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小河内ダム建設に伴う「奥多摩5橋」の一つ、鴨沢橋。ソリッドリブアーチの中路橋だ。溶接で組み立てられたアーチリブが非常に印象的。ゴツくもなく軽くもなく、塗装を終えた直後のピカピカなグレーの塗装とあいまって、「無表情」とでも形容しようか。

 
アーチリブの補剛材の下部には、水抜き穴がある。

 
左右のアーチを結ぶ横構に施された肉抜きも、リブが立っているために、のっぺりとして見える。

 
銘板と塗装標記。

1957年4月
東京都水道局建造
建示(1955)二等橋
製作 高田機工株式会社
材質 SS41

 
正面ぎみに。橋は歩道橋部分を含めて幅が広いので、道路上部を狭く覆う印象となる。


 
西側の左の親柱には「昭和32年4月竣功」、右は「かもざわはし」。


橋そのものについては『東京奥多摩町・青梅街道の昭和前期における橋梁の進展に関する研究』(紅林章央・前田研 一・伊東孝/PDF)に詳しい。


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一度しか通っていなくても、強く印象に残る道がある。2回目に通るとき、「あ、ここ!」と思う。北海道の国道38号、狩勝峠から延々2車線で下ってきた道路の空が広くなると、芽室の手前で4車線となり、壮大なスケールの下り坂が現れる。ここに来ると「十勝平野に入った」と感じる。
 
 
(カシミール3D+スーパー地形+地理院地図)

地形を見ると、扇状地に切り残されたローム台地の上を狩勝峠方面から走ってきた国道38号が、堀割で高度を下げて十勝平野に下っているのがわかる。「スーパー地形」で標高を読み取ると、台地上は標高112m、平野部は72m。実に40mも下っている。

対して鉄道は、御影から、芽室川に沿って徐々に高度を下げている。道路はまったくこのルートをとった形跡がなく、最初から、定規で引いたようにいまのルートを通っているように見える。これはまったくのあてずっぽうだが、帯広へのルートとしての狩勝峠は鉄道とともに開拓されたもので、元々は十勝川の舟運だった(初期の20万分の1地勢図の地図名は「帯広」でなく、河口の「大津」である)。狩勝峠からの道路は後から敷かれたため、当初からこのように直線的で大規模なものとなったのではないか。

 
(20万分の1地勢図「夕張嶽」昭和2年製版)

昭和初期でも、狩勝峠を越える道路はない。





 
富良野市から南富良野町へと向かう国道38号沿いにある西達布郵便局。看板を掲げたくなるような、ひどいオデコ。


 
手前から奥に向かう片流れの屋根。局名は、残念ながら旧郵政書体ではない。







新潟東港は、コンテナ取扱量で全国で10位台前半に位置する港湾で、仙台や広島とほぼ同規模。大阪その10倍、京浜(東京+横浜)はその35倍くらいだ。

過日、ぶらぶらと新潟東港のコンテナヤードを訪ねてきた。散発的に置かれていてあまり撮りやすいとはいえない感じだ。

 
まずは韓国のCK LINE(天敬海運)のオレンジ。

 
 

唐突に、文字通り異彩を放つ、ONE。
 
ピンクがまばゆい。

 
 
韓国のKMTCと三菱系リース会社のBeaconのロゴが同居しているものがある。KMTCが借りているのかな? CAIもTEXもリース会社。

 
色でまとめているのかな…と思ってしまう、神原汽船とPanCon。

 
 
これは空コン用のサイドリフターかな? トヨタL&Fのサイトや画像検索してもわからず。側面の「230」は定格荷重。

●同日追記:
ラス&ロードさんから「3FD230ではないか」とのご指摘。現在の公式サイトには「5FD230」という機種があり、その旧製品だとは思っていましたが、なるほど。








 
2002年のゴールデンウイークは、ロシアンラリーの取材だった。この年まで新潟港出港。私にとっては実家からすぐのところであり、とてもありがたかった。

バイクとともに乗っていく船は、ロシアのОЛЬГА САДОВСКАЯ(OLGA SADOVSKAYA)。伏木から新潟経由でナホトカに向かう。船上には中古車がびっしり。これをロシアに運ぶ。ナホトカの港には、車体を前後でぶったぎったクルマが多数置いてあり、これは「部品」として輸入したものを組み立てて売るものだと聞いた。残念ながら、仕事で、かつポジフィルム本数に限りのあるものだったため、そうした、誌面では使わない写真は撮っていない。


接岸は新潟の臨港埠頭。バイクは、20フィートコンテナに3台ずつ固定して、リンコーコーポレーションの50トンクレーン、IHI CTH500が吊り上げる。右端が私のXTZ750スーパーテネレ。タイヤはT63。

 
このように。


当時はまったく気にしなかったが、数年前、「出国印マニア」の方にこの出国印を見せたら驚かれた。新潟空港から出国する人は多いが、新潟港からは、普通の人は出国できない。新潟空港の出国印は「NIIGATA A.P.」だが、新潟港からは「NIIGATA」となる。

出入国管理統計を見ると、2017年には2282人が出入国しているが、入国者2274人(日本人1499人、外国人775人)に比べ、出国者は8人(日本人0人、外国人8人)しかいない。つまり、昨年はこの出国印を得た日本人はゼロだ。そう考えると、とても貴重なものに見える。

 
船上では、このように固定されている。屋根付き、まったくもって厚遇だ。船内にはもちろんロシア人もおり、食事もいっしょだ。レストランでは、まがまがしい色のぽそぽそしたケーキが出たりした。

船内は4人1部屋。私は東福寺保雄さんと川崎智之さんと同じ部屋。雲の上のトップライダーだが、これは仕事ゆえの役得。

 
これは帰り。魚眼レンズで撮影。






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