忍者ブログ

プロモーション

カレンダー

05 2026/06 07
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

カテゴリー

twitter

twitter2

プロフィール

HN:
磯部祥行
性別:
男性
自己紹介:
メールはy_磯部/blue.ぷらら.or.jpにお願いします。日本語部分等は適宜置き換えてくださいませ。

バーコード

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

since 2010.7.30

アクセス解析

フリーエリア

プロモーション

プロモーション


[PR]

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


ハーコート探訪/昌平橋架道橋

ハーコート探訪/昌平橋架道橋

橋梁(ハーコート)


20091219-1.jpgプレートガーダーというものは、なんとも目立たないものだ。もしこれが同時代~土木学会の歴史的鋼橋集覧では1912年ではないかとされている~のトラス橋であればアメリカ式ピントラスだろうし、アーチ橋であれば、背後に見える松住町架道橋(桁の製作は本橋の28年後)に見るように、まだまだ時代がかったものになっていたであろう。

20091219-2.jpgそういう、なんの変哲もなさそうなプレートガーダーでも、橋台が煉瓦であるのなら、また意味が変わってくるだろう。時代もおおよそ特定できる。

20091219-3.jpg
そして橋脚はこう。上の地図を「写真」に切り替えてもらえばわかるが、この写真の向こうから手前左にかけて、この橋は広がっている。旧交通博物館の屋上といおうか、旧萬世橋駅跡を利用した保線車両留置用線路といおうか、そこへの分岐があるために広がっている。詳細は読み取れないが、図面は土木学会の該当ページにある。また、4主桁であることもわかる。

この写真には、神田川橋梁のラーメン構造の橋脚が見えている。

20091219-4.jpg銘板。南西側にある。実は非常に撮りづらい。

20091219-5.jpg
桁をガードする鉄骨のせいである。

20091219-6.jpgついでなので裏側を。私にはここから何かを読み取る能力はない。
PR

No Image

廃道ナイト!!

廃道

1月30日。震えて待つ。
http://tcc.nifty.com/cs/catalog/tcc_schedule/catalog_091217202733_1.htm

やばい、それまでにいろいろまとめておかねば・・・。


お茶の水4橋

お茶の水4橋

橋梁(ハーコート)

20091218.jpgいまどきの携帯を使う機会を得たのでテストで撮ってみた。シャープのSH-O1B、搭載するカメラは1200万画素、4000×3000ピクセル。「コンパクトデジタルカメラに迫る高画質」とのふれこみだ。顔認証もついている。AFロックのほうが使いやすいんだけど・・・。

業務でお茶の水へ行ったついでに秋葉でマイクロSDカードを買いに行く途中で試し撮り。都内でもっとも贅沢な光景を楽しめる場所、昌平橋だ。


左のプレートガーダー:中央線昌平橋架道橋(ハーコート)
中央のラーメン橋脚:総武線神田川橋梁(横川)
その奥:聖橋
右側のブレーストリブタイドアーチ:総武線松住橋架道橋(石川島造船所)


さて、撮った画像を携帯の液晶で見る限り、とても美しいと思った。屋内の暗いところで撮った写真も、それなりによく見えた。画面右端の信号機に付されている交差点名「昌平橋」は読める。

ピクセル等倍にしてみよう。
20091218-2.jpgこんだけ写れば一般的には上等だろう。どうせプリントするわけでもピクセル等倍で見るわけでもない。私が私的に使っている数世代前の903とは雲泥の差だ。すごいもんだ。もうちょっといろいろ試して撮ってみよう。


R116沿いのワム8

R116沿いのワム8

鉄道車両廃車体

20091213.jpg弥彦山をバックに鎮座ましますりワム80000である。

場所はここらへん。


車号などの標記類が褪色してしまっているが、本来のとび色2号のままである。美しい。このつや消しを見ると、心が和む。そして、錆びの茶色もとび色2号にあっている。

とくにどうということもないダルマ。
弥彦山が見えるのだから、山頂からも見えるのかもしれない。



No Image

cosmos

音楽

私の原点である音楽があるのだが、
その正体は25年に渡って不明であった。
それが先日、氷解した。

正体はCOSMOS。
これだけの曲なのだから、それなりに有名であるべきだろうと
当時中学生だった私はレンタルレコード店のフュージョンコーナーを
片端から借りて聴いてみた。
田舎ながらに中古LPセールがあると足を運び、
1980年前後に発売になっているものをジャケ買い、といっても
安かったからだが、していた。
それを高校卒業のころまで繰り返していたが、ついに到達できなかった。


某月某日、某掲示板の某スレに、その曲のことを書いたら、
それにレスをくださった方がいた。
しかし!
書き込んだ直後にPCを買い換えたうえに、新しいPCではそのスレをチェックしそこねており、
それっきりになっていたものを、いま、見直した。

