忍者ブログ

プロモーション

カレンダー

02 2026/03 04
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリー

twitter

twitter2

プロフィール

HN:
磯部祥行
性別:
男性
自己紹介:
メールはy_磯部/blue.ぷらら.or.jpにお願いします。日本語部分等は適宜置き換えてくださいませ。

バーコード

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

since 2010.7.30

アクセス解析

フリーエリア

プロモーション

プロモーション


多々石林道

多々石林道

廃道

多々石、2日連続で行きました。
年々藪化が進み、楽しいロックセクションが少なくなっていく。
同時に下部に2車線道路を建設中。
ヤマブドウも発見しました。
20090925.jpg
PR

キノコ

キノコ

独言・日記

モダシにしくはなし。
キノコ汁、うますぎです。
南会津、田島にて入手。
IMG_9170_R.JPG

IMG_9165_R.JPG
IMG_9173_R.JPGIMG_9169_R.JPG

安田民俗資料館の蒲原鉄道モハ51

安田民俗資料館の蒲原鉄道モハ51

鉄道車両廃車体

20090918.jpg20090918-2.jpg













































土砂降りで始まった磐越西線のアメリカン・ブリッジ製の橋めぐりは、
いっとき晴れ間となったものの、夕方にはまた土砂降りとなった。
R49を新潟へ向かう途中、磐越自動車道の下をくぐる手前右にコレが見えた。

安田民俗資料館

傘が役立たない中、スローシャッターを切った。
周囲の藪や樹木の枝振りが伸び放題。それが風に躍る。
公式サイトの美しい写真では、電車の車体はすべて見えているが、
現状は上記の通りである。

資料館の中も見たかった。
しかし、「本館」即ち旧蒲原鉄道本社社屋内は物置のような状態。
玄関先の草刈りもされていない。
月曜閉館というが、この日は日曜。
のちほど調べたら、管理人が個人であり、療養中のため休館中であるという。
その間に貴重なこれらのものが朽ちねばよいが。


廃道T

廃道T

廃道

来ますた。
チョコレート色です。

20090917-h.jpg

フエキノリ

フエキノリ

記憶

文房具店だった実家を思い出す。
旧鹿瀬橋付近の、おそらく元商店の軒先にて。

ニチバンセロテープ
不易墨汁
白ダイ(みやこ染め)

20090917_1.jpg20090917_3.jpg20090917_2.jpg

アメリカン・ブリッジ探訪/深戸橋梁

アメリカン・ブリッジ探訪/深戸橋梁

橋梁(アメリカン・ブリッジ)

20090916-1.jpg20090916.jpg












































磐越西線日出谷~鹿瀬間の深戸橋梁の中央径間は、 1983年に新しい桁に架け替えられた。
その方法は、下の写真のように横から新たな躯体を挿入し、
古いものを川に落とすという方法で、日本では初めての手法であった。
落橋の際、橋脚を傷つける可能性もあったというが、無事であった。

下の写真、寄贈者の名前を間違うなよ、新津鉄道資料館。
というのはともかく、施工は横河工事だが、桁製作は宮地鉄工所である。

土木学会の資料『歴史的鋼橋』では「支間を1.2m短縮して使用」とあるが、
手元の『新鉄局五十年史』に掲載されている表によれば、
白田切川橋梁の支間は90.0m、深戸橋梁の支間は92.2mとある。
数字があわない。
しかし、記事中に挿入された図では、支間は93.4mであり、こちらが正解であろう。

側径間、即ち短いプラットトラスはオリジナルのアメリカン・ブリッジ製だ。
20090916-fukado.jpg


20090916-fukado2.jpg









































新たに架けられたトラス桁は新造されたものではなく、信越本線妙高高原~関山間の
白田切川橋梁を転用したものだ。
このトラス桁は、元々は岩手県の大船渡線北上川橋梁として製作されたものだが、
昭和53年5月18日早朝に現地付近で大型の土砂災害があり、
その復旧のために急遽振り向けられたのだ。
土砂災害は死者13名、家屋全半壊16戸というほどのものであった。
復旧は9月6日であった。

