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信用購買組合農業倉庫

農業倉庫・日通倉庫

喜多方駅前に立派な石積みの倉庫がある。いまは「JAファーマーズマーケット」となり、物販をしているようだ。その妻面に、消えかけた文字がある。

読めるだろうか。右から左へ、「信用購買組合農業倉庫」と書いてある。その上には右から左へ「慶徳」。これは、いまの喜多方市慶徳町にあった「慶徳村」(明治22年から昭和29年まで存在)のことだろう。「信用購買組合」はよくわからないが、信金になったものもあれば農協になったものもあるようだ。ここではいまの「JA会津いいで」の前身だろう。

このように形の違う2棟が並んでいる。そしてJA会津いいでの直売所となっている。




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角マルの庇

昭和シェル石油/昭和石油/シェル石油

喜多方市内を歩いていたら、すてきな庇を持つ給油所に行き会った。雪が積もり、庇の角の丸さをさらに滑らかなものにしていた。

昭和シェルのローリーや看板はあるが、防火壁等は白く塗られているのですでに閉鎖した店舗なのだろう。それでも、あたかも現役であるかのようなたたずまいは、給油所としての役割は終えたものの、建物としてはまだまだ現役ということだ。



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謹賀新年

独言・日記




謹 賀 新 年



今年はもっと走らないとね。

今年もよろしくお願いいたします。




2014年『轍のあった道』アワード

2014年『轍のあった道』アワード

独言・日記

昨年、触発されて作った2013年『轍のあった道』アワード。今年も振り返ってみようと思う。

おもしろいもので、「なにかないかな」と探すために出かけるとなにも出会えず、「先を急がなきゃ」と思って道を走っていると、さまざまなものに出会う。何事も、目的がなければ中身は希薄になる。旅は少し急いだほうがいいのだ、きっと。

今年はあまり「橋を見に行く」ということをしなかったので、2015年は四国・九州のいい橋をたくさん見て来れたらいいなと思っている。

では、好き勝手に作った賞をば。

●橋梁賞

高萩駅付近の跨線橋(歩道橋)その1
フィーレンデールトラス。車窓から目に飛び込んできたので、途中下車して撮影した。こんなところにあるとは。

<次点>
湊小橋(久見浜湾)偶然出会った美しい橋。ラーメン構造なのか、アーチの変形を脚で支えているのか。久見浜湾。

●鉄道賞

カプセル駅 妙法寺駅
カプセル駅 古津駅
カプセル駅 上下浜駅

「カプセル駅舎」とは、国鉄末期に作られた規格ものの駅舎の総称だが、そのうち、昭和50年代に建てられたこの3駅舎はファンシー要素を含んでいる。すなわち、Rのある窓、扉である。オジサンががんばって「かわいい」を作りました、という雰囲気があって、すごく好ましいのだ。実家からそう遠くはないので長年、再訪しようと思いつつ、やっと実現した。

●地形賞(道路編)

カシミール3Dで見る アップダウンの激しい道路(地形編)
アップダウンの激しい道路(写真編)

一直線なんだけれどアップダウンがある道。ドライバーの視線だと、この程度のアップダウンはまったく意識に昇らないのだが、たった50cmとあなどるなかれ、クルマは走れなくなり、最悪の場合はエンジンに水を吸い込んでしまう。

●地形賞(カシミール3D編)

カシミール3Dで見る新潟県(旧)上越市と旧頸城村の境、保倉川の氾濫原と蛇行跡


柏崎市 鵜川の改修跡と元・氾濫原
(Kashmir3D+DEM5m+数値地図25000)

2点挙げた。どちらも自分で行ったり、街歩きに参加したりして気づいたことだ。「こうかな?」と思ったことや、現地で聞いたことをあとから地形で確かめるというのはとてもおもしろいことだ。みんなもっとカシミール3Dを使ったらいいのに。

●給油所賞(現役)

砂丘に建つ出光
久見浜湾で出会った給油所。この立地の感動は、行ってみないとわからないだろう。それを表現する写真の腕がなくて忸怩たる思いだ。

●給油所賞(跡)

翼端の同心円 黒石市内の幹線道路で目に飛び込んできた同心円。共同石油のマークは大好きなのだが、防火壁にこのようなマークがあったとは。ほか、北海道でも見かけた。

●建物賞

マンサード屋根の三重奏 利尻島で見かけた民家。民家にカメラを向けるのは大変申し訳ないのだが、向けずにはいられなかった。じっくり眺めて欲しい。

●廃車体賞

取り込まれたワムハチ

なんと、斜体が取り込まれている。たったこれだけ、数立米など、取り込んだ大きな倉庫に比べれば不要な気もするのだが、向こう側は扉が機能しており、そのために取り込まれたのかもしれない。(許可を得て撮影)