見ると、やはりというべきか、有名どころが多数参加していた。
大島ミチルなどもクレジットにある。
つか松居慶子その人じゃないか。

先日のヒポパタマスといい、なにかそういう運が回ってきたのか。

原点。
その当時のレコード漁りから深町純に出会い、PRISMに出会い、
そこから派生したいろいろなものに至っている。

2009年になって思うのは、当時はせいぜい20年遡ればその音楽の源流にたどり着けたが、
いまは40年遡らなければならないということ。
まだまだ枝別れが少なかった頃に音楽に出会った私は幸運なのかもしれない。

僕らはレールウェイ/ときめき本線

僕らはレールウェイ/ときめき本線

音楽

20091209-1.jpgついにみつけた。ヒポパタマスの『僕らはレールウェイ』のレコードだ。

ジャケットのとおり、国鉄の「いい旅,チャレンジ20,000km」のキャンペーンソングであったが、私の認識はそうではなく、フジテレビ系のクイズ番組『ときめき本線』のエンディングテーマとしての認識であった。当時、ラジカセ『パディスコ』(たぶんSRII)ラインではなくテレビのスピーカーの前にセットして録音したテープが残っている。

この歌のタイトルと、歌い手が「ヒポパタマス」だったのを覚えていたのでときどき検索をかけていたが、先日、このレコードを見つけた。315えん。通販で注文し、それが今日届いた。

見てびっくり、『花嫁』のはしだのりひこのクレジットがあった。
そしてジャケットには、ヒポパタマス(寺門一憲/西条光太郎)、そしてはしだのりひこのサインがあった。

歌詞を見る。
曲の最後、「青春大リーグ、×××」と聞こえていた部分が
「青春大陸、横断中」だったことで、30年間保持し続けてきた疑問が氷塊した。
もったいない気がしないでもない。

僕らはレールウェイ
石川良 作詞/はしだのりひこ・寺門一憲作曲/青木望編曲




さて、ジャケットは日本が列島を逆エビに反らせて丸めて名所紹介したイラストである。
よく見るとおかしい。
20091209-2.jpg新潟の「潟」は正確に書ける人のほうが少ないと思うのだが、ここでも間違えられている。


20091209-3.jpg『敦賀』が『郭賀』になっている。「雄琴」がハート枠で、色っぽい(?)姉ちゃんが描かれている。

おそらく大きなイラストをトリミングして使用したのだと思うが、なんとおおらかなことか。



このようなレコードなのだが、聞く機械を持たない。オーディオマニアの友人が持っていると思い、それをアテにして買ったのに、プレイヤーはないという。他、持っていそうな数人に聞いたが、誰もない。自分でやろうにも、オーディオ専用CD-Rも先日捨ててしまったので、プレイヤーを買っても録音する術がない。さてさて、どうしようか。


私家版・夜感鉄道

私家版・夜感鉄道

ph

20091208-1.jpg別に橋の写真を撮りに行ったわけではない。

下に続く、北上線の深夜の貨物列車に取り組んでいたころの撮影のおまけである。場所は錦秋湖。写っているのは第2和賀川橋梁である。

ポジの時代、つってもまだ数年前RHP3かRXPを+3増感し、たぶん200mmで1/50f2.0くらいで撮っていると思う。データはマウントを見ればわかるはず。

深夜の錦秋湖は真っ暗であり、この赤いトラス橋もまったく見えない。だから、貨物列車を撮りたいと思っても、レンズを向ける方向すら不明である。このカットは、このあとにくる貨物列車を撮影するための「位置決め」と「ピント合わせ」として撮ったものである。

真っ暗闇に中に潜んでいた赤いトラスは、列車が渡り始めると、そのヘッドライトで突如として浮かび上がる。そして列車が過ぎゆくとまた闇の中に帰る。一瞬だけ生を謳歌するかのようなその存在感は、まるで通行のごく少ない隧道のようだ。


本来撮りたかったのはこちら。
20091208-3.jpg20091208-2.jpg20091208-4.jpg
いろいろ条件を試した。雪の季節なら、街灯があれば雪がレフ板代わりになるかもしれない。街灯があれば、車体を照らし出すかもしれない。街灯のないところでは、DD51のヘッドライトしか明かりがないのだから、それが映し出すものがDD51らしさを出せばいい。

そう思いながらも、意外に列車が速いためにピンぼけも量産した。デジではないので1カットいくら、と考えてしまい、むやみに連写はできない。

でも、結局、満足のいくカットは1枚たりとも撮れていない。そしてデジの急激な普及とともに、夜感撮影への興味は急速に薄れた。ここに掲載した写真はポジを民生用スキャナでスキャンしたものなので、粗さと色調のおかしさが加速している。



『夜感鉄道』とは山崎友也氏のテーマおよび写真集の書名である。非常にいいタイトルだと思う。氏の写真展にお伺いしたことがあるが、本当に素敵だった。

横須賀隧道巡り(ティー・ゲート)

