この工事については90年代だったか、確かピクトリアル誌に小倉工場勤務の方による記事が載って広く知られるようになったと記憶します。ただ当該号がいつだったか…探してみましたが見つかりません…
— 貝島 コロ助 (@kaikoro11) July 18, 2022
いつも横からすいません。大物車の香りに引き寄せられまして。
— なべや (@smhi444bb) July 19, 2022
昭和32年2月27日に発生した,シキ253(形式シキ40)による事故ですね。
新芝浦→筑前山家で輸送中の東芝製変圧器が跨線橋を引き落としてしまったようです。
目的地まであと少しのところでした。
出典:車両と電気8巻5号
写真の都合で(他の人の写り込みをなるべく避けたため)盛大に歪んで写っているが、もちろん実際にはきちんとした形をしている。ここまで行くとデパースするのは無理なのでこのままで。
背面を見ると取水堰の管理棟のようだ。
内部は狭い。すれ違うのがやっとだ。もっとも、必要にして十分なのだろう。
なかなか読みづらい銘板。
東日本大震災の影響で分断されている常磐線の、関東側の最北端にあたり竜田駅。18きっぷシーズンとはいえ、乗降客はまばらだ。2面3線あるホームは、駅舎から遠い3番線のみを使っている。
このように、駅本屋と直結する1番線と、2番線・3番線ホームとの間は、線路を横断する形で通路が設けられている。写真に写っている場所と、撮影時に立っていた場所の2箇所。
跨線橋は必要がないからだろう、簡単な柵がしてあった。跨線橋そのものは、桁タイプである。
駅の北側の踏切からホームを見る。ここまで列車は入ってこないため、既に線路は草で覆われている。
その反対側、北を見る。写真に見えている架線柱で、架線は終わっている。そのように改変されたのだ。
線路脇の雑草の背丈が高かったので近づいてよく見ることはできなかったが、写真の電柱が架線終端、碍子を挟んでその末尾に錘がぶらさがっている。
上り線の場内信号機は、バツ印が打たれていた。
橋脚は壁式のような形。跨線橋部分はコンクリート主桁。5主桁の上に張り出し部分を含めて床版がある。まさに「橋」。
階段内部。外観のとおり、踊り場はあるものの、天井は直線。
橋脚にあった銘板。
豊富駅舎。昭和41年築なので、跨線橋とほぼ同時ということだろう。当時の国鉄設計の流行に従い、腰部はタイル貼り、窓および窓上は大きなガラス張り。北海道らしく、煙突が2本抜けている。
内部。無人化から30年近くたっているものの、駅事務室が喫茶店「きっさ ステーション」に改装されて人が常在しているためか、まるで有人駅のようなぬくもりがある。改札口の箱も、おそらく出札・集札を区切っていた人研ぎの仕切りも健在だ。
非常に特徴的な駅舎のカプセル駅 上下浜駅は、跨線橋もちょっと変わっている。写真左手が海側、右手が山側。階段部、海側と山側が線路を挟んでの線対称ではなく、それぞれ同じ向きで同じ外観をしているのだ。
海側。写真は上りホーム。上部の平行四辺形は明かり取り窓。踊り場から下は塞がれている。下りホームの階段も、同じく海側がこうなっている。
山側は、開閉可能な窓がついている。そしてなにより、柱がむき出しになっている。
階段。右の開閉窓が山側、左の窓がないように見えるのが海側。
桁部。こちらはオーソドックスな造り。腰板に鋲が見えているのでる、いささかチープな感じになる。蛍光灯は軸方向とは直角。
銘板その1。上りホーム(山側)の橋脚の海側にある。
銘板その2。下りホーム(海側)の橋脚の山側にある。上のは、銘板その1と同じ。下を記す。
跨線橋裏側。橋脚が4本とも、線路と平行の壁式であることがわかる。