* * *

さて、では『轍のあった道』アワードです。

轍のあった道大賞 

「アワード」としては、土木的ななにかを選びたいところだが、今年は残念ながらそこまでの大発見というか、私しか見ていない、私しか知らない、というようなことはなかった。しかし、私でなければ解説しづらい、というものがあるので、これを挙げようと思う。

時刻表の活字 活版印刷の時代



誰もが簡単にPCで時刻表のような組版を作れてしまう。対してノスタルジーを喚起する古い書がどうやって作られていたかはあまり顧みられることはない。活字であることはわかるだろうが、それをどうやって運営していたのか。それを展示する素晴らしいイベントだった。私は見ればわかるが、これを解説するイベントをやってほしかったし、もっともっと鉄道ファンは訪ねるべきだと思った。

こうした工程への関心が深まることへの願望を込めて、この記事を大賞とする。

* * *

2015年もよろしくお願いいたします。

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2014年のGPSログ

地図・航空写真・分水嶺

2014年のGPSログを抽出した。相変わらずの東偏重、今年は新潟を重点的に訪ねたので新潟の密度が濃い。下北半島と丹後半島は一周しているが、電池切れでGPSログが欠落したのが惜しい。また行かねばなるまい。八戸-苫小牧航路も復路が欠落している。

7月までは仕事漬けでほとんど休みがとれなかったので、まったく出かけられなかった。それでも刊行を遅らせざるを得ないタイトルがいくつかあったのは残念だが仕方がない。GWはなんとかカレンダーに近い形で休んで、たった二日間のツーリングとはいえ大いに息抜きになった。ブログの更新も前半は飛び飛びになっている。今月(12月)もそうだ。

特記したいのは次のログだ。

・竹芝-館山の会場ログ(ジェットフォイルの特別就航)
・21年ぶりの利尻、14年ぶりの礼文

* * *

仕事面では、下記の本を担当した。

・1月『電車の博物館・公園に行こう!』(実業之日本社編)
・3月『東京幻風景』(丸田祥三)
・3月『自衛隊イベント観覧ガイド』(大北浩二)
・3月『パンフレットで読み解く 東京メトロ 建設と開業の歴史』(東京地下鉄株式会社)
・4月『南極日和』(BS朝日取材班)
・5月『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる捜査現場入門』(オフィステイクオー)
・5月『ゼンリン 住宅地図と最新ネット地図の秘密』(内田宗治)
・7月『京都お散歩凸凹地図』(実業之日本社編)
・7月『空から見る戦後の東京 60年のおもかげ』(竹内正浩)
・8月『きっぷのルール ハンドブック』(土屋武之)
・10月『宮城「地理・地名・地図の謎」』(木村浩二監修)

実は12月にできあがっている本が2冊あるが、配本は1月なのでここには計上しない。前半で息切れして、後半の仕込みができていないのがよく見えてしまう。これは自分の来年の課題だ。

どれも、大変におもしろく仕事ができたのは幸いなことだ。来年もこうした形で仕事を続けることができることを願うし、さらに、もっと売れてくれることを願う。





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キハE120の窓枠

ユーザビリティ

キハE120のトイレのユーザビリティの続き。

これは座席の窓枠である。飲料が置けるようにという配慮と思う、中央部が少し幅広になっている。一見、何の問題もなさそうに見える。

しかし、この状態では、500mlクラスのペットボトル、きちんと底面をつけていない。ガラス側ないし座席側のリブにのっかってしまうのだ。

ちょっとした揺れで落ちるほどの不安定さではないが、あと3mm、平面部分を広げてくれるだけでいいのに。

こうした平面部分の幅のようなことは、たいていは製造工程などで「その幅でなければならない」理由がある。しかし、それでもなお、これは解決すべき点ではないのか。


鉄道誌やweb媒体にニュートラルな記事を発表している伊原薫さんからもこんなご指摘があった。

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キハE120のトイレのユーザビリティ

ユーザビリティ

キハE120のトイレ。車椅子対応でとても広い、現在の標準的なトイレなのだが、いろいろと使い勝手がひどい。前提として、トイレのドアはボタン式の自動ドアである。

まず、入ったあと、どこでドアを閉めて飯野かわからない。普通は把手を探すのではないか。ところが、入って左側面の壁に、こんな表示がある。

「あける」
「しめる」
「ロック」

それぞれボタンの横に説明ステッカーが貼ってある。いくつも疑問がわき起こる。

・なぜロックボタンとパイロットランプが同じ形なのか
・なぜ開ける・閉めるボタンがエレベーターのドアと同じようなボタンなのか
・なぜ「閉める」と「ロック」を一体化しないのか
・なぜ「あける」「しめる」だけテプラなのか
・なぜボタンの台座がステンレスで、ステッカーは白で、壁はベージュなのか
・なぜステッカーの色使いや仕様が異なるのか
・なぜ自動扉の矢印方向が、実物と逆なのか(ドアは室内から見て左に収納される)

