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20120224.jpg練馬区内の、環七外回りにある空き地。「空き地」としか形容のしようのない空間。

ここは、環七が整備されて以来、ずっと空き地なのだろうか。

環七に限らず、かつてあった畑や宅地の区割をほとんど無視して直線的に道路が作られる際には、こうした場所が多く現れる。画面右に見切れているビルは、上空から見ると三角形だったりする。土地が三角形に切り取られても、そこそこの面積があれば、活用できる。

ここに環七が通る前はどうだったのか、などと考えて古い航空写真を見ても、そもそもこんな小さく区割されておらず、広大な畑だったりする。また、1974年の航空写真を見ても、この大きさでは当時どうだったのかまでわからない。ここに家があったことがあるのかないのか。それだけが気になる。




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新潟県中越地震。書きたいことは山とあるが、今回は、12月10日に開催された『地図ナイト2』会場で買った『マップMEMO』に関することを書く。

20111210_000.JPG『マップMEMO』とは、更新されて販売できなくなった地形図の裏をメモ用紙としたもので、75枚綴り。2万5000図、5万図、20万図が適当にばらけており、いくつか重複もある。地形図も「1枚」ではなく「部分」とすることで、またおもしろい発見があることを教えてくれる、とてもメモにも使えないものである。それでいて、100えん!

パラパラめくっていたら、山古志の地図があった。

20111210_002.JPGこの地図は見覚えがある。『山さ行がねが』で繰り返しレポートされていた地域だ。下部のため池は、地震でできてしまった「天然ダム」だ。南側に導水路を掘り、芋川(この地図の範囲外、南にある。それが南に流れ、魚野川に合流する)に結んでいる。

(周辺図)
20111210_005.jpg(赤枠が上の写真および後述する地図の範囲)


この『マップメモ』には、たくさんの×印がある(黄色で強調)。間違いなく、震災で通行止めになったことを意味している。一部を拡大してみよう。
20111210_001.jpgいろいろ比較してみると、どうやらこれは過渡期のものらしい。国土地理院のサイトから、図歴を震災の日付と共に確認してみると、次のようになる。

●2万5千分1図名: 小平尾 おびろう

・平成13年(2001年) 修正 平成15年(2003年)6月1日発行
 ・平成16年(2004年)10月23日 新潟県中越地震
・平成18年(2006年) 更新 平成18年(2006年)1月1日発行
・平成19年(2007年) 更新 平成22年(2010年)2月1日発行(現行のもの)

これから考えるに、『マップMEMO』に収録されたものは、平成18年更新のものに違いない。震災以前はこの天然ダムもないし、周辺の道路もまったく異なるから、平成13年修正ではありえない。

カシミール3Dの解説本に収録されている地図と「山旅倶楽部」の地図で見てみた。

●山旅倶楽部(改訂)
20111210_004.jpg平成23年(2011年)4月にリリースされた物である。おそらく、当時入手できる最新の数値地図を使用している。

冒頭の、×印が多々ある地図より、さらに最新の情報に更新されている。本図が収録されている数値地図25000「高田」は平成19年(2007年)10月1日に刊行されているので、紙の地形図の現行版に等しいと思われる。『山さ行がねが』で活用されたのも、この版であろう。

●『カシミール3D GPSで山登り』(平成19年<2007年>4月刊)収録の地図
20111210_003.jpgこれは震災前のものだ。数値地図が改訂される前のものなので、旧版となっている。カシミール3D解説本は、刊行時に「入手できる最新の地図」を使用しているのだが、数値地図25000高田の前回版は平成17年(2005年)9月1日刊行であり、そこに収録されているのは平成13年版であった。


あいにく、地形図の図式に明るくない。しかし、冒頭の『マップMEMO』にある×印は、通行不能箇所を図示したものだろうことは予想がつく。中越地震の傷跡を記録したものが、4年間、売られていたとは。そして、その版のものは、数値地図として売られていないとは。その版が、今後、売られることはまずないだろう。永遠に、その版は「旧版地形図」の中に閉じ込められてしまった。残念だ。

『マップMEMO』からの偶然の出会いで知った、中越地震復興の記録であった。


(写真に撮ったものは『マップMEMO』、それ以外はカシミール3Dと山旅倶楽部を使用した)


関東と新潟をつなぐ国道17号が通過する三国峠。鉄道はその西北、茂倉岳直下をトンネルでパスしている。こうした「鉄道と道路が別のルートで峠越え」をするパターンは全国にいくつもある。新潟県人ならば、この三国峠に対する思い入れはそれぞれに深いものと思う。21年前、自転車で越えようと思ったのも、そうした思い入れのひとつである。
R17自転車行旅(1)
R17自転車行旅(2)
R17自転車行旅(3)

20110912-03.JPG(三国隧道群馬側坑口)

その後、バイクやクルマで何度となく通過している。つい先日もバイクで往復してきた。そのときに、改めてというか、やっとというか、気づいたことがある。群馬側を見ると、なんとスケールの大きな峠なのだろう、と。福島県・山形県境の大峠ほどではないが、「中峠」くらいではあると思う。群馬側を登り、新潟側に降りると気持ちいいのは、それが理由に違いない。

群馬側は、新三国大橋(国道17号 群馬県)の項でも書いたとおり、新三国大橋から峠が始まる。忠実に尾根と谷をトレースしながら標高を地道に稼ぐ峠越えで、いまとなっては狭苦しい印象も受ける。もし関越道がなければこれらの尾根と谷をトレースするルートはトンネルと橋でどんどんショートカットされるのだろうが、もうそれもないだろう。