横須賀隧道巡り(ティー・ゲート)

廃道

ティー・ゲートさんの「横須賀隧道巡り」に参加してきた。
進行はよっきれん氏。

IMG_0392_R.JPG集合は朝9時、追浜駅。
自宅からは遠い・・・。朝7時出発。相変わらずgdgd副都心線は、なぜか5分ほど遅れて渋谷着。アナウンスもないから気づかず、あやうく東急東横線急行に乗り遅れるところだった。

追浜駅から町中の路地を歩き回りつつ、なんだかどん詰まり間があるところで隧道に邂逅。そうした隧道の存在感というか「ありそうだ」という予感は山の中と似ていなくもない。

今回、ネットで地図をプリントして持参したが、ネットの地図では起伏を含めたニュアンスは再現できないので、地図を頼りに現地にクルマで行ったとしたら、相当面食らうはずだ。標高差といっても数メートルから十数メートル。標高データとして、通常の50mメッシュではとうていカバーできない。10mメッシュが必要だ。

と思って作ってみた。
20091205.jpgカシミール3Dで作成。基盤地図に25000図を重ねたが、なぜか出力された大きさが異なったのでPSで拡大して合成。あ! もしかして緯度による補正をかけていなかったかもしれない。まあいいや、だいたいこんな感じです、横須賀の町並み。


IMG_0560_R.JPGそして約束の地へ。


このあと横須賀駅まで歩いて解散。約8km歩いたらしいが、我々はさらに1kmちょっと歩き、海軍カレーを食べに行った。このツアーにはクーポンがついており、カレーがただで食べられる。かなりお得。おいしかったですよ。





中国・北朝鮮国境の廃橋(曲弦プラットトラス)

中国・北朝鮮国境の廃橋(曲弦プラットトラス)

橋梁一般

今朝の読売新聞に掲載されてた記事の背後に
200ftくらいの単線曲弦プラットトラスが写っとった。
『北デノミ 怒る市民』というタイトルの、北朝鮮のデノミの記事だ。

その橋は、ここである。


大きな地図で見る

中朝国境の橋。
ちゃんと全通しているのは吊橋の鉄道橋。
「遼寧省 丹東市 吊橋」で画像検索すると出てくる。

●2013年5月16日追記
この橋は吊橋ではなく「吊弦のあるカンチレバートラス」という形式だと思われる。@Einshaltさんのご教示による。
「吊橋」としたのは、現在建設中の「新鴨緑江大橋」の記事を私が誤読したものと推測。

その下(南)に並行して架かっていて、しかも両端とも途切れているのは旧橋であろう。
上空から見ると4連に見える。
読売新聞の記事にも左右いっぱい4連が見えている。
11パネル、グーグルマップから見ると300ftにも見えるが、読売新聞の写真を見るかぎり
そこまで長くはなさそうだ。

中国側(西)には廃線跡が、北朝鮮側(東)には橋脚が見えている。


廃橋だろう、と思いながら先の画像検索結果を見ていたら、
なんとこれは朝鮮戦争時に中国が落とした橋で、
金を払えば先端まで行くことができるという。

しかも、旋回橋だったらしい。
(参考:百年の鉄道旅行
鴨緑江鉄橋。

wikipediaには写真があった。
20091204.jpg
  This image, which was originally posted to Flickr, was uploaded to Commons using Flickr upload bot on 23:31, 18 February 2008 (UTC) by SelfQ (talk). On that date it was licensed under the license below.
Creative Commons license
Creative Commons Attribution
This file is licensed under the Creative Commons Attribution 2.0 License.

いや、もっと調べたら記事があった。
中朝友誼橋』というらしい。
トラスをアーチと書いてあったので、書き換えておいた。



明日は横須賀だ。
そのあと新宿で飲み会だ。
間に6時間空く予定。
いま、嵐は滋賀だろうか愛知だろうか。


カモフラされたワムふたつ/長岡市R351沿道

カモフラされたワムふたつ/長岡市R351沿道

鉄道車両廃車体




20091202-1.jpgこう見ると、ワムに見えないかもしれない。右側1/3程度が木材で覆われている。ただし、ドアのスライドには干渉しないようになっている。

この建物には造園業者の看板があるので、その倉庫としてでも使われている(いた)のだろうか。
白く塗られたこの車体、ワム70000に酷似しているが、リンクの吊り装置の形状が違う。もしかするとバージョン違いなだけかもしれないが、このへん知識がないため不明。

一歩引いてみると・・・
20091202-2.jpgなんか、もひとつ見える・・・




20091202-3.jpgこちらはワム80000・緑色に塗られ、secomのステッカーも貼ってある。
こちらはすっくとスマートに立っているように見える。

経年の具合は2両との同じくらいか。

日立製作所昭和44年、の銘板はあるが、日本国有鉄道の銘板はない。もしかしてとられたか。


[PR]