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農業倉庫?

農業倉庫・日通倉庫

熊谷バイパスから少し逸れると、クルマの喧噪とはまったく無縁の、北関東の利根川べりの…といった印象の風景になる。そこに、もう使われていなさそうな倉庫があった。なんの倉庫かわからないが、周囲は田圃。農業倉庫かな、と思っている。

裏手には出荷用の大きな差し掛け。その脚は、下に向かって細くなる脚が4本、まるでSFに出てくるメカのよう。

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CALTEXのサインポール

ENEOS/日本石油

国道17号熊谷バイパスで、いつも停止させられる交差点がある。ちょっと入ったところに閉鎖後ずいぶん経ってそうな、資材置き場と化した給油所があり、そこにCALTEXのサインポールがある。

支柱こそ錆び付いているものの、看板そのものはたいした褪色もせずに残っている。よく盗まれずにあるものだ。



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保存された坂東大橋

ワーレントラス

本庄と伊勢崎を結ぶ国道462号。伊勢崎には機屋があり、本庄周辺には機子がいた。両者を結ぶルート上に坂東大橋があった。とはいえ国道指定は1993年、それまでは県道だった。いまでこそ4車線・2連の斜張橋が利根川の両岸を結ぶ(新)坂東大橋が架かるが、2004年にこの新橋が架かるまでは、朝夕など本庄市内での右折待ちを先頭に30分、クルマが動かないなどという毎日だったと現地の人に聞いた。

旧橋の一部が、幅を切り詰められた上で左岸に保存されている。その横がバス停になっているため、休憩スペースを兼ねている。上写真右端に見えているのは、バス利用者のための駐輪場だ。

なんとすばらしいスペース。バイク用駐輪スペースと自販機でも置いて欲しいくらいだ。トラス天井の上横構の端部を見ると、幅を詰めているのがわかるだろう。

移設されたモノだろうが、銘板がある。

昭和五年
株式会社横河橋梁製作所
製作

その脇の塗装表記は保存時のものだろう、律儀なものだ。

傍らには説明板と、碑がある。大きなものが開通碑で当時の首相・若槻礼次郎が揮毫、小さなものは保存時の記念碑だ。

説明板。とてもわかりやすくまとまっている。なにより、支柱と枠がすばらしい。

 
文面は群馬県知事・堀田鼎。

開通時の記念碑。


* * *

坂東大橋の北側、国道462号を北上してすぐ右側に、2014年11月15日に「自販機食堂」がオープンした。かつて国道沿いなどの無人のドライブインによくあった自販機を整備し、いま3台が並んでいる。オープン初日は愛好者がたくさん来店、賑わっていた。動態保存的な意味もあるので、ぜひこちらも訪問してほしい。うどん、トースト、ハンバーガーすべて食べると相当な満腹感になる。

自販機食堂
群馬県伊勢崎市富塚町293-3 1F


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商店街の一角に

ENEOS/日本石油

商店街の終わり、路地が交差するところに雑居ビルのような建物がある。しかし、その側面に、大きなまな板のような厚さのある庇が張り出している。これは「キャノピー」ではなく「庇」と形容したい。

決して広くはない給油スペースをカバーするこの庇。片持ちで吊り、計量器もノンスペース型とし、見れば見るほどがんばっている。しかも洗車機まであるのだ。そのくせサインポールの背が低く、主張などしていない。これは、やはり商店街ゆえか。

地下タンクの空気抜きだと思うが、庇の下右側、壁からパイプが出て上に向かい、庇の上に突き出している。このあたりを聞いてみたいのだが、 残念ながらこの日は閉まっていた。


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溝田歩道橋

歩道橋

いま、首都高中央環状線に応じ南出入口を設置する工事をしている。石神井川をつけかえ、首都高も付け替え…という大規模なものだ。そのすぐ近く、明治通りが直角に曲がる部分、そこが溝田橋交差点である。上には首都高中央環状線の王子北出入口への高架橋。

ここにかかる歩道橋がX字型をしている。地図を見ると、道路は変則的な角度で交わっている上に巾も広いので、四角形に組むよりもX字型のほうが便利に見える。とはいえ、それぞれのスパンはラーメン構造の、かなりの規模のものだ。

この真下に、桁に沿った形で自転車が横断できれば、さぞかし気持ちがいいだろうな。

ここ、首都高の上下線の桁を支えるラケットループ型の橋脚もかなりの迫力がある。ちょっと撮影しづらい位置だった。


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馬下駅の跨線橋

跨線橋

写真の都合で(他の人の写り込みをなるべく避けたため)盛大に歪んで写っているが、もちろん実際にはきちんとした形をしている。ここまで行くとデパースするのは無理なのでこのままで。

コンクリート製の比較的新しい跨線橋。

背面を見ると取水堰の管理棟のようだ。

内部は狭い。すれ違うのがやっとだ。もっとも、必要にして十分なのだろう。

なかなか読みづらい銘板。

施工 株式会社木下組
概要 階段部 鉄骨及び鉄筋コンクリート造
       巾=1.5m
   基礎 RC杭 Φ300
      本屋側 L=6.0m 16本
      向側 L=7.0m 24本
しゅん功 昭和57年7月


