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西小倉駅の跨線橋はク5000の下回りなのか

跨線橋

 
西小倉駅の跨線橋は、特殊な構造をしている。3本のホームに2本の異なる桁を通しで架けていて、通路部分は一体化しているのだ。しかも、博多側の桁が、ク5000の台枠だと言われている。写真は鹿児島本線の5番線から、同3・4番線と日豊本線の1・2番線側を見たもの。

 

2・3番線を跨ぐ桁。写真上が、台枠と思われる桁。連結器の緩衝器を納めていた窪み、台車中心ピンがあったと思われる枕梁、タイヤ用の溝などが見える。

 
こちらは4・5番線を跨ぐ桁。こちらは枕梁がない。台枠だとして、ク5000の車体長は20.5m。しかし、複線幅しかないので、せいぜい10mというところ。切り詰めたのだろうか。切り詰めたとしたら、それぞれの写真でボルト留めしてあるところが2ヶ所あるので、そこで詰めたのだろうか。どちらの桁も、ボルト留めしてある部分でタイヤ用の溝が途切れいてる。

 
小倉駅側から博多駅側を見る。

 
通路部分。写真に見えている通路が、台枠の上だ。左の通路との間の支柱はそれぞれの桁で設置されていて、こちら側の太いものの形(幅)を見ると、ク5000の側板にも見える。しかし、ク5000の側板高さはせいぜい1.6~1.7m程度であり、通路の天井高さは2.3m程度はある。側板そのままではなさそうだ。

西小倉駅は、開業時から日豊本線のホームしかなかったが、1987年10月に鹿児島本線にホームが設置され、その際に跨線橋も設置された。最初から跨線橋はこの形だったのか、それとも最初はどちからの1本で、あとから添接されたのか。空中写真などではわからなかった。

***

twitterにアップしたところ、貝島コロ助さんより、下記の貴重な情報をいただいた。ありがとうございます。



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転車台の桁を転用した多賀第3跨線人道橋

跨線橋

 
直方に、転車台の桁を転用した跨線橋がある…と聞いたのは、@golgodenkaさんからだったような気がする。おそらく知ってから十数年、ようやく見に行けた。バイクでは、九州中南部へ行っても、福岡というのはツーリングの対象にしづらいのだ。

筑豊本線の複線と伊田線の複線、合計4線を一挙に跨ぐ。元は転車台の桁ということで、桁裏の中央部にピンの気配があるのではないかと思うが、見た限りはわからなかった。

 
一端はこんな。神社の参道に階段が取り付いている。他端は桁の高さでそのまま直方市石炭記念館の敷地に入っていく。転車台の桁は、本来100トンかそれ以上の荷重を受け止めることができるものだ。それは正しく支持されたときの性能だとはいえ、跨線歩道橋に転用された桁は、相当なオーバースペックといっていいだろう。

 
これは石炭記念館側から見たもの。

石炭記念館の説明によれば、直方駅には転車台が三つあったとのこと。いまは一つだけが残る。残り二つのうちどちらかが転用されたのだろうか、それとももっと別の場所から持ってきたのだろうか。

【追記】2022.7.19

とのご教示をいただいたので、検索すると、国会図書館のデジタルアーカイブにあった。


アーカイブのURLはこちらの32ページ。登録すればアクセスできる。





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直別駅のハーコート製跨線橋

跨線橋

昨年末、「上厚内駅の跨線橋はハーコート製」という情報がtwitterで入ってきたあと、@Einshaltさんと、末尾にあるようなやりとりをした。なんと、直別駅の跨線橋も同様ではないかというのだ。

 
跨線橋にしては、頑健にすぎる。歩道橋なのだから、プレートガーダーとしても、こんな強度はいらないだろう。

 
プレートガーダーの中央に、銘板がある…が、あいにくレンズは105mmまでしか…

 
拡大しても、塗料がひび割れていて、全然わからない…。


 
上に上がると、左右のプレートガーダーは、直別駅のホームのように位相をずらして並行している。

 
 
