡散してゆく。そういう時代だったのだ。

話が飛んだ。お二人のお話は、若かりし頃からの経験をきちんと記録し、発表し、その後の研究も積み重ねてきたからこその重みがある。RMライブラリーの記事も、過去の記録を焼き直すのではなく、改めて現地を取材し、現地の図書館で関係文書などを渉猟し、時には新しい発見をして書いているという。「あとどれだけ書けるか…」「私たちの世代がいなくなったあと、見たこともない鉄道の記録はどうなっていくのか」というのはお二人にとっては冗談ではない問題だが、一読者としては、時間が止まってほしいとさえ感じる。

その一方で、高井さんは「楽しむこと」を挙げておられた。研究、研究と没頭するのではなく、楽しむこと。いま、あまりに関心事が多すぎて一つの趣味に没頭できないのが多くの趣味人の悩みの種だと思うが、それを戒める言葉にも感じた。広い視野を持ちつつも、深めるのは狭い範囲だけ。あとは田の研究者に任せる。そんなところだろうか。だからこそ、公文書と実際の記録を突き合わせ、新たな事実を発見していくというスタイルをなせるのかもしれない。

* * *

お二人が趣味誌に発表した写真は膨大な数に登ると思うし、当時、それほど多く撮影されてはいないだろうが、それでも、未発表の写真はかなりお持ちなのではないか。私は、それが見たい。キャプションなどなくてもいい、ひたすら羅列した写真集を5000円以下で出してもらえないだろうか。

RMライブラリーはじめ、紙媒体はエビデンスのないものは刊行しない。しかし、それは後進にまかせ、ノーエビデンスでもいいから、世の中に出しておくべき貴重なものも山ほどあるはずだ。今日も、勿来市の三松炭礦跡にあった「据置ボイラ」の話と写真が出た。その元になった機関車は判然としていないが、そこにこだわるあまり、この写真と話が闇に消えていくことのほうが損失だろう。

こうした記録は、間違いなく、白土さん・高井さんの後進に役に立つ。趣味界の大先輩方、いかがだろうか。

* * *

今回は、RML刊行200号記念ということで、その手の話も少し出た。表紙のデザインは、まさか200号に達するとは思っていなかったので、「199」までしか数字が入らないデザインであったこと(帯の幅)。当初は紀行文などいろいろなスタイルが混在してもいいというつもりだったが、号を重ねるごとに「よりよいものを」となり、いまのスタイルが定着したということ。

後者は、とくに最近の電気機関車ものなどは模型製作用にディテール写真を並べたに過ぎないと感じるものがあり、といっても安価だし貴重なので買うのだが、考察記事がないじゃないかと思っていた。それは私が過剰な期待を勝手に抱いていただけだと知った。

今後は、より柔軟な姿勢で行くとのこと。次号、201号では初めてジョイフルトレイン等も採り上げるそうだ。RMLの商品性のよさはかねてより聞いてはいるが、同時にネコパブの良心として、RMLの今後の発展を心より願っています。





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