この災害に伴い、白田切川の改修工事が開始され、
あわせて信越本線も、複線化を見据えた線路移設が実施された。
岩手県から転用されたトラス桁は、この区間が新線に切り替えられるまでの約5年間使用され、
昭和57年9月20日に使用が停止された。
こうして、流転のトラス桁となったのである。

なお、新線のトラス桁は複線用であるが、線路は単線である。
当時、複線化工事をどこまで見据えていたのかは不明だが、
昭和55年9月17日に黒姫~妙高高原間の複線化をシオに、
昭和58年8月には複線化工事が凍結された。
当時の国鉄を取り巻く状況からいえば、そういうものなのだろう。
同時に複線化が凍結されたのは羽越本線である。白新線もそうかもしれない。




ついでに書くと、昭和50年代後半に磐越西線のピントラス5連3カ所が更新された。
他の2つとは、
・安座川橋梁(上野尻~徳沢)
・阿賀野川御前(三川~五十島)
であった。

当時、ピントラス特有の変状が多発し、補修工事を多く行っていた。
新鉄局としては、順次架け替えを意図していたような書きぶりであるが、
その後は架け替え作業のないまま、現在に至っている。

なまこ壁(松崎)

なまこ壁(松崎)

独言・日記

20090913.jpg






















樽形収差の見本ではありません。
でもキャノンの17-35の35mm側だと書いておきます。

No Image

その近くの平瀬隧道の、そのまた近くで鍾馗大明神

独言・日記

前述当麻橋梁の鹿瀬側は、そのまま平瀬(びょうぜ)隧道である。
隧道中央部だけ改軌のテストとして拡幅されているとか、
後藤新平が揮毫した扁額だとか、
そういうことでも知られている隧道である。
隧道ポータルをバックにした鉄道写真の名作も多く見た。

この付近の何カ所かの電柱に「平瀬の鍾馗大明神」と、
さも観光名所でもあるかのような案内がある。
とくに立ち寄りもせず、写真も撮らずにいたのだが、
後日、お台場の東京カルチャーカルチャー
仏像マニアックス2に出演されていた小嶋独観さんの
珍寺大道場を拝見してたら、図らずも再会しました。

詳細は『ショウキサマ』をご覧ください。

アメリカン・ブリッジ探訪(番外)/当麻橋梁

アメリカン・ブリッジ探訪(番外)/当麻橋梁

橋梁(アメリカン・ブリッジ)

磐越西線当麻橋梁。
いまのこの橋は、横側橋梁製であり、アメリカン・ブリッジ製ではない。
20090912taima.jpg20090912taima2.jpg












































下の写真手前に、古い橋脚が見える。
かつて、ここに上路式のアメリカン・ブリッジ製のトラスがかかっていた。
それも、わずか15年ほどの間である。

この下流に鹿瀬ダムが造られることになり、上路式では冠水の懼れが生じた。
そのため、下路式の橋梁を設置することになったものだ。
旧橋梁、3径間のそれぞれは、現在の秩父鉄道に転用されている。
7月3日の押手沢橋梁は、かつてここにあった桁である。

架け替えにともない、ルートの変更が生じた。
そこは、短いながらも廃線跡の趣がいまも残る。

昭和51年撮影の航空写真を見てみよう。
国土地理院のサイトより引用、トリミング)
20090912taima3.jpg













画面右手が日出谷駅。
そこから左(西)に向かう現在の磐越西線のすぐ下(南)に、
道型が残っている。

ここは川霧が発生しやすいのか、鉄道写真として発表されているものにも
川霧と絡めてあるものが多い。
私が行った翌日、この場所で撮影された写真が、雑誌に大きく載っていた。



廃道ナイト!

廃道ナイト!

廃道

昨晩の廃道ナイト。
予想通りの大成功だった。
お二人様、本当に楽しい時間をありがとうございました。
物販で『廃道本』はじめいろいろお買い求めいただいた方々、ありがとうございました。

個人的には他ジャンルとのコラボも見てみたい。

看板、廃隧道が描かれています。
お店のスタッフに拍手!


20090906_2.jpg20090906_3.jpg20090906_1.jpg20090906_4.jpg

[PR]