西側のプレートの、階段と接する部分は、本来の「端部」のように見えるが、後述するように桁裏を見ると下フランジは端部まで達しているので、階段と接す津部分からプレートが欠き取られ、そこに補剛材が「偶然」見えているのだろう。他端は切断されている。

 
 
となると東側の階段に接する部分には垂直の補剛材がない。他端は切断。

 
 
東側。やはり銘板があるが、読めない…。

 
 
左右のプレートをつなぐ横桁は、本来のものを転用しているのだろう。鋼床版との接続部はボルト留めだ。

* * *

さて、twitterでのやりとりは、こんなである。



今回、現地を訪ねたのは月曜日。浦幌町立博物館は休館日だったので、立ち寄れなかった。後刻、同(非公式)さんからお声がけをいただいたのだが、また今度おじゃまします。





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改修された古津駅の跨線橋

跨線橋

カプセル駅 古津駅に跨線橋の写真を掲載しているが、2017年6月に訪ねたところ、改修されていた。

(旧)


(現)
 
 
屋根などはそのままなので、内張・外張を撤去、骨組みを露出させて一部取り替えて耐候化、桁部分は窓の数が違うのでサッシも取り替え…だろうか。




かわいい駅舎(旧記事より)。



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馬下駅の跨線橋

跨線橋

写真の都合で(他の人の写り込みをなるべく避けたため)盛大に歪んで写っているが、もちろん実際にはきちんとした形をしている。ここまで行くとデパースするのは無理なのでこのままで。

コンクリート製の比較的新しい跨線橋。

背面を見ると取水堰の管理棟のようだ。

内部は狭い。すれ違うのがやっとだ。もっとも、必要にして十分なのだろう。

なかなか読みづらい銘板。

施工 株式会社木下組
概要 階段部 鉄骨及び鉄筋コンクリート造
       巾=1.5m
   基礎 RC杭 Φ300
      本屋側 L=6.0m 16本
      向側 L=7.0m 24本
しゅん功 昭和57年7月


かつて、磐越西線はどの駅も構内踏切だった気がする。あるとき、跨線橋がついていて驚いた。この跨線橋の竣功年から見ても、昭和50年代終盤に要所でなされたものと推測する。いまは棒線駅になってしまった鹿瀬駅にも跨線橋が架けられた。もちろんいまは撤去されている。はかない命だった鹿瀬駅の跨線橋にくらべれば、この馬下駅の跨線橋はきちんと機能している。



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竜田駅の跨線橋と常磐線の終端部

跨線橋

東日本大震災の影響で分断されている常磐線の、関東側の最北端にあたり竜田駅。18きっぷシーズンとはいえ、乗降客はまばらだ。2面3線あるホームは、駅舎から遠い3番線のみを使っている。

このように、駅本屋と直結する1番線と、2番線・3番線ホームとの間は、線路を横断する形で通路が設けられている。写真に写っている場所と、撮影時に立っていた場所の2箇所。

跨線橋は必要がないからだろう、簡単な柵がしてあった。跨線橋そのものは、桁タイプである。

* * *

駅の北側の踏切からホームを見る。ここまで列車は入ってこないため、既に線路は草で覆われている。

その反対側、北を見る。写真に見えている架線柱で、架線は終わっている。そのように改変されたのだ。

線路脇の雑草の背丈が高かったので近づいてよく見ることはできなかったが、写真の電柱が架線終端、碍子を挟んでその末尾に錘がぶらさがっている。

上り線の場内信号機は、バツ印が打たれていた。

周辺は帰還困難区域であり、小学校も移転している。とはいえ人の姿はあるし、防犯のため、巡回のクルマが走っている。




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豊富駅の跨線橋

跨線橋


 
JR宗谷本線豊富駅の跨線橋。なんとなく、不格好に見える。冒頭の裏側から見たものは水門のように見える。また、階段部ともに窓が大きいからだろうか。…いや、それもそうなのだが、よく見ると、階段部の窓の位置が不揃いだ。