ショッピングモールなどの多目的トイレにはこんなひどい表示はない。「開」「閉」と刻印された直径10cmくらいのボタンがついているのみだ。ロックはもちろん手動、目に見える形で「鍵」がある。至ってシンプル、子供でも外国人でも「これが鍵だ」とわかりやすい。

次いで、便器右側のボタン類を見る。スマホで斜めに撮ったものを補正したので写真が台形なのはご容赦いただきたい。

ここでは、もっとも大事な「流す」ボタンがわからない。「流す」ボタンには「押す」と書いてある。「黄色いボタン=流す」というコンセンサスなど世の中にはないと思う。

その上にはロックし忘れて便座に座ってしまった人のためにロックボタンがあるが、これがまた「流す」と迷わせる。座ったまま流そうとして間違ってロック解除しちゃったらどうなるのか。


そして、手洗いのボール。そのすぐ上に手すりがある。手すりは大切だが、ならば手洗いのボールはこの位置に配置すべきではない。

私の手を差し入れると、ギリギリ。水の下で手をこすり合わせることなどできないし、洗った後、手を振って水分を落とすこともできない。結果、トイレの床は手を洗った後の水がボタボタと落ちるので、汚らしく水が這っている。

* * *

昨今の公共交通機関は「ユニバーサルデザイン」と称していろいろな統一を進めている。ドアの端部と出入り口を黄色くしたり、優先座席付近をオレンジにしたり。しかし、こと「告知」に関しては恐ろしくひどい状態にある。

セブンイレブンの「セブンカフェ」のコーヒーマシンのデザインがひどいと一時期話題になった。佐藤可士和という一流のはずのデザイナーがシンプルを追い求めた結果、「これじゃわかんねーよ」とばかりに各店舗が一斉に張り紙を始めた。見るに見かねたか、いまでは本部が統一された補足用のシールを頒布している。

このトイレのデザインは、それよりはるかに低い次元で使えない。発注者たる鉄道会社はこれでいいと思っているのだろうか。

#セブンカフェの様子 が各店舗の工夫いっぱいで面白い
おや、全国のセブンカフェのようすが・・・



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D605の「もち」

ランツァ

ランツァ、こんなタイヤだったけれど300kmくらいで日帰りでひとっ走りしてきて、タイヤを変えた。スーパーテネレがNGとなったので、2013年4月に改めてロングツーリングにもランツァ(所有者は妻)使おうと思って、もうほぼ100%舗装路だから(だけど?)、D605にした。

以降1年半ほどの間に北海道2回のほか、ちょこちょこ日帰りや1泊したので1万kmくらいか。90年代、毎週のように林道に行っていた頃はD603などは3000kmしかもたなかったけれど、舗装路だけだと1万kmももつことを知った。

いや、ここまでの摩耗を許容すればD603だって5000kmはもったかもしれない。以後エンデューロタイヤ等ばかり履くようになったので、さらに寿命は短くなった。











タイヤ交換、早い人は1組10分くらいでやってしまうんだけれど、私は30分というところか。で、そのうち10分くらいは、チューブのバルブをリムに通す行程に費やす。かつてはバルブを引っ張り出すワイヤーを持っていたんだけれど、いつのまにか紛失してしまったようだ。

こうしてタイヤ交換などしていると、バイクが愛おしくなるよねえ。



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『新装版 鉄道と新潟』(新潟市編)

鉄道の本

(画像は新潟日報事業社のサイトにリンクしている)

鉄道史というのは非常に難しい。一路線の歴史であれば記述は比較的簡単なのだが、鉄道とは地域の開発と経済を背負いながら他の鉄道と関連して運営されるものなので、一路線だけを見ても仕方ないからだ。だから、各路線の歴史を踏まえた上で、さらに「地域の経済史・交通史」として把握する必要がある。これは、いわゆる日本史、世界史も同じではある。

本書は「鉄道と新潟」と銘打ってはいるが、「新潟市編」であり、また帯に「新潟市発展の…」となっているとおり、鉄道と現・新潟市域の関連を述べた内容だ。「新潟市編」であるが、鉄道にかなり造詣の深い執筆陣のようで、まったく感覚を外していないのは素晴らしい。

