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和佐谷橋(石川県能美市)

和佐谷橋(石川県能美市)

吊り橋

20091014-2.jpg




















石川県白山市の国道157号鶴来バイパス、
道の駅「しらやまさん」すぐ脇にある和佐谷橋。
渡っているのは手取川で、川が市境となっており、対岸は白山市。
今月いっぱいで廃止になる北陸鉄道加賀一の宮駅がある。

画面左端の水色のアーチ橋は水道橋で、左右の桁がズレているスキューアーチ橋である。
土砂降りになったり止んだりの天気だったので、めんどくさくて撮らなかったことを後悔している。
その向こう(さらに左)には、鶴来バイパスの山上郷大橋がある。


和佐田橋は、見たとおりかつては吊り橋だったもので、それを6連のポニートラス橋に置き換えている。
橋脚に注目すると、3種類ある。
手前の新しいもの、その向こう二つの少し古いもの、川の中央の大きなもの、である。

吊り橋の竣工は1932年(昭和7年)。
両端と、川の中央に塔柱があったという。
両端のものはいまでも残るが、川の中央のものは、
上の画像に見えている立派な水切りのついたものであろう。

1953年(昭和28年)、吊り橋を撤去し、新たに三つの橋脚を据えて6連のポニートラスを架けた。
東側2連は川を越えるためにスパンが長く、その分、トラスの橋高があがっている。
市街地はこの画像で言うと「向こう側」であり、手取川右岸に鶴来バイパスができるまでは
「向こう側」の道がメインストリートであった。
そして、「こちら側」に来るためにかけられたのが、この和佐谷橋であった。
「こちら側」には分教場もあった。

いまでこそ鶴来バイパスが通っているが、これの開通は1983年である。
国土交通省の航空写真(昭和50年度撮影)を見てみよう。
(ccb-75-22_c20_21.jpgをトリミング)
20091014-4.jpg































和佐谷橋が、立派に役目を果たしていることが見て取れる。
現役の車道である。
鶴来バイパスもなければ、和佐田橋の下流にかけられる山上郷大橋もない。
隣接するスキューアーチの水道橋もない。
また、当時、北陸鉄道は加賀一の宮駅から先(南)にも金名線という路線を延ばしていたのもよくわかる。



20091014-1.jpg



















加賀一の宮駅側から見ると、こう。


現役時代の写真が、岐阜女子大学デジタルアーカイブ研究所のサイトにあった。(著作権は切れています)



ここを振り向くと、北陸鉄道石川線の和佐田踏切。
チンチンチン・・・と鐘が鳴る、撞鐘式のものである。
20091014-3.jpg






























この踏切が鳴るのもあと半月。
どのような結末を迎えるのだろうか。



現地地図を掲げておく。



<参考>
周辺の地図は、北陸先端科学技術大学院大学内の個人運営サイト
web辰口町史」に詳細がある。
それを抜粋したという「和佐谷ものがたり」はぜひ読んでおきたい。
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ES-BIT(エスビット)でお湯を沸かしてみた(2)

ES-BIT(エスビット)でお湯を沸かしてみた(2)

山あるき

エスビットは約6分保つという。
コッヘルを火にかけて、待つこと5分……
20091013-13.jpg






















コッヘルの底から気泡が立ち始めた。
水の上に手をかざすと、もうぬるいお湯(30度くらいか)になっているようだ。

一つ目のタブレットが燃え尽きたので、次投入。
20091013-14.jpg




















二つ目のタブレットが燃え尽きるころには、
だいぶ湯気が出てきた。
しかし、まだまだ。
沸騰状態まで持って行かねば。

そして三つ目投入。
さらに待つこと約5分。
ようやくボッッッコン・・・・ボコッ・・・くらいの沸騰。
ちょうど三つ目が燃え尽きたので、インスタントコーヒーに注ぐ。
20091013-20.jpg


































淹れたコーヒーは、いつもの味ではなく、若干薬くさかった。
わずか300ccを18分かけて沸かしたお湯である。
味も変わるだろう・

エスビットは20個で750円だった。
ひとつ37.5円。
三つで112.5円。
それでお湯300cc。

燃料として、効率がいいとは言えない。
カセットコンロのボンベなら、1本100円以下で、300ccなら1~2分で沸くだろう。

だが、この非効率さは、使用者にゆとりを与えてくれる。
なんでもかんでも、「すぐに」「早く」では、登山での大休止の間もせかされているようではないか。

お湯が沸くまでは、休憩なのだ。
淹れたコーヒーを飲み干すまでは、休憩なのだ。

次回のかる登山には、エスビットを持って行こう。
そして、バーナーに憧れるビギナーさんに変な目で見られよう。
それとも「早くしろよ!」と怒られてしまうだろうか?


ES-BIT(エスビット)でお湯を沸かしてみた(1)

ES-BIT(エスビット)でお湯を沸かしてみた(1)

山あるき

高校時代、山岳部では「ラジウス」と総称していた灯油のバーナーを使っていた。
実際はラジウス製ではなく、オプティマスとマナスルであった。
点火するにはプレヒートといって、ヘッドで固形燃料を燃やし、
気化を促進する必要があった。
そのときに使っていたのが「メタ」である。

2003年夏、仕事の絡みで灯油バーナーを撮影した。
どこからお借りしたか忘れてしまったが、オプティマス製品だったと思う。
その際、神田の石井スポーツでエスビットを買った。
メタは売っていなかったと思う。
20091013-11.jpg






















白いタブレットは6分間燃える。
中央部で半分に折ることができ、プレヒートに使うときはそうしていた。
タブレットには「ESBIT」と陰刻がある。

この商品は1000円が750円に値下げされていたもので、
簡易ゴトクとタブレット20個がセットになっていたものだ。
今回、これを使用して、何分で水300ccを沸騰させることができるのか、テストしてみた。

