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備後落合駅の駅便

備後落合駅の駅便

駅のトイレ

20121216_001.JPGトイレを見るクセがある。用もないのにのぞく。きれいだと安心する。温泉旅館からショッピングモールまで。別に用を足すわけではない。駅の外にあるトイレも然り。地方の駅ではまだまだこうしたトイレが現役で、とても嬉しい。

…ということを無意識にしていたのだが、写真を撮ったのはこの2009年の備後落合駅が最初かもしれない。誰も周りにおらず、まだ吊り下げられた「便所」の看板に惹かれたような気がする。

20121216_003.JPG便所。LAVATORY。

そして、街灯。

トイレは使ったけれど、このころは中の写真は撮らなかった。なんとなく、撮っちゃいけない気がしていた。もちろんこうしてアップすることなど考えてもいなかったのだが、後日、こういう、どちらかといえば新しくされがちな施設、でも大切にされている施設こそ記録が少ないんじゃないかと思うようになった。

20121216_000.JPG備後落合は、山間の小駅ではあるが、かつては交通の要衝だった。西条川と小鳥原川(ひととばらかわ)が落ち合う地点にある、わずかな平地。ここから、芸備線と木次線が別れる。

小鳥原は難読地名だ。いま国土地理院のウオッちずを見たら、ルビの振り方がずれている。

写真は早朝の駅。山間部の狭い平地ということがよくわかる。ワンマン運転用のミラーが邪魔だとかは思ってはならない。

20121216_002.JPG駅舎も大きい。運転の要衝であることは今も変わらないため、休憩施設としてか、おそらく3部屋あり、エアコンの室外機も三つある。

この駅が宿泊施設になったらいいのに、と思う。


鉄道旅行で、備後落合で乗り換える方は多いと思う。ぜひ駅便をご覧いただきたい。


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ダッジ

ダッジ

廃道

20121213-04.JPGここを走り下りてきて、エンジンを止めたのだろうか。

ここは山の尾根。かつては木材の搬出に使われた道。ちょっとだけ再度を高めてはいるが、全体的に真っ赤だった。赤い落ち葉と、樹木の濃い茶と、茶色に錆びたダッジ。

20121213-01.JPGへたり込んでいるようにも見える。

20121213-02.JPG荷台にはヤマザクラ。春先には花が咲くという。来春に再訪しようかしら。


これも、丸田祥三さんと『廃道 捨てられし道』の撮影に同行させていただいたときのもの。丸田さんの作品はカバー裏面に掲載されている。

今回掲載した写真は3枚とも彩度を少し上げている。でも、現地の印象は、1枚目のような一面のオレンジ色だった。
 

DTH57形台車(東武ED5010形電気機関車)

DTH57形台車(東武ED5010形電気機関車)

鉄道車両の台車

DTH57、というのかはわからない。wikipediaにそう書いてあっただけで、他に資料がないのでそうしておく。

20121215_000.JPG東武博物館に保存してあるED5010形5015号。ピカピカ。これがまた、触れる状態である。

20121215_001.JPGDTH57形台車。目を引くのは台車枠側面(側梁)が弓形(凹型)であることと、枕梁がコイルバネ1本+ダンパであることだ。

枕バネの真上、側受の上のスペーサーが何段にもなっており、とてもバランスが悪い。

20121215_002.JPG座屈しちゃうんじゃないのかと思うような側受。上揺枕は枕木方向に弓形で、ものすごく太いこともわかる。

20121215_003.JPG対して下揺枕は華奢だ。もっとも、これは左右の枕梁受け(とでも言おうか)をつなぐくらいの役割しかないのかもしれない。

左右の側梁をつなぐ台車枠の中梁の太さと、その間に見える上揺枕に比べ、下揺枕のなんと頼りないことか。いや、単なる印象だけれども。


こういう、鋼鉄の塊感がとても好きだ。



東北新幹線と東海道新幹線の直通に関する大雑把な数字

東北新幹線と東海道新幹線の直通に関する大雑把な数字

鉄道

12月13日夕方、こんなツイートが流れた。

例の発言をした議員だったので(そのときはスルーしたのだけれど)「またこいつか」と思って取るに足らないみたいなことを書いてしまった。

東北新幹線と東海道新幹線のホームがこうなった経緯については国鉄時代のことから知っているし、元々、新幹線は速達型/各停型という運転系統で、仮に直通するなら速達型で青森→仙台→大宮→東京→新横浜→名古屋→京都→新大阪、のような形になる、と考えている(根拠はない)。だから、例えば福島→静岡、みたいな動き方をするには、仮に直通しても福島(やまびこ)東京(こだま)静岡、と乗り換える必要が出てくるので、直通するメリットを享受するには仙台→名古屋/新大阪、のような需要になるんじゃないか。その距離なら飛行機じゃないか、と考えていた。