20110912-06.jpg(カシミール3Dを使用)

ルート断面を見ると、その地道さがよくわかる。左が新三国大橋、右が三国隧道である。
20110912-05.jpg横軸は水平距離、縦軸は標高。その比率は1:5としてある。赤い線はGPS端末で取得したトラックデータ。カシミール3Dを使用したものだ。約10kmで400mほど標高を稼ぐのがわかる。

三国隧道の群馬側の坑口の標高は1084m。そこから新潟方面に向かってゆるい下り勾配となり、新潟側の坑口の標高は1076m。隧道内の照明は、私が21年前に自転車で通ったときよりもずいぶんと明るくなっている気がした。

20110912-02.JPG新潟側坑口。

新潟側に入ると、一気に下る。道がとてもよくなるのだ。

20110912-09.jpg基本的に、谷筋に沿ってまっすぐ走っている。面白いのは、その谷筋の選び方で、浅貝川(清津川の支流)→火打峠→二居川→二居峠→清津川→芝原峠→越後湯沢、というように、谷筋に沿うために、いくつかの小さの峠越えがある。これが、自転車でくると堪えるのだ…という話は余談か。

断面図を見てみよう。
20110912-07.jpg右が三国隧道、左が二居隧道。10km使って標高差250mほど。しかも途中に標高差70mほどの登り返しがあるのでそれを差し引くと、約6kmで250mほどの標高差となる。群馬側と高倍率はあまり変わらないのがわかるが、道が直線状であるため、そんな印象は受けない。

20110912-08.jpgその続き。右端は二居隧道、左端は柴原腹峠付近(トンネルのためGPS衛星を見失っているのでデータは参考値)。こちらも高倍率はそれほど変わらない。


これらをまとめると、
・群馬側は、峠区間は短いが、道はカーブだらけ
・新潟側は、峠区間が長いが、道は直線状
ということになる。

また、
・群馬側は、新三国大橋からカーブに番号がつけれていて、「55/55」になると「ついにトンネル!」
となるのに対し、
・新潟側は、浅貝の集落を過ぎ、ちょっと行くと「もう三国隧道かよ!」
となるので、峠越えの感動がない。

走る場合…違う、登る場合、どちらが楽しいか? 群馬から新潟に行くのが楽しい、というのは、バイク乗りならばわかってくれるだろう。クルマの場合は、逆のほうが遅いクルマに遮られることが少ないので、逆のほうが印象がいいかもしれない。

国道17号は、近年の渋川以北の付け替えもすごいので、今度は旧道を中心に原付でゆっくり行ってみようと思う。

 
東京・神保町の南洋堂書店で開催されている東京の微地形模型』展に行ってきた。

20110811_001.JPGどういうものかというと、東京の新宿以西くらいの範囲の地形データ(国土地理院が提供している5mメッシュ標高データ)をカシミール3Dで読み出し、7500分の1にして立体的に起こしたもの。実際のサイズは1500mm四方、厚さは最大で60mm。高さは8倍強調としている。上の写真は、北を右として写している。わたしの東京の認識はこうなのだ。

地形はおわかりだろうか? 右上から手前に縦に流れる谷は、目白通りと神田川。上のほうが高田馬場。右下の盛り上がった台地は、JR山手線が上野を出て日暮里に向かう途中で車窓左に見える断崖、その上にある三つの四角形が不忍池。山手線の地形も浮かび上がるので、私は同定するのに皇居と高田馬場を用いた。

いままで、国土地理院が提供する5mメッシュや10mメッシュの標高データとカシミール3Dを用いて東京の地形を立体化して眺めては喜んでいたが、このように立体的になると、これはまた違った面白さや発見がある。主催者・制作者の店主・荒田氏がおっしゃっていたのだが、谷の両側の角度が異なるなど、一枚の静止画像であるカシミール3Dで描いたものからは気づかないことに気づくことに、驚いた。

20110811_000.JPG駿河台を真っ二つにする神田川。



この展示、お盆シーズンは終了が早めだが、27日まで長期間、展示されているので、ぜひご覧いただきたい。

なお、現地には、高額な『五千分一東京図測量原図』などが閲覧できるようになっている。



ずいぶん以前から気になっている地名がある。ダイソーの「北海道全図」という小縮尺の地図にも記載されている字名だ。もちろん、国土地理院の20万分の1地勢図にも載っている。ただ、現在はその字名はないようだ。

303213e9.jpg(DAN杉本氏製作のカシミール3Dを使用)

地図では「A」とした。

このような地名は、えてして地主にちなむ。ここがそうであるかはまったく調べていないが、まあ、似たようなものだろう。

では、その「16万坪」とは、どのような大きさだろうかというと、上の地図で半透明の赤い四角の部分「B」、これで16万坪である。16万坪とは、言い換えれば52万8000平米。ルートを出すと、約726.6m四方。なんだ、「16万」という言葉の響きからして、もっと大きいと思っていた。これくらいの土地なら、とくに農家ばらば持ってる人はゴロゴロいるだろう…。


ここで、私の夢を。私は、1km四方の土地を所有してみたい。その気になれば、そして選ばなければ、いまの生活をうっちゃれば入手することは可能なんだろうなあ、とは思っている。その理由はと言えば、100万分の1の地図(北東北の東西幅が15cmくらいになる地図)でさえ、1mm四方に相当するからだ。地図に載りたい、みたいな、空虚な欲求だが、夢のある欲求……だと自分では思っている。


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