20091013-12.jpg

アメリカン・ブリッジ探訪/新神通川橋梁

アメリカン・ブリッジ探訪/新神通川橋梁

橋梁(アメリカン・ブリッジ)



20091013-1.jpg





















富山県の神通川河口付近に位置する、新神通川橋梁。
上流側、高山本線の橋梁が、アメリカン・ブリッジ製である。
この写真は左岸から撮影している。


20091013-3.jpg





















ピントラスのもっとも美しい部分はココだと思う。

200フィートの単線プラットトラスが6連。
ロングスパンゆえの、シュウェドラートラス。
上弦中央の3パネル部分が直線状になっている。
シュウェドラーは、少し垂れ下がることもあるようだが、
アメリカン・ブリッジの日本向け桁はすべて直線である。

さて、このトラス桁の出自には2説ある。
歴史的鋼橋集覧には小西純一氏の記述で「1907年製」とある。
一方、土木構造物の教科書的な小野田滋氏の『鉄道構造物探見』では、
「1900年に御殿場線に架けられた~を転用した」と書かれている。
どちらも大家の書かれた文章である。
一次資料にあたるまで、どちらを信じていいのかわからない。


ここではその謎は置いておき、この地に架設されてからのことを書く。
この新神通川橋梁は、元は北陸本線用の桁であった。
北陸本線複線化の際に下流側に複線トラスを増設し、
北陸本線をそちらに移設、この橋梁は高山本線用とした。
それまでどうしていたかは調べていないが、北陸本線と共用していたのだろうか。
国土変遷アーカイブスにある写真を見ると、そう見える。


20091013-2.jpg





















画面右側(上流側)にある橋脚は、北陸新幹線用であろう。
ということは、北陸新幹線の工事が進み、あるいは開通した時点では、
この6連の曲弦プラットトラスはこのように見えなくなる。

この写真は土手から撮影したが、実は非常に厭な体験をした。
土手の上にある資材置き場のような広場にクルマを停めたら、
そこに監視カメラがあり、「ウィ~~~~ン」という音と共に
監視カメラがこちらを向いたのである。
カメラの場所は変わらないが、水平方向に360度回転し、もちろん上下に首を振る。
クルマから降りた私を追尾するのだ。

そこから離れ、一番上の写真を撮ったときも、土手の上からカメラが私を見ていた。

不法投棄でも、北陸新幹線工事の妨害でもない。
単なる写真撮影だけである。
いっそ、監視カメラに黒い幕でもかけてやろうかと思うくらい(そのくらいの高さである)
厭な体験であった。

万年橋(青梅)

万年橋(青梅)

地図・航空写真・分水嶺

青梅の万年橋のプラットトラスの写真を見ていて、
ふと古い航空写真を見てみた。
万年橋は、確か2003年に新橋に移行しているが、
それを確認したくなった。

果たして、1974年度の航空写真はこうである。
20091012a2.jpg

































対して、グーグルの衛星写真はこうである。

大きな地図で見る
上流に新たな桁を架設したため、南側で道路が微妙なシケインのように
クランク状になっている。

そして、ヤフーの衛星写真ではこうである。

こうなると、もう経路変更の跡はなかなか見えてこない。

グーグルの衛星写真は古い、ということだろう。



古津のワム60000

古津のワム60000

鉄道車両廃車体


三頭山(2)検知石

三頭山(2)検知石

土木一般

その三頭山の下山直前である。
20091010-1.jpg






















これは、現在のブロックを組み合わせて作り上げる石垣の
端部のブロック。
これも検知石というのだろうか。

きちいんと楔形になっている。
これもちょっと感動した。

三頭山(1)

三頭山(1)

山あるき

20091010.jpg






















初めて関東の山に行った。
三頭山、まあ手軽な4時間コース。
都民の森までテネレで行き、そこから三頭山→西原峠→仲の平バス停というルート。

これは西原峠の手前だったか過ぎたあとだったか。
日陰側斜面から生えている一本の木が、日向側斜面に斜めに伸び、葉を広げていた。
なかなかに感動的だった。
(西原峠の手前なら、画面右は東のはずで、そうなるとおかしい。
ということは西原峠から下り始めたところか)




ハーコート探訪(古河橋)

ハーコート探訪(古河橋)

橋梁(ハーコート)

20091009-4.jpg20091009-2.jpg20091009-3.jpg20091009-1.jpg














































































写真を整理していたら、古河橋の写真が出てきた。
シチサン写真で左端が切れているのは、たぶんなにか理由があったのだろう。
人がいたとかクルマが入るとか。

撮影は2006年1月、こんなん撮ってたなんておぼえていなかった。

このとき、バスの中の隣席の人がインフルエンザで、
帰宅後、私も寝込んだ。。。


旧鹿瀬橋

旧鹿瀬橋

吊り橋

磐越西線の車窓から見える(と記憶している)赤い橋が、この鹿瀬橋である。
昭和28年開通。
いまは歩道橋である。

私が小学生のころに数回鹿瀬を訪れたときから、強く印象に残っている。
新潟市で育った私には、吊り橋というものがとてもめずらしかった。
その後、そこらじゅうの山中で吊り橋の跡を見ることになるのだが、
小学生の知識では「吊り橋=木床」みたいなイメージがあり、
鋼橋であることがとても不思議な気がした。

路床は金網であり、その両脇のみが舗装されている。
金網から下を見れば、阿賀野川の水面。
昭和56年の改修時に桁の重量を軽減するためにこのようになった。

20090917kanose1.jpg20090917kanose2.jpg20090917kanose3.jpg

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