だけれども、ちょっと数字が気になったので見てみた。閲覧したのは国交省が公開している「第4回全国幹線旅客純流動データの利用案内」である。2005年のもので、データの見方にはいろいろな注意点があるが、「①都道府県間流動表/出発地から目的地/交通機関別流動表/年間(平日・休日データ利用)」(H17_OD_2.xls)というものを使った。このデータは、かつて仕事でよく見ていたもので、各自治体が発表している数値と見比べたり、相対的な数値からいろいろ判断したりしていた。かなり重宝した数字である。

* * *

調べたのは、東北/上越新幹線エリアから、東海道新幹線エリアへの移動である。全部新幹線を利用しているとみなして以下の数字を書く。

20121214e.JPGexcelファイルを作成したが、元の数値があるものを再配布していいのかわからなかったことと、そもそもこういうブログ形式では表組みをうまく掲載できないので、ここでは画像化した。(数値のみのexcelデータはこちら

東北6県+栃木から、静岡県では1日1430人。中京圏へは1945人。京阪神へは1860人。滋賀・奈良・和歌山へは359人。締めて5595人。東海道新幹線は1編成あたりの座席が1323席なので、ざっと4本分ちょっと。これなら、1時間に1本くらい直通があってもいいんじゃないの? という気になってきた。同じデータから読み取る新潟県→東京は6540人/日なのだよ。

同様に、新潟・群馬から静岡県に新幹線を使う人は1日616人、中京圏へは904人、京阪神へは1121人、滋賀奈良和歌山へは178人で、合計2819人。東北方面からの半分だ。思った以上に大きい数字だ。

(2013年1月14日追記)
『須田寛の鉄道ばなし』(須田寛著)に数字が書いてあった。「東北・上越新幹線から東海道方面に行く人はOD値で9000人、これくらいの数字だから直通はしない」。というものだった。上記計算だと8414人。そう違わない。

* * *

ここに書いた数字は、条件も複雑だし、絶対値をすべて鵜呑みにされるとまずいと思う。東京→京阪神が年間863万人、1日2万3000人くらいにしかならない。私が知っている数値(年間3500万人、ただし往復)の半分だ。でも、相対的な数値の比率としては、ひとつの目安にはなるだろう。

こんな数字遊びよりも、国交省がこういうデータを持っているよ、ということをもっと広く知っていただければ幸いである。

専門家の方々で、もっときちんとした分析をお持ちの方もいらっしゃると思うので、ぜひご教示いただきたく思います。メールはめんどうなのでtwitterにてぜひ。

余慶橋(国道411号)

余慶橋(国道411号)

廃道

20121212_002.JPG丸田祥三さんと、某所のダッジを撮影に行く途中で見つけた橋の旧道。この橋を余慶橋という。ご覧の通りの2車線のプレートガーダーで、これを撮っている側が新道、新しい橋がかかっている。丸田さんが撮影されたこの旧橋は『廃道 捨てられし道』に作品として掲載されている。


旧橋は、ご覧のように突き当たりに土砂が積まれ、通り抜けができなくなっている。

20121212_001.JPGこれが新橋。この右に旧橋がある。それにしても、なんという位置に銘板があるのか。

20121212_004.JPGさて、旧橋。なんという場所に標識を建てるのだ。旧橋の親柱、それも橋名の銘板の前。親柱も「いっそ自分を撤去してくれ」と思っているにちがいない。

20121212_003.JPG反対側。昭和36年3月竣功、の銘板。3月は、このあたりはまだ雪に埋もれている時期ではなかろうか。

20121212_006.jpgどんつき。なんという場所に電柱が建っているのか、と思うかもしれないが、本来の車道はおそらくその手前を右に急角度で曲がっている。

20121212_000.JPGさて、反対側。こちら側はこのように土砂が新道ギリギリまで来ている。

20121212_005.JPGここから橋台までの間に土砂を捨てたようだ。


廃道を土砂捨て場にする例はときどき見かけるが、たいていは隧道を使っている。プレートガーダーなど、撤去して屑鉄にして売ればかなりの金額になるだろうに。なぜ放置してあるのだろうか。撤去費用も含めると元が取れない、というのも容易に想像はつくけれど。


