アップダウンの激しい道路を、地形で見てみよう。
![]() ほぼ中央、/の形で黒い線に挟まれた部分がこの県道だ。そのすぐ左には信越本線が1本線×2(複線分)として表示されている。画面左の黄色は国道403号の地図的着色部分(実際にすこし盛り上がっている)、その左にあって左上に90度曲がっているのは小須戸幹線排水路。 水色は標高4m未満、それ以外の色は4m以上として表示しているので、信越本線とこの県道がいかにそのヘリを走っているかが分かろう。信越本線も県道同様に適宜アップダウンしているように見えるが、実際には盛り土や切り欠きで対応しており、ここまでアップダウンしていない。おそらく、レーザー測量後の補正の問題だろう。 この地域、圃場整備する前はどうなっていたのだろうか。旧版地形図を見てみたい。 ![]() 路面には「冠水時進入禁止」とある。写真のとおり、アップダウンがあるのでその鞍部が冠水するのだろう。しかし、クルマを運転している人はえてして過信する。写真を撮ったここと鞍部の標高差がどれくらいあるかなど、気にしまい。そしてそのまま突っ込めば、エンジンが水を吸って動かなくなる。最悪の場合、浸水して、ドアも開けることができず、死亡事故につながる。 ![]() ![]() ![]() 地形については明日。
森本橋・森本側道橋(新潟県)の続き。
![]() それはそれとして、(旧)上越市と頸城村が合併して市村界はなくなってしまったが、頸城村だった地域は「頸城区」という冠をいだいているのでその区別ははっきりわかる。 さて、前掲森本橋・森本側道橋(新潟県)では「河川改修の結果、市村界と流路がかなりの部分で一致しない」と書いた。これはもちろん地図にも三日月湖となって残っている。 カシミール3Dと解説本付属の数値地図25000、それに基盤地図5mメッシュ標高データを組み合わせて表示すると浮かび上がってきた。見やすいように標高は33cm刻みで色分けしている部分がある。 ![]() この部分、衛星画像で見ると、別の観点が得られる。氾濫原は緑が豊かで、宅地化されていて、田んぼがない。 * * *
保倉川は現在、このあたりから西に向かっているが、かつてはこのあたりからまっすぐ北西を突き進み、海に注いでいた。これも、衛星画像で見るとよくわかる。 西に向かう緑のがいまの保倉川、北西に向かう緑が古保倉川の氾濫原だ。これもカシミール3Dで見てみると… ![]() ![]() それでいまこの流路跡がどうなっているのかというと、そのままの形で田んぼになっている。 大きな地図で見る Googleのストリートビューが、流路跡を横切る部分があるのでぜひご覧いただきたい。しかし、地上2mくらいのスケールで見ると、この田んぼが流路跡を形作っているようにはとても見えない。現地を歩いたとしても、まったく「川」の感じはしないだろう。 ![]() 橋梁史年表によれば、橋長76.8m、ポニーワーレントラスのスパンは48.2m。少し取り付け道路を持ち上げてプレートガーダーにするのが普通な気がするが、ランドマーク的な意味合いがあるのかもしれない。この保倉川は、かつては上越市と頸城村の境界であった(河川改修の結果、市村界と流路がかなりの部分で一致しない)。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
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