かつて、磐越西線はどの駅も構内踏切だった気がする。あるとき、跨線橋がついていて驚いた。この跨線橋の竣功年から見ても、昭和50年代終盤に要所でなされたものと推測する。いまは棒線駅になってしまった鹿瀬駅にも跨線橋が架けられた。もちろんいまは撤去されている。はかない命だった鹿瀬駅の跨線橋にくらべれば、この馬下駅の跨線橋はきちんと機能している。



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馬下駅ランプ小屋(油庫)のバツ型と「DLばんえつ物語体験号」

木製扉の菱形・バツ形等

新潟駅ホームに行ったら「DLばんえつ物語体験号」なる列車がいて、思わず飛び乗って馬下まで行った。それは後述するが、馬下駅には油庫がある。こうして見ると、少し傾いている。

1910年にここまで開通したときから建っているようだが、立て看板まであるほどだ、近年には整備されているだろう。扉も木ねじもきれいなものなので、復元したのだろうと思う。

背側。大きな窓がひとつ。

煉瓦造りなのは耐火性能を求めてのものであって、とはいえ煉瓦の建築様式は守られている。柱は木製だろうか。さらには「煉瓦建築」なのに瓦屋根。見事な折衷様式ではあるまいか。


以下はおまけ。SLばんえつ物語体験号。ほぼ貸し切りでこれが撮れるくらい空いていた。



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室島橋 国道403号のボーストリングトラス2題(2)

ボーストリングトラス

仙田橋 国道403号のボーストリングトラス2題(1)との兄弟橋、それも兄のほうが、この室島橋だ。渡る川は渋海川。

  北側。左の親柱のプレートは欠けているが、「三月(竣)功」のみ読める。下記の銘板から、1959年3月竣功だろう。右は「室島橋」。うっかり「宝島橋」かと思ってしまった。

銘板。

1958年12月
新潟県建造
建示(1955)二等橋
製作 名古屋石原工業株式会社
材質 ss41

「兄弟橋」と書かれながらも、仙田橋(弟)には銘板がなかったので、同じ名古屋石原工業製かどうかはここではわからない。

  南側の親柱。左は摩滅しているが「昭和三十四年三月竣功」のようだ。右は「室島橋」。コンクリート製で、内側に石が貼ってある。色が異なるのは、補修(再貼り付け)した跡か。

  東側には旧橋の跡がある。仙田橋のPDFには、こちら室島橋は、旧橋の隣に新橋を架設してから旧橋を撤去した、とある。ここにはどんな橋が架かっていたのだろうか。



spl.thnx @watanabejin



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モザイクのEsso

Mobil/ESSO/ゼネラル

豊島団地の近く、隅田川にそってうねる一方通行の裏道に、大きなEssoの文字が見える。壁面のペイントかと思いきや、これがモザイクなのだ。

このモザイクは誰が作ったのだろうか。左官職人がタイルを砕いて作ったのだろうか。

それにしても給油所ではないし、給油所跡にも見えない。なにかの事務所だったのだろうか。1階の出入り口がシャッターであることもとても気になるが、内部はガラス扉だろうか。

冒頭写真で見えるように、左の建物はLPガス貯蔵庫。奥の土砂会社(?)と関係あるかどうかはわからない。

その向かいにある「鈴木燃料店」。「ミツワ 文化煉(瓦)」とある。看板からして小屋はぶった切られたのだろうか。Esso含めて不思議な建物である。


spl.thnx to @wisteriamarie

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仙田橋 国道403号のボーストリングトラス2題(1)

ボーストリングトラス

国道404号に連続するボーストリングトラスがある(あった)ことを書いたが、そのまま南下すると国道403号に合流した先に、少し離れてはいるがやはりボーストリングトラスがふたつある。その一つ、仙田橋。いまは指定からはずれたが、つい先年まで、この橋を渡る道が国道403号だった。右岸にバイパスができ、切り替えられた。

小坂橋 連続するボーストリングトラス(1)
鷺之島橋 連続するボーストリングトラス(2)

これは左岸、東側。この橋を渡ると中仙田の集落に入る、という雰囲気がある。

  東側の親柱の左は「仙田橋」、右は「県道 中條新田高柳線」(「県道」かどうか読めないが、大河津付近なので)。これは、架橋時には国道ではなく、県道だったということだろう。

西側。ポニータイプと言いたくなるような横構だ。

西側の親柱、左は「昭和36年7月竣功」、右は「せんだばし」。


この仙田橋が架かるのは旧川西町。十日町市のサイトにかつての川西町の広報誌の昭和35年11月10日版のPDFがあり、そこに仙田橋のことが掲載されている。
http://www.city.tokamachi.lg.jp/site/kyusityousonkohoshi/page_kawanishi/pdf/ka_1960_11.pdf

見出しは「中仙田の永久橋」。本文には「これまでチベットといわれてきた仙田郷」「昨年完成した室島橋と全く同型の、ボーストリングトラス…雪国の鉄橋としては最も合理的に設計され…」といった記述がある。

spl.thnx @watanabejin


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