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重要伝統的建造物群保存地区にある出光

出光

 
長屋の背中とトロッコのある蔵元の「上流」に、もう営業していないと思われる出光の給油所があった。モービルの庇とは違う、小さい建屋ながらも主張のある屋根。

 
サービスルーム内は現役のようだ。駐車場も使われているので立ち入らず、よって、室内はきちんと見ていない。

 
右、つまり坂の上を見やると、大中小の出光のタンク。これは現役のようだ。道路を挟んだ民家にも、燃料店の看板が掲げてある。サービスルーム内も、この事業で使用しているのだろう。

 
少し引いて。この右にタンクがある。






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古い出光の給油所と日石三菱跡

出光

 
吊橋を改造したローゼ 三好橋のすぐ近くに、この建物がある。といって、いまは給油所の形跡というかクルマが入れるような広くなった場所は近隣には見当たらない。古い航空写真を見ると、道の向かい側などには空いている土地があるようだ。

 
なんとかっこいい建物だろうか。屋根部分の意匠はどういう意味が込められているのだろう。

 
すぐ近くに給油所の防火壁があるが、出光のではなさそうだ。薄い青緑色が見えている。

 
壁にはうっすらと「日石三菱」。

もしかして出光から日石三菱へとブランド替えをしたのか、と妄想するが、それならば建物の表記も変わっているはずだ。なのでそんなことはないだろう。

幅の狭い三好橋に代わり、下流側に大きな池田大橋が架かったのは比較的早く、1976年。以降、ここは旧道となっていたと思われる。この三縄集落より「向こう」は山越えとなり、通過するクルマは多くはないはずだ。それでも「日石三菱」の時代まで給油所があったのだ。









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薄れゆく出光のアポロと農協建築

出光

 
富山県の雨晴海岸の旧街道を走っていると、剥げかけたクリーム色の防火壁に、同じ剥げ方でアポロが佇んでいた。「出光」の大きな文字に対して、控えめなアポロ。コンクリートブロックで築かれた防火壁の上部は苔むしていて、それがまた乾いた古さを醸し出している。

 
立地はこうだ。1面の防火壁のみが残り、その前にはコイン精米所。向かいには小学校。手前の地面は、海沿いにもかかわらず、融雪装置から出た錆で赤く覆われている。「海沿いにも関わらず」というのは、新潟県との比較だ。新潟県では、あまり海沿いにはない印象。

 
JA高岡太田支店の建物。この、銀行然とした意匠。正面中央に庇のついた玄関があり、正面を横に三分割するように袖壁が垂直に降りる。その三分割をさらに分割するように、アルミの桟が縦に幾本も走る。そして側面は、少ない、素っ気ない窓。





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国道8号

出光

 
1996年、ゴールンデンウイーク。バイクで鳥取県の大山から敦賀まで走り、そこで野宿しようと思っていたのだが、その晩から雨との予報。当時は公衆電話で天気予報を聞いていたものだ。

敦賀に着いたのは18時頃だったか。新潟の実家まで400km。夜の国道なら8時間あれば帰れるだろう。北陸道に乗るという選択肢はない。

時計の短針が真上を指す頃、26リットルの燃料タンクを過信したか、富山・新潟県境の洞門内でガス欠。スーパーテネレは、ガソリンコックが左右にあり、リザーブに切り替えるタイミングを逃してストールすると、かかりが悪くなる。大型トラックに恐れおののきながら、リザーブからガソリンを吸い始め、なんとかエンジンがかかった。

しかし、相当の数の給油所があった当時とはいえ、夜の県境で営業しているところなどない。糸魚川市内に着くと、ようやく24時間営業の給油所があった。助かった。空に近くなったタンクは25リットルほどを飲み込んだ。

満タンを抱えて走り出せば、道端の、もう営業終了している給油所など目に入らない。この、いかにも日本海側然とした光景で海を見つめるように立っている給油所も、山側に残る北陸本線旧線のサイクリングロードも、見えていなかったはずだ。

追い立てられるように、直江津、柏崎と過ぎ、国道116号に入った。新潟に着いたのは2時を回っていたが、雨は回避できた。




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空気圧と水と 給油所のエアタワー

出光

 
もう使われていない出光の給油所。アイランドに並ぶ、洗濯機みたいな形のレギュラーとハイオクの計量器の間に立つ、秤のようなメーター。柱には「WATER」とあり、左に蛇口があるが、頭にはエアゲージがあり、右にはエア用の助っ人がある。根元にバルブがあるのがおもしろい。