 

国道411号の道路改良2題(丹波山村)

国道411号の道路改良2題(丹波山村)

廃道

20121211_003.JPGある取材のために、丸田祥三さんと国道411号を走っているときに見つけた道路改良の跡。まだ切り替えられて間もなさそうだ。都心の青梅街道とは似ても似つかぬが、ここはそこから続いている青梅街道、もちろん青梅はとうに通り過ぎている。丹波山村の役場にほど近い場所だ。ここは改良区間の東の端。

20121211_001.JPG2010年秋、11月下旬。肌寒くもあり、関東らしい気候でもあり。

20121211_000.JPG西の端はこのようにかなりの角度で新道に取りついている。もう少し段差があったら取りつきを諦めているだろう。

20121211_002.JPG丹波山温泉大橋。これが、新道に架けられた橋の名前だ。


20121211_005.jpg平成21年9月竣功。撮影時点で考えると約1年前だ。左に移っているのが前述の旧道。山側も谷側も法面でがっちりと固められている。そして、この橋よりも上を走っている。

すこし西に行くと、その続きの高さにまた改良跡があった。

20121211_004.JPGこちらは道が欠き取られ、新道に大きく侵蝕されている。こういうのは、なんだかちょっと悲しい。前述のように、まるまる残っていてくれたらいいのに。


 

日和田隧道(国道257号旧道/岐阜県)

日和田隧道(国道257号旧道/岐阜県)

隧道・廃隧道

20121210_000.JPG丸田祥三さんの撮影に同行させていただいたときに撮影したものである。丸田さんの作品は『廃道 棄てられし道』に収められている。

ここは、2泊3日で関西に取材に行ったときに、思いのほか順調に進み、3日目の予定に余裕があるのでどこかないか…とカシミール3Dで地形図を眺めていて見つけた旧道だった。地形図には、国道257号に「新日和田隧道」があり、旧道には隧道マークはないけれど、尾根を挟んで対峙しているルートがある。

その場で検索すると、例によってサイト『うさ★ネコサンド』さんがヒットした。とくに中部地方において、自分で行ってから情報を検索すると、ああ、ここもあそこも見落としていた、と気落ちしてしまう結果になる素晴らしいサイト。こちらの記事を拝見して、廃隧道があることを確認したので現地に向かった。上の写真は西口坑口である。

20121210_003.jpg扁額には、右書きで「日和田隧道」。左端に署名があるようだが、枝に隠れて見えない。

あまりこういう表現はしたくないのだが、周囲の湿った感じといい、夏の夕方という雰囲気といい、ちょっとまがまがしさを感じた。谷筋というのは湿っているものであり、そのドンつきにある隧道は湿った印象なのは当然ではなる。西側なので、日も当たりづらく、なおさらだった。

ここに国道から向かう際、採石場のようなものがあったので、一声掛けてから向かった。撮影していたら「そろそろ閉めるから」と、わざわざクルマでここまで声を掛けに来てくださった。ちょっとご迷惑をおかけした形になり、申し訳ない気持ちで反対側へ。

20121210_002.JPG東口。

ガードレールには…いや、なにも言うまい。

坑口は綴じられてはいるが、上は剥がれ落ちている。扁額は、やはり右書きで「日和田隧道」。こちらは扁額のアップを撮っていないので署名が読み取れない。

20121210_001.JPG引いて見る。手前には高さ制限3.6mの標識が傾いでいる。


詳しい情報は、うさ★ネコサンドさんの当該ページをぜひご覧ください。





北濃駅のナガラ1形

北濃駅のナガラ1形

鉄道車両廃車体

20121209_001.JPG長良川鉄道の終端、北濃駅のさらに奥に、ナガラ1形が2両、留置してあった。手前がナガラ1、奥はナガラ8だったと思う。この写真では前面窓のガラスがないように見えるかもしれないが、ちゃんとある。車両そのものは破損もなければイタズラもされていなかった。撮影は2006年9月。

20121209_000.JPG最初に見たときは、車体に落書きがされているのかと思った。よくある、スプレーでアルファベットが書くようなやつだ。近くて見るとそんなことはなくて、ちゃんと描かれたイラストだった。すみません。

