『東京の微地形模型』展で公開された微地形模型が、さらに豊かなコンテンツになった。東京・神保町の南洋堂書店で、6月16日まで『続編 東京の微地形模型』展が開催されている。
今回は、微地形模型に、プロジェクターでさまざまな映像を投射する、いわば「立体映像」。とにかく美しく、そして「微地形」が際立つ。すべての写真をアップするのもなんなので、以下、順不同で4点だけ。 写真だけでも十分美しいのだけれど、これだけは、実際に目で見てほしい。紙媒体で仕事している私からすると、こういう映像をどうやったら紙媒体(このブログも根本は紙媒体と同じ)で再現できるのか、そこばかり考えてしまうのだが、ここはじっくり鑑賞してほしい。1ターン15分、しかし、きっと3ターンも4ターンも見ていたくなることだろう。 宣伝用のyoutubeを共有しておく。 この『続編 東京の微地形模型展』は6月16日までの予定ではあるが、店主の荒田氏の意向では、今後も定期的に公開していきたいとのこと。もし16日までに見るチャンスがなくても、大丈夫だ。カシミール3D好きの人、あるいは地形が好きな人は、絶対に見ておくべきだ。 いろいろインスピレーションをいただいた。大変刺激を受けた映像であった。 <関連> [『東京の微地形模型』展] [スリバチカフェ@南洋堂/『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』] PR
カシミール3Dで地形図を「1/4倍」にしてつらつら眺めていると、大地のシワにもいろいろなものがあることに気づく。シワ、と書いたけれど、地形の「山」と「谷」は、圧縮されて「シワ」になったものもあれば、水で谷が刻まれた「スジ」もあろう。それらを総称してシワと書くが、シワにはある程度の法則性があるはずだ。
とはいえ、ここでそれを解説することなどできないので、見た目で気づいたことなど。 ●骨格系のシワ 南北の尾根は硬く、まるで背骨。そこから直角に東と西へ尾根が延びている。おそらく「谷が刻まれている」というほうが適切なんだと思う。 あてずっぽうだが、ここには南北方向に硬い地層と軟らかい地層が交互にあって、軟らかい部分が侵蝕された結果、このようになったのではないだろうか。 ●散在する骨格系 北海道の稚内付近。どれも同じ方向を向いている。ということは、どれも同じような地質なのだろうか。 それぞれを埋める形の平野部は、これもあてずっぽうだが、もとはこれほど平坦でなかったものを、地形改良を重ねて川を狭い範囲に封じメル事に成功し、ここまで平地を増やしたのではないか。 こうしたシワは、場所によっては三葉虫の化石のようにも見えることがある。 ●大地の引っ掻き傷 もし古代の人が地形を上空から眺めたら、きっとこの地形を畏怖するに違いない。もともとの地形を無視して縦方向に引っ掻いたかのような起伏がある。 偶然とは考えられない。どういう理由があるのだろう。 ●台地のようなもの なお、この図は陰影を深くしている。 ●二重稜線のように見える場所 二重稜線は不思議なもので、飯豊連峰で歩いたことがある。その間は湿地にでもなりそうだが、くぼんだ草原だった。対して秋田のここは、二重稜線の間の谷はそれなりの標高差があるため、水の通り道になっているだろう。
* * *
以上、すべてカシミール3Dで作成。カシミール3Dがなければ、こんなことには気づかない。毎日毎日、眺めている。多謝。
数値地図。PCで閲覧できるこの数値地図に、とっくに廃止になった路線が描かれていて驚くことがある。
当然。数値地図化する際にはその地図を使うため、こうして渚滑線が残ってしまったわけだ。 これは誤記ではなく経年変化について行けていない例だが、地形図にも誤記はある。二種類あって、一つは登山道などが実際の位置と微妙に異なるもの(資料を基に地形図を作成するときなどにできやすい)、もう一つは完全な誤記、単純ミスである。 上の地図、よく見ると。 ◎ゆうちんない ×おちんない どうしてこうなった? 地名は「おちんない」で正しい。真偽は不明だが、「おちん」がよろしくないとして駅名を「ゆうちん」とした、と聞いたことがある。国鉄は平気で漢字や読みを現地と異なるものにするので、ありうる話だ。 * * *
次。 新潟交通の電車線が載っている。これは数値地図50000「新潟」平成17年10月1日版。次の平成22年5月1日版では、残念ながらなくなっている。 …待て。ここもおかしい。 ◎ひがしあおやま ×ひがしおおやま 開業年からして、もしかしたら昭和50年代にした誤記がそのまま受け継がれたのかもしれない。 (地図はすべてカシミール3Dを使用した)
『カシミール3D』で北海道の地図を閲覧する、という作業をずっと繰り返している。標高データと組み合わせた地図を拡大率を小さくして地形図を見ていると、思わぬおもしろさを発見する。
…といいつつ、地形とは関係ない、おもしろい表現をひとつ。 (地図はすべてカシミール3Dを使用した) 上春別。 中西別。 西春別。 地名表記が、あたかも市街地を囲む城壁のように配置されている。 文字の配置は地形図製作者のセンスによるものだろうが、これは遊びの要素も含まれるのだろうか、それとも何か一定の決まり事に沿って配置したらこうなってしまうのだろうか。 広い地域で見ると、こんな分布。 ●おまけ
十勝三股の地形に関連して。
今現在、『カシミール3D』解説本の制作作業中なのだが、テストがてら旧版地形図を画像化したものに標高データを与えてみた。旧版地形図を画像化する際にはどうしても歪みが生じるため、厳密な重ね合わせはできていないので、その点はご了承いただきたい。 どちらもまだ「糠平国道」R273は開通していないため、その位置を、私が実際に走ったときのGPSトラックデータを載せてある。 ●20万分の1「北見」(昭和24年7月25日発行) 国鉄士幌線は十勝三股まで開業している。当時は盛況だったはずだ。『十勝の森林鉄道』によれば、昭和25年から33年まで、十勝三股から先は音更森林鉄道が木材の搬出をしていた。 まだ糠平ダムができる前で、ということは、糠平ダムの工事中および完成後も音更森林鉄道は稼働していたのであり、それにしては音更森林鉄道はあまりに知られていない気がする。 これを見ると、三国峠(赤いルートが超えている峠。実際はトンネル)の右にあるかなり低い鞍部、勝北峠(三股と置戸を結ぶダートの抜け道)のほうが、置戸や北見に抜けるのにはいいのがよくわかる。三国峠を越えるのは、層雲峡を抜けて上川盆地を目指すためだとは思うが。 ●5万分の1「ニペソツ山」(現:糠平、昭和30年8月30日発行) なぜか、士幌線がまったく入っていない。大正9年の時点では、まだ上士幌までしか開通していなかったのだが、図歴を見ると昭和24年にも資料修正をしている。なぜ、二度目の資料修正でも鉄道を書き入れなかったのだろうか。 赤い線が現在の道路。左に突出した凸の下側にあるループ状の赤は、かつて糠平駅があった場所。その北側を一直線に三国峠に向かうルートを見ると、糠平国道の規模がわかるというものだ。 鳥瞰図は2点とも、DAN杉本氏のカシミール3Dを使用して作成した。 ちょっと仕事が忙しく、お茶濁しのようなことしか書けていないが、いずれ。 |
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