柱からはみだしたメーカーズプレート。YASAKAか、TASAKAか。中に入って裏に回れば書いてあるはず。計量器の隣には、無人野菜販売スペースのような箱もあったが、なんとなく、足を踏み入れるのをためらった。


【同日追記】
はじめ はかせ♪さんより「今は取り扱っていないようですが、このエアタワーは「IYASAKA:彌栄工業」なのでは無いかと思います」との教示をいただきました。「エアタワー」というのですね。タイトルも変更しました、ありがとうございます。




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キャノピーのモニュメント

出光


新発田市内を歩いていたら、Mobilの円形キャノピーかと思うようなコンクリート製の傘があった。数十人で歩いていたが、数人、「ガソリンスタンドみたい」という感想が上がった。

ふと見ると、人物の像がある。「川崎俊平寿像」。新潟県下の大手石油販売会社・川崎商会の創立者だ。給油所としては、ここが創業地となるようで、そのモニュメントとしてこのキャノピーがある。

出光なのに、なぜ円形なのか。おそらく実際にそうだったのだろうと思い、川崎商会の公式サイトから会社案内(PDF)を見ると、当時の写真があった。






















創業は岩船町だが、昭和30年に新発田市上町(現中央町2)に移転、さらに昭和36年にこの地(新発田市下町、現大手町1)に本店を移し、給油所も開設。それがこの写真だ。ただし、創業時の写真かどうかはわからない(後述)。

円形キャノピーに掲げられてた文字は見えないが、後ろの前面ガラス張りのサービスルームともども、時代の最先端の趣だ。

この給油所の閉鎖は平成21年とのこと。写真で見る限り、開業時のキャノピーと、いまのモニュメントは同じもののように見える。末期のキャノピーは、どのような装飾がなされていたのだろうか。たった6年前のことなのに、いまなら居ながらにして情報が入りそうなのに、手が届かない。新発田を歩いたときに地元の方に聞けばよかった。


さて、円形キャノピーといえばモービル石油を連想する方も多いと思うが、ガソリンスタンド・ノートによれば、モービルが円形キャノピーをデザインしたのは1965年だ。対して、この新発田の給油所は1961年。その1961年から、この円形キャノピーがあったかどうかはわからない。これは、非常に重要なことで、もし、こちらが先ならば、なんと驚くべき事だろうか。逆に、1961年の開設時にはなく、1965年以降に建てたものであれば…それは、モービルを真似したという可能性が出てくる。このあたりの証言を得られないだろうか。(この段落、2016年11月1日追記)



さて、川崎商会の会社案内をさらに見ていると、西堀給油所の立体駐車場は「日本海側初」とのこと。そのようなものとは知らずに、未就学児の頃の私は毎日、中で蠢くゴンドラを覗き込んでいたのだった。














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出光の袖

出光

店を閉じて久しい給油所。裏手が旧道で、手前が新道か。少し傾斜のあるところに建っていた給油所の地面はもちろん傾斜していて、防火壁も段がついていた。そして新道に向かう部分は丸く切り取られ、おそらく見通しと意匠を兼ねていた。

敷地を方形とすると、角を含む2辺が道路に面している給油所は多々あるが、平行する2辺が面している給油所は少ない。蒸気機関車はテンダーの背面がすきな私としては、こちら側が正面であることを期待している。










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砂丘に建つ出光

出光

久見浜湾の北岸、幅わずか350mほどの砂洲の内側を走っていた。砂丘なので、海は見えない。

ガソリンの価格が書かれた看板があったので、給油しようと思った。しかし、見当たらない。ふと、海へと続く小径を覗くと、アポロが見えた。

残念ながら休業日だった。なんという立地だろう。砂丘に建つ、美しい建物。隠れ里のようだ。松の向こうは日本海である。



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ミニマム給油所

出光

鬼志別駅跡の一角に、真っ白な建物をバックにして真っ白な防火壁を持つ給油所があった。残念ながら営業していなかった。

「アイランド」というにふさわしい、もっとも効率のいい位置にある計量器。防火壁側には灯油の計量器。出光を示す朱色の…これはサービスルームではない、用品庫とでもいうべきか。ここがガレージになるわけでなし、一体、何が入っているのだろうか。

店員は向かいの建物に常駐しているようだ。


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広尾線・大正駅(跡)前に建つアポロ

出光

大正の駅跡近くにぽつんとある出光の危険品庫。ガスボンベ保管庫だと思うが、両側面にはしっかりとアポロマークと出光のロゴ。ここはかつて給油所だったのだろうかとも思ったが、古い空中写真を見てもそのようには見えない。燃料店だったのだろうか。

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