あまり鉄道史の本では触れられないこととして、下記のことは特によくわかる内容となっている。

・信濃川の河川交通との比較
・新潟対東京のルートの変遷
・各路線・各鉄道敷設の経緯と発展の歴史



それとは別に、新しい知見をいくつか得た。一つ目は1936年(昭和11年)の新潟鉄道局開局時の立地だ。路地連新潟の方々と新潟市内を歩いているときに、確かそれが八千代橋南詰めにあったと聞いたことがあり、また、昭和50年代には、いまのNST本社やライズ万代のある場所には「新鉄局スポーツセンター」(柔剣道場)とグラウンドがあったという記憶がある。なぜ、駅からちょっと離れたここに国鉄の施設があったのが不思議だったのだが、その答えがここに書いてあった。即ち、

「鉄道局の開局に当たり、新潟市は誘致の条件としていた庁舎・官舎の敷地約一万七〇〇〇坪(約五・六ヘクタール)を寄付するために、萬代橋上流の信濃川右岸埋立地を県から購入した。埋立地には、鉄道局の庁舎(現、中央区八千代一丁目。新潟市総合福祉会館の地)の外…

そういう経緯で用地を提供していたのか。旧新潟駅から旧万代島貨物駅への支線の「内側」に国鉄関連施設が広がっていたことになる。1980年頃の住宅地図を入手したいところだ。



もう一つは、現・新潟駅の駅舎についてだ。この駅舎が当初は2階建てだったのは知られているが、「ダークグリーンの駅舎は」という記述がある。そんな色だったとは! 


なんとか、当時の地図等を見たいものだ。



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『伝説の鉄道記者たち』(堤哲)

鉄道の本

本書の章立てはこうだ。

第1章 鉄道操觚者・木下立安
第2章 伝説の特ダネ記者・青木槐三
第3章 忠犬ハチ公を巡る鉄道記者たち 
 細井吉造、林謙一、渡邊紳一郎
第4章 『国鉄物語』の門田勲
第5章 レイルウェイ・ライター 種村直樹

タイトルを見て、鉄道記者たちが、いかに現場に入り込み、どのように国鉄幹部と親しくなり、あるいは取材し、どのような記事になり、それが社会的にどういう影響を及ぼしたかが書いてあると、勝手に思っていた。ところがまったく違っていた。章立てにある記者らの人となりは、本書からはまったくわからない。稀に見る駄本だった。どのようにひどいかを上げるとほぼ全部を転載して突っ込まねばならないほどだ。

著者は毎日新聞のOBである。本書は、著者の先輩、後輩が何年生まれで、何大学で、入社後はどんな記者で、趣味が何で、誰を尊敬していて、その誰は何年生まれで、何大学で…といった内容が延々続くと思っていい。



例えば、門田勲の章。彼は『国鉄物語』という連載を書いたのだが、その取材方法などは一切出てこない。この章では門田の鉄道記者に関連するとかろうじて言えるのは、わずか6行、「国鉄組織は大きいと思った」というような感想だけである。

詳細に書こう。門田の章はP172からP212だ。

P172-173 著者の入社当時の上司やその息子の話。
P174-185 『国鉄物語』の記事引用。新幹線無人運転の項では柳田邦夫を引用。
P186-189 門田に憧れた本田という読売記者が三河島事故の記事を書いた話。
P190-191 三河島事故の乗客が著者の先輩であり、彼のスポーツ趣味と著書の紹介。
P192 JR東日本の「事故の歴史展示館」における三河島事故の扱いの話。
P193-196 「本田に戻って」(←門田に戻れよ!)本田の東京オリンピック記事
P197-205 門田の訃報と、門田の警視庁詰め時代の話
P205-212 朝毎読が有楽町にあった時代の話

さて、どこに門田の「鉄道記者」の記述があるだろうか?



同じように、慶應義塾の成り立ちが延々10ページ書かれていたり、時事新報の話が10ページ続いたり、明治5年の鉄道開業時の話が8ページあったり、「余談ながら」と記者の先輩や後輩の人となりの話が2ページ、3ページとつづいたり、といった塩梅だ。

また、事実誤認というか、本書内での矛盾も散見される。「つばめ」の試運転に同乗した青木のレポートはP235では走行中の窓から沼津や静岡で落としたと書いているのにP120青木の項では「停車する駅で…受け取って」と書いている。

私の感覚では、「鉄道記者」という書名に期待する内容は、ほとんどない。あってもまとめれば10ページもない。交通新聞社新書はデキにムラがあるのは過去にも書いたが、いくらなんでも、これは編集者が間に入ってできた本だとは思えない。なんらかの事情があって、受け取った原稿に手を入れることができず、そのまま本にせざるを得なかった。そんな穿った見方をしてしまうほど、本題とも章題ともかけ離れた内容だった。

もし私がこの原稿を受け取ったら…修正不可能なので、すべて書き直してもらう。少なくとも章題と関係ない先輩後輩ネタはすべてカットする。拒否されたら出版中止する。


●関連項目
『人物国鉄百年』青木槐三(中央宣興)


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