いまもあるのかどうかはわからない。



ふくろう

ふくろう

独言・日記

20121209.jpg2006年夏、北上線周辺でファミキャンをしていた。キャンプも目的なのだが、裏の目的として毎晩、当時北上線を走っていたDD51重連が牽引するコンテナ列車を撮影する、というものがあった。まだポジの時代である。RXP400を抱え、+2と2/3まで増感して撮影していた。こうしてキスデジを持っていたにも関わらず、ポジだ。

往復、のべ2本を取り終えてキャンプ場に戻る途中のことだ。ほとんど無人の国道107号を走っていると、橋の欄干になにかいる。鳥だ。クルマが近づいたときに飛び立たれてぶつかられるのもいやなので、クルマのスピードを緩めて近づくと、なんとフクロウがこっちを見ていた。

助手席のヘッドレストにひっかけておいたキスデジ(ISO1600)を構えると、なんと飛び立ってしまった。残念! 写真は、あわててシャッターを切ったところ。もちろんクルマは停止中。

かつて山をよく登っていたときでも、ふくろうは見たことがなかった。だから、とても嬉しかった。
このとき毎晩おっかけていたDD51重連の貨物列車も、いまはない。

 

『ダムの科学』(一般社団法人ダム工学会 近畿・中部ワーキンググループ/ソフトバンククリエイティブ)

『ダムの科学』(一般社団法人ダム工学会 近畿・中部ワーキンググループ/ソフトバンククリエイティブ)

土木・地図の本

20121207a.jpgソフトバンクの新書はいくつか買ったことがある。先日、『ダムの科学』という本が出て、どうやら私のタイムラインでお見かけする方(フォロー関係にはないと思う)も関係しているようなので、買った。

ダム好きな方々が、どれだけこの本を楽しむのかわからないが、書名通りの内容である。私は本書の第2章ダムの歴史における「日本の堰堤技術者八傑」や「世界の~(同)」などの記事を楽しく読んだ。それ以外は、まあこうだろうな、という内容だ。

しかし。
本書は編集がまったくダメだ。
また、誰を読者対象にしているのかがわからない。

【編集について】
アーチダムとかフィルダムとかをダムの種類として1項目として扱うならば、なぜ写真がないのか。 各タイプの代表的な写真を並べて「これはアーチ。特徴は…」「これはロックフィル。特徴は…」「これは重力式。同前」みたいなカタログがなければ、なんの知識もない人は俯瞰できないし、実際にアーチダムを見ても「アーチだ」とわからないじゃないか。写真がないわけじゃない、しかるべきところに写真がない。

また、写真が適切じゃないものがある。115ページにラジアルゲートとローラーゲートの写真が載っているが、この堤体下流側からの遠目の写真をド素人が見比べて違いがわかると思っているのだろうか。ラジアルゲートの回転中心を「ここ」と示した上でゲートが円運動することを補助線で図示し、ローラーゲートはそれが上下することがわかるような補助線で示すべきだ。

もう一つ。クレジットがクレジットに見えない。著者名が業界団体なのに、図版には「著者作成」とか「著者(○○)作成」とか。奥付を見ると「一般社団法人ダム工学会 近畿・中部ワーキンググループ」が著者なので、その会が作成したと読めばいいのかもしれないが、そういう場合は出版物においては「著者」という表記ではなく団体名を書くものだ。また、各章末にコラムがあり、最終行に執筆者名が書かれているが、カッコもなく突然「雀の社会科見学帖」とか書かれても、私はそのサイトを知っているけれども、ダムファンのサイトなど見たことがない人にはこれがサイト名(またはハンドルネーム)だとはわからないだろう。夜雀氏やサイトにケチをつけているのでは全くない。それがサイト名だとわからない文脈に、サイト名をぶっこむ編集が悪い、と言っているのだ。

そういう点で、とても編集が稚拙であるのが残念。

【読者対象について】
雑学本なのか、ダムファン向けなのか、教科書なのか。
全然定まっていない。
「ダムの写真集があり、文庫にもなってるからいけるんじゃないか」と思ったのなら、やはり編集が悪い。せっかくのすごい執筆陣なのに、アウトプットがこれでは執筆陣を生かし切れていない。

ちょっと期待していただけに、うるさいことを書いた。繰り返すが、中の人には罪はない。編集の問題である。この材料と予算があれば、もっといいものができるはずなのに。もったいない。中の人は、他の出版社に同じ企画を持って行って、出し直したほうがいいと思うよ。土木系のコンテンツが好きな編集者は何社にも何人もいるのだから。





 

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