橋脚は壁式のような形。跨線橋部分はコンクリート主桁。5主桁の上に張り出し部分を含めて床版がある。まさに「橋」。

階段内部。外観のとおり、踊り場はあるものの、天井は直線。

橋脚にあった銘板。

豊富駅こ線橋
設計 旭川鉄道管理局
施工 株式会社富田組
構造 桁 PC桁 全長 14M20
   階段及び脚 鉄筋コンクリート造
   きそ RC桁D=0M26 ℓ=8M0 本数40本
着手 昭和41年6月
しゅん功 昭和41年8月

 豊富駅舎。昭和41年築なので、跨線橋とほぼ同時ということだろう。当時の国鉄設計の流行に従い、腰部はタイル貼り、窓および窓上は大きなガラス張り。北海道らしく、煙突が2本抜けている。

  内部。無人化から30年近くたっているものの、駅事務室が喫茶店「きっさ ステーション」に改装されて人が常在しているためか、まるで有人駅のようなぬくもりがある。改札口の箱も、おそらく出札・集札を区切っていた人研ぎの仕切りも健在だ。







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上下浜駅の跨線橋

跨線橋

非常に特徴的な駅舎のカプセル駅 上下浜駅は、跨線橋もちょっと変わっている。写真左手が海側、右手が山側。階段部、海側と山側が線路を挟んでの線対称ではなく、それぞれ同じ向きで同じ外観をしているのだ。

海側。写真は上りホーム。上部の平行四辺形は明かり取り窓。踊り場から下は塞がれている。下りホームの階段も、同じく海側がこうなっている。

山側は、開閉可能な窓がついている。そしてなにより、柱がむき出しになっている。

階段。右の開閉窓が山側、左の窓がないように見えるのが海側。

桁部。こちらはオーソドックスな造り。腰板に鋲が見えているのでる、いささかチープな感じになる。蛍光灯は軸方向とは直角。

銘板その1。上りホーム(山側)の橋脚の海側にある。

上下浜駅こ線橋
設計 信濃川工事局
施工 株式会社加賀田組
設計大要 橋脚鉄筋コンクリート造 H=5M81 栗石厚0M30
着手 昭和47年2月1日
しゅん功 昭和47年3月31日

銘板その2。下りホーム(海側)の橋脚の山側にある。上のは、銘板その1と同じ。下を記す。

上下浜駅こ線橋
設計 信濃川工事局
施工 株式会社加賀田組
設計大要 通路上家1箇所 階段上家2箇所
着手 昭和47年3月1日
しゅん功 昭和47年4月30日

跨線橋の通路部分は、階段上部と、桁上部で分けて考えているのがわかる。また、着手・竣功はそれぞれ階段部より1カ月遅い。

跨線橋裏側。橋脚が4本とも、線路と平行の壁式であることがわかる。






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小島谷駅の跨線橋

跨線橋

小島谷駅舎の続き。

小島谷駅の跨線橋は、鉄筋コンクリート製の近代的なものだ。踊り場はあるが屋根はストレート。

1日に何本か、この駅で列車交換がある。活用されている鉄道施設を見ると、なぜか嬉しい。


伊予大洲駅のフルカバード跨線橋

伊予大洲駅のフルカバード跨線橋

跨線橋

特急の車内からの無理矢理の撮影なので写真がひどいのだが…

伊予大洲駅の跨線橋だ。フレームは古レールで、プラットトラスに組んである。階段部に2パネル(下記の赤い部分)あるが、

/|/|\|/|

となっている部材からして、跨線部分の構造としては、右端の1パネルは関係ないのだろうか。

脚は覆われている。おもしろいのは下部がコンクリートブロックに囲われている点だ。その上は羽目板で覆われている。

跨線部分は縦の羽目板と縦三段の桟付きの窓。階段部分の窓は桟つきの平行四辺形のもので、踊り場はない。

列車が動き出した瞬間に階段部分を撮る。窓を見ると、上の二つは原形だが、下の三つはおそらく窓が外され、窓の桟とは別の割り付けで部材を入れた上で浪板を貼ってある。

色はベージュだが、画像検索すると水色のものが出てくる。塗り替えたばかりのようだ。






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