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国鉄には「カプセル駅舎」という駅舎建築があった。この名称が国鉄内部発祥なのかは定かではないが、1980年頃には本にそのように載っていたのだから、なんらかのアナウンスがあったものと推測している。意味合いとしては「画一的なデザインの、コンパクトな駅舎」だ。主として無人駅で多く造られたが、有人駅にも適用された。いわゆるプレハブというイメージがあるが、工法には詳しくないので、書かずにおく。

その例の一つが、この古津駅である。この特徴は、窓やドアに「R」、曲線が使われているところにある。

 
向かって右、ドアの左右が待合室。左端の窓は「事務室」だ。

ホーム川から見る。アルミ製のドアの天が半円形になっているのも特徴的である。左のドアは事務室、右はトイレ。トイレは後述する。

角にRがついたサッシ。そもそも無人駅の改築にはコストはかけられないはずだから、量産品だったのだろうか? 

右側面。窓があるのみ。

左側面。左の駒止はトイレ。室外機と換気扇があるということは、事務室には冷房があり、また火気を使用できる設備があるということだろう(電子機器のために冷房が導入されている場合もある)。

幸い、建物財産標があった。昭和54年3月24日付けということは、そのころの完成・供用か。

トイレは改修されている。明かり取りの小さな窓までRが付いているのは「左側面」のとおり。無人駅ながら、非常に清潔だった。

なんとうっかりしたことか、駅舎内部の写真を撮っていない。窓口の痕跡のようなものはあったが、昭和56年の『国鉄駅名全百科』にも無人駅と書いてあるし、サイト「ちきページ」古津駅の項目には昭和45年には無人化とある。はたしてこの窓口のようなものが使われたのかどうかはわからない。

* * *

ついでに跨線橋。プレートガーダータイプ。この窓までRがついていればよかったのに。

駅前。隣の新津駅からは新潟駅方面に1時間に3本の列車があるが、ここ古津は1時間に1本だ。駅前の道路は融雪水に混じる錆で赤くなっている。





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静岡県の県道が付け替えられた。新道は旧道と並行して敷かれた。その新道に面して昭和シェル石油があるのだが、その裏手に、かつての店舗がそのまま残されていた。


静岡県の安倍川は「安倍川餅」のおかげもあってかなり名の知られている川だと思うが、その安倍川に沿う道は県道29号梅ヶ島街道であり、一般的な認識としては行き止まりの道だ(林道経由で富士川の谷筋に出ることはできる)。その途中に、この歩行者用の吊橋がある。対岸の相淵集落のための橋、ということだろう。全長264.2m(静岡市のサイトによる)。

主塔が4本ある吊橋だが、左岸側(東側)は写真のように2本が地上に立ち、そこには床版はないので、実質は3主塔2径間、写真の部分はアンカーの設置位置までケーブルを中空で延長するためのものか。これを仮に「第1主塔」と呼ぼう。

第2主塔。上部の補強(X字型に組んである部分)はひとつ。また、主塔の頂部から地面にケーブルが伸び、それで自立していることもわかる。


 メインケーブルは中央の2本)は地中に埋めてあるコンクリート塊をアンカーとしてつながれているのだろう。両端の2本は主塔にテンションをかけるケーブル。

さて、渡り始める。第2主塔には銘板がついている。ということは、やはり冒頭の主塔は構造としては無関係なのだろう。左は「竣功 昭和五十二年六月」、右は「相渕橋」。

渡ると、橋は非常によく揺れる。耐風索もついているというのに。ただ、床版の軸方向の帯板が欠落していたり、耐風索との接続部材が破損していたりと、なかなか厳しい環境にある。床版は全体的に下流側に傾いている。同時に10人以上渡るなとある。

中央の第3主塔。上部の補強(X字型)はひとつだ。

その第3主塔、足で踏む位置には木材が敷き詰められている。

右岸側の第4主塔。こちらは上部の補強(X字型)が二つある。また、他の主塔と設置基準面の高さが異なるのがよくわかるだろう。

こちらも銘板がついているが、左は同じ、右は「あいふちはし」(濁点は見えないようだ)。

こちらのメインケーブルは、上の写真のように農家の敷地内に消えている。



新潟県の山古志で見かけた「取水口」(左)と消火栓(右)。同じ役割だと思っているのだけれど、違うのだろうか。

高さが三段階ある。もちろん積雪に対応するものだろう。

見上げるほどの高さがある。最上部は高さ3m近い。
東海道本線の富士川橋梁を右岸下流から。こちらは3代目の桁、現在の下り線だ。1915年の架設当時は上り線として使用されていた。来年、100周年を迎える。富士川橋梁の経緯は【富士川橋梁(クーパートラス)の撤去映像】をご覧いただきたい。

東海道本線富士川橋梁下り線は、第1~3連と第6・7連が205フィートプラットトラス、第8連が少し短い約155フィート、そして第9連(上写真)が一番長い約256フィートとなっている。いずれも石川島または川崎造船製、国産のトラス橋初期の作ということになる。

第4・5連は1982年8月20日の台風10号で落橋したために架け替えられた平行弦のワーレントラスであるため、全体としてはかっこ悪い。

この橋の写真や解説は数多あるので、ここではあまり普通の人が採り上げない写真を掲載する。

プラットトラスの桁裏。

  その橋台(右岸)。

上り線。第8・9連は、下り線とはスパン割が異なる。おそらく他と同じく205フィート程度に揃えてある。

上り線の桁裏。

すでにそこにあった石積みの擁壁に、コンクリート製の橋台を貼り付けたように見える。

上り線の橋台には銘板がある。架線柱で隠されているのは非常に残念。
見える文字のみを描き起こす。

富士川橋梁
新橋工事々務所
白石基礎工事株式会社
K.S.18
天端から6.970M
昭和29年12月15日
昭和30年2月20日





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